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『アン・ドゥ・エンドレス』
シリューナ・リュクテイア3785)&ファルス・ティレイラ(3733)

 それは見た者を一瞬で虜にするような、美しいドレスだった。普段ならコレクションに加え自分の集めている美術品と並べて飾りたいところだが、伝わってくる魔力が女にこのドレスがただ美しいだけのものではない事を警告している。
「確かに、これは厄介そうね」
 手に持ったドレスを見下ろしながら、シリューナ・リュクテイア(3785)は独りごちた。脳裏をよぎるのは、処分を頼んできた依頼人の青ざめた顔だ。依頼人が、魔法の知識……特に呪術に詳しいシリューナを頼ってきていたのは、正しい判断だったと言える。
 このドレスには曰くがある。身につけた者だけでなくその周囲にいる者すら不幸へ叩き落とすという、そんな曰くが。
 どれだけ美しくとも、そのような呪いの込められたものを所有しておくわけにはいかない。頃合いを見て処分するため、シリューナはドレスを一度倉庫へとしまうのだった。

 ◆

「よーし、今日もお掃除頑張るぞ〜!」
 底抜けに明るい声が、シリューナの営む魔法薬屋に響いた。彼女の弟子であるファルス・ティレイラ(3733)は、掃除用具を手に取り意気揚々と店の掃除を始める。
 師匠の店の手伝いをする事は、ティレイラにとってよくある事だ。鼻歌を歌いながらも、彼女は慣れた手付きで次々に店を綺麗にしていった。
 しかし、倉庫に入り中にあるものの整理をし始めたところで、ふとその手は止まる。ただでさえ上機嫌な様子だったティレイラの瞳が、いっそう輝きを増した。
 シリューナの店を手伝っている時、たまに珍しい魔法道具を見つける事がある。たとえば、今この瞬間のように。
 ティレイラは、好奇心で胸を高鳴らせながら自分を一瞬で魅了したものに向かって歩いて行く。倉庫の奥に飾るわけでもなくしまわれていたのは、一着のドレスであった。
「綺麗〜! 新商品? それとも、師匠のコレクションかな?」
 興味深げに、ティレイラはドレスを観察し始める。思わず手を伸ばすと、指先に伝わってきた感触は予想していた以上に柔らかで心地良く、少女は思わず顔をほころばせた。見れば見る程美しいドレスだ。
 ……今から自分のする事がシリューナにバレたら、きっとお仕置きされてしまうだろう。けれど、ドレスを見ている内にティレイラの胸の中に芽生えた「着てみたい!」という欲求はどんどん膨れ上がっていく。美しくも不思議な雰囲気を醸し出しているそのドレスにまるで誘われてでもいるかのように、ティレイラはその衣服から目を離せなくなってしまっていた。
 今ここには、少女以外誰もいない。咎める者も……いない。
 いつの間にか、掃除用具は床へと落ちていた。代わりに、少女の手の中にあるのは件のドレスだ。
「少しくらい、いいよね?」
 ここにしまわれているという事は、使われているわけではないのだろう。ティレイラは、一度悪戯っぽく無邪気に笑うと、早速ドレスを身につけてみる事にした。

「わぁ……! 素敵!」
 全身鏡を見て、ティレイラは満足気に微笑む。鏡には、ドレスを身にまとったティレイラの姿が映っていた。
 色もデザインも、ティレイラ好みで可愛らしい。ステップを踏むように一度くるりと一回転し、少女はドレスを着た自分の姿をすみずみまで見ては嬉しそうにまた微笑む。
「……あれっ?」
 しかし、しばらくして違和感に気付いた。何だか、身体がおかしい気がする。自分の意思とは反して、勝手に動いているような、そんな違和感。
 動いてるような……否、実際に、動いている? 何故か、ティレイラはいつのまにかステップを踏んでいた。鏡が、踊り始めた自分の姿を映す。別に踊りなんて踊る気はないのに、どうしてか体は彼女の言う事を聞いてはくれない。
「嘘、なんで勝手に……!?」
 何がなんだか分からない。ただ一つだけ分かるのは、自分の身に良からぬ事が起こっているのだという事だけだった。
 原因は、恐らくこのドレスにあるのだろう。慌てて、ティレイラはドレスを脱ぎ捨てようとする。
「だめ、動けない! 嘘、やだよ! 止まって! 止まってってば!」
 しかし、もはや自由に動く権利を失ったティレイラには、それすらも叶わないのだ。
「だ、誰か助けて〜!」
 ダンスミュージックの代わりに、少女の嘆きの声が倉庫へと響く。慌てるティレイラの気持ちなど知った事ではないとばかりに、彼女の体は華麗なステップを決めるのであった。

 ◆

「……ティレイラ?」
 耳をくすぐった声に、シリューナは顔をあげる。倉庫の方から聞こえた悲鳴は、ティレイラのものに違いなかった。愛らしい弟子の声を、シリューナが聞き間違えるはずもない。
 倉庫へと向かうと、どういった事かティレイラはシリューナが来た事など気にせずに……踊りを踊っていた。華麗なステップを踏みながらも、少女の顔は混乱と困惑に満ちている。まるで、踊っているのは自分の意思ではないのだと訴えかけてくるかのように。
「師匠! きてくれたんですね、よかった! た、助けてくださいっ!」
 助けを求めながらも、踊る事をやめない弟子の姿をシリューナはじっくりと見やった。ティレイラのダンスに合わせ、長い黒髪とドレスのスカートが揺れる。
「まったく……この子ったら」
 シリューナはすでに、状況を把握していた。
 処分しようとしていた曰くつきのドレスを、掃除中のティレイラが見つけて身につけてしまったのだろう。好奇心旺盛なティレイラが、美しいドレスを見て興味を示さないはずもなかった。
「し、師匠?」
 不安げな様子で、ティレイラは目の前にいるシリューナの事を呼ぶ。シリューナならきっと、この程度の呪いを解く事などわけはないはずだ。だが、シリューナは何故かその場から動こうとはせず……笑みを浮かべた。
「あなたが今踊っているのは、呪いの踊り。周囲の者まで不幸にする厄介な呪術よ。故に、このまま放っておくわけにはいかない」
 その笑顔に、ティレイラは覚えがありびくりと肩を震わせる。もし、今身体が自由だったら、謝りながらも慌ててこの場から逃げ出した事だろう。
 だって、シリューナがこの笑顔を浮かべるのは決まって、ティレイラをお仕置きする時なのだから。
「それに、倉庫にあるものを勝手に着た悪い子には……お仕置きしなきゃでしょ?」
 呪いを上書きするかのように、ティレイラの身体を魔術が伝う。踊りながらも何とか視線だけで自らの手を見たティレイラは、愕然とした。
「ご、ごめんなさい師匠! 許してっ!」
 今シリューナからかけられたのは、石化の呪術だ。ティレイラの身体が、徐々に石に変わっていく。ドレスの魔力と反応したのか、美しい黒曜石のような石に。
 魔力は、ついにティレイラの身体全体に広がる。先程から謝罪を繰り返していたティレイラの声は、いつの間にか聞こえなくなっていた。踊っている姿のまま、少女はとうとう等身大の石像と化してしまったのである。
「さて、後はこのドレスを砕いて処分するだけね……」
 けれど、その前に……少しだけ楽しませてもらう事にしよう、とシリューナは思った。なにしろ、石像になったティレイラの姿はとても愛らしいのだ。人を魅了するドレスを見た時よりも、ずっと大きな感動が彼女の心をしめる。
 美しい造形のその像に、女はそっと手を伸ばした。許しをこう可愛らしい表情を浮かべたまま動かない弟子の顔を撫でると、冷たく滑らかな感触が伝わってきてシリューナは思わず笑みを深める。
 普段は柔らかいティレイラの肌は、今はすっかり硬質の石と化している。その見た目も質感も、今まで数々の美術品を見てきたシリューナのお眼鏡にかなう上質な一品だ。
 ほう、っとシリューナの唇からは思わず感嘆の溜息が零れ落ちた。ドレスを着て踊るティレイラの姿も可愛らしかったので眺めていたい気持ちもあったが……オブジェにして正解であった。
「なんて愛らしいの、ティレイラ」
 高揚したシリューナは、目でもじっくりと堪能しながらティレイラの身体のラインを確かめるように彼女へと触れていく。もはやオブジェと化したティレイラは、踊りを踊るポーズのままいつ終わるかも分からない石の牢獄に囚われてしまっていた。
 哀れなティレイラ。けれど、彼女のそんな姿は、やはりシリューナには特別愛らしく見えてならない。
 優しく丁寧な手付きで、いつまでもシリューナはティレイラの事を撫で続けていた。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ご発注ありがとうございました。ライターのしまだです。
不思議なドレスに魅了されるティレイラさんと、そんなティレイラさんに魅了されるシリューナさんのお話、このような感じとなりましたがいかがでしたでしょうか。
少しでもお楽しみいただけましたら幸いです。何か不備等ありましたら、お手数ですがご連絡くださいませ。
それでは、この度はご依頼誠にありがとうございました。また機会がありましたら、その時はよろしくお願いいたします!
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2019年11月05日

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