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『逢花打花』
日暮 さくらla2809)&不知火 仙寿之介la3450

●秋冷の候
 日暮さくら(la2809)が不知火邸へ移り住んで、早数か月。
 常より凛としたこの娘は、しかし初めの頃、いささか気を張り過ぎていたきらいがあった。他所の家の食客となるのだから若輩者が相応に緊張するのは至極当然なのだが、事はそう単純でもない。否、いっそ複雑に過ぎるほどだ。
 なにしろさくらが厄介となっている夫妻は“ある面”に於いて実親にも等しく、それでいて夫のほう、すなわち不知火仙寿之介(la3450)は、さくらの両親がついぞ敵わなかった無敵の剣客にして、二人の血を受け継いださくらがいずれ打倒せねばならない――少なくとも本人はそう誓っている――宿縁の人物である。しかし、さくらとて相当使うが、現時点では剣人として彼を見上げることしかできない有様だ。
 極めつけに不知火邸には、さくらがどうあっても勝ちたい、克ちたい相手がもう一人居る。その意識の強さは仙寿之介に対する想いと同等か、それ以上かも知れない。
 斯様な一家を相手に気安く接することのできる十代の女子など、そうはいまい。
 だが、人は慣れる。
 そんな事情をも受容する穏やかな環境と当人の不器用な努力と幾許かの時を経て、さくらはいつしか和やかに夫妻と接するようになった。今なども夕餉の買い出しを頼まれたさくらに、ならば己が荷物持ちをと仙寿之介が名乗り出て、ふたり、肩を並べて歩いているところである。
「どんな魚がよいでしょうか。任せると言われていますが」
「鰤は……旬には少し早いな。今なら秋刀魚が定石だが、そういえば太刀魚が終わる頃合いだろう」
「では今夜で食べ納めですね」
「悪くない」
 交わす言葉は人の距離。既に勝手知ったる者同士、無遠慮ながらに立場を気配る遣り取りは、さくらと仙寿之介の近過ぎず離れもしない今の関係を物語る。瞳の色や年恰好から、ふたりを親子とみる通行人も少なくないだろう。
 事実、さくらは仙寿之介を視界に捉えるたび、父を重ねずにはいられない。
 今だってそう。斜陽に眩んでふと隣を見てしまったばかりに、もう目が離せない。
 仙寿之介の白翼のごときなだらかな髪もまた山吹色を帯び、その口元は優しげに綻んでいた。

 本当、そっくり。

 互いを“あちらの俺”などと呼び合う仲なのだから、当然ではあるけれど。
 その加齢を差し引いてなお美丈夫と云うに足る細い面に、その広過ぎないながら頼もしい両肩に、その揺るぎない意志と決意を背負う背中に、実父の若かりし頃――そして二親が“共鳴”と呼ばれる郷里の秘儀を以って一体となった雄姿と瓜二つの、けれど幾分か鷹揚さの増したその容貌に、つい見入ってしまう。
「どうした、さくら」
「…………」
「さくら?」
「ん?」
 気がつくとほんの鼻先に仙寿之介の顔があって、赤く光る金色の瞳に見つめられていて。
「な――なんでもありませんっ!」
 さくらはひどく慌てた。逃げるようにそっぽを向いて、少し足早にまた歩き出す。見なくても分かる、笑われている。ならばほとぼりの冷めるまで、絶対振り向いてなどやるものか。
「まあ待てさくら」
「急がないと夕飯に間に合いませんよ」
 変わらず親し気な仙寿之介の声を背に受けて、さくらは精一杯この場を取り繕った。
 取り乱したのは、少し悔しかったせいもある。平時と云えど仮にも宿敵を前に呆けて間合いを侵されるなんて。


●人も、魚も
 秋の空が東から青藍に染まりゆく頃、巷の雑踏は喧騒を伴い益々の賑わいを見せていた。今どき珍しい光景なのだろう、そんな活気ある商店街を、親子のようなふたりは往く。
「確か、大切なのは目が濁っていないかどうか、ですよね」
 威勢のいい呼び声と磯の香りが満ちた一角に差し掛かる折、さくらが言った。
 仙寿之介は小さく頷くも、既にその視線を魚に向けながら歩み寄って「だが」と続けた。
「それが全てと決めてかかるのは早計だ。澄んだ目をしていても、傷んだ魚はある」
「?」
 さくらは仙寿之介の隣に戻り、彼の顔と眼下の魚とを見比べて、少し首を傾げる。
 仙寿之介は構わず持論を紐解いていく。
「逆に、熟れた魚の目は総じて濁っているものだが、一段違った旨味を秘めていることもある」
 語りながら店内を歩き、やがて凍てつく寝床に横たわる、白刃のごとき大きな魚の前で、ふたりは足を止めた。さくらは神妙な面持ちで太刀魚を見下ろし、細い指を思案気に口元へ当てた。
「仰ることは分かるつもりですが……どう見分けるのでしょう」
「そう難しく考えなくていい。なにしろ旨いものほど美しいからな」
「見た目が綺麗なこと、ですか?」
「少し違う」
 初々しい発想のさくらに、仙寿之介は柔らかい声で、けれど饒舌に続ける。
「真に美しいのならば、乱れにさえ調和が窺える。逆に、いかな技巧や叡智を尽くして上辺を整えようとも、本質の伴わぬものが決してそれを超えた美を宿すことはない。そして全ては、結局のところ――浮き彫りとなる」
 この娘には伝わる筈、自分がなにを言わんとしているのかを。仙寿之介はそう確信する。
 しばし考えていたさくらは、やがて。
「では、――すみません、このおいしそうな太刀魚を包んでもらえますか?」
 喧噪の中でもよく通る声で店主を呼び、迷うことなくもっとも美しい鮮魚を指さした。


●さくらの士道
 その後、季節の根菜やら茸やらを買い集め――さくらは分担を提案したが――その全てと、先ほどの太刀魚を仙寿之介がこともなげに抱えて、ふたりは帰途に着いた。
 いずれ雌雄を決するべき間柄にしては、こうした日々が緊張感に欠ける気もする、とさくらは思う。

 そう、彼は、彼らは宿縁。

 もちろん、今はそれだけではないけれど、芽生えた想い、闘志と憧憬と敬愛とが懇意の中で纏まったのは、ごく最近のことだ。
 幼き頃より知っていた。彼も、その妻のことも。あるときは寝物語に、またあるときは武芸の手解きを受けながら、両親に聞かされた。幾度となく耳にするうち、いつしか仙寿之介とその息子に打ち勝つことが目標となり、次第にそれはさくらの中で大きくなっていった。
 そして幸いなことに、さくらの郷里では異界へ移動する技術が確立されてもいた。と言っても星界への旅路と大差ないほど機会は稀で、更に相応の経済力が求められる、まさに狭き門だ。
 だが、さくらの決意は固かった。
 必ず会いに行く。唯々その為に、年端もゆかぬ時分から依頼をこなして資金を貯蓄した。同時に、必死で腕を磨いた。

 私は、もうずっとこの人の――この人達の影響を受けている。

 物心ついた頃から、仙寿之介の一家がさくらを知る遥か以前から追い続けてきた。
 それは日暮さくらの礎となり、血肉となり、技となり、心となって日々の時間を豊かにしてくれてさえいる。もはや恩恵と言い換えて差し支えないほどに。
 では、自分はどうなのか。
 受けたのと等しいだけの影響を、彼らに与え、及ぼすことができるのだろうか。果たしてそれほどの価値を、自分は、日暮さくらという存在は秘めているのだろうか。

 価値、か。

 その言葉で想起されるのは後ろを歩く男ではなく、その息子のこと。
 さすがは仙寿之介の血を引くと見えて、さくらとてあれの剣力には目を見張るものがある。おまけに頭も切れ、勘がいい。
 もし、本気で刃を交えたとして、今のさくらの腕で勝てるかどうか。
 だが、彼にはとにかく執着心というものと無縁のようで、たとえば誰かに勝ちたいだとか、道を極めたいだとか、さくらの内面に備わった全てが彼の中にはまるで窺えない。
 その上で、自分を役立たずだと決めつけている節がある。あれほどの剣才を持ち得ながら。

 もしかするとそう振舞っているだけで、本当は心の奥で燻っているのかもしれないけれど。

 そうだとしても、言葉で確かめるには時期尚早だと、さくらは思う。
 互いの内に秘めし想いを明かし、ぶつけ合おうとしたところで、未だ遠過ぎて届きそうにない。現時点で勇み足を踏んでも些末事とばかり記憶の彼方に捨て置かれるのは明白で、また実際に前科もあるため、同じ失望を二度も味わいたくはなかった。

 でも、私は。

 彼という宿縁を前に、機が熟すまで見て見ぬふりなどできそうにない。
 むしろ日暮さくらという存在を無視できぬよう、彼の中に刻みつけたい。
 さくらは名も知れぬ情動に焦がれた胸元で、ぎゅっと手を握った。彼を思えば思うほど、その力強さを実感した。熱っぽい息を吐くと、夕闇の冷たい風が自ずと呼気に紛れ、ほどよい心地となる。
 上せぬ程度の熱量と、肩が凝らぬ程度の重み。意志は強く、けれど柔らかく。
 今この瞬間は、きっとそのくらい。お陰で気持ちは朗らかだった。初めて対峙したあのときよりも、ずっと。
 だから、さくらは衒いなく振り向くことができた。

「仙寿之介」


●はなにあへば、はなをたす
 親子ほども離れた年頃の娘の声に、仙寿之介は僅か目を見開いた。
 夕陽に焼けた白の装束に、巻いた帯を上に引いたかのように靡く仄かな薄紅を帯びた紫色の髪に、髪間から覗いた鮮黄たる瞳に息を呑み、刹那の暇を奪われた。
 あたかも桜木が雑踏の中に突如芽吹き、寒気もどこ吹く風と狂い咲いたかのようだ。
 つい先ほどの呆けたり慌てていた様子とは打って変わった、みずみずしく、それでいて乱れのない剣気を放っている。

 日暮さくら。何を想い、どう感じた。

 成長、否、生長と云うべきか。
 どうあれ、さくらのこうした目覚ましい変化は、仙寿之介にとって好ましい。そして同時に去来する一抹の寂しさもまた、喜ぶべきことなのだろう。あちらの己と妻がここに来れぬ以上――否、たとえ居合わせたとしても――我が子同然に想い遣り、見守りたいと思うし、また、そう在らねばならぬゆえ。
 さて、その、娘にして桜木の化身にして曰く宿縁の剣客たるさくらは今、思索を伴うも隙のない仙寿之介のおよそ三歩前で立ち止まった。

 未だ些か固いな。だが――

 易々と接近を許した先とは違い、弾力の強い気配の性状は踏み込み難く、しかし他を拒絶する類の危うさを伴うものでもなく。
 真っ直ぐ仙寿之介へと向けられた双眸に映るのは、商店街の人混みでも沈みゆく天の火でもない。だが仙寿之介一人を見ているのともまた趣が異なるようだ。

 ――そうか。

 その姿に垣間見た。あちらの妻と己の、光陰の交わる妙を。
 その視線の先、意図を気取った。己と、そしてもう一人。その血を色濃く受け継いだ、我が子の存在を。
「私は待って差し上げるつもりも、待たせる気もありませんから」
 果たしてさくらは自らの意志を示す。小気味のよい凛とした声で。
 仙寿之介は、誰をとさえ言わぬ彼女のそれを受け、しばし身動ぐのを止めた。
「仙寿之介?」
 さくらは動かない彼の顔を覗き込む。ちょうど明るい頃、仙寿之介にそうされたのと同じように。
 けれど、もうほとんど落ちた日と青暗い色味に染まる娘の顔を、なおも仙寿之介は正視して。
 少し、笑った。
「なんですか」
「いや」
 ちょっとむっとしたさくらと少し距離を置いて、仙寿之介は真意を口にする。
「少し、お前の親父が羨ましくなった。それだけだ」
「はあ……?」
 幾分自嘲気味の、けれど晴れやかな笑みを浮かべたまま。
 今度は怪訝な顔のさくらを置いて、仙寿之介のほうが歩き出す。
「不知火仙寿之介っ」
 さくらははっとして、妙に軽やかな足取りの男を、もう一度名前で呼び止めた。
「私は貴方を――貴方達を倒します。両親が果たせなかった勝利を、果たしてみせます。いつか、必ず」
 その一言一句を、仙寿之介は己の内に刻み込む。
 併せて、僅かながら突き上げる衝動じみた情を軽くいなした。それが、どうやら絶えて久しい武者震いなのだとひとり気づいて、また、口元が緩む不覚に甘んじてしまう。
 そのことさえ嬉しく思い、微笑を以って振り向いた仙寿之介は、本心から報いた。
「楽しみにしている」
 応えを真言とみたか、さくらもまた母譲りの美貌に微笑を浮かべ、仙寿之介の隣に並んだ。



━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
 登場人物
【la2809 / 日暮 さくら】
【la3450 / 不知火 仙寿之介】

 初めまして。ご依頼まことにありがとうございました。

 WTらしい流転譚の一幕、ですね。
 設定や資料を拝見して懐かしい古巣(WT0)の匂いを感じると共に、うっかり勝負させてしまいそうになるのを堪えながらの執筆となりました。
 言葉以上の想いが秘められているようにお見受けしましたので、前提となるお二人の思索は過剰に、今後へと通ずるであろう本懐に触れる描写は、この場ではあえて不足気味にしております。
 お気に召しましたら幸いです。

 解釈誤認その他問題等ございましたらお気軽にお問い合わせください。
 それでは。
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2019年11月18日

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