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『続いていく話』
マイヤ 迫間 サーアaa1445hero001)&迫間 央aa1445)&不知火あけびaa4519hero001)&日暮仙寿aa4519)&九重 依aa3237hero002)&リオン クロフォードaa3237hero001)&藤咲 仁菜aa3237

 静やかな湖の澄青は、移し込まれた紅葉に縁取られ、なにやら賑々しく見える。
 遊覧船の甲板に立つマイヤ 迫間 サーア(aa1445hero001)はそんな湖面へと視線を落とし、小さくため息をついた……その瞬間。
 カシャッ。背後にディフォルメされたシャッター音が弾んだ。
「パパラッチに狙われるようなこと、あったかしら?」
 ゆっくりと振り返るマイヤ。視界の端に映しだされたそれは視界を横切っていき、彼女が動きを止めたことで真ん中へと据えられる。
「雰囲気のある背中だったからさ。こっそり待ち受けにしようかみんなに自慢しようか、それが悩みどころだけどな」
 スマホのレンズをずらして眼鏡のレンズを現わした迫間 央(aa1445)が。手の先でくるりと画面を返し、たった今撮ったマイヤの姿を彼女自身へ見せた。
 確かに雰囲気はある。なんとない物寂しさと不幸のにおいに飾られた薄暗い艶。だがしかし。
「自慢はできないと思うわよ。だって」
 ふわりと踏み出したマイヤは2歩で央まで届き、その胸に自らを押しつけた。
「ひとつは、ワタシはもう復讐鬼だったマイヤ サーアじゃない。幸せになれないんじゃないかって予感に苛まれてきたマイヤ 迫間 サーアでもね。つまりその姿は、今のワタシじゃないんだから」
 マイヤへあらためてスマホのレンズを向け、央は小首を傾げてみせる。
「じゃあ、今の君はいったいどんな顔を撮らせてくれる?」
 マイヤは答えず、一歩下がって。
 満面の笑みをレンズへと送った。
「それが迫間 舞夜の正解か」
 シャッターを切って、央もまたやわらかく笑んだ。
 央との結婚によって“マイヤ サーア”から“マイヤ 迫間 サーア”となり、とあることをきっかけに帰化、“迫間 舞夜”とあらためた。そしてそのきっかけとは――
「帰ったらすぐ子どもたちに見せてやらなきゃな。ママの最高の笑顔」
 ――この国で、望めないはずだった子どもを授かれたこと。
 マイヤあらため舞夜は、その奇蹟を自らの当然とするため、異邦人であることをやめて日本人となったのだ。
 ほんとにここまで来られたんだな、俺たちは。などと、央のほうが感慨に沈んでいたのだが。
「それから、自慢できない理由のもうひとつ」
 舞夜の指が央の背後を指す。
「え?」
 反射的に振り向けば、客室と甲板とを繋ぐ出入り口の縁に5人が溜まっていて。
「今さら自慢してもらわなくていいぞ。俺たちはもう腹いっぱいだからな」
 苦笑する日暮仙寿(aa4519)と、うれしそうにサムズアップを贈るその妻、不知火あけび(aa4519hero001)。
「ほんと、ごちそうさまですよー」
 うふふー。ひょっこり頭を突き出した藤咲 仁菜(aa3237)を、背後からリオン クロフォード(aa3237hero001)があわてて支え。
「疲れてるのにそんな傾いたら倒れちゃうだろ!」
 その後ろにひっそりと控える九重 依(aa3237hero002)は、クロフォード家を代表して迫間夫婦へ目礼した。家の者が騒がしくてすまない。
 ……なるほど。すでに見られているのだから、今さら自慢にはならないってことか。央はとりあえず納得し、息を整えて、ぱんぱん。手を叩いた。
「なつかしいって言うにはお馴染みのメンバーだけど、子ども抜きで会えるのは久しぶりだし、その時間も有限だ。貴重な時間を無駄にしないよう、ゆっくり楽しもう」
 なかなかの矛盾だが、そういうことだ。なにせ今この場に在る面々は、依を除いてすべてが夫婦であり、子を持つ親なのだから。

 子育てから一時離れ、皆で集まれないか? そんな話が回ってきた迫間家で、舞夜にとっての義母は言ったものだ。今はご近所に子育てを助けてもらえる世の中じゃない。だからこそ母親が気を抜ける時間を作らないと。
 果たして鶴のひと声で、なんとない話は計画として固められることとなった。
 子らを場へ馴染ませるため、定期的に迫間家でのお茶会が開催されるようになった。ちなみにその裏では、年齢に合わせてのトイレトレーニングや、応援要員である日暮の家人との連携・連動、好き嫌いの緩和を狙ったメニュー開発等々、迫間の義母を中心にそれなり以上の人数があれこれ動いている。
 そうして季節を3つ過ごし、ついにこの秋の十和田湖へ、一同はやってきたわけなのだ。

「央さんのお宅にご面倒おかけしちゃってますけど」
 頭を下げるあけびに央はかぶりを振った。
「あけびちゃんの家からは応援出してもらってるし、むしろうちの母親のほうが迷惑かけてると思うよ。あの人、小さい子の腹鼓が大好物だから」
 幼児、特に赤子の腹には空気が詰まっているため、よく鳴る。だから叩くと楽しい。そういうことだ。
 と、ここで央は「あ」、眉根を跳ね上げて。
「年齢的にも立場的にも、いつまでもちゃん付けはよくないかな。子どもからしても違和感あるかもしれないし」
 対してあけびは「いやいや!」。
「央さんにちゃん付けされるのはぜんぜんいいですよ! っていうかぜひちゃん付けで! ほら、母になると若さ、忘れがちじゃないですか……いやいや、まだ若いんですけどね」
 妙にしんみりする場。老け込むのは心から、というのは人の常だが、責任ある立場になればどうしても若いままではいられないもの。老け込むのもしかたない。
 その片隅、仁菜だけはしんみりどころか怪しい笑みでリズムを刻み。
「いやいやうふふうふふふ今日はイヤーって言われないからゆっくり景色見てゆっくりしてゆっくりできる」
 憑かれてるんじゃないかというくらいに疲れた有様に、一同の目がリオンへ殺到した。
「よそ様の家庭に踏み入るつもりはないんだけどね。リオン君、ちゃんと家事育児に参加してる?」
「育児はひとりで抱えきれるものじゃないわ。手もそうだけれど、心でも支えてあげないとね」
 央と舞夜の控えめな言葉を抑えたのは、リオンではなく依だった。
「この件についてはリオンに非はない。というか、非がリオンそのものっていうかな……」
「俺だって大事な大事なむしゅめ、もっといろいろお世話したいんだって!」
 依をぷりぷり押し退けて進み出たリオンだったが、風船がしぼむように力を失くしゆき。
「でも、ニーナとヨリが大丈夫だからって。むしろあたたかく見守ってくれるのが家のためだって。なんかさぁ、リンゴすり下ろすのもダメだって言うんだぜ!」
 お父さんは俺なのにさぁ、ヨリのがお父さんぽいとかおかしくない!? わめくリオンだったが、一同は正しく理解していたので、ただかぶりを振るばかりである。そう、問題はなにかではなく、リンゴをすり下ろそうとすることにあるのだと。
「とりあえずほら、いろいろ相談に乗るよ? 仁菜と舞夜さんより私のほうがお母さん歴長いんだから!」
 仙寿へアイコンタクトを送りつつ、あけびが薄暗い笑みを垂れ流す仁菜と、彼女へどう触るべきか迷っていた舞夜を誘って船室へ。
「あっちはあけびに任せて、邪魔しないようにこっちで軽く飲もうか。なにせ央とは久しぶりだしな」
 仙寿は法務部、リオンは教育部、依は通信部と、H.O.P.E.の内側で働いているため、顔を合わせる機会もなくはない。
 しかし央の現状は少し複雑で、もともと某地方自治体の役所員だったところをH.O.P.E.の特殊作戦部へ転職。そこから古巣である役所へ出向している。エージェントとしての報酬に自治体からの手当が加算されることとなったので迫間家の財政はなかなか潤っているわけだが、普段は役所にいるため、仲間と交流できる機会は極端に限られていた。
「飲む! 飲まなきゃやってらんないし!」
 ここぞとばかりに声をあげるリオンに、央は苦笑を漏らした。
「リオン君はほどほどにな。仙寿君と依君は……と、男性陣も呼びかた、変えるべきか? みんなもう家庭を持ってるわけだし、特に仙寿君は立場もあるし」
 央の出向に際しての手回し、リオンと依のH.O.P.E.入りに口添えをしたのは、もっとも早くからH.O.P.E.にあった仙寿である。係長を務める彼は、その濃やかな仕事ぶりが評価され、もうじき主査へ昇進するだろうともっぱらの噂だ。
「やめてくれよ。普通の日暮仙寿でいられる場を取り上げられちゃ困る」
 肩をすくめてみせる仙寿に、こちらは人当たりのよさと努力によって力を得た者ならではのわかりやすい説明を買われて主任となっているリオンもうなずいて。
「そうそう。私はー、君はー、なんて肩肘張らなきゃいけないの、仕事だけでいいよ」
「元王子が品格を放り出してどうする」
 ため息と共にツッコミを入れた依は、役職こそないものの特別手当がつく立場だ。なぜなら情報部には“銀髪の悪魔”と称される女性オペレーターが棲んでいて、依はその対処ができる数少ない人材だから。それに加えて、端的ながら要点を押さえたオペレートができることもあり、遠からず出世させられることはまちがいなかった。
「それはとにかくだ。今さら呼びかたを変える必要もないだろう」
 言い置いて、するりと売店へ向かう依である。
「もともと気のつくタイプだったけど、育児でますます磨かれた感じだな」
 央の言葉に「ううっ!」、リオンが胸を押さえ。そんな彼の背を仙寿が押す。
「人間、向き不向きがあるからな。リオンは性格じゃなく、性質? が向いてないってだけだ」
「とにかく料理は仁菜ちゃんと依君に任せるべきだ。ほかは応相談ってことで」
 ふたりの気づかいに央にとどめを刺されたリオンはもう、半死半生の有様だった。

 一方、妻組。
 夫組は夫組でいろいろ話もあるだろうということで、3人は貸し切った一等船室で紅葉の様を楽しみつつ、調理室から届けてもらった生姜味噌おでんと地酒とを味わうことに。
「人が作ってくれたごはんおいしい!」
 くぅ〜っと身をよじらせる仁菜。リオンは問題外として、依にしても料理作りとは無縁の元兵士だ。娘、男たち、そして自分の食事は基本的に自作するよりない。
「それすごいわかる。食事作りって1日3回分の繰り返しだもんね。ママ友ランチが人気出るわけだよ」
 あけびはおでんの出汁をアテに、青森といえばこれ! と云われる純米酒を舌へ染ませていく。汁物で酒が飲めるようになれば立派な酒飲みというものだろうが、30そこそこでここまで堂に入るのはまさに、素質があったとしか言い様がない。
「あけびちゃんは仕事もしてるんだから余計に大変でしょう?」
 舞夜が水を向けるとあけびは「そうでもないですよ」。
「だって仕事は仙寿といっしょですし、うちはほら、どうしてもってときは家の人に手伝ってももらえますし」
 仙寿の部下として法務部に配属されているあけびである。生真面目な夫の死角を埋めるべく駆け回っている彼女だが、自分の不得手は仙寿に丸投げ、得意を貫いているのだとも言える。大変は大変だが心情的なストレス値は低い。
「仙寿さんもあけびさんも央さんも、大変なんですよね。わかってるんです。リオンも依も、責任がある仕事してて大変だって」
 さつま揚げに通された竹串の持ち手をつつきながら、仁菜が漏らす。
 性格的には仙寿と共通点の多い彼女だ。生来の生真面目さが理不尽なほどの使命感となっていることを自覚はしていた。でも、思ってしまうのだ。日々の仕事という戦いで消耗している夫に、主婦の自分が育児まで分け与えてしまうのはどうなのか。それもイヤイヤ期まっただ中、湯上がりには服を着たくないばかりに家中を逃げ回る子の世話を。
 依が仁菜の隙を突いてあれこれと手助けしてくれているからこそ、なんとか家庭は保たれている。だからこそ今日、クロフォード家からも人手を出しておくべきだろうと迫間家へ向かいかけていた彼を、ほぼほぼ無理矢理引っぱってきたのだ。央や仙寿といった顔なじみ相手に、少しでも心を休めてほしいと。
「きっと得られない。そう思い込んでいたワタシがふたりの子どもを授かることができた。だから、それはもう意気込んだのだけれどね」
 ずっと抱きかかえたまま離さず、全身全霊をかけて守り続けた。一時は央の手すらも不安になった。頭ではけして危険などないのだとわかっているのに、心が駄々をこねるのだ。ワタシからかけがえのないものを取り上げないで。
「でも、お義母様に叱られたのよ。うちの息子はともかく、あなたは自分の子どもを信じられないのかって」
 言われてようやく気づいた。離してしまったらもう、この子たちはどこかへ飛んでいってしまって、ワタシの手には戻らない。そう思い込んでいたことを。
「ワタシが信じている人の手にすら委ねられないのは、結局子どもたちを信じていないからなのよね」
 舞夜はしみじみと息をつく。
 言葉として紡ぐことで自分の狭量が再確認されてしまい、打ちのめされる。仁菜は歳上の舞夜の語りを真摯に受け止めてくれているが、ようは失敗の先輩が自伝を語っているだけで、感心してもらえる要素なんてひとつもないのだ。
 それでも、今は言葉を止めたりしない。
 自縛の迷宮で苛まれる仁菜を救うために。そして人の手でそこから引き出された自分が、二度と同じ過ちを繰り返さないために。
「子どもたちはいずれ、信じられるものばかりじゃない世界へ送り出されるものよ。ワタシたちがするべきことは、子どもたちを信じて送り出すことで、子どもたちがいつでも帰ってこられるよう手を広げて見守ることだわ」
 仁菜ちゃんもそれがわかってるから、大切なお姫様をお義母様に預けてくれたんでしょう? 言い添えて、薄笑んだ。
「言いたかったこと全部、私よりいい感じで言われちゃったなー」
 苦笑して、あけびは酒杯を仁菜へと押し出した。
「うちもいちばん下の娘が2歳だし、そろそろイヤイヤ期かなって思うんだけど……心配はしてないかな。経験値の余裕もあるけど私、子どものこと大好きだし。子どもも私のこと大好きだから!」
 楽観を装う慈愛を笑みにまとめ、あけびは豪快に杯を干す。付き合う形で舞夜もまた杯を空け、微笑んだ。
 ふたりを見て、仁菜は思うのだ。
 そうだよね。お母さんは笑っててくれるのがうれしいよね。
 気がつけば仁菜の脚にしがみついている娘。感じたことをいっしょうけんめい、拙い言葉で伝えようとする娘。かわいいばかりではないけれど、それを遙かに超えてかわいい娘。
「私ももっとちゃんと信じてあげなくちゃですね。リオンのことも、お料理以外は世界でいちばん信じてますし。うん、お料理以外は」
 大切なことなので2回繰り返し、気持ちを据える。
 そうしたらごく自然に笑みが浮かんできて、仁菜の決意は一層強くなった。
「今日は飲みます! 次は子どもたちもいっしょだから、ゆっくり紅葉見物できる隙なんてないですし!」
 当然のように言い切って、仁菜は酒杯を取って高く掲げるのだった。

 女3人で談笑しつつ一升を空け、ほろ酔いになったところで夫たちの様子を窺いに甲板へ行くと。
「俺の影渡からのキラーは止められないだろう!?」、央が詰め寄り。
「央が動く瞬間、俺は繚乱を合わせてるがな!」、仙寿が言の葉を跳ね返し。
「どっちが来ても、俺なら全部止めるけどね」、リオンがやれやれと肩をすくめ。
「最初はここにいる面子で敵にどう連携を決めるかって話だったんだけどな。酒のせいか互いにやり合ったら誰がいちばん強いかにすり替わった」、3人による喧々囂々からひとり離れ、湖面に映る紅葉を楽しんでいた依が、淡々と妻組へ説明した。
「まあ、実に男子らしい展開ではあるわね」
 顰んだ眉間を揉み揉み、ため息をついた舞夜だったが。普段は物腰柔らかい大人の男であるはずの央が、友だちと会っただけでこんなにもあっさり“大人”を振り捨て、大騒ぎしている。なぜだろう、呆れよりもずっと、かわいらしく思えてしまう。
「そもそも影渡に入る前に2、いや4手は使って惑わすからな!? しかも剣の間合のさらに内側でだ! マジシャンのマジックと同じで、見切らせるかって話だよ!」
 央の反論を掌でカット、ついでに視線でリオンも制しておいて、仙寿は冷静を装った顔で言い返した。
「冷静に考えろよ。繚乱は繋ぎの手だぞ? 打つとなれば俺は間合を作りに動いてる。打ったときには下がってるんだよ。央の奇策なんて空振りに終わるだけさ」
 職場にいるときの仙寿は、けしてこんなふうに感情を激したりしない。家にいるときだってそうだ。いつもよき職業人、よき父、よき夫であろうと努めている。それが今、この有様で……ちょっと悔しくなってしまうのだ。
 そして、仙寿の視線を盾でいなずようにやり過ごしたリオンはのんびりとした声で。
「さっきから言ってるけどさぁ。盾はなんのためにあると思う? 奇策とか奇襲とかを跳ね返すためだよ? 俺なら央さんとか仙寿さんがなにしたってかまわない。BS擦り込まれても耐え抜いて、最後のひと刺し、決めるだけだよ」
 仁菜的には『あー、リオンって実はすごい意地っぱりだもんねぇ』と思うのだが、同時に思い知らされる。リオンは娘を抱えていっぱいいっぱいの仁菜を守るため、意地を引っ込めて我慢してくれているのだと。
「……依、行くよ」
「は? どこにだよ?」
 疑問符を飛ばす依の腕を引っ掴み、仁菜は不敵な笑みを見せて。
「リオンの加勢! 引きずられてくのと自分で歩いてくのと、どっちがいい!?」
 気の置けない友人相手に遠慮なく意地を張る夫。家族としてするべきことは、それを全力で支え、貫かせてやることだ。もう我慢ばっかりさせないからね、いっしょにがんばろう、リオン!
「……」
 そんな仁菜の気持ちに気づいてか気づかずか、気乗りしないながらも喧噪へ突っ込まされる依である。
「クロフォード家はやる気みたいだけど、日暮家はどうするの?」
「それ、訊いちゃいます?」
 苦笑を見合わせ、舞夜とあけびは前へ向きなおった。
 状況は3対1対1。これではじきに、口数の差でクロフォード家の“我慢”が勝利するだろう。
 黙って見過ごす気はないわ。央が突くことのできないクロフォード家の隙に、私の技と業を尽くした言葉をこじ入れる。勝たせるわよ、央を。
 仙寿の負けは日暮家の負け! それだけは見過ごせないもん。それに男ばっかり大騒ぎして、ずるいし! ってことで……日暮あけび、推して参る!
 かくて舞夜とあけびの参戦により、騒ぎはさらにヒートアップ。遊覧船が港に着くまで、ビールや日本酒、紅葉を挟みつつ、ノンストップで繰り広げられたのだ。


 十和田湖のほとりに建つホテルへ着いた一同は、窓から見渡すことのできる夕暮れの湖を堪能し、宿の内を見て回ったり、いかのすしや帆立の貝焼き味噌、じゃっぱ汁等々の十和田の郷土料理に舌鼓を打ったりを経て、貸し切りにしてもらった露天温泉へ。
 混浴だが、互いに声は届けど目には入らぬよう左右に分かれて湯へ浸かる。ちなみに妻組は分かれなくてもいいと言ったのだが、夫組が強く反発したのだ。曰く、いくら友だちでも、嫁の肌は見せられない!

「温泉と言えばこれでしょ!」
 湯へ浮かべた盆にはぼってりとしたフォルムの大徳利が乗っていて、あけびは他のふたりのぐい飲みへぬる燗を注ぎながら笑みを弾けさせた。
「それにしてもうれしそうね、あけびちゃん?」
 舞夜の微笑に、あけびがわっと食いつく。
「実はかなり! だって仙寿、ちゃんと私のこと好きでいてくれてるんだなって」
 仙寿と出逢ってもう10年以上。それだけの時間を過ごしてきて、互いの恋情は温度を下げ、穏やかなものになっている。だからこそ仙寿のあの剣幕がどうにも意外で、たまらなくうれしかった。
「ですよね。子どもが生まれて、私もお母さんになって……ちょっとだけ忘れてたかもって思うんです」
 仁菜はここまで必死に生きてきた。しかしその必死が視界を狭め、いろいろなものを見過ごしてしまっている気がして。
 しかし今日、皆とこうして同じ時間を過ごして、視野が開けた気がするのだ。
「ワタシもよ。望んでいたとおりの毎日に目を塞がれていたのかもって」
 酒と共に思いを噛み締める舞夜。
 すべては央との出逢いから始まり、央との毎日の中で育まれて、今日まで繋がれた。央にとって舞夜はOne and onlyで、舞夜にとって央はHomme fatal。それを当たり前の中で見失っていたように思えてならない。
「ただひとりの母としてだけでなく、ただひとりの妻として、これからも央を釘付けられる女で在り続ける。大切な友であるふたりに誓うわ」
 静やかながら情熱的な舞夜のぐい飲みの縁へ、あけびと仁菜は自分のぐい飲みの縁を合わせてちりん。高い音を鳴らした。
「私も舞夜さんと仁菜に誓う! どんなことが起きても、私はずっと仙寿のそばに。もし引き離されるようなことがあっても、絶対に見つけ出すから!」
 続いてあけびが、夫との絆を解かぬことを誓い、先と同じように、ちりん。
「帰ったらリオンといっしょに娘のお風呂トレーニングします! 私たちなら、逃げた娘だってきっと捕まえられますから! 舞夜さんとあけびさんに誓いますので、応援よろしくお願いします!」
 最後の仁菜は、夫と共に先へ進む決意を生活感溢れる誓いに込めて宣言し、三度、ちりん。

 妻たちが桃園ならぬ温泉の誓いを重ねる右側では、夫たちがまるで様相のちがう言い合いを繰り広げていた。
「夕食の前に言っただろう!? 味噌カレー牛乳ラーメンを食う腹を残しておけって!」
「そのつもりだったんだよ! でもさぁ、ニーナが食べきれない分あったし、そしたら俺の出番でしょ」
 央に責められたリオンが唇を尖らせる。
 夫組+依は、あらかじめ決めていたのだ。温泉に浸かった後で宿近隣のラーメン屋へ出かけ、青森名物の味噌カレー牛乳ラーメンを味わおうと。
 せっかくの機会に妻組を少しでも休ませてやりたい気持ちもあったのだが、妻の目や行儀を気にせず男子飯をがっつきたい心もあるわけで。そう、こればかりは妻を伴うわけにはいかないのだ。
「気合で食え。我慢は得意なんだろう? それに付き合いは大事だぞ」
 常ならば止める立場の仙寿だが、やはり根っこは体育会系。思考がそちらに切り替わればこんな理不尽も平気で通す。
「ヨリも言ってやってくれよ! せめて餃子くらいにしといてくれって!」
 助けを求められた依は央と仙寿を見やり。
「帰りに売店の林檎パイを買っていいか? 仁菜たちにも土産は必要だろう」
 甘いものなら妻組も別腹扱いで食べるはず。そしてなにより、これまで我慢してきた依自身が甘味への欲求を抑えきれなくなりつつあったのだ。
「もちろんだ。なんなら俺がまとめて払おう」
 央のサムズアップが依とリオンの未来を決めた。
「よし、ならもうあがって行くぞ! 今日の俺は腹八分目のリミッターを外してるんだ。大盛りにチャーシュートッピングを決めてやる」
 仙寿が勢いよく湯から立ち上がり、一同を急かす。
 このときばかりは全員、夫でも立場ある社会人でもなく、ただの男子。それがなんとも心地よくて、央も依もすぐに立ち上がり、リオンも意を決して続くのだった。


 貴重な時間を満喫した妻組と夫組はようようと合流した。
「楽しめたみたいね、央?」
 仁菜が切り分けてくれた林檎パイを煎茶でいただき、笑みを傾げる舞夜。
「さすがに特盛りチャーシュー・バタートッピングは辛かったけどね。歳を感じるの、こういう馬鹿なことやらかしたときだよな」
 言いながら茶をすする央と仙寿が視線を合わせ、苦笑い。
「高校の部活帰りを思い出すな。こういう馬鹿は、見るよりやるほうがおもしろい」
「えー、ずるくない!? 男ばっかりで楽しんで!」
 パイを頬張った以上に膨れてみせるあけびは本当に悔しそうだ。
「やったよ、俺……負けられない戦いって、ほんとにあるんだな……」
 これは寝転ぶほうが苦しいからと、膨れた腹を抱えて壁によりかかるリオンの言だ。
「そういえば依は大丈夫なの?」
 妻組といっしょにパイを食べている依へ仁菜が問えば。
「ひとりくらいは正気の奴がいないとまずいだろう。俺は普通盛りで抑えておいた」
 実は林檎パイのためにセーブしたのだろうことを、仁菜は気づいている。言わないでおいたのは彼女の優しみだ。
「私も楽しかったですけど……また今度って言って別れなくちゃいけないの、辛いですね」
 ぽつり。仁菜が漏らしたひと言に、舞夜はかぶりを振って。
「今度なんて言わないわよ。次は、いつにしましょうか?」
 そこにあけびが乗っかった。
「クリスマスでしょう! 子どもたちもいっしょに楽しめますし」
 央、仙寿、リオン、依は目線を合わせ、早速相談を始めた妻組へ混ざる。
 かくて彼らは、今度ならぬ次へと進み始めたのだ。


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2019年11月14日

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