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『DIVE.02 -Tree of hope- みなもの幸せ』
海原・みなも1252

「では……行ってきますね!」
 海原・みなも(1252)はそう言って、店長に笑顔を向けた。それを受けて、店長は「無理だけはしないこと」と告げてから、見送ってくれる。
 このカフェに訪れるようになって何度目かのダイブは、そうしていつものように開始された。

 降り立った場所は、見慣れた風景とは若干違っていた。
「……荒野、かな? まだ殆ど手入れもされてないみたい……」
「みなも様、ようこそおいでくださいました」
 辺りを見回し静かにそう告げた後、背後から声を掛けられた。耳慣れた声であったので、みなも慌てずそれに振り向く。
「ミカゲさん、こんにちは。またお手伝いに来ましたよ!」
 みなもが振り向いた先には、水色の髪を持つ少女が立っている。ミカゲであった。
 最初こそ表情の乏しい彼女であったが、みなもとの行動のおかげか、最近はよく笑顔を見せるようになった。良い兆候だと目を細めてみなもに礼を言ってきたのは、彼女の『父』である店長だった。
「今回は『これから』の新エリアです。みなも様次第で、特別なエリアになりますよ」
「あれ? 確かこの……クインさんから預かってきた苗木を植えるだけ……ですよね?」
 ミカゲにそう言われたみなもは、少々驚いているようであった。
 新エリアだとは聞いてはいたが、それが自分の影響を受けるとまでは思っていなかったらしい。
「……そうですね、ですがその苗木を植えた場所から連なるようにして、このエリアは構築されていくんです」
「なるほど……」
 みなもも多少のシステム動作であれば手慣れたものになってきた。ダイブ前に店長に渡されていた立体ホログラムである『苗木』も、自分の意志のみで目の前に呼び出し、こうしてミカゲとそれを挟んで会話が出来ている。それは進化と言ってもいいものだ。
 それを『体感』した荒野が、少しだけその様子を変化させた。
「あ、あれ……?」
「プレイヤー様の成長が糧になります。ここでは、それが顕著に表れるのです」
 みなもが不思議そうに足元を見た。ゴツゴツとした茶色の世界だと思っていた場所は、小さな草が生え始めていた。それはゆっくりと広がり、草原のようになっていく。
「不思議ですね……」
「もっと変わっていきますよ。少し進みましょうか」
「わかりました」
 ミカゲの言葉に、みなもは一歩を進みだした。その際、自然と『苗木』を自分のステータス画面へと閉まっているのだが、本人には自覚はないようであった。

 降り立ったポイントからは随分と距離が出来たように思う。店長が言っていた犬と猫にはまだ遭遇していないが、可愛らしいものではないのだろうとみなもは思っていた。
「あ、そうだ……索敵機能がありましたよね。ちょっとやってみますね」
「はい」
 ミカゲはここでの行動を、みなもに完全に任せていた。というのも、ミカゲ自身、このエリアがどういったものなのかは、あまり把握できていないためだ。
「……こちらの世界は、全部ミカゲさんたちが作っているのかと思ってました」
 みなもが改めて、そう言ってくる。
 ネットワーク監視者は、あくまでも監視を主目的としている存在にすぎない。ワールドの構築や設定は、店長が行っているらしいのだ。
「あっ、索敵結果出てましたね。数メートル先に、犬……あれ、これって狼ですよね?」
「お父様……また標的を簡略化してお伝えしていたんですね……」
 ミカゲが少々呆れ気味にそう言った。
 店長が言っていた『犬猫』は、その名の通りの姿ではなかったのだ。
「こちらにはまだ気づいていないようです。先手必勝で遠距離攻撃していきましょう」
 ミカゲがそう言うと、みなもは標準装備している銃を取り出してから岩陰に隠れた。獣は耳が良い。物音ひとつで状況が変わってしまうために、慎重に動く。
「ミカゲさん、あたしの判断で撃ってしまって大丈夫ですか?」
 小声で、傍にいるミカゲに問いかける。
 するとミカゲは小さくこくりと頷き、みなもに全てを任せてくれた。
(……よし、じゃあスコープで狙いを定めて……、そこ……っ!)
 みなもの思い切りの良さは、いつも感嘆させられるとミカゲは思っていた。見た目は可愛らしい、可憐な少女そのものだ。だが、経験したことをきちんと吸収し、出会うたびにその結果を見せてくれる。ミカゲはその事が、とても嬉しかった。
 一発が命中し、遠方の狼はその場で倒れた。その奥にいた別の個体には気づかれたが、それでもみなもは動揺せず確実に攻撃をしかけていく。
「大丈夫、見えてます……!」
 みなもはそう言いながら、きちんと的を外さずに一発、また一発、と確実に銃を撃ち、見事にその場にいる敵を排除してしまったのだ。
「わわっ、少し多めに経験値入りました……!」
 みなものステータス値が上昇した。この数値はユニットデータにも反映されるので、普段の遊びにも恩恵がある。
「みなも様、あのあたりが植樹ポイントです」
「わかりました、じゃあ駆け足で行きましょう!」
 ミカゲが指さす先は本当に僅かの距離にある、広い丘のような場所であった。
 みなもは高いテンションのまま駆け出し、一気にその場までたどり着いてしまう。
「えへへ……じゃあ、ここに『苗木』さんを植えますね」
 彼女はそう言いながら膝を折り、『苗木』を両手に乗せるようにして呼び出した。
 そして、静かにその手を下ろして、苗木のデータをこの地に移す。
「言葉で成長させるんでしたね。『幸せな言葉』と言うと……あたしの場合は日々平穏に暮らしていることでしょうか」
 みなもの言葉を受けて、苗木の葉が揺れた。
 ミカゲはその光景を、後ろで見守っている。
「みんな元気で健康で……。人魚として海に出るといろいろ体験するので、「日常生活」って大切です。あと、家族と一緒のお布団で寝ることでしょうか。中学生にもなって、と思われそうですけど。ギュッと抱きしめられると、ぽかぽか温かくて……そんな幸せ、なんです」
「…………」
 ミカゲはみなもの言葉に感銘を受けたようだ。
 自分では体験したことのない事――それでも、実体験をしてきたような感覚を得られて、ミカゲはその場で静かに瞳を閉じて微笑んだ。
 直後、苗木にも変化が訪れた。
「あ、あれ……!?」
 みなもがその様子に驚き、僅かに後ずさる。
 苗木は物凄いスピードで成長を始めて、見る間に大木へと姿を変えていったのだ。
 それと同時に、周りの景色も変わった。みなもの特徴を捉えて、海を思わせるかのような幻想的な青の空間と、輝く綿帽子をつけた植物たちが芽吹き、まるで夢の世界にいるかのような錯覚に陥った。
 そして、木は雫型の実を付けた。
「……ボーナスアイテムです。エリア開放後、訪れた旅人がこの丘で傷を癒し、そしてこの実を得られます。経験値、レアアイテム……様々な恩恵です」
「ボーナスエリア……ですか?」
「はい」
「実感はないですけど……でも、あたしが作った、癒しのエリアなんですね」
 みなもはそう言いながら、改めて周囲を見渡した。
 自身では明確な想像はしていなかった。だが、構築された世界はとても美しかった。それを感じて、彼女は嬉しそうに見上げている。
 そんな姿を見ていたミカゲもまた、嬉しそうに微笑んでいた。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
いつもありがとうございます。
みなもさんの優しさに触れたような気がして、とても幸せな気持ちで書かせていただきました。
少しでも気に入って頂けましたら幸いです。

またの機会がございましたら、よろしくお願いいたします。
東京怪談ウェブゲーム(シングル) -
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東京怪談
2019年11月13日

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