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『プレリュードは密やかに』
化野 鳥太郎la0108)&桜壱la0205


「ここは──どう入るのがいいかな」
 化野 鳥太郎(la0108)が、傍らの桜壱(la0205)を見やり、聞く。その声はこの場には似つかわしくない程穏やかで、周囲の喧騒からこの一帯だけがまるで取り残されてしまったかのようであった。エンピレオが迫りくるサンクトペテルブルグの王宮前広場。防衛装置『ナディエージダ』の最終調整に余念がないノヴァ社のエンジニアやライセンサーらの集団からはやや外れたカフェのテラスで二人は電子ピアノを叩いている。
「そうですね……もっと、ぐっと一気に力強くしてもいいんじゃないでしょうか」
 たーんたーんたんと、桜壱は手拍子に合わせて上半身を大きく揺らしてリズムを取る。

「そうか、たーんたーんたん……」
 何度か咀嚼するように鳥太郎も口の中で繰り返すと、フレーズを確かめては横に置いたノートにフレーズを書き入れる。
「いいと思います! 先生」
 電子ピアノが奏でる旋律を聞いて、桜壱が大きく頷いた。
「ありがとね、桜壱さん。おかげで纏まってきた」
 にこりと微笑みかけて鳥太郎が桜壱の頭の上に掌を置くと、くすぐったげに桜壱は眼を細めた。

 思えばおかしな話だ。『ナディエージダ』の起動に失敗すれば、エンピレオの砲撃を受けて都市一つが跡形も無く灰塵と帰す。その威力は敵ながらにして間違いが無い。そうなってしまえば、鳥太郎や桜壱も、周囲のライセンサーらと同じように須らく白く焼き付いた影になってしまうだろう。そんな状況において、彼ら二人はいつもの通り、鍵盤に指を走らせる。それは彼らが歌い上げる世界こそが皆の心を束ね、エンピレオの脅威に対抗するための鍵となることを信じているから。
 この場には多くの者が集い、それぞれに至高天へ対峙する覚悟を整えている。その者らの心を一つにまとめ上げ、高らかに音楽に乗せて響かせよう。それが、【GLORIA】の願いだった。その為には短く、聞いた者の心を鷲掴みにするほどに強く、誰しもが即興で合わせやすく、この極限状態で追い込まれた心を今一度震わせるためのフレーズが必要だ。

「うーん、ちょっと煮詰まってきたな」
 ガリガリと鳥太郎は頭を掻き、ペンを横に置く。
「桜壱さん。最初の方、一緒に弾いてみる?」
「Iもご一緒しても良いのですか!」
 でも、忙しい時にお邪魔ではないのでしょうか──と思案気な桜壱に笑って、鳥太郎は連弾になるように椅子を二つ並べる。
「気にしないでいいんだよ。少しだけ、気分転換」
 そう言われては桜壱も強くは反対しない。よいしょと椅子に座り、隣の鳥太郎を見よう見まねで姿勢を正す。

「それじゃ、譜面をゆっくり見ながら音を落としていってみようか」
「先生、この発想記号はどういう意味ですか?」
「あぁ、それはね──」
 桜壱は鳥太郎を見上げつ、白と黒の鍵盤を睨みつしながら慣れないピアノに四苦八苦する。ぱらぽんと音が零れ、旋律のようなものが流れていった。
「ど、み、そ、あっ。しゃーぷ──あっあ」
 口に出して確認しながら桜壱は懸命に鍵盤を叩いていくが、指が、気持ちについていかない。終にはもつれてびらばんじゃん! と音が崩れてしまった。
「Iはぽんこつ……!」
 何度か繰り返しても上手くフレーズが繋がらない。「この指が──!」と恨めし気に両の掌を見つめる桜壱に、鳥太郎は手を添えてリードメロディを弾く。
「ポンコツじゃないよ。さっきより良くなってる」

「あ〜……でも、ちょっとこの辺り音が取りにくいか」
 何度か自分でも弾き直してみつつ、鳥太郎は譜面にまた朱を加える。大胆に音を削り、その代わりにハイトーンを長く伸ばしてから一転して低音へ着地するように。これなら指の動きも簡単になり、全体の盛り上がりを保ちながらも音楽にノりやすくなる。重厚な軍靴の行進が、高らかな突撃喇叭に指揮されて勢いを得る。

「どうですか。今度はIは上手く弾けているでしょうか?」
 くるくると桜が瞳に舞う。何度も、何度も繰り返し桜壱は最初から最後までを通して弾いていく。手を入れた後の譜面は桜壱に合っていたのだろう、ずいぶんと桜壱が立てるピアノの音が楽し気になっている。鳥太郎は眼を軽く瞑り、音の流れを確認していた。
「先生──?」
 返事がない鳥太郎を心配した桜壱は、演奏を止めると鳥太郎の頬を軽く人差し指で突いてみた。少し乾燥して、疲れた肌には剃る暇も無かったのだろう、無精ひげがうっすらと指の腹に感じられる。余りに音に入り込んでいたのだろうか、そうして漸く鳥太郎は傍らの相棒の様子に気が付いたようだった。
「……あぁ、ごめんね。気が付かなくて」
 苦笑してごめんと謝ると、一気に鳥太郎は五線紙へ記号を書き足していく。桜壱の演奏を聴きながら、着想がさらに豊かに広がり、花の香りとロシアの清涼な空気をその裡にはらむ。この時期のロシアは時折り、既に冬と言っても過言ではない程の寒い風が吹くこともあるが、今日だけは広場を包む空気は温かかった。
 それは、この状況でも人々が明日を信じていたから。

「まとまって来ましたでしょうか? それなら、先生も少し休憩しましょう」
 お腹に軽く入るもの、作ってきます! と桜壱は椅子から立ち上がってカフェのキッチンへと向かっていく。非常時の為に徴発された広場の一帯は、SALFとライセンサーの自由に使って良いとのことだった。
(随分と、『おおきく』なったね)
 とてちてと去っていった桜壱の後ろ姿を見送り、鳥太郎は眼を細める。気が付けば、以前とは比べ物にならないほどに大きく、育っていた。その事に改めて気が付き、彼は嬉しくなる。いつだって、教え子が育ち、巣立って行くのを見るのは楽しい。だが、それだけではない。
「だからこそ、守らなきゃな」
 自分に言い聞かせるように独り言ちると、鳥太郎もまた、自分の本分を尽くすべく譜面へと向かい合う。

「袋のラーメンがあったのでお借りしてみました。先生! 休憩なしはいいお仕事の大敵ですよっ!」
 ややあって、湯気の立つボウルに野菜たっぷりのラーメンを乗せて桜壱が戻ってきた。さすがにラーメン丼ぶりは無かったか。普段はカフェオレが入っていたであろうボウルからは食欲を誘う炒まった野菜の少し香ばしい匂いが漂ってきた。
「桜壱さんがラーメン作るの、珍しいね」
 いただきます、と手を合わせて鳥太郎がラーメンをすする。山盛りのキャベツにモヤシ、ニンジンを麺と共に啜りこめば、その下には少し硬めの半熟に仕上げた卵が埋まっていた。箸で切れるほどに程よく固まった半熟卵を割って、スープと絡めると黄身のとろみが疲れた身体をじんわりと温めていった。
「ふふ! 今日くらいは特別です!」
 言葉少なに熱々のラーメンと格闘する鳥太郎の顔を見ながら、桜壱は笑った。

(せんせ──)
 みなひとの力になり、それを支えるための存在になりたいと。嘗ての桜壱はそう思っていた。その願いには変わりがない。
(でも……)
「強い盾ができる、楽しい演奏ができるといいですねっ!」
 ご馳走様ともう一度手を合わせた鳥太郎をみて、桜壱は思う。この続きは、帰ってからのお話。まずは──目の前に迫るナイトメアの脅威に笑って立ち向かおう。

「きっと出来るよ。俺達の希望は負けないさ」
 僅かに。それはごく親しい人間以外には気が付かれない程の差ではあったが、いつもよりも強く鳥太郎はアクセントをそこに置いて呟いた。

 決戦はもう、間もない。

──了──

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ご発注どうもありがとうございました、かもめです。
大規模リプレイから広げる形でこのようなノベルを書かせていただけたことを光栄に思います。
経験や体験を経て変わる関係性というのは良いものですね。
お二人のこれからに栄光ある未来が広がっていますように。
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かもめ クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2019年11月18日

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