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『香りかさね』
風深 櫻子aa1704)&シンシア リリエンソールaa1704hero001


 ある時は、テーマパークのお城。
 ある時は、歴史ある建物を借り切って。
 時には、純和風の庭園で。
 サロン、舞踏会、晩餐会……趣向を凝らし、魔法に掛けられた夢のようなひととき。

 どんな伝手があるものか不思議だけれど、『貴族・王族系の英雄』たちから毎月のように招待状が届く。

 シンシア リリエンソール(aa1704hero001)は、しかしながら招待状が届くたびに眉間にしわを寄せた。
「そんな顔をしなくてもいいじゃない、シンシア。お友達は大切にしなきゃ」
 契約者である風深 櫻子(aa1704)が後ろから覗き込んで、シンシアの頬を指先でつつく。
「出向くたびに、サクラから婦女子を守らねばならない私の苦労がわかるか?」
「なによう。犯罪になるようなことはしてませんー。美しい花を愛でるのは礼儀でしょ?」
 それで、今度の場所は?
 美しい花の封蝋がされた招待状をシンシアの指先から抜き取って、櫻子は案内に目を通した。

 案内全てに参加するわけではないけれど、華やかに着飾って非日常空間を楽しむことは嫌いじゃない。
「あたしは好きよ。シンシアが嫌なら、無理にとは言わないけど」
「……嫌いなわけじゃない」
 主催と顔を繋ぐのはシンシアだ。櫻子だけを参加させるわけにはいかない。
 美少女大好き櫻子の魔手から善良な婦女子を守ることは、日常の一環であり非日常でも変わらない。
 わざと迷惑そうに言ったものの、櫻子がイベントを楽しんでいることは確かだし、その様子を見守るだけならシンシアも嫌ではないのだ。
「バラの庭園が見頃……、か」
「お昼はお茶会、夜はライトアップされた庭園を見下ろしての舞踏会ですって。素敵じゃない?」
 季節を絡めたものは、一期一会。
 純粋に好奇心がうずいているらしい。
 櫻子の表情を見下ろして、「それなら」とシンシアは出席の旨を伝えるべく筆を執った。




 バラの見ごろは、春・夏・秋の三度。
 多様な品種・爆発的な華やかさを誇る春に比べて秋のバラは濃厚な香りの一輪一輪を愛でる、穏やかで優しい気持ちになる。
 褪せた空の色に濃い花びらの輪郭が映え、生命の強さを感じさせた。
 紅茶と焼菓子、サンドイッチ。定番の軽食と共に花を愛で、会話を楽しむ。
 夜の賑わいとは別の、落ち着きある時間だ。

「『使用人の仕事』と言われても、自分の仕事への誇りは忘れられないの」
「……サクラ?」
 茶会を終え、舞踏会までの休息時間。談話室にて。
 沈み込むような柔らかさのソファに腰掛けて、櫻子とシンシアは言葉を交わしていた。
「バラの花びらのスコーン、美味しかったでしょ」
「!! まさか」
 英雄たちの社交界へ幾度か参加するうちに、櫻子は櫻子の人脈を築いていたらしい。いつの間に。
 数日前のうちに庭園のバラを幾つか分けてもらい、茶会に提供されるスコーンを届けていたという。
「自分の作ったものを喜んでもらえるって、最高に幸せ」
 談話室を見渡す櫻子は、とても美しい。うっかり、シンシアはそう感じてしまう。
「夢が一つ、叶っちゃったなー」
 参加するたびに、料理人としての血が騒いでいたのだ。
 文化が違うから。立場があるから。
 そう言い聞かせて自制していたけれど、『自分の料理で喜んでもらいたい』という思いは、ずっとあって。
「サクラは強いな」
「え?」
「我が強いといった。私が止めようにも無理な時は無理だ」
「なによう」
 美味しかったでしょ?
 重ねて問われ、「美味しかった」と、今度こそシンシアは素直に答えた。
 クローテッドクリームと共に口の中でほぐれるスコーンから、バラの香りが広がる。
 紅茶の香りと絡み合い、豊かな気持ちになったと感じたままに伝える。
 そういう料理を、作るのだ。この女性は。
 文化は、それぞれによって異なる。シンシアの常識で、櫻子を縛ることなんて無理なのだと理解し始めていた。
(縛るつもりはないが……どうやっても止めねばならないことはある、が)
 茶会でも、櫻子は見境なく美少女へ声を掛けていた。
 これからの舞踏会を思って、シンシアは無意識のうちに額に手を当てた。




 初めて参加した時は、ドレス選びも苦労した。
 着ることにも難儀したし、ハイヒールでダンスも異世界のようで。

「……ほう」
「どう?」
 櫻子は、着替え終えるのを待っていたシンシアの前でくるりとまわってみせる。
 淡い桜色、プリンセスラインのロングドレス。
 胸元には秋バラをイメージした花びらが重ねられ、スカートは柔らかなレースがふんわりと。
 さっぱりとした気性であるものの、意外と可愛いのがお好きな櫻子である。
「だんだん自分に素直になるっていうか、好きなものを着て良いって思えるようになるの、楽しいわよね」
 好きな色。好きなデザイン。これが自分といえるもの。
 社交界は自己紹介も兼ねているから、きっとそれくらい『自分』を出していい。
 一期一会の会話を交わし、お久しぶりの顔もあって、繰り返すうちに櫻子の中にも変化が生まれていたよう。
「そうだな、良い色だ」
「色だけー? あたしは今日のシンシアも素敵だと思うわよ。ロイヤルブルーのドレスが良く似合ってる」
「そういうことは、他の……いや、それもだめだな」
 言い寄られた可愛らしい御令嬢たちが気の毒だ。
「行きましょうか。瑞々しい花々があたしを待ってるわ!」
「待っていないと思うし見境なく声を掛けることだけはやめてくれ」
 どんなに着飾っても、いつも通りの二人。
 慣れたといいながらドレスの裾を踏んでしまう櫻子の手首をとって、シンシアはダンスホールへ向かった。


 オーケストラの生演奏。
 優雅なピアノの独奏。
 真白のドレスに身を包む、可憐なデビュタント。
「可愛らしいお嬢さん。あたしと一曲、いかがかしら」
「社交界デビューの姫君の履歴を穢すな、サクラ。……まったく」
 白いドレスは、社交界初参加の証。一度きりの花。
 冗談とはいえ、冗談じゃすまない場合もある。シンシアは令嬢へ短く謝り、櫻子の肩を抱いてダンスのリズムに乗った。
「緊張をほぐしてあげようと思っただけよ。もちろん、一緒に踊れたら素敵だったけど」
「誰かを待ってることもある。断り切れない性格だとしたら、あの娘が責めを負うんだぞ」
「……ごめんなさぁい……」
 美少女と見るや声を掛けるのは櫻子にとって日常であったが、今回はタイミングが悪かったらしい。
 場を知るシンシアから説明を受けて素直に謝る。
「慣れてきたなら、ダンスをしながらでも花を見られるだろう」
「〜〜シンシア、いじわるよっ」
 ゆったりしたワルツへ追いつくのが精いっぱいです。
 ダンスは、今でもシンシアが専属パートナー。
 リードしてくれそうな殿方は櫻子の守備範囲外であり、守備範囲内の美少女はリードする立場にない。なんとも歯がゆい。




 ひとしきりダンスを楽しみ、初めましてとお久しぶりの会話を楽しんで。
 櫻子はふらりとダンスホールから抜け出した。
「サクラ?」
「いくつか隣の部屋からも、庭園が見えるのよ。テラスは満席みたいだから」
 ライトアップされたバラの庭園が今夜の目玉の一つだったが、なるほど既に男女の語らいの場となっている。
 休憩室として解放されている部屋の一つが穴場なのだと、いつの間にチェックしていたのか櫻子が言った。
「あわよくば、誰かを連れこもうだなんて考えていなかっただろうな」
「シンシアがいるのに、できるわけがないでしょう?」
 笑う櫻子の、ドレスの裾が揺れる。ふわふわと、笑うように酔うように。
「また娘たちにうつつを抜かして……」
「妬いちゃってるの? 可愛いんだから♪」
 開け放たれた部屋の前、足を止めて櫻子が振り返る。歩き続けていたシンシアとの距離が不意に縮まる。
 からかうように、櫻子はシンシアの頬をつんつんと。
「馬鹿を言うな。嫁入り前の女が、社交の場でまったく」
 シンシアは即座に切り返し、深々と息を吐きだす。
「うーん。嫁入りかー」
 王侯貴族たちにとって、社交界は『お相手』を探す場所なのだろうけど。
 少なくとも櫻子には非日常を楽しむ空間だ。
 そして日常で、お相手を求めているかといえば――焦る気持ちすらない。そのまま言えば、きっとシンシアは呆れるのだろうけれど。
 今が楽しいから、それ以上の変化を欲しない。拒むとまでは、言わないけれど。
「そうねぇ……。いざとなったら、シンシアにお嫁に貰ってもらおうかしら」
「馬鹿を言うな」
 冗談を交えたが、やはり呆れられた。大事なことなので二回も繰り返された。
「だって。シンシアも綺麗よ。今の今まで自覚がないってことはないでしょう」
「あのな」
 オフショルダーのドレスから覗く白い肩。
 ウエストに蒼バラのコサージュ、そこから幅広のリボンが下りる。
 シンプルなAラインをシフォンのフリルが包むことで、女性らしさが出ていた。
 青を基調としたドレスはいつものシンシアなのだけど……
(こいつ、こんなに可愛かったっけ)
 文化祭の後夜祭にて、幼馴染の存在に改めて気づく男子高校生のような感想を、櫻子は抱いてしまう。
 スレンダーな長身、整った容姿は『綺麗すぎて』気付かなかった。
 わずかに可愛らしさを残した顔立ちをしている。櫻子だけに見せる表情がある。
(……あれ?)
 深い青の瞳から、気付けば視線を逸らせなくなっていた。

 ――お手をどうぞ、お嬢様?

 差し出された手の温度を覚えている。
 妙に様になった仕草、余裕をたたえた笑み。
 思わず紅潮した自分の頬、不覚にもドキドキしてしまったあの時。
(あれ?)




「サクラ?」
 自分を見つめたまま、沈黙してしまった櫻子へシンシアが呼びかける。
「酔いが回ったか? 部屋で休むか――……」
 夜風が吹いて、庭園からバラの香りを運ぶ。

 シンシアは、あの夜の香水を思い出す。甘い声が甦る。
 揺れる耳飾り。
 ふれたなら、きっと柔らかそうな唇。――あのときは、ふれられなかった。

(わたしは)
 なに、を、考えて――……
 互いに視線を離せず、声を発することもできないまま。
 櫻子の細い手首を、シンシアは言葉なく握っていた。
「――……」
 どちらからともなく、何ごとか言いかけて……

 不意に近づく足音。
 庭園を見下ろす穴場の部屋の話。開け放っているから、きっと大丈夫だと。

「きゃっ」
 櫻子が、短く声を上げた。
 シンシアが彼女の手首を引いて、部屋へ身を隠す。ドアを閉める。
 カシャン、と鍵を下ろす金属音が響いた。
「え」
「……あ」
 やましいことは、なにもないのに、なぜか隠れてしまった。
 この場所を知られたくなくて。
 二人きりの時間を、崩されたくなくて。
 この、距離を。

 部屋の鍵がかかっていることを確認する声、足音が遠ざかってゆく。

「……シン、シア……苦しいわ」
「あ。すまない」
「そうじゃ、なくて」
 部屋へ引き入れる際、抱き寄せる格好となった。
 緊張して、ずっとそのままで、だから。
 遠く、オーケストラの演奏が聞こえる。
 人々の笑い声が聞こえる。
 一期一会の魔法に掛けられた、夢のようなひととき。
 自分の『好き』を、素直に出して許される時間。
 櫻子が、シンシアの背へ腕を回す。
 ゆっくりと、二つの影が重なる。




 触れたそれは、甘い甘いバラの味。
 口の中で、香りがふわりと広がる。
 手放しがたい、なにものにも代えられない、たった一輪の。




【香りかさね 了】

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ご依頼、ありがとうございました!
素直になれない二人の、魔法にかけられた一夜をお贈りいたします。
続けて書かせていただいて感謝申し上げます。
お二人の未来に、幸あらんことを。
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2019年11月22日

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