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『魔女のきまぐれ花魔法』
アルバ・フィオーレla0549)&桜壱la0205

「アルバさん、います、かー?」
 一花一会〜fortuna〜の客としてではなく、友人として。アルバ・フィオーレ(la0549)に招かれた桜壱(la0205)が工房の戸を叩く。
 切欠は数日前にアルバから届けられた、遊びに来てほしい旨のメールだった。時間も場所も指定されているから、在宅しているのは間違いないのだけれど。
 ぱたぱた、と軽い足音が聞こえてくるから、きっともうすぐ笑顔の彼女がやってくる。
 カチャリ。ノブの回る音がして。
「いらっしゃい、桜壱さん!」
 来てくれて嬉しい、歓迎するわ、どうぞ中へ。優しい笑顔が惜しみなく向けられるから。左目の液晶も映しこむように、桜が綻ぶ。
「お邪魔しますっ!」

「今日にね、やっとすべて揃ったのだわ♪」
 具体的な理由を伏せたメールは、けっしてアルバが機械操作が苦手だからとか、そういう理由ではない。まだもたつくことはあるけれど、これでも基本操作には随分と慣れてきたつもりである。
 答えは全て扉の向こうにあるからと、どこかそわそわとした様子の桜壱の様子に目を細める。
 ほんの思いつきだったけれど、浮かんだその日にはもう手配を始めていた。
 そうしたいと思ったから、身体は勝手に動いていた。
 それはひとえに、目の前で落ち着かない様子を見せる桜壱が、喜びに綻んでくれるその様子が見たいから。
 そう、物語の魔女がきまぐれなように。アルバも遊び心だけで動いてしまうことがあるのだ。

 色とりどりの花が、工房に並んでいる。
 一番多いのはやはり切り花だ。全てか瓶に行けられれば良かったのだけれど。店を閉めているのを理由に、商品を置く際に使うバケツなども総動員してあるのだ。何故って、やはり数が多すぎることが原因だ。同じ花は同じ束に。それはわかるけれど……種類が多すぎる。
 そのかわりと言えばいいのか、植木鉢の数は控えめに感じる。それでも一般家庭に比べたら数は少ないのだけれど、ここは花屋を営むアルバの住居でありその工房だから、花があることは不思議なことでも何でもなく……むしろ、当たり前の数、と言ってしまえる程度に収まっている。
 そして少しイレギュラーにも思える存在がテーブルの上に並んでいる。最近はやっているらしいハーバリウムだとか、昔ながらの押し花を額縁に収めたものだとか。花弁だけでなく絵の具か何かの彩色された紙面とあわせて、芸術的に仕上げられたものもまた含まれている。
 それらの花は、けれど間違いなく一つの共通点があって。
「アルバさん、これって、もしかして……」
 ぱちり、ぱちり。ゆっくりと瞬きをして、全てを確かめるように首をめぐらせて。けれど駆け寄りたくなるような勢いをどうにか押しとどめて。
 噛みしめるように尋ねる桜壱の声は、どこか震えているようにも聞こえる。
「そうよ、ぜーんぶ、秋桜なのだわ」

 ソファに並んで腰かけて、ひとつひとつを確かめていく。
 知識のお供は植物図鑑や写真集。これもやはりほんの思いつきで用意したもの。元々、店の方に置いてあるものを持ってきただけだけれど。
 タブレットだってあるのだから、調べればすぐに答えが見つけられることは分かっている。実際、この秋桜達はそうやって集めたものが大半だ。
 けれど、実際に触れて、見て、確かめられるものとして、こうして部屋に溢れているから。
 楽しむ時間に、誰も効率なんて求めていないから。
「じゃあ、これは……あっ、みつけ、ました!」
 ぴこん。豆電球がぴかりと光る様子が浮かぶ桜壱が示す先に、アルバも視線を向ける。
「あら、よぉく見て? ここ、縁のところ」
 違いに気付いて。写真集の一部をそっと指し示す。
「……?」
 首を傾げる桜壱が、写真と、実物と、写真と……幾度か視線を行き来して。
「すごい、です!」
 ほんの少しだけ、花弁の形が、その縁の曲線が違っているのだと理解したのだ。疑問が解けて、答えに喜んで。同時に瞳の花が綻ぶ。
 ずっと見ているからだろうか?
 不思議と、桜壱の示すいつもの桜とは違って、今まさに眺めている秋桜のように、その縁が色づいていた。
「うふふ、だってお花屋さんですもの」
 花の精をルーツにもつから、長く花と暮らしているから。彼等の特徴を、彼等が示すものを。たまらなく愛おしいから、覚えるのは当たり前で。
 こうして誰かに伝えられることがたまらなく、嬉しい時間になる。
「それに、しても……」
 桜壱の、その瞳を。感情を示す大切な場所をそっと覗き込んで。
「ほら、思った通り」
 そっと差し出すのは、身嗜みを整える時に使う、小さな手鏡。
 それを桜壱にも見えるように差し出して、どうかしら、と首を傾げる。
「私の魔法にかかっちゃったのだわ♪」
 今は、桜壱さんじゃなくて。秋桜壱さんって呼んだ方がいいかしら?

 鏡の中に移る花は、確かに。いつもの薄くて淡いピンクよりも、赤みが強くなっている。
 ぱち、ぱち。瞬きをすれば元に戻るのかもしれないと思ったのか、桜壱自身も自分で自分がよくわからなくて。
「……戻り、ません!?」
 むしろ次第にその色は、花弁全体に広がっているような。
 ぎゅっ……いち、に、さん……ぱっ!
「!?」
 ぎゅっと目をつぶるようにして、何も映らない真っ暗がどこか不安で。結局、三数えるだけで慌てて開く。
 今度は花弁の枚数が増えていた。もう誰も、これが桜なんて思わないに違いない。それはどう見ても周りにたくさんある秋桜にしか見えない。
「!?!?!?」
 驚きすぎたのか、声にならない。
(Iは、Iはどうしたの、です!?)
 おろおろと、身体が揺れて。ふらふらと、アルバに手を伸ばす。
 どうしていいかわからないのだ。
「……効きすぎちゃった、かしら?」
 そんな、アルバの声が聞き取れないほどに。

 アルバはぎゅっと、桜壱を腕の中に抱きしめる。
 機械の身体で、ヒトの心で。花の名前で、春に溢れて。可愛らしくて、きっと脆くて。
 甘やかしたくてした事が、どうやら効果がありすぎたのは。
 私が魔女であるせいか、それともそれほど初心なのか。
 ゆっくりと、桜壱の頭を撫でて、背を撫でて、ぽんぽんと、穏やかなリズムを伝えて。
 花の魔法と、言葉の魔法。
 花の薬は私自身で。
 言葉の薬はやはり言葉で。
 少しずつ紐解いて、絡まった今を、元の姿に戻しましょう?
「桜壱さんは……名前にも髪にも、春が溢れているのだわ」
 理由は知らない、この子を生み出した誰かの気持ちは、アルバにはわからない。
 ただ、知っていることを並べて、感じたことを繋いで。きっと己を見失っているのだろう、迷子になっているこの子に、道を示す。
「春色って言葉に相応しい、桜の花の色ね」
 寒空の下硬い蕾の中で春を待って、暖かい風に誘われて綻び、強い風に乗って美しく舞い踊る、日本の春を象徴する花。 
「秋桜には、見ていた通り、たくさんの色があるけれど。やっぱり白と、赤と、桃色が多いの」
 色が似ているから、漢字にするとそう書くから。そう記されるようになった理由もやはり関係なくて。ただ、同じ文字を使っていた、そのことだけが今、事実として重要で。
「でもね、似ているだけなのだわ」
 純粋で、そのままに受け止める。それは美点であるけれど、けれどとても脆い部分。
「桜壱さんの桜とは、別のもの」
 どんな反応をするだろう、似ていると喜んでくれるだろうか、笑顔が見たい。
 そう思っただけのきまぐれが、思っていた以上で。やりすぎてしまったと反省も浮かぶ。
(けれど私は魔女なのだから、善いだけでも悪いだけでもなくて、当たり前)
 内心では、そう思っていたりもするけれど。
 可愛がっているこの子を、皆に愛されているこの子を、そのままにしておくことは出来ないから。
 魔法を解きましょう。きまぐれな魔法は、だからこそ時に思わぬ結果を呼び込むから。
 なんでも魔女の思い通りになるなんて、そんなおとぎ話みたいなこと、本当はどこにもないのだから。

 春の色は、ぽかぽか陽射しが映える。穏やかで、けれど眩しくない色。
 桜色。ピンクのようなキラキラとは違って、桃ほどに甘さはなくて控えめで、薄紅というほど鮮やかではなくて、肌色のように自然な、やさしい、ヒトの温もりの色。
 包み込んでくれるアルバの声が穏やかに降ってくる。温もりが確かな存在を教えてくれる。
 ゆっくりと導かれて、目を開く。まだ鏡は見られない。移り込む自分がまだ秋桜を示して居たら。
 どうして見たくないと思うんだろう。
 どうして顔を逸らしてしまうのだろう。
 どうして秋桜壱を受け入れられないのだろう。
 どうして、Iは……
「桜壱さん」
 今、Iは、何を。
 踏み込んではいけない何かに、つま先が、ひやり、冷えたような。
 例え冷たいと感じても、身を竦める必要なんて、ないのに。
 心配そうに様子を伺ってくるアルバの顔が見られない。
 秋の色とも呼べそうなその夕焼け色の中に、Iが映り込んだら。Iは、Iの目を見てしまうから。
「ねえ、桜壱さん。……桜草って、知っていますか?」
 なんだろう、今は秋桜の話で、秋桜壱で、桜……さくら?
「はぇ」
 言葉にならない声が、音がやっと口から転がり落ちる。
 桜という言葉そのものが、今、Iの一番の要だと示していて。
 要、って、なんだったか、な。
 タブレットが指し示される。
 図鑑の中にもあるだろうけれど、きっと検索が早いとそう思ったようで。
 目を細めて、眉もさがって、そんな様子をやっと見ることができて。
「ほんの少し似ているだけでも、桜の字を使ってしまうのだわ。だから、秋桜だって」
 秋桜は、桜ではないから。
 桜壱は、秋桜壱ではない。
 その言葉を何度も、何度も、刻みつけるように繰り返して。
「魔法は……とけてます、か?」

「秋桜。勿体ないです、ね?」
 とけた魔法は、さっさと名残をなくすに限る。思い切って捨ててしまおうと、そんな決意も何のその。
 主婦たる桜壱のその一言によって、空気がすべて変わってしまった。
「……なら、ぜーんぶやっつけちゃうことにするのだわ」
 悪い夢をやっつけて、善い夢だけを独り占め。
 そんな魔法をもう一度。
 きまぐれ魔法が悪さをしたら、思いつき魔法でおかしな夢に。
 首を傾げる桜壱に、にこりと。アルバの楽しげな笑顔が向かう。
「お料理でも、工作でも。桜壱さんは何が好きかしら?」
 食べないのは知っているけれど、お土産にすれば、食べられる人はいるのだし。

「! 何が作れるのでしょうか」
 魔法はとけて、いつもの桜壱。
 全部魔法のせいだから、桜壱はこれからも、桜壱のまま。
 秋桜は瞳で咲くことはない。
 映り込むことはあっても、それは鏡のように覗き込んだそのときだけで。
 秋桜壱は魔法で作られた幻だから。
 今ここに咲き誇る秋桜は皆、ただのお花。食べられて、綺麗な色で、香りも芳しい秋の花。
 桜壱の髪色に似てる花は、とうにアルバが片付けているから。
 もう、桜壱が迷うことはないだろう。

 咲いたばかりの新鮮な花は、ドライフラワーに。
「お飾り……! クリスマスに、つかえますか?」
 乾ききるまで時間がかかると聞いた桜壱が、ポケットから取り出すのは……秋の日に集めたどんぐり達。
「選抜試験もぐつぐつ試験も、ちゃんとやってあるのです!」
 それは前にアルバが教えてくれた、不運な出会いを防ぐための下準備。
「これと、一緒で何か作れると嬉しいのです」
 夏休みの影響か、それとも。誰かと何かを作る、そのことがとても楽しかったようで。桜壱の液晶にキラキラとエフェクトが舞っている。
「……今からなら、丁度間に合うかしら……?」
 土台は別に用意すべきだろうけれど。飾りになるような花や木の実を、これから集めればいいはずで。
 そこまで考えたところで、アルバはしっかりと頷いた。液晶の桜が、幾度も繰り返し、花開いていく。
「でも、それだけでは全部、使い切れないだろうから……」
 咲ききって形の不安定な花弁は、お遊びで花占いをしながら丁寧に分けていく。
 サラダ用にゼリー用は、崩れず解せた花弁を山盛りで。
 しおれはじめて残念な気配を見せる花弁だって、手を加えれば。ソースに変えることだってできるのだ。

 陽が沈むのはもう、早くなっていて。
 窓から差し込む夕日が桜壱の髪を秋色に染めたけれど。
 魔法はもうとけたから。
 迷子はどこにもいないのだ。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

【アルバ・フィオーレ/女/24歳/放浪者/羽翼騎士/その魔法の名は惑わしの】
【桜壱/?/10歳/ヴァルキュリア/羽翼騎士/季節外れの花嵐】

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2019年11月20日

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