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『誰がために』
三代 梓la2064

 堰を切られた濁流のように、群を成した人々が一点を目指して駆けずっている。
 商業施設。この日は休日で、多くの市民が余暇を過ごしに訪れていたようだ。
 彼らが向かう先は、施設の屋上駐車場。まだ正午を回ったばかりで、来客者が一斉に帰るような時間ではない。
 では、彼らは何のために?
 答えは単純明快。生き残るため、だ。
 この商業施設は、一階から三階までがショッピングフロア及び駐車場。四階、そして屋上が立体駐車場といった作り。
 緊急事態を告げる放送もいつの間にか聞こえなくなり、非常ベルだけがけたたましく鳴っている。
 腰を抜かして動けない老人、はぐれた子供を必死に呼んで探す母親、その子供を押し倒し踏みつけ我先にと走る民衆。
 階段、エスカレーターは完全に詰まり、膝の悪い老婆が手すりにつかまりながらも一段ずつ足をそろえて必死に上るのをもどかしく思った男が、善悪の区別もなく引き落としている場面もあった。

「かなり混乱しているみたいね。無理もないけれど」
 SALFの手配によって施設の監視カメラの映像を手持ちの端末に共有し、現場を確認した三代 梓(la2064)は、輸送車両代わりのタクシーにて商業施設へと向かっているところだった。
 状況を確認すると、こうだ。
 正午。施設にある東西南北それぞれの入口付近にいた来客者数人が突然倒れ、その身体から何本もの蔦が生え、太い根を張り、そして他の来客者を蔦や根を伸ばして襲い始めたのだということ。十中八九、ナイトメアによるものだろう。というのも、施設の東西南北をぐるりと囲むような形の平面駐車場には、事件発生とほぼ同時に毒々しくも神々しい青の光を放つ花を咲かせた木が姿を現したとのことだ。この木こそがナイトメアだと考えるのが妥当だ。
「一体じゃない。全部で四体……。いえ、施設の四方で現れているから、四体とも根が繋がっているのかしら」
 梓は様々な予測を立ててナイトメアの正体について考えていた。が、己の状況を振り返って脳内の議題を切り替えた。
 今現在、現場に向かっているのは、自分一人だということ。偶然近場にいて、すぐに対応できるのは彼女しかいなかったのだ。
 もちろん、他のライセンサーも手配されているが、どうしても移動に時間がかかってしまう。
 だから、彼女は選択を迫られていた。
 平面駐車場のナイトメアと交戦するか、施設に突入するか、だ。
 植物と化した人間から市民を避難させることを優先すべきだろうか。平面駐車場のナイトメアを先に片づけるべきだろうか。
 いや。ナイトメアの討伐ならば、後詰めのライセンサーが対応しても遅くはないだろう。
 ならば避難を先に……。
「ダメだわ。彼らを屋上に誘導しても、その先どうするの。かといって、出口を確保しても外にはナイトメアがいる。交戦している間に、他の出入口から被害者が増えるとしたら。くっ、どうしたらいいの」
 しかし。
 作戦を立てている時間も惜しい。商業施設はもう目と鼻の先だ。
 何が起こるかも分からない。チャーターしたタクシー運転手を危険に晒すことも避けねば。
「ここでいいわ。どうもありがとう」
 現場の手前500mほどの位置で車を降り、作戦を頭の中で組み立てながら梓は走った。

 作戦というほどのものではないが、梓は平面駐車場の植物ナイトメアには目もくれず、出入口で植物と化した市民すらもすり抜けて、梓は屋上を目指した。
 要救助者達を屋上から脱出させる手段はない。ならば、その手段ができるまで時間を稼ごうというのだ。
「なんだかんだ、ほとんどの人が屋上に到達しかけてるわね。逃げ遅れは……くっ」
 見捨てるしかない。
 そう梓が判断したのは、端末に映し出された監視カメラの映像。
 植物化した来店客の蔦が、間もなく屋上に追いつこうとしていたのだ。数人の逃げ遅れを救助しに走れば、大多数の要救助者をまとめて見殺しにすることになる。
 腕に装着したバトルアクターをジャマダハルの形状に変え、施設を這う蔦を切り裂きながら、梓は走る。
 途中。
 逃げ遅れたのであろう子供の亡骸を見た。
 体を覆うように蔦や根が絡んでいるが、梓の目を引いたのは、植物に覆われていない首であった。
 頭の角度からして、骨が完全に折れている。ナイトメアの影響によるものではないだろう。
 脳裏に監視カメラの映像がよぎった。混乱しながら逃げ惑う民衆に押され、倒れ、そしてその首を、後から駆けてきた大人たちに踏まれたのだろう。
 我が身可愛さに、見知らぬ子供の命など顧みる余裕などなかった。それは、その心理は、分からないでもない。
 分からないでもないが……。
「この子の親は、私を恨むのでしょうね」
 呟き、梓は願う。
 この商業施設のどこにも、「楽しんでね」の文字がないことを。

 四階の駐車場を戦場に選び、端末に監視カメラの映像を移し、屋上へ繋がる階段、エスカレーターのある地点を駆け回る。
 蔦が迫ればそこへ赴いて武器を振るい、また別の個所に蔦が迫れば駆けつける。
 蔦や根が屋上へ到達することを、その身一つだけで防がねばならなかった。
 彼女にはそれ以外のことを構っている余裕などない。ただ、招集されたライセンサーが到着するまで身体を動かし続けるだけだ。
 が。
「何やってんだ、さっさと何とかしろよ! ライセンサーのくせに!!」
「やめなよアンタァ!!」
「うるせェ!!」
 梓が到達したところで、民衆のパニックが収まるわけではない。蔦が迫れば悲鳴を上げ、梓が移動すればどよめきが起こる。
 階下で彼女が苦戦している様子を見た初老の男性が怒鳴り散らす。
 隣にいた、妻と思しき女性が男性に組みつくようにしてヒステリックな声を上げると、今度は男性が女性を一喝して頬を叩いた。
 もうめちゃくちゃだ。
 子供の亡骸といい。自分勝手な大人ばかりだ。
 何故、こんな人を助けなきゃならない? ライセンサーだからか? そんなことのために、力を振るっているわけではないのに。
 そんな疑問を。梓はこの一言で振り払った。
「じゃあ、アンタが戦えば? アンタの方が偉いんでしょ」

 その後。
 援軍の到着によって事件は収束した。
 ようやく安全が確保された要救助者達がゾロゾロと商業施設を後にしていく。
 ふと。梓はあの子供が気にかかった。
 首を踏まれて事切れていた、あの子供だ。確か、一階の階段近くだったか。
 遺体はこの後回収されてしまうだろう。だがその前に、手を合わせてあげたかった。

 そこには。我が子の変わり果てた姿に、膝をついて嗚咽を漏らす女性がいた。
 梓より一回りとは言わないが、まだ若い。
 彼女の隣にしゃがみ、梓は亡骸に手を合わせる。
「あなた、ライセンサーね。どうして……どうしてもっと、早く来てくれなかったの。この子は、どうして、こんなことに。何で、守ってくれなかったの」
 母親は力なく言った。その悲しみを、憤りをぶつける相手が欲しかったのだろう。
 その気持ちは、梓には痛いほど理解できる。
 だから。
「じゃあ、あなたが戦えば? あなたが守ってあげなきゃいけなかったんじゃないの」

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
再びのご依頼、ありがとうございます。
私がやるとしたら、というご依頼でしたので、手法といいますか、やり方といいますか。
やっぱり暗いのですよね、どうしても。
どうしても意識したくなるのは、危機感でしょうか。
自分だけではどうすることもできない状況。生み出される悪夢。
前回で、方向性はご理解いただけているのかな? とは思いますが、いかがでしょう。
ほぼおまかせでご依頼をいただきましたので、方針は前回と変わらず。
少しでも、今後の活動の糧としていただけましたら幸いです。
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グロリアスドライヴ
2019年11月11日

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