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『愛しのジェニー』
Jenniferaa4756hero001)&小宮 雅春aa4756

 Jennifer(aa4756hero001)は『お人形』だった。
 誰かにとっての都合のいい遊び道具。何をしてもいい砂袋。

 ――けらけら、哄笑が聞こえる。綺麗な靴が、床に倒れたジェニファーの頭を踏んでいる。

 この世界において、ジェニファーは身分の低い存在で。
 身分が低いということは、人間として扱われないということで。

 ――けらけら。けらけら。

 綺麗な身なりの貴族達が、ボロ切れ一枚をまとった『お人形』を取り囲んで弄ぶ。
 お人形には何をしたっていい。だってお人形なのだから。それを咎める者などどこにもおらず、今日もジェニファーは無表情のまま穢されていく。

 ――泣いたり喚いたり叫んだりことが無駄であると、ジェニファーは既に知っていた。

 泣いても助けは来ない。
 喚いても助けは来ない。
 叫んでも助けは来ない。
 何をしても意味がない。
 どんな心も意味がない。

 それこそ人形のように、ガランドウでいるのが適切だった。

 だけど。

 そんなジェニファーを「かわいそうだ」と助け出した手があった。
 綺麗な服をくれた。綺麗な靴をくれた。体を綺麗にしてくれた。髪を整えてくれた。温かいベッドと食事をくれた。勉強をさせてくれた。撫でてくれた。抱きしめてくれた。遊んでくれた。居場所をくれた。意味をくれた。価値をくれた。嬉しかった。幸せだった。

 ――その相手に対し、ジェニファーはいつしか『恋人』『親友』という感情を抱き始めた。

 カラッポだった心が満たされていく。凍り付いた心が溶けて、感情が戻ってくる。
 平和で、安心できて、温かくって、ここにいてもよくて――ジェニファーは『幸せ』だった。
 ずっと、こんな日が続けばいいと思っていた。
 これからの人生はきっと素敵だと、ジェニファーは本気で信じていた。

 ――ジェニファーが『弱者に手を差し伸べる人格者』を誇示する為の道具にされたことを知ったのは、それからほどなくのことであった。

 所詮、ジェニファーはお人形だった。都合のいい道具だった。何をしてもいい砂袋だった。
 どうして。彼らを咎めたジェニファーに対し、彼らは辟易とした顔でこう言った。

「助けてもらった人形風情が、口をきくな。この恩知らず」

 髪を掴まれ、引きずり倒された。殴られて、踏まれて、穢されて、動けなくなって、そこに冷たいものを浴びせられる。酒臭いと思った瞬間、燃えたマッチが落とされた。

 ――絶叫。嗚呼。叫んだって助けは来ないのに。

 残酷に笑う彼らはそれでも白々しく人格者を演じ続けていた。
 恋人と親友、そう思っていたのはジェニファーだけだった。
 表で綺麗事を並べ、裏ではどこまでも醜くなれる――人間なんてそんなもの。
 嗚呼。知らなければ幸せでいられたのか。
 嗚呼。嗚呼。焼けていく。心が。体が。

 ――お人形が夢など見てはいけない。

「お人形を使い捨てる立場は、さぞ心地がいいのでしょうね」



 ●



 ……冷たい……。

 遂に自分は死んだのだろうか、とジェニファーは曖昧な心地の中で目を開けた。
 そこは硬くて冷たい地面の上。ポツンと座り込んで、壁に背を預けていた。見知らぬ場所。
 背の高い建物に囲まれたここは……どこかの路地裏だろうか。湿っぽくて、暗くて……夜だ。狭い空。星も見えない。向こうの方ではせわしなく通り過ぎる人間が、建物の隙間から狭く見える。誰も彼も、ジェニファーには気付かない。
 ここはどこだろう、という疑問はあまり沸かなかった。
 どうでもよかった。何もかも。どうせ、いいことなんて何もない。目を開けていても目を閉じていても暗いのだから。
 心も体もボロボロで、だけどまとった衣装だけは華美なもので。皮肉なものだ。それこそお人形。見た目だけは綺麗なお人形の傍には、誰かが捨てたゴミが転がっていた。……皮肉なものだ。

 ――このまま消えてしまえたら、いっそ楽なのか――

 そんな時だった。
 靴音が聞こえた。
 それは真っ直ぐ、ジェニファーの方へとやってくる。
 誰か来るのだろうか。……誰でも良かった。どうでも良かった。ジェニファーは虚ろにうつむいていた。

「……『ジェニー』?」

 そう、呼ばれて――名前――どうして――ジェニファーは顔を上げた。上げてしまった。
 そこにいたのは一人の青年、小宮 雅春(aa4756)。彼は驚いたような顔で、座り込んだジェニファーから目が離せないでいる様子だった。

「……やっぱり……ジェニーとそっくりだ、どうして……」

 呆然としたまま、それでもどこか嬉しそうに、雅春はまた一歩ジェニファーへと近付いた。その正面にしゃがみ込み、おずおずと手を伸ばす。ジェニファーはそれを払い除けなかった。青年の指先はジェニファーの存在を確かめるように、そっと髪先だけに遠慮がちに触れた。ふわり、緩く巻かれた栗色の髪が揺れた。

 ――雅春には奇妙な記憶がある。

 まだ幼い頃に出会った、「ジェニー」と名乗る不思議な女性。彼女との思い出は、酷く朧気ではあるのだが、雅春にとって代えがたい価値をもつものである。
 ジェニーは今はいない。だが、彼女は木偶人形を置いていった。雅春はその人形にジェニーと名付け、大切にしていた。

 その『ジェニー』とそっくりなひとが、今、雅春の目の前にいる。
 朧な記憶の中の存在でしかなかった彼女が、実在している――。

 英雄。雅春の脳裏にそんな言葉が過ぎる。異世界からの来訪者。彼らは人間と誓約を結ばねば消えてしまうという。
 そのこともあってか――雅春の目に映る『ジェニー』は、とても儚くて、弱弱しくて、今にも消えてしまいそうで――淡雪のような美しさがあった。

 ――彼女を助けたい。

「僕は何をすればいい? きみに何ができる?」

 必死な思いで雅春はジェニファーに問うた。ジェニファーは、その言葉が何を意味しているのか不思議と理解できた――『誓約』。雅春はジェニファーを、この世界に縫い留めようとしている。

(……変な男)

 ジェニファーは仮面の奥から青年を一瞥する。整った顔をした優男ではあるが、どこか垢抜けない素朴さがある。それに、図体は大きいのにどこか子供のような目をしていた。だがその一見した人畜無害をジェニファーは信じない。「こういう男ほど、裏の顔はえげつない」と静かに皮肉っていた。

「……私の為に、あなた、何かしてくれるの?」

 そんな思いを携えながら、小首を傾げて――人形のように――ジェニファーは雅春に問いかける。雅春は一瞬だけ目を丸くすると、すぐに表情を引き締めた。

「きみの言うことなら、なんでも聞くよ」
「……『なんでも』?」

 じゃあここで死ねと言ったら、この男は自らの喉を掻き切るのか。ジェニファーは冷笑じみた心地を感じつつ――考える。

「じゃあ……あなた。私と約束して頂戴」

 それは悪意。あるいは呪詛。あるいは憎悪。これまで刻まれた理不尽な傷への復讐。

「――『どちらかが死ぬまで添い遂げる』、って」

 どうせ叶えられやしないだろう。果たせぬ約束だろう。こんな人形と添い遂げるなんて。見ず知らずの人間に守れるはずがない。どうせ違えられるのだろう。その時には、この男を嗤って嗤って消えてやる。――そんな歪な毒を込めて、仮面のお人形は誓約を告げた。

「うん、いいよ」

 その言葉に。
 雅春は二つ返事で了承する。柔らかく微笑んで、心からの快諾を見せながら。

「『どちらかが死ぬまで添い遂げる』って、約束しよう」

 その誓約は絆となる。
 生まれた絆は幻想蝶という、この世ならざる宝石へと姿を変えた。

 ――こんな夜なのに、それはキラキラと輝いていて。

(綺麗……)

 何かを綺麗だなんて感じたのは、ジェニファーにとっていつぶりだっただろうか。いいや、こんなに綺麗なものを見たのは――生まれて初めてかもしれなかった。
 そして、ジェニファーは知らない。この願いの結晶が、彼女の「誰かに縋りたい」気持ちから生じたものであることを。



 ●



 ――ジェニファーは目を覚ます。何か嫌な夢を見たような気がした、けれど……

「ジェニー! 起きてる? 見て見てー!」

 キッチンの方から騒がしい声。雅春のものだ――朝っぱらから何の用だろうと、ジェニファーは寝台から下りて髪を整え、そちらに向かってみる。

「……何?」

 居間から彼にそう問えば、エプロン姿の雅春が嬉々とした様子でお皿に盛った料理を見せてくる。

「ほら、見て!」
「……玉子焼きね。これがどうかしたの?」
「すっごく綺麗にできたんだ! この焼き色、神がかってない……?」

 キラキラした目で雅春が言う。「食べるのがもったいないなぁ」なんて子供のように大喜びしている。

(……暢気なものだ……)

 ジェニファーは溜息を吐いた。けれど仮面の下の唇は嘲りのような、微笑みのような、そんな笑みに彩られていた。悪い気はしなかった。この、天真爛漫で『変な男』に。



 ――これが、雅春とジェニファーが出会ったばかりの物語。

 それから二人はどうなったか、って?

 二人は力を合わせ、絆を重ね、世界の危機を救って――

 ――交わした約束の通り、どちらかが死ぬまで添い遂げたという。




『了』

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ご発注ありがとうございました!
リンブレでもお世話になりました。
きっと最期は二人とも笑顔だったんだろうなぁとシンミリするガンマです。
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2019年11月25日

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