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『少女たちのささやかな宴』
アグラーヤla0287)&クラースナヤla0298)&フェーヤ・ニクスla3240

 それは、その日は、いつもよりほんの少し風の冷たい秋の夕暮れのことだった。
 ライセンサーの多くが自身の力を高めるための訓練所でその日のメニューを終えて汗を流した姉妹がいる。
 アグラーヤ(la0287)とクラースナヤ(la0298)、銀の髪に赤い瞳が映える、ロシア人の姉妹だ。
 女性にしては大柄で、少しばかり険のある顔立ちの姉・アグラーヤと、トランジスタグラマーで年齢相応の愛らしさを残している妹のクラースナヤはそれでも雰囲気がよく似ていた。それは二人きりで生きてきた過去がそうさせているのかもしれない。
 戦災孤児のふたりは頼ることのできるもののいない中で育ってきたこともあり、いつもお互いの存在を必要としてきた。生活能力は壊滅的だが腕っ節は昔から強い方だった姉は妹をひたすら守り、几帳面で家庭的な面のある妹は姉にささやかながらも家庭のぬくもりを与えてきた。そんなこともあって姉妹の絆は普通の姉妹よりも強く、依存という単語がむしろあっているのかもしれないと思わせるくらいである。
 そんなふたりだから今日の訓練もふたりで行ってきたわけだが――
 一息ついていたアグラーヤは近くにいたとある少女に、ふと目を送った。
 時折訓練所で見かけるその少女は、小柄ながらも紛れもなくライセンサーだ。くすんだような灰色の髪と透き通るように白い肌、そして左目は包帯に隠されているが右目はまるでピジョンブラッド、深紅の大きな瞳。ぶかぶかのジャケットを常に着ており、見るものにはちぐはぐの印象を与える。
 少女は名前をフェーヤ・ニクス(la3240)といい、異界からきた存在――放浪者だった。
 その見た目や雰囲気がアグラーヤには幼い頃の自分自身やクラースナヤとかぶるから、だろうか。どこか他人と思えないたたずまいのフェーヤは以前から不思議と気になる存在で、なにかと声をかけたりすることもあった。
 だから、今日もアグラーヤは彼女に近づき、声をかけた。
「ね、フェーヤ。お腹すいてる?」
 そう問われれば、フェーヤははっとアグラーヤの方を向き、こくんと頷く。
 フェーヤは声を発さない――彼女のコミュニケーションは常に携帯端末の無機質な機械音声だ。しかし決して無感情というわけではない。表情に出ることは少ないが、むしろ少し感情的な部分がある。
 ついでに言えばフェーヤの行動原理の半分くらいは【食】にある。食べ物をくれる人にはめっぽう懐くという見た目相応の愛らしい部分もある。だからこそ、アグラーヤの問いかけに前のめり気味に頷いたのである。
 頷いた理由はそれだけではない。彼女にとっても、アグラーヤとクラースナヤのふたりは以前からどこか親近感を覚える存在であった。言葉を交わすことは多くないが、気にならないと言えば嘘になるだろう。
「それならせっかくなら一緒に食べない?」
 アグラーヤはそう言うとフェーヤの手を取り、訓練所そばの自分たちが暮らしているライセンサー向けの住居に誘う。見た目相応の子どもっぽいことなどをあまりしたことのないフェーヤは、この屈託のないアグラーヤの言動にどこかまぶしさを感じてしまう。
「クーラぁ、今日の夕飯は三人ぶんにしよう!」
 ばんと扉を開けてそう宣言すると、一足先に帰宅していたクラースナヤは一瞬目を二、三度瞬かせ、そして
「……姉さんのとる行動はいつも唐突だな……」
 突然のことで少し戸惑い気味にフェーヤに視線を送る。姉同様にフェーヤに対する不思議な親近感を持つクラースナヤではあるが、驚くのは仕方がないだろう。悩むように視線を姉とフェーヤとに交互にあわせると、仕方がないなぁという風に、アグラーヤは妹を優しくぎゅっと抱きしめた。
「クーラ、お願い」
 最愛の姉に抱きしめられながらそう言われてしまうと、クラースナヤもわずかに赤くはなるものの、こくんと頷く。そして、
「もう、姉さんにはかなわないな……フェーヤ、いらっしゃい。おなかいっぱい食べてもらえると嬉しいな」
 そう言って視線をフェーヤと同じ高さに合わせ、優しく笑いかける。姉の突然の提案にも決して否定的でなく、苦笑を浮かべているような感じだ。もともとクラースナヤは姉に全幅の信頼を置いている。だからこそアグラーヤの言葉を否定することなく、クラースナヤは厨房に入っていった。
「クーラの作る料理は美味しいんだ。でも今日はせっかくだから、一緒に作ろうかな……?」
 アグラーヤはそう言って厨房をのぞき込もうとする。が、下ごしらえの手伝い等も軒並み失敗してしまい、最後には
「姉さんは手伝わなくてもいいから」
 そう妹に苦笑交じりにさらりと言われてしまった。フェーヤがその様子に首をかしげると、アグラーヤは力なく笑いながら、
「……昔から生活能力がないというか、こういうことは何も出来なくてね……私はダメな姉だ……」
 そう言って椅子に腰掛ける。いつもよりも眉尻を下げて、しょげ気味のアグラーヤを見たフェーヤは、携帯端末をさっと取り出し、
『得意不得意は、誰にでも、あるから』
 そう言って小さく頷く。アグラーヤを励ますかのように、ほんのりとだが目を細めて。
『クラースナヤ、私に手伝えること、ある?』
 そうフェーヤも尋ねてみると、クラースナヤはそれならと配膳などを手伝ってもらうようにお願いする。フェーヤは応じるように頷くと、小柄な身体をできる限りに動かして手伝いはじめた。
 クラースナヤはそんなフェーヤの様をみて、嬉しそうに目を細める。いつも『妹』の彼女に、何となく妹が出来たような気がして、ちょっと嬉しく感じたのだ。
 ふだん人見知りしがちな彼女にしてみれば、それは珍しいことではある。しかしそんなクラースナヤの様子を見て、アグラーヤは少し嬉しそうに顔をほころばせた。フェーヤはきっと妹にとっても庇護欲をかき立てられる存在なのだろう。
 
 やがてふわりと鼻をくすぐる美味しそうな香りが厨房から漂ってきた。
「さぁ、できあがりだよ。食べようか」
 そう言いながらクラースナヤが運んできたのは、ほかほかのボルシチ。
 ロシア人のふたりにとってはなじみの深い料理だ。ほかにも机に並ぶのは、一般的なロシアの家庭料理の数々。
「姉さんも、ほら。みんなで食べよう?」
 クラースナヤの言葉に、アグラーヤもにっかりと微笑んでみせる。
「クーラの作るボルシチは最高なんだ、温かいうちにみんなで食べよう。みんなで食べる方が美味しいんだから」
 三人は椅子について、みんなで手を合わせてから声をそろえて、
「いただきます」
 そう言ってからさっそく食べ始める。声を発さないフェーヤもこっくりと頷いてから、嬉しそうにスプーンを動かしはじめた。
 ふだんはほんとうに表情を変えることの少ないフェーヤであるが、目を輝かせながらボルシチをほおばっていく姿は確かにおいしい、うれしいという感情を覗かせている。その表情はほんのり上気していて、温かい家庭料理を次々と口に運んでいく。その見事な食べっぷりを見ると、姉妹も胸がすくというものだ。
 そしてアグラーヤはそんな年齢相応のような姿のフェーヤを見ると、何となく幼い頃の妹を見ているようで、つい口元に笑みを浮かべてしまう。
(ああ、なんだか本当に二人目の妹みたいだなぁ)
 ついそんなことを思ってしまう。
 と、ふとフェーヤは口を止めて、じっとボルシチを見つめると、ふ、吐息をはいた。
「どうした、フェーヤ?」
 クラースナヤが問いかけてみるとフェーヤはぱちぱちと瞬きをしてから、
『……ちょっと、故郷のこと、思い出して。別の世界の、ロシアが故郷だから……』
 そう告げると、懐かしそうに思いをはせるように遠い目をする。
「……そっか。故郷の料理って、懐かしくなることはあるよね。フェーヤ、もう少しおかわりいる?」
 アグラーヤの言葉にこくこくとフェーヤは頷き、皿を差し出す。口元にスープがついたままのその姿は、どこか幼さが覗いていて、愛らしい。少しずつ姉妹に心を開いているようで、それもまた好ましい。
「あ、口元についてるよ、フェーヤ。拭いたげる」
 そう言いながらアグラーヤが口をぬぐってやると、フェーヤは
『ありがとう』
 そういって小さく頭を下げた。その様子を見たクラースナヤは思いついたように
「姉さん」
 と言って呼びかけると、ついアグラーヤは吹き出した。口元を同じように汚していたからである。
「もう。クーラも拭いたげるから」
 そんな愛らしいやりとりも家庭の団らんという感じで好ましく感じる。
 ――この二人の少女たちにいつか「普通の幸せ」が訪れますように。
 アグラーヤはそう、胸の奥で祈った。
 
 その日、姉妹の家からは笑いが絶えることはなかった。
 二人の姉妹と、その妹分のような少女。
 彼女たちは楽しそうに語り合いながら、お腹もいっぱい、幸せもいっぱいになって、いつまでも笑いあっていた。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
 今回はぎりぎりになってしまいましたが、発注ありがとうございました。
 銀髪と赤い瞳の三人が姉妹のように仲むつまじい様子が、なんだか書いているこちらまでしあわせな気持ちになりました。
 今後も仲良くいてくださいね。
 改めて今回はありがとうございました。
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四月朔日さくら クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2019年11月01日

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