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『ハニーウォール』
シリューナ・リュクテイア3785)&ファルス・ティレイラ(3733)

 
 東京の片隅にひっそりと佇む魔法薬屋。誰もがその店にたどり着けるわけではなく必要とする者が、ある日突然見つける事の出来るその店は、今日も閑古鳥が鳴いている。別段それを気にした風もなく店の主は愛弟子であるティレイラ(PC3733)と共にテレビなるものに興じていた。この東京と呼ばれる異世界に間借りするようになって幾ばくか、この世界の最新情報を手っ取り早く入手する手段として日常的に利用しているのだ。
 今日の特集はインスタ映えと話題の2D喫茶。椅子もテーブルも間違いなく立体で出来ているのに錯視を利用し店内全てが平面に見えるように仕掛けられていて、そこに入るとまるで絵本の中に入ったような感覚にとらわれるという。
「面白いですね!」
 ティレイラが興味津々でテレビにかじり付く。竜族である彼女らには錯視程度で感覚を狂わされる事などないはずなのだが。
「そうね」
 2Dと3Dの融合。確かにその発想は面白い。

 かくて――。

 店の主シリューナ(PC3785)は店の奥にある工房の、更にその奥にある扉を開いたのだった。
 ついてきたティレイラが抑えきれない好奇心を瞳の奥にたっぷりと湛えて中を覗く。部屋の中は魔法実験のために作られた特殊な異空間で構成されていて奥行きも高さも外観からはかけ離れたものだった。とはいえ何もない部屋にがっかりするかと思われたがティレイラはそうでもなさそうにシリューナを振り返っただけだ。
「何をするんですか?」
 ティレイラの期待に満ちた問いに。
「もちろん」
 くすりと笑ってシリューナはいつの間に手にしていたのか1冊の絵本を開いて見せた。この部屋の中に絵本の世界を再現しようというわけだ。
 真っ白で壁も床すらもなくただ広がっていただけの空間が絵本の中のパステルカラーに埋もれていく。
「わぁお!」
 ティレイラが感嘆の声をあげてシリューナにねだるような眼差しを向けた。パステルカラーの境目ははっきりとはせずカラフルな綿雲のように見えるが雲の絵本、という事でもあるまい。シリューナが使った絵本がなんなのか。敢えて聞かずに飛び込みたい、と全身で訴えるティレイラにシリューナは笑顔で促した。
「いってらっしゃい」
 もちろんシリューナも出来た世界の中に興味がないわけではない。一緒に行くという選択肢もあるにはあるが、絵本の内容を知らず探検したそうなティレイラの意気込みに水を差すのも無粋で敢えて譲ったのである。
「わーい!! いってきまーす!」
 かくてティレイラは1人、思いっきりよく綿雲の中に飛び込んだ。
 曖昧だった色の境目がはっきりしてくると世界はほのぼのとした森の中……のように見えたがサイズ感が違うだけで実際は雑木林程度かもしれない、そんな世界に落っこちた。
 見知ったものが巨大化されているのかティレイラが縮んだだけなのか。ティレイラと同じ背丈の蟻に面食らう。
 しかしよく見るとそれは現実の蟻と違って絵に描いたような可愛らしい蟻というだけではなく、とても薄っぺらく見えた。奥行きを出す陰影はあるのになんだか面白い。横から見ているはずなのに両目がこちらから見えるところも絵の中の蟻っぽい。乗用車ほどもあるクワガタも2tトラックはありそうなカブトムシも、見上げる野花にスカイツリーもかくやな木々たちも、絵に描いたそれでしかなく、葉っぱが1枚づつあるようにも見えなければ花びらもそういう形のものが1枚あるだけにしか見えず、昆虫達は羽を広げられるかも疑わしい。
 いろんな緑に塗られた地面を蹴ってティレイラは翼を出すと、白い木漏れ日に向かって飛んでみた。絵の中のように平面なのに奥行きがあるというのがどうにも奇妙な感覚だ。
 以前、白い絵本という本の中に引きずり込まれた事があったが、訪問者が世界と物語を作っていくような感じだったからか絵本の中という狭い空間ではあっても、ここまでがっつり平面世界には見えなかった。
 自分だってぺしゃんこになったわけではなくちゃんと立体なはずなのに手のひらを目の前に翳してみるとあら不思議、とっても平面に見えてしまうのだ。
 ジャンボジェットさながらの巨大なトンボの群れを抜け、ティレイラは更に胸躍らせてこのおかしな、絵本の中の世界をのびのび飛び回った。とはいえ、いつもいつもいつもうっかり罠にはまってしまう自分の迂闊さをさすがに学習しているので、好き勝手にと思いつつ蜘蛛の巣には細心の注意を払って飛んだりしていた。
「その手にはかかりませんよー」
 などと。
 やがて思いの外広い世界に疲れてお腹をすかせ始めた頃、どこからともなく漂ってくる甘い濃密な香りに鼻孔をくすぐられて、ティレイラは誘われるままそちらへ向かっていた。
 そこにはティレイラより遙かに巨大なはたらき蜂達が、せっせと蜜を運びこむ彼らの巣があった。
 巣蜜自身がもう美味しそうなのに奥から漂う花に混じった甘い香りに抗う事も出来なくて、ティレイラはずんずん奥へと忍び込む。
 本物の蜂の巣は綺麗なハニカム構造をしていて色味ももっと煩雑だが、これが絵本の中だからか手書きっぽさと柔らかい黄色の色合いが何とも可愛く微笑ましい。
 奥深くというでもなくすぐさま蜂蜜貯蔵庫に出くわしたのはやはり絵本の中だからだろうか。蜂の巣の構造なんて知らないけれど。
「いっただきまーす!」
 両手を合わせて小声でそう言うと早速ティレイラは蜂蜜を手にとって舐めてみた。絵に描いた蜂蜜なのに大丈夫なのかという内心の不安とは裏腹に。
「あっまーい!!」
 思わず大きな声が出てしまう。声をあげずにはいられないほど甘くて美味しかったのだ。
 しかし、それがまずかった。はたらき蜂に見つかってしまったのだ。
 一目散に蜂がティレイラめがけて詰め寄った。
 ティレイラは慌てて逃げようとしたがここは蜂の巣の中。地の利は蜂達にあった。その上数が尋常ではない。さすが1度に1000個の卵を生む女王蜂……などと関心している場合でもなく。一斉に巨大蜂達が侵入者排除に動き出した事で狭い通路は簡単に蜂たちに塞がれてしまったのだった。
 ティレイラは強行突破すべく紫色の肢体をもつ本来の竜の姿に戻ったが、全てが巨大化しているこの世界でティレイラが竜の姿に戻ったところで巣を破壊するほど大きくなれるわけでもなかった。蜂よりちょっと大きい程度では体当たりで蹴散らすにも限度があったし、通路は狭く壁は思いの外堅くて容易に壊せないため、むしろ竜になった分、翼などが壁にぶつかって動きが制限されてしまい逃げ辛くさえなった。
 おかげで、出口もわからないまま逃げるティレイラが蜂達に壁際まで追い込まれるのには大した時間を要することもなく。
 蜂達は巣を作るときに使う蜜蝋をティレイラに浴びせかけてきた。
 蜜蝋はティレイラの翼や尻尾をねっとりと流れながらどんどん固まっていく。
「ちょっ!? なにこれ!?」
 壁に貼り付けられるようにして固まり始めるのにティレイラは慌てふためく。抜け出そうともがくが現実の蜜蝋とはほど遠いのか竜の力でもびくともしない。
 こんなにほのぼのとした見た目の世界ではあったが、そのベースとなっているのはシリューナが魔法によって作った異空間なのだ。絵本の中のもの達が魔力を帯びるなど想像の範囲でなければならなかったか。
「いやーん!! お姉さまー!!」
 やがて全身が蜜蝋に覆われると、ティレイラは嘆き声を上げたまま完全に巣の一部となったのだった。


 ▼


「遅いわね」
 シリューナはある種の期待感をこめて思わず呟いていた。
 ティレイラが絵本と融合した異空間に身を投じてからかれこれ丸一日は経とうかとしている。一体何があったのか。融合に使った絵本はそんな危険のあるような世界観の物語ではない。
 それでもあのティレイラの事だから何かしらやらかしたのだろう。
 今度は何があったのか、検討もつかないがシリューナは早速ティレイラを追うようにして絵本の世界へ飛び込んだ。
 融合させてみたものの、実際どんな感じに仕上がっているのかはシリューナとて知りようがない。絵本の平面的な世界がそのままになった不思議空間は想像通りだが、昆虫の世界の絵本だったからかイモムシのサイズ感に面食らったりもした。とはいえ世界の出来映えにシリューナとしては満足である。
 いろいろ見て回りたい気持ちもあったが、まずはティレイラの魔力の痕跡を探した。ティレイラがそうしたように自らも翼を出して上空へ。
 巨大なトンボの群や蝶の群に目を輝かせたであろうティレイラを想像しながら花の上で一休みをしていると、蜜蜂が花の蜜を取りに来た。
 そこにティレイラの魔力を感じてシリューナは自分に気配を消す魔法をかけると、蜜蜂の後を追った。
 程なく蜂の巣に辿り着く。
 蜂達に見つからないように中に入ってティレイラを探すと、それは思いの外すぐに見つかった。
 平面的で絵に描いたようなこの世界でそれだけが妙にリアルに浮き上がって見えたからだ。
 明らかに他とは違う不自然な壁面をシリューナは魔力の光で照らしてみた。
 そこに浮かび上がったのは竜のレリーフ。間違いなく竜の姿のティレイラである。
「あらあら」
 蜜蝋に固められた黄金色の美しい竜のオブジェにシリューナは目を輝かせる。あらゆる意味を含めてさすがはティレイラと内心で感心した。
 それから辺りを見渡して魔法で前後の通路を塞ぎ更に蜂達が忌避するような香りをまいておく。巨大蜂達がシリューナの存在に気付かないまでも、いつここをうろうろし始めないとも限らないのだ。これで蜂達がこちらに寄ってくる事もないだろう。
 ティレイラを助け出すにしても“何をする”にしてもそれなりの時間を要するというものだ。
 面倒ごとを退けて、改めて今にも嘆き声が聞こえてきそうな形をした竜の下顎を優しく撫でてみた。不純物の入らない黄金色。紫の竜であるのにそれらを透過せず、かといって不透明というわけでもなく透明感のある不可思議な色合いに感服する。
 その感触は光沢のある琥珀のような見た目ほどすべすべした肌触りではなくて蜂蜜のねっとりとした質感がシリューナの指先に絡みついた。なんともおかしな世界に仕上がったものである。
 大粒の涙がこぼれそうなほど見開いた眼差しと悲壮感を湛えながらも強かな鱗に覆われた頬を手の甲でなぞって、竜族ならではの美しくもあどけない表情をじっくりと玩味した。
 絵に描いたような世界の中で、これでもかというほど精緻に仕上がったその造形が違和感なく収まっているのがまた面白い。
 ティレイラの竜はただ壁に貼り付けられているというわけではなかった。
 どういった具合でそうなっているのやら、間違いなく立体でありながら平面のように見えて巣の壁の模様と化している。一見半身だけが彫られたレリーフのように見えるのに角度を変えると浮き出て見えていた部分が壁と同化し別の部分が浮き上がって見えた。
 抵抗を試みたのであろう羽ばたくように広げたまま黄金色に蜜蝋に塗り固められた2つの大きな翼を不思議そうに手のひらでなぞり、腹の部分を愛撫しながらトリックアートのようなそれにシリューナはただただ感歎の息を漏らす。
 取り囲む蜂達を凪ぎ払おうとしたのか、はたまた絡みつき動きを奪っていく彼らの蜜蝋を振り払おうとしたものか、高く振り上げられたティレイラの尾を愛おしむように両手で抱えるように抱いて、それが紡ぎ出す曲線美をなぞりながら頬を寄せて至福の時間に身を委ねる。
 口づければ舌の上で甘くとろける魅惑のオブジェ。
 絵に描いたもののようで香りをもち味覚までも刺激する。
 なかなか現実世界ではお目にかかれない代物だろう、たまたま選んだ絵本に引きずられた全ては偶然の産物であった。
 是非にもじっくり堪能すべく持ち帰り、しばらく部屋に飾りおきたいところであったが、恐らくこの状態を保っていられるのは平面と立体が捻れたこの異空間だけに違いない。
「しょうがないわね……」
 惜しまれるがどうすることも出来ないのだ。今だけしか鑑賞できないレア物、となれば限られた時間で余すところなくティレイラの竜のレリーフを堪能するほかあるまい。
 そう、自分に言い聞かせてシリューナは結局心行くまでティレイラを美味しく頂くという愉悦に溺れたのだった。



■大団円■


━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

ありがとうございました。
楽しんでいただければ幸いです。

東京怪談ノベル(パーティ) -
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東京怪談
2019年11月22日

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