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『魚、携帯電話を捜索する』
海原・みなも1252

●川、ポチャ
 海原・みなも(1252)は途方に暮れていた。
 川岸を歩いていたとき、携帯電話が鳴ったため、取り出そうとした。その時に、強い風が吹き、近くのススキがみなもをひっぱたき、それに驚いて携帯電話を落とした。
 なんとか受け止めたのだけれども、川の中を大きな魚が通り、みなもの前でたまたま跳躍した。
 結果、現在、携帯電話は川の中である。
 偶然の連鎖に、なすすべはなかった。
「……偶然はすごいです。いえ、感心している場合ではないです」
 携帯電話は生活防水があるとはいえ、川への水没は論外だ。早めに対処すればどうにか復旧はできるかもしれないが、早く回収しないとならない。
 父親に買ってもらったものであり、連絡をつけるには重要で大切なものだ。
 みなもは手で届くかと、川に手を差し入れた。
 冷たい。
 非常に冷たい。
 自身がコートをまとっていることからも察せるが、寒いのだ。
「それに水の流れが速いです」
 しかし、冷たいからといって取りに行かない言い訳にはつながらない。
「早くしないと」
 靴や靴下を脱ごうとした。
「お嬢ちゃん、そこ、深いよ! 駄目だよ、入ろうとしちゃ」
 声をかけられたことで橋の上や土手の人たちの視線に気づいた。
 携帯電話を落としたことなどを説明する。
 川の水深が一メートル以上あることや、網などを持ってくることを推奨される。
「そうですか……でも、携帯電話」
「交番はあそこにあるから行ってみれば?」
「ありがとうございます」
 みなもはお礼を述べた。
 みなもが靴下などを直し出したため、声を掛けてきた人も立ち去り、通行人からの視線もなくなった。
 人目がある川では、手っ取り早く人魚の姿でどうにかする、という選択肢はない。
 何かに変身するにしても、細心の注意を払わないとならない。
「橋の下のあの草地なら……」
 ただし、入っていくのも見られると、親切な人や心配性の人がやってくるだろう。
 携帯電話を早く拾いたい思いと、人に見られないようにしないといけないという気持ちで、心臓がバクバクいうのだった。

●捜索へ
 橋の下の川辺、ススキの茂みにみなもは隠れた。
 草陰に隠れ、息をひそめ、しばらく様子をうかがう。
 みなもが落ちるのではと心配する人が来ることもありうるからだ。
 特に反応もないため、みなもは鞄を置き、水に手を入れる。
 水の中に潜るには、何かに化ける必要がある。
 魚だ。
 魚に化けるとして、この川にいておかしくないものにしないとならない。
 どのような魚がいるのかなど、うろ覚えだ。
 それでも聞いたニュース、地域の話などから思い出そうと、意識する。
「小さすぎると、携帯電話を運べません。適度なのは……」
 脳裡に浮かんだ魚を強くイメージした。
 接しているみなもの手から、水は這いあがり、姿を変えるための力となっていく。みなもを包み込み、変化を促した。
 みなもは徐々に水の中にいる気持ちになってきた。その頃には、自分の手足がひれとなり、魚となったと認識した。

 ちゃぽん。

 みなもは水の中にいた。
 止めてもらって正解な深さだ。みなもの身長が高いとはいえ、現在感じる水の状況から顔が出ればいい方だろう。もっと深いところもあるかもしれない。
 なお、目の前に広がる風景は、岸から考えると想像ができない世界だった。
 石なども残り、自然を感じられる。そこには藻が生え、魚が行きかっている。藻はまるで林や草原のように見える。
 都会の川は汚れているとも言われているが、そうは見えない。川の状況にしばし考えを巡らしていていた。
(そういうことを考えている場合ではなかったです。携帯電話! お父さんに買ってもらったのに)
 水の流れは速い。石や藻を使い、うまく現場に向かう。
 大きな魚がやってくる。
 みなもが化けている種類の魚たちは慌てて逃げる。
 それにならって隠れた。
 しばらくするとぷかぷか浮かぶ影に気づいた。
 やはり、小魚たちは動かない。
(鳥ですっ)
 何がいるのか理解し、じっとしていないと食べられてしまうとも思った。
(そうです! 携帯電話です! 水の中にいるなら、あたしは、能力を生かせますね……)
 川の中の世界をみて、元の目的を忘れるところであった。
 冷静さを取り戻し、水はみなもにとって力の及ぶところなのだ。触れていることが重要だが、今は水の中におり、水をまとっている状況だ。
 何をどうするか考える。
 携帯電話を見つけることと、魚をえさと考える動物から避けることを同時に行う必要がある。
(まずは……見えなくなる必要があります)
 魚の形を見て取るのだから、光の反射等でそれをごまかしていけばいい。
 次に、携帯電話の位置だ。
 落とした場所はなんとなく分かっている。ただ、水の流れでどうなるか分からない。
 現場にいくと、落ちている石などはさほど動いていないが、流れは大変速い。
 みなもは水の流れを見つめる。携帯電話がどう移動するか、沈む間どれだけ流されるか水から読み取ろうとする。
 携帯電話の重さを考えると、沈むだろう。沈む間は流される。
 流れに沿って移動しながら、接する自ら情報を得る。
 しばらく進むと、石の陰に沈む携帯電話を発見した。
(ありました!)
 良かったと、魚のみなもは携帯電話に頬ずりをした。
 くわえるにしては携帯電話は厚いため、少し大きくなる。変身の応用でどうにかできた。
 ちょうどいい大きさになり、携帯電話を軽くくわえ、みなもが水に潜ったあたりに、押すように運んだ。
 潮を吹くクジラのように、水を利用して携帯電話を陸地に上げた。
 みなもは顔だけ出して、誰もいないことを確認し、上がる。
 一瞬、打ち上げられた魚状態になるけれども、すぐに戻る。
 周囲を念のため確認する。人の目はないため、ほっと息を吐く。
 携帯電話をハンカチやタオルで拭こうとしたが、自分能力を試してみた方がいいと気づいた。
 携帯電話の回りに付いている水が、中に入っていると問題である。
「無事、でしょうか? もしも、のときは直るのでしょうか」
 触れている水から伝わる様子は、内部にしみている危険もうかがえた。触れる水をたぐり寄せるように操り、できるだけ携帯電話から水を取る。
 そして、画面を見ると、みなもの表情は動いた。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
 発注ありがとうございました。
 川の中の冒険譚のようになりました。
 なお、携帯電話が無事か否かは明記しませんでした。喜びに動いたか、落胆したかは、想像次第になりました。
 いかがでしょうか?
東京怪談ノベル(シングル) -
狐野径 クリエイターズルームへ
東京怪談
2019年11月18日

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