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『仮面でも隠せない絆』
ユリア・スメラギla0717)&霜月 愁la0034

 スタジオ『エーデルワイス』。
 ユリア・スメラギ(la0717)の住居であり、かつ、モデルとしての撮影を行うホームスタジオでもある。

 その一室で、霜月 愁(la0034)はユリアの柳眉がハの字になっているのを見ていた。

「愁君、困ったわ……頼んでた魔女の衣装が来ないのよ」

「ハロウィンは明日ですのに、困りましたね」

 愁とユリアは、一緒にハロウィンの仮装を注文していた。
 予定通りならもう届いているはずなのだが、なぜか音沙汰がない。

 恋人が困っているのだ、何とかしてあげたいと愁は思った。
 玄関に届いていないだろうかと、郵便受けがある辺りを見に行く。

 やはりと言うべきだろうか、荷物の箱は影も形もない。
 しかし、郵便受けに一通の手紙が届いていた。

 宛名も差出人も書かれていない白い封筒。
 赤い封蝋にはヨーロッパ風の城の印璽が押されている。

 部屋に戻った愁がユリアに封筒を差し出すと、ユリアは訝しみながら開封した。

「『お二人を城の仮面舞踏会へ招待します。衣装も訳あって私達が預かっているので取りにいらして下さい』。……どういうこと?」

 ユリアの眉間にしわが寄る。

「一足早いハロウィンの悪戯でしょうか? 仮装を取り返したいのであれば、行くしかなさそうですね」

「そうね。愁君、一緒に来てくれる?」

「もちろんです」

 かくして、二人は急遽支度を調え、出かけることになった。



 様々な交通機関を乗り継いで移動している間に日付が変わり、ハロウィン当日。
 バス停から徒歩に。
 小一時間ほど荒野を歩き、夕方、手紙にあった地図通りの場所に到着した。
 何もない荒れ地の中に、欧州風の古城が重々しく鎮座している。
 長い年月にさらされたのだろう、城壁にはところどころひびが入っているのが見えた。
 それでもいくつかの窓から明かりが漏れている。人がいるようだ。

 愁はユリアと顔を見合わせた。
 頷きあい、正面から城内へ入った。

 重苦しい音を立てて正門の扉が開く。
 二人を出迎えたのは、蝋燭で明るく輝くエントランス。

 正面の壁には巨大な絵画が飾られている。
 抽象画なのだろうか、何が描かれているのかははっきりしないが、深い赤色をメインにした上品な絵だと感じた。

 絵の下には大きな扉がある。閉じられているが、扉の下からは明かりが漏れていた。

 壁際に置かれたアンティーク調の机の上、カットガラスの花瓶に生けられた何本もの薔薇。

 歳月の経過による古さは隠しようがないが、塵一つ落ちていない。

 敷かれている赤い絨毯は足を柔らかく受け入れてくれる。

「お城ですね」

「お城ね……」

 ぼんやりとエントランスの美しさを眺めていると、奥からコツコツと足音が聞こえてきた。
 そう間を置かず、身なりのよい召し使い風の男が姿を現す。その顔には仮面が付けられていた。

「仮面舞踏会へようこそいらっしゃいました。お二方の到着を皆様待ちわびておりました。さあ、お二方もどうぞ」

 慇懃に頭を下げ、召し使いは二人に仮面を差し出す。
 アイコンタクトで相談してから、二人とも仮面に手を伸ばした。

 愁は仮面を顔に付けてみる。
 彼のためにしつらえられたかのようにぴったりのサイズだ。

 恋人はどうだろうかと顔を横に向け、そこに愛する女性の姿がないことに驚く。

 召し使いの姿もなくなっている。
 正面の扉はいつの間にか開け放たれており、エントランスよりなお煌びやかな大広間が見えた。

 恋人は先に行ってしまったのだろうか。
 不思議に思いながら、愁は大広間に足を踏み入れた。

 弦楽器が妙なる音色を奏でている。
 仮面を付けた人達が二人一組になってダンスを踊っている。
 ペアは音楽に合わせ、次々と変化していっているようだ。

「これは……」

 愁が人々をよく見てみると、どうも人間ではない見た目の者もいる。

 頭部に犬のような耳が生え、臀部からはふさふさとした尻尾が生えている者。
 背中に鳥の翼が付いている者。
 どちらも飾りではなく本物のようだ。

 そのような人外の者も一様に仮面を付け、ダンスの輪に加わっていた。

 見た目は人間でも、服装はまるで映画に出てくる吸血鬼や魔女のような者もいる。
 体中を包帯でぐるぐる巻きにしている者までいた。

 何より不思議なのは、しっかり見えているはずなのに、彼ら彼女ら一人一人の外見に注目して見ようとすると、ぼやけて上手く認識できないのだ。
 男女くらいは区別できるが、その人の背が高いのか低いのか、髪は何色なのか、どんな服を着ているのかも、つまびらかには分からない。

 困った。これでは恋人がすぐそこにいても分からなさそうだ。

「そこの殿方。わたくしと踊ってくださいませんか?」

 首を傾げていた愁に、女性の声がかけられる。
 愁が返事をする前に手を取られ、ダンスの輪に連れ去られた。

 その女性はどうやら、海の底のように深い青のドレスを着ているようだ。
 仮面で顔の上半分が隠れており、残りの顔の部分も上手く認識できないが、顔立ちは整っている気がした。
 だが、手が冷たい。
 生きている人間ではあり得ないほどの冷たさが、ダンスの相手から伝わってくる。

 曲の区切りが付く。
 ダンス相手は愁の手を離し、他の男性と踊り出した。

 愁の前には別の女性が現れ、彼の手を取って踊り始める。
 その女性の手も冷たい。

 次々と相手を代えて踊る。
 どの手も冷たい。

 愁の心は、恋人との睦まじい時間へと馳せた。
 自分をリードして手を握ってくれた、ユリアの手。
 その手は温かく、触れていて安心した。

 曲が区切れ、次の相手に。
 踊るために手と手が触れあう。

「あ……」

 愁の口からぽろっと声が漏れた。
 温かい。

 顔を見上げると、赤い仮面を付けた女性と目が合った。

 温もりのある手と手が指を絡めあう。
 そして身を寄せ、踊り出す。
 ダンスの息もぴったりだ。

 楽師が演奏する音色が相手を代えるときだと言っても、二人は手を離さない。
 仮面でも隠れていない口元に微笑みを浮かべ、今の相手こそが唯一無二と踊り続ける。

「愁君……」

 赤い仮面の美女がうっとりとした声で言う。

「ふふっ、普通じゃない状況なのに、何だか楽しいですね。ユリアさんと一緒だからでしょうか?」

 愁は言葉を返し、大広間の中央でユリアと踊った。


 いつの間にか、踊っているのは愁とユリアの二人だけ。
 他の人々は二人のダンスを穏やかに見ている。

 愁とユリアはお互いを見つめ、楽の音に合わせてダンスをする。
 手から伝わる温もりが何よりも愛おしい。


 突如、音楽が止む。

 静寂。

 二人がダンスを止めて周囲を見渡すと、仮面を付けた人々は悲しそうに微笑んでいた。

「ありがとう」

「感謝いたします」

「素敵な時間を過ごせたわ」

 仮面の人々から、口々に感謝の声が上がる。
 その人々の姿が霧のように霞んでいく。

 大広間の天井も壁も床も色褪せ、存在感を失っていく。

 そして、二人以外の全てが消え去った。


 二人が寄り添って立っているのは、もうすぐ三日月が沈みそうな夜の荒野。
 星月の明かりにうっすらと照らされ、周囲にたくさんの仮面が落ちているのが分かる。

 二人とも仮面を外してみた。
 自分の前にいるのは間違いなく恋人だと分かり、確信していたとはいえほっとする。

「ナイトメア……にしては、何か違う気がしたわ。彼らも放浪者だったのかしら?」

「“悪夢”という感じではありませんでしたね。……何だったんでしょう。ハロウィンが何かを招いた、とか?」

 ユリアも愁も首を傾げたが、答えは出てこない。
 仮面があるから幻覚ではなかったのだろうと思うくらいだ。

 それに、不思議な城の正体よりも大事なことが分かった。

 仮面を付けていようとも、二人の愛の絆は隠せない。

 ユリアが愁にウインクをすると、愁も微笑みを返した。

「あっ、愁君、あれ!」

 ユリアが地面を指さす。
 仮面の散らばる中に、トランクが一つ。



 そうしてハロウィンの仮装を取り戻した二人は、最寄りの街まで帰ってきた。
 もう夜も遅いのでホテルの部屋を借り、そこでトランクの中にあった仮装に着替える。

「ふふっ、どう? 似合うかしら?」

 魔女の仮装をしたユリアが、黒いとんがり帽子の端を持ってポーズを決める。

「はい、似合っていると思います」

「ありがとう。愁君も似合ってるわ」

「ありがとうございます……にゃあ」

 黒猫の仮装をした愁は、まるで魅了の魔法をかけられたかのように頬を赤らめた。
 恥ずかしそうに黒いつけ耳をいじる。

「まだハロウィンは終わってないわ。愁君……あたし達もお菓子を貰いに、夜の街へ悪戯に行きましょ」

「ええ、夜はまだこれからですよね」

 悪戯を企む子供のように、二人は顔を合わせて笑いあう。
 そして、手を繋いで夜の街へ足を踏み出した。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
 この度もご発注ありがとうございました。
 ハロウィンの夜に起きた不思議な出来事、楽しんでいただけましたら幸いです。
イベントノベル(パーティ) -
錦織 理美 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2019年11月25日

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