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『純白に赤を刻む(3)』
白鳥・瑞科8402

 雪原に建つ実験施設からは、絶えず冷気が漏れている。さながら、そこは氷の要塞のようであった。
 しかし、建物の中へと足を踏み入れた瞬間に、先程まで耳を劈いていた荒れ狂った風の音は不意に止む。まるで別の空間へと迷い込んでしまったかのような違和感が、修道服越しに女の肌を撫でた。
 事実、ここはもはや現実とは隔離されている場所なのだろう。怪物の作り出した結界の中……とでも言うべきだろうか。
「この冷気の正体は、恐らく魔力ですわね」
 澄んだ声で呟いた後に、白鳥・瑞科(8402)は「いえ、殺気と言った方が正しいかもしれませんわ」と続ける。この一帯を一夜にして雪で覆った冷気の正体が、ただの異常気象ではなく殺気の乗った魔力である事を彼女は早い段階から察していた。
 凍りついた床に響く足音は、瑞科の分だけだ。敵地の真っ只中に一人で潜入しているというのに、聖女の顔は常の余裕を失う事はなく穏やかな微笑みすら浮かべている。
 ふと、瑞科は手に持っていた剣を薙いだ。気配なく近づいてきた怪物を、そちらに目線をやる事すらせずに彼女は斬り捨ててみせる。
 一人施設の中へと訪れた瑞科の姿は、人体実験により人ならざる力を手に入れた者達にとっては極上の獲物に見えるのだろう。それも、瑞科はただでさえ人を魅了してやまない絶世の美女だ。我先に、と怪物達は瑞科の魅惑的な身体へとその穢れた牙を振るおうとしていた。
 しかし、そのどれもが瑞科へと届く前に、彼女の振るう武器に弾かれて終わる。
「あなた様方は、気配を隠す事もお上手に出来ませんの? ここには、どうやらわたくしを満足させる力を持つ方はいらっしゃらないようですわね」
 悪戯っぽく笑った彼女は、その艷やかな唇で挑発するような言葉を紡いだ。しかし、彼女の自信に満ち溢れたその高圧的な態度は、かえって周囲の者を虜にする。
 瑞科を求めるように、怪物達の攻撃は一層激しさを増した。その速さも、こめられている力も、人であれば到底手に入れる事の叶わない速度と威力だ。
 元は人であったとしても、自ら望んで人体実験を受け強靭な身体を手に入れた時点で彼らは人と呼べる存在ではなくなっている。世界を力で支配しようと目論んでいた彼らの異形な姿は、彼らの悪意を表しているとも言えた。
「そのような方達には、容赦など必要ございませんわよね?」
 くすり、と再び聖女は微笑する。その言葉は疑問符で終わってはいたものの、相手の答えなど必要としていなかった。
 今の呟きは、問いかけではなく宣告なのだ。これから、自分は容赦なく彼らを叩きのめすという宣告。
 音すら追いつかぬ速度で、瑞科は再び剣を振るう。そうしてまた一つ、悪意を持つ魂は聖女の手により斬り捨てられるのであった。

 ◆

 襲い来る敵を斬り捨てながら進んでいた瑞科は、やがて一つの部屋へと辿り着く。床にはレポートのようなものが散乱していた。
 どうやら、今までの研究と実験の記録がまとめられているらしい。適当に手に取った一つに目を通した瑞科は、その整った形の眉を僅かに歪め、呆れたようにため息を吐く。
「くだらない研究ばかりですわね。自らの身体をいじる事でしか戦う力を手に入れる事が出来なかった弱者の気持ちは、わたくしには理解出来ませんわ」
 自身を改造してまで強さを求めるなど、才能を持っていながらも日々努力を重ねている瑞科には到底分からない思考だ。楽して手に入れた力に、価値があるとも思えない。
 不意に、建物を覆い尽くす冷気が一層強さを増した。まるで、瑞科が今呟いた言葉を聞いていたのかのようなタイミングだ。
 否、実際に聞いていたのかもしれない。気配から、すでに瑞科は相手の場所に見当がついていた。
 冷たい殺気を放つ者は、この部屋の奥にいる。隠されるようにある扉の向こうに、この冷気の原因である怪物は存在してるに違いなかった。
 空気の流れからして、扉の向こうは恐らく開けた空間になっている。先程見た資料にあった記述を、聖女は脳裏でなぞった。
(実験施設を作った研究所の所長……彼女は数々の改造人間を作り出し、その末に自らすらも被検体としてしまったようですわね)
 ロンググローブに包まれた瑞科の手が、扉へとかけられる。ゆっくりと扉を開いていくと、隙間から漏れ出していた冷気――殺気は一層色濃いものとなった。
 広い部屋の中央で、何かが蠢いている。人のような形をしてはいるものの、その姿はあまりにも巨大であり不気味であった。
 絶えず溢れ出る冷気は、瑞科の予測通り増幅されすぎたせいで抑えきれなくなった魔力だ。恐らく相手は、実験の過程で人ならざるもの……異界の悪魔にすら魂を売っている。
「あなたが、この研究所の所長であり……この研究所で作られた最も強い改造人間でして?」
 怪物は、狂気にギラギラと光る目を輝かせながら瑞科を見やった。
 そして、笑う。まるで、獲物が転がり込んできてくれた事に歓喜でもしているかのように。
 不意に、空間を何かが走る。怪物が放った氷細工の凶器が、まるで弾丸のように瑞科へと向かい放たれていた。
「挨拶もなしに攻撃をしかけてくるだなんて、マナーのないお方ですわ」
 しかし、突然の攻撃を瑞科は的確にさばいてみせる。聖女は隠し持っていたナイフを瞬時に取り出し、その刃で凶器を受け止めていた。
「けれど、先程の雑魚の方達よりかは、わたくしの事を楽しませてくれそうですわね」
 怪物の笑声に、瑞科の余裕に溢れた笑みが重なる。二人は笑い合いながら、再び武器を構えるのであった。


東京怪談ノベル(シングル) -
しまだ クリエイターズルームへ
東京怪談
2019年11月25日

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