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『左と右の薄い世界は今日も耽美で戻れない』
不知火 仙火la2785)&神取 アウィンla3388

 傾いだ日より滴る銀ひとすじが、ぬばたまの夜を押し分け闇月を穿つ。
「何故、目を逸らす?」
 ひとすじを伝う不知火 仙火(la2785)の掠れたうそぶきが月を揺らし。
「汝(あなた)の銀に黒いばかりの己(わたし)が暴かれること、本意ではないのでな」
 碧き視線を闇へ吸わせたまま、アウィン・ノルデン(la3388)は指先を繰り、仙火の銀の髪先を巻き取った。
 日と月、その距離(あいだ)を渡る――ただの人が生涯をかけたとて為し得ぬ偉業、あるいは愚行。そのはずが、今。
 寸毫(かなた)の先に日は在り、寸毫(こなた)の底に月は在る。
「己(おれ)に識られるを拒むこと、それが汝(おまえ)の本意か」
 寂びた声音を追うがごとく、仙火の熱がアウィンを押し包んだ。
 抱かれた。
 抱かれてしまった。
 己(わたし)は、銀なる日に捕らわれてしまった。
 ちがう。捕らわれてしまったのではない。この夜が己(おのれ)を隠すよりも先に、己(わたし)はこの銀なる日に魅せられ、自らをその縛めの手に捧げていたのだ。
 気づいてしまえばもう、従うよりない。心よりも深き処(果て)にある己(おのれ)に。
 仙火の髪に絡めた指を引き、己を捕らえる仙火を引き寄せる。アウィン・ノルデンなる碧月の淵へ、深く、深く、深く……
 いつしか夜闇そのものと成り果てたアウィンが、己が底へと抱き捕らえた銀なる日へ問うた。
「捕らわれたものは己(わたし)ばかりならず、己(あなた)また己(わたし)に捕らわれたのだと、それを思い知らせるには如何様にすればいいのだろうな」
 耳元から忍び込む低い声音に仙火は薄笑み。
「己(おれ)に知らせたいなら汝(おまえ)を尽くせ」
 髪先ならず、今や彼そのものを縛めるアウィンを、誘う。
 汝(おまえ)は誤ったのだ。己(おれ)という日を見いだした、そのときに。
 月は日へ惹かれぬわけにはゆかぬ。なぜなら月こそは日の光をもって己(みずから)を闇空へ示すよりない存在(もの)なのだから。
 ――己(おれ)は汝(おまえ)が碧眼の先、変わらぬまま在り続ける。
 なればこそ、来い。汝(おまえ)の戒められし忸怩を躙り、さだめがまま、己(おれ)へ。


「――難読語が多くないか? それに、なぜわたしやおれが“己”で、あなたやおまえが“汝”なのだろう?」
 アウィンは本というには大振りな、しかも妙に薄いそれから目を上げ、仙火に訊く。
「その字っていうか、書きかたが好きなんだろ」
 引き下げられた眉根を指先で押し上げつつ答える仙火。
 今、ふたりは【ソウルフル・コミック・ザ・ワールド】なる同人誌即売会で売られていた創作小説集、『蒼月は紅陽を擁く』を開いているわけなのだが……
「私たちの認識コードまで知っているのに、なぜこうも口調がずれているのだろう」
「まあ、そういうもんなんだよ」
「そもそも“月が無ければ輝けない太陽もある”というのはナンセンスだ。月が自ら光を放つことはないのだから」
「いやだから、そういうもんなんだって」

 ここはビダックサイトの最寄り駅から数駅離れた某駅近くのカラオケ屋。
 なぜこんなところにいるかといえば、同人誌文化のない世界からやってきたアウィンが、自分を題材にした本を見つけた途端、あろうことかブースのど真ん前で朗読しやがったからだ。しかもライセンサーなんていう芸能人でもスポーツ選手でもない存在に、本を作って売るほど入れ込んだ輩の目の前で、である。
 いや、作者のひとり兼売り子はちゃんと礼儀正しく止めてくれたのだ。しかし同人誌についても、あらんかぎりの特殊効果を加えられた自分と仙火の美麗なイラストに添えられた【ア×仙】の意味も知らない彼は、なんのためらいもなく本を手に取り、さらさらと読み上げてしまった。
 結果、クライシスなパンデミックが巻き起こった。それはそうだろうとも。“生モノBL”の具材であるご本人が、演技というには拙いながら、音読してくれるという奇蹟を目の当たりにしたのだから。この流れならイケる! 自分の小説も朗読してもらえるぅっ!
 あれはやばい、ケダモノの目だ! 出身世界ですでに幼なじみ(女子)とのBL……しかもなぜか右側を担当させられた経験を持つ仙火は、その経験からすぐに状況を把握し、アウィンの腕を掴んで脱出。殺到する腐った方々の熱視線を振り切って、安全距離を稼ぐと同時に少々騒いでも問題の起こらない場所を求め、ここまで来たというわけだ。

「そういうものなのだな。……ちなみに仙火殿、この同人誌というものの作者方は、やんごとなき身の上なのか?」
 目次を指してアウィンが小首を傾げる。そこに並んだ作者名はもれなく院やら宮やらついていて、しかもどう読むのか知れない難解な代物ぞろい。
「本名じゃなくてペンネームってやつ。そこは気にしてやるなよ」
 同人誌には書き手の夢が詰まっている。現実が厳しく辛いからこそ、B5サイズの白紙上でだけは妄想(想い)の翼を自由にはためかせ、思うままの耽美ドリームを語りあげるのだ。この場合はそう、アウィンが仙火を自主規制してほしいとか。
 正直な話をすれば、仙火自体は生モノの具にされることに対する拒絶感はない。先に胸中で吐露したとおりげんなりとはするのだが、趣味というものは人それぞれだし、現実の彼に「そうあれ!」と強いられさえしなければ、目を逸らしてやる程度の度量はあるつもりだ。もっとも――
「この国では衆道というものがあったそうだな。とどのつまり、作者方はその伝統へ私たちをあてがうことで繋いでいく志を持っているのか」
 ――いっそ無邪気なアウィンの言い様が、刺さる。
 確かに仙火はサムライたれと育てられてきて、衆道なんたるやを学ばざるをえなかったところもある。それゆえの理解の姿勢が、なにも知らないアウィンによって揺らがされてしまう。同じ国の輩の癖(へき)の生け贄にしてしまって申し訳ない、と。
「あー、そういういい話じゃない。あと、俺のせいじゃないんだが、すまない」
 アウィンは礼儀正しく疑念を飲み下してかぶりを振って。
「我が身の無知を恥じるばかりだが……とりあえず。この物語だけは読み終えたい」
 その割に恥じた様子もなく、あっさりと今まで読んでいたページを開きなおす。
「なんでそうなるんだよ!?」
 あわてて仙火が本を取り上げようとするが、アウィンは警備のバイトで培った体捌きでその手を押し止め、静かにかぶりを振った。
「読みかけで放り出しては作者殿に失礼だ。すべての物語は、読まれるためにこそ在るのだから。それにこれは私たちを題材にしている。詩人に唄われるは雄たる誉れ。私は文官だったので、父や兄のように唄われたことがなくてな」
 なんでちょっとうれしそうなんだよ!? 仙火が口へ出さずに胸の内で叫んだのはまあ、アウィンが実に人並外れてズレていることを知っているからだ。
「わかったから早く読んじまえ! そしたらすぐ帰るからな!」
「承知した。ただし仙火殿にも物語の行く末を知らせなければ。伝統の内で唄われる誉れをわかちあうために」
「わかちあってくれなくていいから!」


 誘われた碧月は、夜よりも澄んだ闇映す髪の先で銀日をなぜる。
「やわらかいな、汝(おまえ)の先は」
 仙火の喉がくつくつ笑みを鳴らし、アウィンはかぶりを振って爆ぜるそれを払った。
 なにもかもがもどかしい。己が髪と指の先ばかりしか届かぬことが。仙火という殻に阻まれ、その奥に在る光へまで滑り込めぬことが。
 所詮、己(わたし)は月。このか細い黒光が分け入ることのできる先などここまでと、かぐわしき日に嗤われて……それでも足掻かずにはいられないのだ。なんと浅ましく滑稽なことか。
 己(わたし)は魂焦されるほどに欲してやまぬ汝(あなた)を、いっそ憎んでしまいそうだ。己(わたし)に凄絶なまでの無様を演じさせる、銀の日。
 アウィンのすべてを見透かすがごとくに紅眼をすがめた仙火は、さらに笑い。
「汝(おまえ)の嘆息、汝(おまえ)の悲哀、汝(おまえ)の憎悪。それが己(おれ)という器を甘く揺らさずにいられない」
 仙火は嘲る。
 嘲笑こそは、月なるアウィンを突き動かす日の熱であり、焔。
 剥ぎ落とせ。仮面(偽り)も鎧(後れ)もすべて。己(おれ)が魅たいものは己(おまえ)の取り澄ました殻などではありえない。その頼りなき薄氷に封じられた、月の有様なのだから!
 教えてくれ。どうすれば汝(おまえ)を誘(いざな)える? 己(おれ)の底にまでぬばたまを――ひとすじの碧を。
 ああ。もどかしいのは己(おれ)だ。
 狂おしく汝(おまえ)を求めながら、笑みの裏にそれをかなえられぬことへの憤りを滾らせずにいられない、己(おれ)。
 言ってしまおうか。
 言ってしまおう。
 自制も体面もかなぐり捨てて、幼子のようにねだってしまえ。
「己(おれ)を越えて、淵よりも深い俺の底へ堕ちてこい」
 アウィンはうなずきながら、うなずくよりない己を恥じる。
 言わせてしまった。
 踊るよりない我が身の丈を知りながら、暴かれることを怖れる余り繕ったばかりに。
 己(わたし)は今こそ己(わたし)を捨てよう。なによりも純然たる私を剥き出し、日の底へ。
「日の光輝を、私の闇濁にて侵す。何人もあなたを見上げることかなわぬ底へ、共に堕とそう」
「おまえと堕ちる底なら、いい」
 果たして紅光放つ銀日は碧月のぬばたまに飲まれ、永なる底へと共連れて堕ち去(い)った。


「抽象表現が多くて意味が掴みきれないのは難だ。それと普通に俺、私、あなた、おまえになっている箇所があるのはなんだろうか?」
 アウィンの問いに仙火は渋い声音を返す。
「偽りとか後れってのを剥ぎ落としたから、ごまかしなしで素直に言葉で自分のことさらけ出せました。ってことなんだろうよ」
 なんで俺は説明までさせられてるんだ……泣きそうな気持ちで仙火は言い切った。サムライは手紙とかに込められた書き手の意図を読み解けなければならない、そう言われて仕込まれた読解力が、こんなところで役立ってしまったのがたまらなく悲しい。
 その顔を見ていたアウィンが、ふと頭を下げる。
「すまない」
「ん? いや、おまえのせいじゃないから」
 アウィンは一度頭を上げてかぶりを振り、それはもうすまなさそうな顔で同人誌を指して。
「いや、私のせいだ。私はどうやら仙火殿を上から」
「それもおまえのせいじゃねぇけど頼むからそれ以上言うなよ!?」
 会場でも仙火にあやまっていたアウィンだが、ここで別の話を読んでみて、いたたまれなくなったようだ。
 ちなみに本に寄稿された作品はすべてア×仙なので、どれを読もうが作風がちがうだけで結果は同じである。なにが言いたいかと言えば、上も下もないってことだ。

「それにしても、私はこのような印象を人々に与えているのか」
 ページを繰り、アウィンはそこに綴られた自分の様を確かめる。
「見た目がクール系眼鏡男子だからな。ほんとはそうじゃないって、おまえと話したことある奴なら誰でも知ってることだけどよ」
 なるほど。アウィンはスクエアタイプのフレームを押し上げてつぶやき。
「仙火殿はまさにもののふといった風情だな。作者方もそれは捗ることだろう」
「なにがだよ……いや、言わなくていい。むしろ言うな」
 顰め面で先回りして止め、仙火は重いため息をついた。
「とにかく読み終わったんだろ。出ようぜ」
 そして今日のあれこれを置き去って、さっぱりと明日を迎えたい。
 だがしかし。立ち上がった仙火を、ソファ席に座したままのアウィンが止める。
「本の一部だけだ。途中で投げ出すことはできない」
「なあ、アウィン? おまえがバカ真面目なのは知ってるけどな。だからって」
 プルルルル……戸口脇に設置された内線電話がコール音を響かせて。仙火よりも迅く、アウィンが受話器を取り上げた。
「はい。……あと10分ですか」
 よし、ブースの利用時間が終わる! 仙火は身振りでアウィンを急かしたが。
「延長をお願いします。はい、はい、2時間で」
 2時間!?
 目を剥く仙火へ、受話器を戻したアウィンが重々しくうなずいた。
「読み終えるまで帰さんぞ、仙火殿」
 果たして仙火の声なき絶叫響き渡り、再開されたアウィンの音読に塗り潰され、ついには消え失せたのだった。


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2019年11月15日

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