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『丸抱えの明日』
日暮仙寿aa4519)&不知火あけびaa4519hero001

 不知火あけび(aa4519hero001)の朝は早い。
 これは彼女が月光かいくぐって夜陰を賭ける忍だから……ではない。そうであるなら日暮れよりも早くに眠り、夜のたけなわより動き出すべきだろう。なのに彼女が夜も明けきらぬ内から起き出すのは、不知火から日暮へと姓を変えた結果のことである。
 気配を完全に殺して布団から抜け出したあけびはまず、傍らを見やる。そこには、ぴんとまっすぐ背筋を伸ばしてうつぶせ寝に沈む夫、日暮仙寿(aa4519)がいて。彼女は夫の顔色や呼吸を確かめた後、仙寿の呼吸に自らの呼吸を同調させて計り、そして。
 仙寿が息を吸い込んだ瞬間、寝間着――仙寿は和装なので浴衣――の奥襟の内へ指先を滑り込ませ、肩の裏へ貼りつけていた湿布を剥がす。
 ちなみにこの湿布、とりどりのハーブでよい香りをつけたあけび特製の代物で、仙寿が寝入ったところへ気づかれないよう貼りつけている代物なのだが、さておき。
 H.O.P.E.法務部の若き課長として、日々事務机上での激戦を繰り広げている仙寿だ。そのコンディションを保つのは良妻の務めというもの。
 同じ作業を繰り返し、仙寿の眠りを妨げることなくすべての湿布を剥がし終えたあけびは、そのまま影のごとくに寝室を抜け出していった。

 途中、3人の子どもたちが空間を分け合う子ども部屋へ忍び込み、布団の角度を調整してやって、息をつく。
 長女は小学校中学年。そろそろひとり部屋が欲しいころではあろうが、下のふたりがまだ幼いこともあり、世話を任せていた。責任感は集団生活の中で培われるものだとあけびは思っているし、実際に長女は長男と次女の模範を務めようと日々奮闘してくれている。
 この子の場合は性格もあるんだろうけどね。仙寿にいちばん似て苦労性な子だし。
 やけに姿勢のいい寝姿もまた仙寿とそっくりで、きっとこの子は将来面倒臭いことになるんだろうなと思えてならないわけだが、それでも心配はしていない。仙寿がそうであったように、支えてくれる仲間に恵まれることを疑っていないからだ。
 あとは足りないとこ補い合える相手が見つかるといいよね。
 そして保育園児の長男。豪快な寝相は果たして誰に似たものやら。もしかすればあけびの身内の誰かなのかもしれない。まあ、なんにせよ、放っておいてもマイペースに伸び伸び暮らせる才のある子だから、奔放な剣筋を含めて強く押しつけず、成長を見守っていきたいところだ。
 最後は長男と同じ保育園に通う次女だが。剣の才も忍の才も、おそらくは3人の内でもっとも低い。しかし、その修行をもっとも楽しんでいるのも彼女だ。好きこそ物の上手なれと云うが、もしかすれば予想外の化けかたをするかもしれない。……母としてはとりあえず、仰向けにひっくり返った蛙さながらの寝相はなおして欲しいところだったが。

 そんなこともありつつ、ようようと台所へ辿り着いたあけびは気合を入れなおし、冷蔵庫の扉を引き開けた。
 長女の昼食は給食センターにお任せだが、保育園は弁当を持たせる必要がある。
 子どもは大人がこんなものだろうと思うより遙かに繊細でプライドが高い。弁当箱を開けた瞬間、彼らは計るのだ。そう、母がくれる愛の質と量とを。
 だからこそあけびは手を抜けないし、手を抜くつもりもなかった。
 流行りのアニメや特撮のキャラは使わない。気合を入れたキャラ弁は我が子を喜ばせるだろうが、小さな世界に大戦を巻き起こしてしまいかねないからだ。忍はそもそも諜報員。世間から浮いてしまうような真似は避けなければ。
 というわけで、弁当箱の内に“せん君”と“あけちゃん”を描き出していく。なんの価値もないオリジナルキャラクターと思うなかれ。これは子どもたちが物心つく前から寝物語に語り続けてきたサムライ系ヒーローとニンジャ系ヒロインであり、彼らにとっては無二の存在なのだ。そして――
 着物の柄とかすごい考えたからね。お野菜じゃなくちゃ再現できない色味!
 野菜を嫌い、肉を好むのは子どもの性。その中で無理強いなく野菜を食べてもらうべく、キャラふたりには綿密な色彩設定を施した。そちらに力を入れすぎたせいで、ちょっとだけ締まりのないサムライ、忍べないニンジャになってしまったわけだが、いいのだ。仙寿やあけびを元にしているとはいえ現実の存在ではないキャラなのだから。
 果たして、野菜メインのおかずに“兵糧丸”と称した味噌味の肉巻きおにぎりを添えた弁当がふたつ完成。
 あけびは出来映えを確かめて「よし」。続いて朝食の準備へかかった。

 夜が明けると仙寿や子どもたちも起きだしてきて、朝食前の稽古が始まる。
 庭での1時間ほどの短い剣術稽古は、剣の型を確かめつつ、あらゆる運動の基本となる体幹を鍛えるのが主目的だ。
「木刀に振り回されないようゆっくりね! 仙寿の型、ちゃんと見るんだよ!」
 あけびの声に、子どもたちの目が仙寿へ集中した。高さも角度もそろっておらぬ庭の敷石の上、体軸をまっすぐ保って前後へすり足を繰りつつ鍛錬用の重い木刀を振る仙寿の様に、彼らの気持ちも引き締まる。
「足場が平らとは限らないからな。どんな場所であれ変わらずに自分の剣を振るえるようになれば、少なくとも戦う前に追い込まれることはなくなる」
 仙寿の言葉へ首を傾げたのは長女だった。戦いの中で追い込まれたら、どのようにすればいいのですか?
 仙寿はしばし考え込み、言葉を選びながら長女へ語る。
「戦いの中で追い込まれるのは、気持ちで負けるからこそだ。気持ちさえ折れなければ、剣術や忍術を生かせる瞬間を待てる。そしてその気持ちを支えてくれるもので、戦いの決め手となるものこそが術ということだな」
 だからこそ、今は術を学ぶように。締めくくった仙寿は、おもしろそうに敷石を行く次女と、いつの間にか二刀流になっている長男にもかるい指示を与えつつ、薄笑みを浮かべた。
 まだ現役剣士としての有り様が強く、言葉自体は拙い仙寿ではあるが、子どもを持ったことで“伝える”ことを考えるようになっている。つい「しゅっと投げたらだーって走ってざざっと回り込む!」などと擬音で語りがちなあけびとしても見習いたいところだ。
 仙寿も子どもも成長してるんだもんね。私だって老いてる暇なんてない。
 意気込んだところで、あけびははたと思い出す。もうすぐ稽古が終わる。軽く湯を使わせて、朝食を摂らせなければ!

 朝食の場はまたいつもどおりの風情である。
 黙々とチキンサラダをノンオイルの梅ドレッシングで食べる長女の脇では、納豆には大根おろしーなどとやけに渋いことを言いながらそれを練る長男、仙寿が手を着けようとしている“分け前”に釘付けな次女がいて。
「これはふたりの弁当に入ってるものだからな」
 鉄の意志を込めて、仙寿は次女の目線から皿を隠した。
 皿の上に乗っているのは、先にあけびがこしらえた弁当のおかず、甘く味をつけたそぼろ入りの卵焼きだ。円筒型に仕上げられていて実にかわいらしい。
 それを狙ってあじみあじみと迫り来る次女をあしらいつつ、仙寿はそれでも努めてやわらかな声音で言い聞かせる。
「父上はな、母上の弁当を持っていけない身の上なんだ。しかしな、父上だけ母上の弁当が食べられないなど悲しいだろう」
 かぷん。大きく開けていた口を閉じて、次女が自分の席へ戻った。なみだをのんでおとうさんにあげる。うち、おひるにたべるし。
 子どもたちに父上と呼ばれたい仙寿の願い虚しく、しかしながら次女は本当に涙をのんで、大人げない父へ卵焼きを譲る。
 このとき長男は納豆を練るのに夢中だったのでさておくが、ここで動いたのは長女だ。おずおずと仙寿へにじり寄り、ひと口だけ分けていただけませんか?
 ああ、そうか。この子も俺と同じ立場だったな。仙寿は箸で卵焼きを半分に割り、長女へ分けてやった。
「これで家族全員、同じものが食べられるわけだ」
 と、いい笑顔で言ってのけた仙寿だったが。
「実は私、食べてないんだよね」
 背後へ忍び寄ってきたあけびにびくり、肩をすくませる。
「いやいや、あけびは味見してるだろう!? 俺だってできれば皆と同じものをだな」
「味見はしょせん味見だし。私だってみんなと同じもの食べたい食べたい食べたーい」
 ここで次女の目が怪しく輝いた。あじみはしょせんあじみ……だったらうち、いける!
「ここは我慢するとこじゃない? ち・ち・う・え」
「母上にだけは言われたくないセリフだな!」
「残念だけど私、仙寿の母上じゃなくて良妻ですー」
「いいか悪いかは本人が決めることじゃない」
 これが日暮家における、いつもどおりの朝食風景なのだった。


「相手は古龍幇だ、リーガルチェックは最高密度で実行してくれ。現場のエージェントに不利益を背負わせるような真似、裏方が演じるわけにはいかないからな」
 H.O.P.E.法務部内で新規に立ち上げられた法務部四課は、他の課の業務の隙間を埋めることを主目的としている。そもそも法務には多くの業務が含まれるものだが、専門を定めて動いている他の課と異なり、四課は広範な内容を柔軟にこなさなければならないわけだ。だからこそ課員と、彼ら以上に課長として抜擢された仙寿の苦労は絶えることがない。
「不知火。教育課から来ている新人エージェント研修項目の適切性は?」
 仙寿は別の書類に目線をなぞらせながら、となりの机に声音を投げた。
「それはもうチェックして戻しました。修正箇所はひとつだけでしたから」
 同じ課の課員として仙寿の下につくあけびがきびきびと応える。
「ひとつだけ? なんだ?」
「注釈12番の【笑ったり泣いたりできなくしてやるよぉ!】です」
 データを参照するまでもなくわかった。奴だ。理不尽な戦闘力を買われて新人研修の講師をしているオペレーター、礼元堂深澪(az0016)だ。
 歳を重ねるごとにファンキーとフリーダムの度合いを増しゆく彼女は、法務部内でも最優先警戒対象者として悪名を馳せていて、諸々の対処に駆り出されているのがこの四課だったりする。
「あいつはなんというか、育たないな……」
 書面データを確かめた仙寿はげんなりとかぶりを振り、席を立つ。
「不知火、わかってるな?」
「私が毒針で弱らせて課長が捕縛、からのお説教ですね」
 すべてを心得て後に従うあけびへ仙寿はうなずき。
「この際だ。あいつの魂にコンプライアンスを刻みつけてやる」
 それこそ泣いたり笑ったりできなくなるレベルでな。
 と、ここであけびの仕事用端末へメールが届いた。
「――通信部が礼元堂の早退届けを受理しました」
 これはあけびがH.O.P.E.内に張り巡らせた情報網からの知らせである。自動で情報が集められるだけに使いかたにはコツが要るが、こうしたときには非常に役立つ。
「これ、うちからの修正要請見て察したんだね」
 こっそりとあけびが耳打ちするが、ともあれこちらがすべきことはひとつ。
「ロンドン支部へ逃げられる前に抑える!」
 H.O.P.E.が誇るジーニアスヒロインことテレサ・バートレット(az0030)は、深澪のことを誰より大切にしている。その手の内へ深澪が逃げ込めば、テレサはあらゆる手を尽くして守るだろう。
「管理部の協力者に、礼元堂をできるかぎり引き止めてくれるよう頼みました」
 仙寿の背へ言っておいて、あけびはくるりと課員へ振り向いて。
「ついでに課長と私はお昼休憩もらってきまーす」
 告げた後に仙寿を追った。

 いくつかの案件――加えてテレサから届いた深澪の減刑(?)嘆願書への対応――へ同時進行であたる仙寿は、当然定時にはあがれない。
 なので、長男と次女を迎えに行くのはあけびの仕事である。
「ごめん! 遅くなっちゃった!」
 保育士へ何度も頭を下げ、保育園に最後まで残っていたふたりの手を取って歩き出す。
 なぜ遅くなったのかという子らの問いに、あけびは苦い笑みを返して答えた。
「元気よすぎるお姉ちゃんと鬼ごっこしなくちゃいけなくてね……」
 おねえちゃんなのに? うん、お姉ちゃんなのにね。おかあさんおにごっことくいだよね! 得意だと思ってたんだけどね。なんてやりとりをして、あけびは話題を変えた。
「今日はどんなことしたの?」
 次女は、みんなでたたかいごっこ! うちはかいじんやく! と元気に答え。長男は、あんこのことかんがえた。つぶあん、こしあん、うぐいすあん……と遠い目で語る。コミュニケーション能力と気づかいに長けた次女らしい活動的な1日と、最近は納豆や餡子といった豆に興味津々な長男らしい個性的な1日とを過ごしたらしい。
 どっちもちがってどっちもいい。私はふたりがふたりらしく育ってくれたらいいんだからね。
 そして家まで手を繋いで帰りつけば、黙々と敷石の上へすり足を滑らせていた長女が出迎えた。
「よし。お家に入る前に体幹トレーニングしよっか」
 使うのは敷石ならぬ庭石。数十センチの感覚で円を描くように並べられたそれらは、子どもたちにとってはかなりの高さがある。
 が、子らは恐れ気なく石の上へ登り、それこそ高さも質もちがう石々を飛び渡っていく。
「忍の掟は?」
 転ばなーい! 長男と次女は大きな声で応えてひとつずつ、長女は小さな声で唱えてひとつずつ、ひとつ飛ばし、地上へ降り立ってから再び跳躍などを織り交ぜてこなしてみせた。
 いざというときのために身構え、3人を見守るあけびだが、実はトレーニング以上の忍術を教えてはいない。基礎ができていればその後の習得は容易だし、今は人を欺く術を学ぶより、まっすぐ育ってほしかったから。
 だめなニンジャだなぁって思うけど、しょうがないでしょ。私より子どもたちのほうがぜんぜん大切なんだから! ……あと、仙寿もね。
 この場にいない夫を大切な子どもの側へ寄せて、うなずく。私の業はみんなを守るためにあればいい。だから私は――
「おっと、お夕飯の支度しなくちゃ! みんな中に入るよー」
 石の上から長男と次女を下ろし、長女ごと抱え込んで家の中へ。最近は自分なりの武士道や礼節の有り様に目覚めている長女はちょっと体を強ばらせるが、かまわない。今はまだ私がお母さんなんだからね!
「お父さんが帰ってくるまでにちゃんと準備しとかなくちゃ。お手伝いしてくれる人!?」
 それぞれに手を挙げる3人ごと、あけびは台所へ向かう。
 なかなかいっしょの時間を過ごしてやれない子どもたちとの距離感を、過ぎるほど気にしている仙寿だ。皆で出迎えてやればそれはもう大喜びするだろう。

 不知火改め日暮あけびの仕事は、家の者の心身を守ること。
 そのためにこそ彼女は皆を丸抱えて今日を駆け巡り、明ける明日へと送り届けるのだ。


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2019年11月11日

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