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『“HIBIKI”』
深守・H・大樹ka7084

 思い出すということは単純なようでいてとても繊細なことだと、聞いたことがある。
 幸福な思い出ならいざ知らず、もし嫌なことを忘れたくて忘れたのだとすればわざわざ不幸を取り戻すことになる。
 その覚悟も備わらないうちから生半な気持ちで思い出そうとしたり、他人に思い出させるのはどうなのか、と。
 今は、理解できる。
 僕の記憶が抜け落ちたのは、僕自身を守る為に自分でそうしたのだと思うから。
 でも、どんなに辛い内容でも、思い出せないでいるのは分からない状態と似ていて。
 それは“不安”の原因で、いつまでも抱えているのは、きっともっと辛いことで。
 だから、結果論でしかないけれど、少なくとも僕は思い出せてよかった。そう、心から思える。
 昔の自分の名前を。
 彼女のことを。

●始まりの地
 深守・H・大樹(ka7084)がその村を突き止めるまで、さほど時間はかからなかった。
 ハンターズソサエティには、設立から今日に至るまで一度でも接触した覚醒者の記録が網羅されている。
 大樹が探す人名は幾人かの候補が浮かんだものの、その中で落命が認められた覚醒者は、唯一人。
 土地も日付も、忘れもしない養父母に保護された王国内のあの場所と、季節と、符合する。
 そして、“歪虚との交戦中”と簡素に記された死因を目にしたとき、大樹は頭の動きが鈍るのを感じた。
 そこに自分も居たから。思い出すたび、彼女の今際の際の声が、耳の奥で響いてしまうから。
 だからこそ、目を背けるわけにはいかない。
 気を取り直して更に読み進めると、その人物は最寄りの村に葬られた旨が添えられていた。
 以前養父から付近に人里があることは聞かされており、それが心当たりとなった。
 村に着いたその足で真っ直ぐ向かった教会で彼女について尋ねると、司祭は殊更に歓迎してくれた。確かに埋葬しております、と。
 行商を除けば滅多に人の来ない土地。
 ならば余所者である彼女を訪ねる者など望むべくもないと考えていたらしい。
 大樹を墓地へ通しながら、司祭はところで、と前置いた。
 あの方とはどういったご関係で――と、視線を大樹が手にする花束に向ける。
「僕は――」
 大樹は、少し重たげに口を開いた。
「ずっと忘れていたんです」
 彼女との出会いを。
 共に過ごした時間を。
 今生の別れを。
「けれど、やっと取り戻せた」
 そして文字が刻まれた機体のうなじを見せて、また司祭に向き直る。
「彼女は恩人です。最期まで生きろと、言ってくれた。だから僕は」
 果たして自分は今どんな顔をしているのか。
 大樹にそれは分からなかったが、司祭は悲哀と慈愛のない交ぜになった眼差しを彼に寄越した。
 司祭は左様でしたかと、しみじみ言った。
 そして、自分達も同じなのだと、彼女がいなければこうして大樹とまみえることすらなかったといたましげに首を振った。
 曰く、どうやら彼女が村外で歪虚を引き受けてくれたお陰で、助けを呼ぶ時間ができたのだという。
 村の者がそれを認知するに至ったのは、無事歪虚を討伐せしめた覚醒者達が弔いを願い出た折のこと。
 大樹の知る限りにおいても、件の歪虚は、のちに他の覚醒者達の手で討たれていた。
 そう、過去は、記憶は、大樹は、すべてここに繋がっていて。
 だが、大樹が思いを馳せる間もなく、司祭は歩みを止めた。
 そしてだぶだぶの祭服の袖口で、あちらになりますと、ひとつの墓標を指し示す。
 周りのどの墓とも、恐らく王国はおろかクリムゾンウェストのどの地域とも様式の異なる、けれどしっかりした木造の十字墓だ。
 だが、その佇まいは却って寂寥感を呼ぶ。
 献花のひとつもないせいか、それとも寒いからなのか。
 気を利かせたのだろう、司祭は礼拝所に控える旨を告げ、引き返した。
「ありがとうございます」
 司祭に目礼して、大樹は墓標の真正面に立った。

●Ella esta en El Alto.
 どこまでも青空が広く深く続いているのに、十字墓を照らす陽光は白く、か弱い。
 そういえば司祭は埋葬したと言っていたが、実際この下には何が埋まっているのだろう。
 少なくとも遺体はない筈だ。彼女は大樹――エル・アルト――の目の前でナニカに食べられてしまったから。
(でも)
 大樹は自分の首筋に触れる。
 肌に対して明らかに異質な、硬くて冷たくて脈のないこの場所は、けれど紛れもなく大樹の一部だ。 
 すなわち、たとえば彼女が身に着けていたものが遺されていたなら、それもまた彼女なのだ。
(やっぱりここに眠っているんだ)
やっと実感すると共に墓標の中央に自らの首の根にあるものと同じ刻銘を認めて、大樹はまず花を供えた。
 日差しよりも遥かに白いレースフラワーをたくさん束ねたものだ。
「久しぶり」
 屈んだまま声を出してみると、少し息が白かった。ますます冷え込んできたらしい。
 返事代わりに、冷たい風が吹いた。
 墓標を見上げれば、様々な記憶が去来する。
 大樹は彼女を忘れても、その名前は忘れなかった。
 つまり、彼にとって間違いなく彼女は唯一無二の存在だった。
 そして彼女が彼をどう思っていたのかも、明らかだった。
 自分の名前を彫るなんて、よほど特別な相手にしかできない。そう誰かに言われたことがある。
 養父母の元で生き、ハンターとして生き、もっと前にもどうやら生きて、多くの人を見てきた大樹は、なるほどそうだと得心する。
 願望や思い込みとはまったく違う、やわらかい確信が胸にいつまでも留まっている。
 では、なぜ自分なのか。
(知っている)
 答えは。

 エル・アルト。

 大樹は立ち上がって、また真っ直ぐに墓標を見据えた。
 彼女を貪るナニカから必死に逃げた彼とは異なる、彼女と対等の目線で。
 彼女はオートマトン“エル・アルト”と出会って、何を感じ、どう思ったのか。それは誰にも分からない。
 けれど、今の大樹は知っている。
 彼女がいつも楽しそうに話していた、彼女の故郷のことを。
 記憶にある彼女の眼差しは、人が何かを懐かしむときのそれだったことを。
 まるで遠い異国の地で旧友の便りを手にした旅人のように。

 生きろ!

 あのときでさえ、そんな目で見ていた。
(だから僕は、行かないと)
 その街は、人里としてはリアルブルーでもっとも標高の高い部類に入るという。
 きっとこんな風に空気が張り詰めていて、風が強くて冷たくて。
 けれど、人は皆焚火のように温かいのだろう。彼女のように。
「いつか君の故郷を訪ねるよ。僕の昔の名と同じ、君が生まれた街を」
 街の名もまた、エル・アルトと言った。大樹はそこで、彼女の家族に会わなくてはならなかった。
 生きた証を、届けたかった。
 また、風が吹く。
 さきほどより強いが、レースフラワーを、そこに込めた想いを吹き飛ばすほどではない。
 だから大樹は想いを、感謝を、声に象った。
「ありがとう」
 彼女がエル・アルトを生かさなければ、生きろと言わなければ、エル・アルトは深守“HIBIKI”大樹になれなかったから。
「君がいなかったら、僕はいなかった」
 この名前は君の証。そして、僕がここにいる証。
 一度刻んだら、いつまでも変わらない。
「いってきます」
 素っ気なくも穏やかな挨拶を残して、大樹は十字墓に背を向けた。

 奇しくも向き合った“HIBIKI”の銘は、お互いを見送るように、少しずつ遠退いていった。



━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
 登場人物
【ka7084 / 深守・H・大樹】

 早速のご依頼まことにありがとうございました。
 ある種回文のようにも感じられる数奇な縁は、どうやらまだ終着点に至ってはいないようです。
 大樹様が生き続ける限り、いつまでも巡るのかもしれませんね。

 解釈違いその他問題等ございましたらお気軽にお問い合わせください。
 それでは。
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2019年11月14日

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