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『純白に赤を刻む(1)』
白鳥・瑞科8402

 荒れ狂う吹雪が、歩む聖女の視界を阻む。白鳥・瑞科(8402)の履いたロングブーツが雪原に刻む足跡も、すぐに雪と風により隠されてしまった。
 真っ直ぐと歩く事も困難なように思えるその道を、彼女は悠然とした足取りで進んで行く。しゃんと背筋を伸ばし、自信に満ちた笑みを浮かべる瑞科の姿は、例えるなら雪原に咲く一輪の花だ。
 雪風に負ける事なく凛と咲く花は、美しい外見からは想像も出来ぬ程しっかりと地に根を張り力強い。見る者全てを魅了する美貌を持ちながらも「教会」に所属する者として確かな実力を持っている彼女の姿は、そんな花の姿をどこか彷彿とさせた。
 歩くだけで絵になる瑞科は、時に人ではない者すらも魅了する事がある。身を潜め彼女の事を監視し、奇襲を加えようとしていた男もまた、瑞科の美しさに今まさに惑わされていた。
 願わくば、このままずっと見ていたい……そう願う欲を、男は必死で押さえつけて武器を構える。
 短剣を手にした男の爪は、異常な程長く伸び、まるで血を吸ったかのような黒に近い鈍い赤色に染まっている。口から見え隠れする牙も鋭く、殺気を宿した淀んだ瞳からも男がただの人ではない事は明らかであった。
 怪物。異形。瑞科からして見たら、穢れた下賤な者……といったところだろうか。
 可憐な聖女の艷やかな唇からは、他者を見下したような発言も平気で飛び出す。怪物相手なら殊更、瑞科の美しい声で象られた侮蔑の言葉という名のナイフは鋭くなるのだった。
 傲慢とも言える彼女の言動を、咎める者はいない。何せ、彼女の取る態度は、彼女の自信の表れでもあるのだから。
 大言でも虚言でもなく、事実彼女は人を見下してもしかるべき実力を持っていた。彼女の力は、たとえ訓練の最中であっても周りの者が思わず感嘆の吐息をこぼしてしまう程に、華麗で確かなものであった。
 暴風で身を隠しながらも、男は瑞科に向けて短剣を振るう。男の攻撃は、確かに女の事をとらえたはずだった。
 しかし、手に伝わってきた感触に手応えはない。男が短剣を振るった時には、瑞科の姿はその場から忽然と消えてしまっていたのだ。
 ただ何もないところを空振った敵は、慌てて瑞科の姿を探し始める。
 この荒れ狂う景色の中でも、彼女の姿は目立つ。風になびく白のヴェールも、スリットの入った修道服も、長く伸びた髪も、一つ一つが芸術品のように美しい彼女の姿は、男の記憶にだって強く刻み込まれていた。
 しかし、それなのに、どうしても聖女の姿は見つからない。まさかあれは、自分の見た幻だったのだろうか、と男は錯覚してしまいそうになった。
 そう思うと、今まで見た誰よりも彼女が美しかった事にも納得がいってしまう。先程見た彼女は、雪と風に疲れた自分が見た理想の女性の姿をした白昼夢だったのだろう、と。
「ぼんやりとしていらっしゃるなんて、随分と余裕ですわね」
 けれど、声が響いた。凛としたその声は、男のすぐ耳元で聞こえる。慌ててそちらを向くと、いつの間にか隣にいたのか悪戯っぽく笑う聖女の姿がそこにはあった。
 男が見惚れてしまっている間に、彼女は自身の手を振るう。その手に持った、磨き上げられた剣と共に。
 一閃。敵が、自分の身に何が起こったのかを把握した時には、すでに彼はその場へと倒れ伏していた。
 音もなく男を無いだ剣を、瑞科はそっとしまう。男と瑞科の戦いは、一瞬で決した。むろん、瑞科の勝利という形で。
「この程度ですのね。少々期待外れですわ。この先にある『実験施設』には、もう少し骨のある方がいてくださればいいのですけれど」
 手応えのない相手に残念そうに肩をすくめた瑞科だったが、気を取り直し穏やかな微笑みを浮かべる。なにせ、彼女の今回の任務はここからが本番だ。
「教会の名のもとに、悪しき者達にはわたくしが裁きを与えてさしあげますわ」
 彼女が口にした「教会」というのは、ただの教会ではない。太古から存在し、世界的な影響力を持つ秘密組織である。
 主な目的は、人類に仇なす魑魅魍魎や組織の――せん滅だ。

 ◆

 時は数刻遡る。拠点にある私室にて、瑞科はいつものように着替えを行っていた。
 上機嫌な様子で彼女がワードローブから取り出したのは、一着の修道服。彼女が任務を行う際に決まって身につける、戦闘服だ。
 そう、『いつも』というのは、ただどこかへと遊びに出かける時の事を指すわけではない。「教会」の武装審問官として戦いに赴く事こそが、瑞科にとってはいつも通りの日常なのだから。
 これから彼女が向かうべき場所は、戦場だ。しかし、彼女のその端正な横顔に、恐れや憂いといった類の感情はない。あるのは歓喜と……期待。
 自分がこの世界を守れるのだという喜びと、今回はどういった敵と戦えるのかという期待であった。
 衣服を身につけながら、瑞科は先程上司である神父から聞いた話を思い出す。
 なんでも、とある場所の気温が突然異常な程に低下し、一夜にして極寒の地と化してしまったのだという。吹雪に阻まれ普通の人では立ち入る事の出来なくなったその場所は幸い普段は人の住んでいない荒野だったが、問題はその冷気の発生源にあった。
 発生源らしき場所に、ひっそりと隠れるように実験施設のようなものが建っている事が発覚したのだ。「教会」がちょうど調査していた人体実験を行っている組織の拠点が、どうやらその場所に存在しているらしい。
 故に、「教会」はシスターに任務を出す。吹雪の中に存在する、敵組織のせん滅を命じる。
 問題なのは、誰がその任務を受けるのか、であった。ただでさえ動きが鈍る極寒の地にて、どれ程いるのかも分からない強靭な怪物達を相手にするのは、優秀な者揃いの「教会」のシスター達にとっても簡単な事ではない。
 命を落とす可能性も高い、危険な任務だ。だからこそ、最も実力のある者へとその仕事は与えられる事となった。
 白鳥・瑞科はその任務を受ける事となった時、二つ返事で頷いてみせた。その顔には、穏やかな笑みまで携えて。


東京怪談ノベル(シングル) -
しまだ クリエイターズルームへ
東京怪談
2019年11月11日

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