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『鏡』
鞍馬 真ka5819

 そろそろ、落ち着いたころだろうか。それがわかるのは鞍馬 真(ka5819)自身が記憶を失ったという経歴を持っているからだ。
 転移当初の自分を思い返して、そして今の自分を振り返る。その間に何をしたか、何に困ったか。それを自分の記憶で賄えるのだ。
(一時的な、もしくは一部分だけだろうって話だったな)
 倒れるまでの記憶を失っただけ。あの場所に居た理由までは覚えていたのを、真だって少女達に直接確認していた。
 一時的なら、また思い出すだろう。倒れた理由が、記憶を失った理由が。真実に対する恐怖なのか、身に抱えた穢れを急に取り除かれたせいなのか、それとも慕う者の死を前にしたせいなのか……どれによるものか、それ次第だが。また倒れないように注意深く見守る必要があるだろう。
 一部分なら、もう一度教えればいい。倒れた理由によっては、教え方を変えればいい。
 記憶を失わずに済んだ少女達が居る。彼女達に示した通りの方法で大丈夫だと言うのなら。その方法を選んだのは自分で、それが彼女達の何かを損なわずに済んだというなら。
 伝えることは苦しい事だけれど、何度でも、その責を担おうと思えたから。

 どこか悲壮な想いさえも胸のうちに抱えて訪れた森都。しかし彼女達に会うには最奥地に行くしかなかった。
 ナデルならわかる、しかし完全には開かれていないのが森都という場所だ。だから、会えない可能性もあった。それでも彼女達の様子が心配で、居てもたってもいられなくて足を運んだ。オフィスに仕事がなかったこともその背を押した。
 森都から拒絶される可能性さえ想定していた。
 けれど、真は何者にも咎められることなくオプストを訪れることができた。
「話は聞いていますから……って、どこまで?」
 案内役は皆、真の名を聞いて頷いて、快く案内を引き継いでいく。それは彼を少女達の師と認めた最高権力者からの通達が行きわたっていた結果なのだけれど、真の呟きにはあえて誰も答えなかった。

 修行場とされる一角についてからは高位巫女に手招きをされた。案内役も既に立ち去っている。
 思い思いに過ごす少女達の様子はどれほどだろう、はじめにかける言葉は何がいいだろう。そう思案に耽っていた真は煩くない程度に、落ち葉を踏みながら近寄っていく。
 せんせーだ! とはしゃぐ声はあの時と変わらない。目覚めて、記憶が無くても慕ってくれた彼女達。まだ話をしていないのだろうか、それともその上でとなるのか。わからないけれど。
 すぐに自信を囲む少女達に笑顔を向ける。そうなるように努めたけれど、どうしても力ない笑みになってしまったのは、仕方がないのかもしれない。
「こんにちは、皆は体調が悪いとか……そうだな、痛いとか、動かしにくいとか。そういった、いつもと違うように感じることはないかな?」
 元気か、とは聞かない。日々の暮らしが滞りないかどうか、少しだけ遠回りな聞き方を選ぶ。
 笑顔で頷く、力強さのある返事、穏やかな笑み、おおむねが同意を示すものだけれど、ひとり、真を見る目をすがめている少女。
「どうしたの?」
 誰か、心得のある者を呼ぶべきだろうか。多少なら自分でも対処できると思うけれど、それが精神的な物ならば、慎重にならなければ。腰をかがめて、その子の視線の高さにあわせる。それに合わせて少女の視線も真の視線に合うかと思えば、そうではなくて。
 己を見つめているようで、けれど何か、奥底を。そう感じたところで言葉が贈られる。
 大丈夫です、と。受け入れる準備は出来ているから、なんて。
 少女達は巫女もしくは元巫女で。身の内の穢れの有無にかかわらず、その素養は失っていない。皆がマテリアルの扱いに長けていて、その手段は様々で。その少女は、色で、真のマテリアルを捉えている。
 倒れた理由は話されていて。
 事実も少しずつ教えられ始めていて。
 心配でも、気遣いでも、師として慕う真相手なら、あの時の繰り返しにはもう、ならない。
 あの日真の言葉を受けとめた巫女達は二度目だから大丈夫。
 あの日倒れた少女達は落ちる理由もなくなって、怯える必要もないから大丈夫。
 どちらにしても、どんなものでも、先生の言葉なら。
 そんな全てを内包する言葉が、確かに真に伝わっていく。
「……そんなに、迷っているように見えている?」
 参ったな、と頬をかけば、少女が頷いて。
 二人のやりとりを聞いていた少女達もまた、追いかけるように頷いた。

「なら、どんな話を聞きたいのかな?」
 思っていた以上にタフな彼女達は、それでも真を慕っている。そう、背を押された形。
 自信、というわけではないけれど。寄せられる信頼は悪いものではないから。
 来た当初に抱いていた緊張は少しずつ解れていった。
 少女達に求められるままに、知る限りの話をしようと腰を据えた。
 難しい言い回しで分からなかったのだと、そう訴えられればその言葉を聞き返して。噛み砕いてわかるように説明を重ねた。
 巫女達に求められる役割の、本当のところはわからない。けれど世界に対して行われて来た浄化が大切な行為だということは、もちろん忘れずに伝えていく。
「でも、あの日も皆が言っていたけれど……大人達、森の中だけじゃなくて、外にいる人達も。君達に浄化を全部やって貰おうなんて、考えてないんだ」
 負のマテリアルをその場所から取り除くだけなら方法はある。それは浄化術の輸出で巫女達にも見覚えがあった。
 その言葉に詳しい話は要らないだろうと、そう考えていたところで。ぽつり、小さな声だけれど、零れた言葉が真の耳を、胸を、心を強く、打った。
“これから先、どうすればいいの?”
 将来を決めかねていた時分に与えられた、巫女への道筋。示されるまま修行に明け暮れ、大人達の策や都合に流され続け、命の限りを示されて。
 巫女としての立場は変えられることはなかった。その理由は真実を知らされた今だからわかることだけれど。
 今、少女達の大半は。その重荷から、歩まねばならない道から、これから先にあったはずの制限から解放されている。
 なんとなく、巫女の修行を続けているのだと。これまでそうしてきたから、それしか知らないから、まだ巫女のままで居なければならない友人達と共に、とりあえず繰り返しているのだと。
(……それ、は)
 重ねられる言葉は、けれど真にとっては覚えがありすぎて。そのまま、真の中を通り抜けていかない。
 真の中にある未来への迷いが少女の言葉と共鳴している。
(何か、言わなければ)
 自分は、鞍馬真は彼女達の先生だから。絶対の正解じゃなくてもいいと分かってはいるけれど、何かしらの答えはもたらしたいと、そう思っている。
 ただ、その問いは。
 真が今まさに抱えているものと同じで。
「……不安なのはね、わかるよ」
 目線が、重なる。
「誰かに、巫女を続けろって言われている?」
 首を振る少女達。
「なら、きっと皆、自由に決めていいんだよ」
 周囲の大人達が望んでいるだろうことを、予想する。まだ巫女として生きなければいけない少女達にもそう願っているからこそ、皆、手を尽くそうとしているのだから。
 巫女達は、ただじっと話を聞いている。そちらに視線を向けて、真はぎこちなく微笑む。
「大丈夫、時間はあるから。考えて、知って、試して……したいことを、見つければいいんだよ」
 自分にも向けた言葉を、ゆっくりとなぞる。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

【鞍馬 真/男/22歳/闘技狩人/互いに映すからこそ、近く、親しく、慕い、案じ、想う】
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石田まきば クリエイターズルームへ
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2019年11月01日

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