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『トリックアンドトリート?』
不知火 楓la2790)&不知火 仙火la2785

 一つ屋根の下で暮らすことをこうも厄介に思うなんて、前までは想像もしていなかった。そう密かに心中で零して、不知火 楓(la2790)は不知火邸の台所にあるオープンからそれを取り出す。あの子と違い特別菓子作りが上手いわけではないが、これは母と作り父と食べた思い出の味なので、手順はしっかりと憶えている。尤も生地に混ぜ込んだのは南瓜ではなく別の物の為、再現以前の話だが。一人物思いに耽っているうちに粗熱が取れ、シートから剥がして掬ったクッキーを自らの口へ運び――。
「楓が菓子作りなんて珍しいな?」
 今はいるはずのない相手――不知火 仙火(la2785)の声を耳にし、意図せず肩が跳ねて、下唇に触れたところでクッキーを持つ手が止まった。振り向けば扉の枠に手をかけた仙火が不思議そうな顔でこちらを見返す。食べようとしていた一枚を区別の為プレートの隅に置き、いつも通りにと心掛けつつ楓は微笑みかけた。
「前に少し話に出たから試しに作ってみようかと思って。思い出の味だしちゃんと憶えている自信はあったんだけど、もし失敗したら悪いからこっそり隠れてね」
 とここで以前、仙火の母親と話した内容をざっと説明する。それに彼はなるほどと得心したのち、テーブルの上に置いてあるプレートの方に目にやって首を傾げた。
「あれ確か南瓜だったろ。俺も貰ったことあるから憶えてる」
「そうだよ。でもこの家には今イチゴスキーが三人もいるからね」
「ああ、そういう理由か。なあ……折角だし味見してもいいか?」
 何を隠そうその苺好きの筆頭でもある仙火だ。そわそわした様子の彼を見て、ふふと笑い声が零れる。
「どうぞ? ……ただし、君や彼女並みの腕前は期待しないでね」
 言って、プレートの前を譲る素振りで少しだけ彼に背を向ける。仙火は感情の機微に聡い方だし、自分たちの付き合いは誕生日の遅い楓が生まれてからずっと続くもの。彼女と呼び、名前を出さなかった相手への複雑な感情を気取られる予感があった。ただでさえ、母が父にあのクッキーを作っていた意味、そして自分が彼にこのクッキーを作ろうとした理由――それに気付かれる可能性に肝が冷えているのに。すぐに気を取り直し、食べ損ねたクッキーを食べようとして、今度こそは動揺を隠しきれなかった。
「仙火、待って――」
 言うより早く、彼の細めながらも無骨な指が一枚のクッキーを掴んで開けた口へと近付ける。そしてそのまま吸い込まれるように入った。生地を噛むサクサク音に果肉を齧ったと思しき音が混じり、仙火はじきにごくりと飲み下した。いつもの自分を取り繕えずに唖然とする楓。向き直った瞳が不意に真剣な色を帯びる。
「なあ。なんで最近、俺を避けてる? ……いい加減に俺のこと、嫌になったのか?」
 それは刃が如く楓の心に刺さり、けれど実際は逆だと分かった。言葉こそ厳しく問い詰めるものだが、声は微かに震え、表情は幼い頃に賊から助け出された自分を見たときの――己の無力さと寄る辺なさに打ちひしがれていたあの日と重なる。楓は首を振った。先程まであった筈の墓まで持っていくという決心はその顔を見たら、消し飛んでいた。
「違う、違うよ。そうじゃなくて、むしろ逆なんだ」
「逆?」
「君と顔を合わせたくなかったのは僕が、君を好きになってしまったから。……いや、そうじゃないね。本当はずっと前から好きだったのに気が付かなかっただけだ。僕はきっと、怖かった。君との関係も僕自身も変わってしまうのが」
 男のようにしていればいつまでも仙火の隣にいられる。しかし願いに反するように、身体は自らの性が何であるかを突きつけて、本当にただ幼馴染や親友でいたいのであれば心底気に病むだけのところ、自らの存在が原因で彼が恋人と別れたと知って、喜びこそしなかったが少しほっとした自分もいたのだ。なのにそこで自覚しないまま、この世界に来て、その面立ちから何か因縁浅からぬだろう少女と出逢い、仙火は少しずつ変わっていく。傷付いた理由を知っている楓は見守ろうとした。何も知らないあの子は強く優しく引っ張りあげていく。それを誰より一番近い場所で見ていてようやく、己の中で息衝いていた恋を知り。そして秘めるべきだと思った。――仙火に必要なのは彼女の方だから。しかしこうして好きな人を傷付けていたら本末転倒だ。
「楓が俺を好き……? 本当にか」
「さすがにこんな嘘はつかないよ」
 告白してしまえば、後はもう裁かれるのを待つだけだ。こればかりは考えないようにしていたのでどんな反応が返ってくるか想像もつかない。せめて正面から受け止めようと彼の顔を見上げた。目が合った瞬間、仙火の表情が綻んで驚く。それは、今まで一度も見たことのない笑顔。好物の苺を前にしたときのあの無邪気さを甘く煮詰めたような――。
「俺もお前が好きだ」
 父親に付き合って家庭菜園に精を出していたのか、抱き締められるとふわり、土と草花の匂いがする。久しく触れていない肌で感じた仙火の体温は高くて、その熱は状況を理解した途端こちらにまで移った。その間も彼の口は閉じることなく、好きな奴が出来て俺を恋人と勘違いされるのが嫌で避けてたと思っただとか、喜ぶべきなのに何故か苛々してそれで好きだと自覚しただとか、身に覚えがありすぎる心情が吐露され、次第に身体の力が抜ける。照れを誤魔化そうとしてか饒舌な仙火の様子に自然と笑みが浮かび、ようやく背中を抱き返す。それでやっと腕が緩んだ。
「ねえ、仙火。ちゃんと上手く出来てた?」
「ああ。独り占めしたいくらい美味かった」
「なら、みんなには内緒で全部あげるから――僕も味見、させてもらっていい?」
 果たして声だけで思惑が伝わるだろうか。徐々に平静を取り戻しつつある頭がふと思いついた悪戯心。恋人という特別な関係になれるのなら、少しは大胆になってもいいだろうなんて。
 身体を離しても至近距離にある仙火の顔。無言のままに再び距離が近付き――苺の甘酸っぱい風味が伝わって我ながら上出来だったのだと知った。

 ◆◇◆

 無論誰に対してもそうだが、特に恋人に対して強引な男は粋の真逆を行く。そう自覚しながらも、仙火は楓の腕を引くのをやめられなかった。大理石で出来た床に足音が二つ響き、片方は時折歩幅が乱れる。元から自分らしさなど不確かだったが、とかく近頃はこれまでと随分かけ離れてしまったなと自覚する。肉親の次に近しい関係が変化したのだ、調子が狂わない方が逆におかしいかもしれないが。しかしこれはと一人葛藤している内にひと気が消え、仙火は足を止めるとすぐ振り返った。
「仙火、もしかして怒ってたりする?」
「怒ってはない……けど、妬いてるな」
 くすりと艶やかに微笑む楓に比べて、自分のトーンはまるで機嫌を損ねた子供のようだ。だが奇を衒わない一言にはたまに同い年とは思えないほど泰然とした彼女の調子を崩す何かがあったらしく、涼しげな瞳が一瞬だけ見開かれた。すっと視線を逸らして口元を隠そうとするも、格好が格好なだけに、手だけでは覆えないそこに微笑みが覗いた。いつも誰にでも見せるものではなく、擽ったさを滲ませる笑顔。多分嫉妬が嬉しいという顔だ。そうするとやはりこの状況自体、楓的にはしてやったりなのか。
 ナイトメアの親玉を無事に倒し、その後暫くして放浪者は皆、自らの生まれ育った世界に戻る自由を得られた。それなりに時間がかかった為、同じライセンサー以外にもSALFの関係者や隣近所の住民など、断ち難い縁も最早数え切れないが、楓の両親をはじめとする不知火一族や元の世界での久遠ヶ原学園の学友たちとも再会を果たしたかった。そもそもすぐにでも帰りたいと一番思っていたのは仙火である。別れを惜しみつつも懐かしくさえ思える故郷へと全員揃って帰還し、いざ屋敷に顔を出せば時間は全くといっていいくらい経過していなかった。なので流れるように元の生活に戻り、しかし、まるで人が変わったようだと指摘されるのは仙火よりも楓の方だった。
 今は恋人でゆくゆくは夫婦として共に不知火家の未来を担うのだから、グッとくるのが健全な反応だ。しかしどうにも直視しきれず、視線はふらふらと不安定に楓の姿を見る。品のいい真紅のドレスを纏い、惜しみなく身体のライン――豊かな胸や腰のくびれを浮き彫りにしているのははっきりいって目の毒だ。勿論欲を刺激されるという意味で。それが自分一人に向けられるならいざ知らず、名家の跡取りばかりが集まる衆人環視の場で晒せば当然、いかに彼らの教育が行き届いていようが即物的な意図を秘めた視線が注がれるわけで。正直腑が煮えくり返った。そしてそれ以上に。
「……なあ、楓」
「何?」
「キスだけしてもいいか。優しくするから」
「その言い方だとキスだけじゃ終わらない気がするけど?」
「それ以外絶対やらない。……少なくとも家に帰るまでは」
「ふふ。正直でよろしい」
 楓の唇が大きく弧を描いて、けれど薄く膜を張った瞳に期待よりは幾分小さめの不安が映る。かつて恋人に別れを切り出されたのは大体が相手を好きになり始めた時期で、心から愛せないのに欲求を吐き出すことなど出来ず、求められてもはぐらかしていた為正直経験は浅い。だから巧拙の判断はつかないが努めて優しく少しでもお互いが悦くなれるようにとは強く心掛けている。
 細い顎を掬い顔を寄せれば、楓の腕がうなじに回されて挑発するように股の間へと脚が差し込まれる。仙火は音もなく笑い、睦言を紡ぐ代わりに舌先を彼女の口内に滑らせた。楓に触れ、楓に触れられるのはただ一人自分だけだ。そんな優越感を奥に潜ませ、前言通りひたすら優しく愛を伝えていった。

 一つ屋根の下で暮らすのに何の異論もなかった。が、若干後悔はしている。目覚ましに顔を洗おうと洗面所まで下りてきて、鏡の前でそうしていた楓と思いきり目が合ったからだ。仙火が逸らす前に逸らして、備え付けのタオルで顔を拭き始める。
「あー、えっと、おはよう、楓。きょっ、今日は随分早いんだな?」
「……おはよう。仙火こそ、確か何も予定がなかったのに早いよね」
「……まあその、なんだ。たまには早起きして勉強するのもアリだと思ったんだよ」
「元々勉強熱心なんだし、そこまでしなくてもいいんじゃないかな」
 いつになく決まり悪げな楓を見て既視感が強くなる。普段なら様子が変だと揶揄ってきてもおかしくないのに。ちょっと前にも同じようなことがあった。あの時の相手は楓ではなく、昨晩依頼を済ませて帰ってきて、今は自室で眠っている筈の少女だったが。と、所詮は夢だというのに、まるで二股をかけているようで罪悪感が半端ない。ドッドッと早鐘を打つ胸元を軽く握り込む。そうこうしている間に楓がどうぞ、と場所を空けるので、気まずいから部屋に帰るとは言えず洗面所内に入る。彼女は何故か気もそぞろで、出ていく気配もない。背後から刺さる視線を鏡越しに見つめれば、首を痛めかねない勢いで顔を背ける。……頬に仄かな朱が走っているように見えるのは気のせいなのか。
(――いやいや、俺の見方がおかしくなってるからだろ!)
 心の中で自分にツッコミを入れると、熱くなる頬にそろそろ堪える冷たさの水を浴びせかけ、無理やりに冷ました。しかしまだ後ろに楓がいると思えば、頭は自然と今朝まで見ていた夢を辿り出す。普段はどんな夢も目が覚めて数分でぼんやりとする筈だが、楓とのやり取りに関してはくっきりはっきりと刻まれていた。まあ欲求不満なのは致し方ないとしても、どうして相手がみな身近な女性なのか。夢の中と同様無自覚だが恋愛感情を抱いている?
(だとしたら本当に二股みたいなもんじゃねーか)
 ないないとタオルに顔を擦り付けつつ否定する。と、不意にいい香りがした。――この前誕生日プレゼントに贈ったサンダルウッドのアロマキャンドル。鎮静効果などとんでもない。純粋に使ってくれていて嬉しいなどと今は思える筈もなく、勢いよく振り返る。もうそこに楓はおらず、珍しいことに忙しない足音が階段を上がっていくのが聞こえた。
「朝飯までには落ち着かないとな……」
 朝の食卓だけでなく今日は講義が重なっていて、家を出る時間も一緒だ。なのでいつものように、連れ立って学園に通うことになる。ペチペチと頬を叩くも、唇からはただ深い深い溜め息が零れ落ちた。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
書かれていたイメージの楓さんの台詞にうおーとなりつつも、
幼馴染であるが故に自覚が遅く気持ちを言い出し難い感じも
好きだったり、普段ああいう格好いい系の女性が崩れるのも
好みなので男前度は低めに、初々しくもちょっと大人っぽい
という雰囲気を目標にして書かせていただきました。
というかその楓さんは是非、正規の未来で見てみたいですね。
ですが逆のパターンもとても好きだというこのジレンマ……!
イラストも含めて、色々参考にしつつ詰め込んだつもりです。
今回も本当にありがとうございました!
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2019年11月05日

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