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『化野さん家のいつものシチュー』
化野 鳥太郎la0108)&アルバ・フィオーレla0549


 当たり前のように食べていたものが、とっても特別だったっていう話。


 緑色の屋根が印象的な洋館がある。
 季節に応じた花々が軒先を彩る花屋【一花一会〜fortuna〜】、店主は『花の魔女』アルバ・フィオーレ(la0549)。
 植物園のような店内は暖かく、草花の観賞用の椅子があちこちに置かれている。
 椅子の一つを揺らしていた化野 鳥太郎(la0108)は、ふと世間話を切り出した。
「子供の頃に実家で食べてたシチューが、所謂シチューとはだいぶ違ってて」
「シチュー……ですか?」
 15時に予約の入っているブーケを作りながら、アルバは聞き返す。さらりと、花のようなピンク色のまざった金髪が揺れた。
「この前、里帰りしてね。実家で貰ってきたんだ。母が遺した手書きレシピのコピー」
 日本で一般的とされているシチューに慣れて、そういうものだと思うようになっていた。
 それでも、記憶の深い深いところに思い出の味は存在している。
「折角だから、作って食べてみたいと思ったんだよね」
「とっても素敵なのだわ!」
 思い出の味の再現。とっても素敵で、とっても大切なこと。
 鳥太郎の考えにアルバまで嬉しくなる。
「アイリッシュシチュー、って言うらしい。軽くネットで調べて見たんだけど」
 アイルランドの伝統料理。
 羊肉を使うのが特徴的で、ルウを使わない家庭もあれば牛乳で仕上げる家庭もあり、正解のない『家庭の味』。
「そうね……でも、……うん」
 アイリッシュシチューに関する知識を記憶の引き出しから引っ張り出して、アルバは考え込んで。
「家庭の数だけ味やレシピがある料理だから……『化野さん家シチュー』って呼び方が。きっと合っているわね♪」
「その呼び名は気恥ずかしいな……!?」
 間違いはないのだけども。
「私は、とても素敵な料理名だと思うけど。この世界でたった一つの料理名よ♪」
 くすくす、とアルバが陽だまりのように笑う。
 パチン、とハサミでリボンを切る。世界でたった一つの、ブーケの出来上がり。
「……でもね」
 言いにくそうに、鳥太郎は視線をさまよわせた。
 長い指先を組んでは解き、色味の薄い金髪をかきむしり、花屋を訪れた最大の理由を語る。

「俺、さ……。最近、なんとか玉子焼きを作れるようになったんだよね」

 30を大きく超えた大人ですが。
 申し訳ないような、恥ずかしいような、そんな声で。頭を抱えたまま。
 懐かしいシチューを作ってみたい。
 しかし。それは鳥太郎一人では、絶対に為し得ない夢であった。
 鳥太郎の告白を聞き、言葉にするまでの彼の葛藤を思い、一拍おいてからアルバが答えた。

「それなら教えてあげられるのだわ!」

 


 鳥太郎が材料の買い出しに行って。
 アルバが花屋を閉めて。
 空気が夕焼け色に染まる頃、花屋と背中合わせの一軒家のチャイムを鳥太郎が鳴らした。 
「ようこそ、なのだわ♪」
 出迎えたアルバがキッチンへ案内する。
 リビングを通り、カウンターを挟んだ先にクローズキッチンが待っている。
「荷物はカウンターへ置いてね♪」
「ありがと。一応レシピ通りに買ってきたんだけど、間違いあったらごめんね、分量とか……」
 鳥太郎は少ない手荷物と、材料の入ったエコバッグをカウンターへ。
「レシピ通りに買ってきたなら大丈夫よ? 分量は、作りたい量に合わせて調整すれば良いわ♪」
 これでいいのか。間違っていないか。失敗しやしないか。
 鳥太郎の不安を、絡まった蔦を払う指先のようにアルバが取り除く。
 大丈夫。
 望むように合わせることができるから。 
 失敗ではないわ。
 魔女の魔法にかかったような気分で、鳥太郎はパチパチとまばたきを2度3度、繰り返して。
「そう言ってもらえるとほっとするよ」
 演奏会前の緊張とも違う、足元がふわふわとして怖い感じ。
 アルバのおっとりした声が、何気ない言葉が、足元に大きな手のひらを差し出してくれるよう。
「レシピは何人分の量なのかしら?」
「あー……何人分だろう」
 食事は、父と2人だった。だから2人分……? いや、多めに作って数日食べるような感じだったし……。
「そうね、レシピ見せてもらっても良いかしら」
 どれだけの量を作るか決まっていないなら、ベースを知った方が早いだろう。
「ああ、そうだね。どうぞ」
 鳥太郎は鞄からファイルを取りだし、挟み込んでいた紙のレシピを渡す。
 几帳面な手書き文字だ。
「マトンではなく、ラム肉なのね」
「えっ、俺、すでに間違えた!?」
「いいえ。化野さんのおうちでは、ラム肉のシチューなのだわ。マトンや子ヤギの肉を使うことも多いの」
「へぇ……」
「マトンは癖のある香りだけれど、それが合う料理といわれているの。……でも、うん……このレシピなら臭みがなくて柔らかいラム肉が美味しいわ♪」
「へぇええええ…………」
 EXISを扱うにはIMD適性――一般人を卓越する『想像の力』――が必要とされるというけれど、レシピを見ただけでは鳥太郎には全く想像がつかない。
 その代わり、楽譜を見ればいつでもどこでも頭の中でメロディを奏でられるけれど。
 そういうことなのだろうか。
「化野さんの字ってお母様似なのね」
 材料とレシピを見比べていたアルバが、ふと話を切り出した。
「そう、なの? そういえば考えたことなかったな……」
(会ったことはない、のに……教わったわけじゃない、のに……そういうことってあるんだろうか)
「お母様は、他にも色々と書き遺してくださっていたのかしら?」
「ああ。母さんの遺したものは大体手書きだね……」
 触れあった記憶はないけれど、母の『手書き文字』は身近にあった。
 それを見て育ったからか性分の遺伝なのか。いずれにしても新鮮な発見に違いはない。
 父とシチューを食べた幼い頃の夜を、鳥太郎は思い出す。
 当たり前のようで特別な時間に思えた。
「お肉が……で、お野菜が……、……うん。そうね。4人分でどうかしら?」
「ああ、4人分は良いね。上手くできたら持っていきたい先もあるにはある」
 鳥太郎が考え込んでいる間にも、アルバはシチュー作りに向けて話を進める。
 弾かれたように顔を上げ、鳥太郎は提案を受け入れた。

 エプロンを着けて、長い髪は結んで。
 それでは、宝の地図を辿りましょうか。




「とりあえず野菜を洗って切らないとね!」
 『アイリッシュシチューにニンジンを入れるかどうか』。これもまた、各家庭の個性が出るところ。
 『化野さん家シチュー』は、ラム肉を使ってニンジンも入る。
 シンプル。基本的。鳥太郎はそう説明していたけれど、スタート時点ですでに個性的だ。
「じゃがいもはこっちのボウルに入れて、浸るくらい水を張ります。その状態で5分放置しましょう♪」
「これは何故?」
 ボウルへ水を張り、じゃがいもを浸しつつ。
「水に浸す事でじゃがいもの皮部分に付着した頑固な泥とかもスムーズに落とせるのと。じゃがいもの風味を生かすのに必要な下ごしらえになるの♪」
「へええ、そういう……」
「あ。洗ったニンジンと玉葱は洗ったら、水を切ってこっちのキッチンペーパーに乗せて。よく水気をふき取ります♪」
 大事な栄養分が逃げないように。
 衛生面から、手拭き用の布巾は別に用意しています。
「次は玉葱ね♪ 切ってて視界不良になったら慌てず手を止めてね」
「視界不良って何が……あっあちょっと待って目が、目が痛い……!」
「ふふふふふふ♪ それでは、沁みない切り方を教えるわね♪」
 意地悪でしょうか?
 うふふ、魔女ですもの♪
「うそ。痛くない……え、なにこれ。ちょっと待って、メモとるから!」
 じゃがいもの下拵え。
 ピーラーで皮むきをする際の、野菜の持ち方。
 玉葱の、目に沁みない切り方!
 折に触れストップを掛け、鳥太郎は細やかにメモを取る。母とよく似た筆跡で。
 メモに集中していた鳥太郎が、涙をぬぐうためサングラスを外していたことに気づいたのはややあってから。
「ごめん!」
「え?」
「いや、ほら。こわいでしょ」
 生来の目つきは鋭く、赤い瞳は鳥太郎にとって気持ちのいいものではない。強面を少しでも和らげるべく、普段はサングラスで隠していたというのに。
「穏やかで綺麗な赤い目、私は好きよ」
「そう? 顔とか結構怖い方だと思うけど、俺は」
「格好良いと思うのだわ?」
 アルバは、鳥太郎の瞳の色を花の色に例え、出会った時から一度も彼の顔が怖いと思った事はないと伝える。
「……ありがと。なんか、照れるね」
 自分が、瞳の色を受け入れられないには理由がある。
 それを知らないアルバは、先入観を持たずに見てくれている。
 彼女の言葉に嘘はなく、他意はなく。まっすぐ伝わるから、安心するしくすぐったくもあった。




 肉を含め、材料を切り終えたらあとは簡単。
「このシチューはね、炒めないで煮込むのよ」
「肉も?」
「お肉もです」
 角切りラム肉、玉葱、ニンジン、じゃがいもを交互に重ね、香草と塩コショウ、最後に水を投入。
「あとは、じっくりコトコト……」
 仕上がりの目安も、レシピに書かれている。
(私が教え彼が出来る事が増え、彼の自信に繋がりますように)
 鳥太郎を見守りながら、アルバは祈る。
 慣れない料理は緊張して当然だと思うけれど、楽しいと感じる時間をあげたい。
(笑い合う時間を少しでも多く一緒に過ごせたら幸せ……は、我儘かな)
「あのね、化野さん」
 煮込んでいる間に洗い物や片づけをしながら、アルバはずっと考えていたことを切り出した。
「このレシピとても、とても丁寧に書かれているの。分量まできっちりで曖昧な……例えば『塩を少々』みたいな表現が少なく感じて」
 まるで『誰でもこのレシピ通りにすれば同じ味が作れる』感じがしたの。
「いつか、化野さんが大人になって、このシチューを懐かしく思った時……ご自分で作れるように、って書かれたのかしら」
 魔女の言葉は、魔法の言葉だ。
 レシピはきっと、料理の苦手な父のために細やかに書き記したのだろうと考えていた。
 アンドロイドも再現できるほどの精度で。

 ――折角だから、作って食べてみたいと思ったんだよね
 もし、レシピが遺されていなければ。母のシチューの味を知らなかった。
 もし、レシピが紛失されていたのなら。母のシチューを、二度と味わうことはできなかった。
「……敵わないなあ」
 ぽそりと、鳥太郎は呟いた。




「……うちのシチューだ」
 一口食べて、言葉が落ちた。
 香りも食感もとても懐かしく、食べ慣れた味そのもの。
「とてもおいしいのだわ!」
 ラム肉と香草が、食欲をかき立てる。同時に口へ運んだアルバも歓声を。
「今日は本当にありがとうね」
 メモを取って、スマホで動画も収めた。
 何度も見返しながら、多少の失敗を重ねながら、自宅でも作っていきたいと思う。
「お役に立てたなら嬉しいわ。……鳥、太郎さん」
「うん」
「あっ、これは、その、私は。化野さんを友達と呼びたくて、なりたくて……」
 下の名で呼んだのは、アルバにはとても勇気のいることだった。
「俺はもうちゃんと、アルバさんとは友達でいたつもりなのだけど」
「え」
 鳥太郎が少しきょとんとして、不思議そうに返すと、アルバは硬直する。
「あっ、あのね! こっそりフルーツポンチを作っておいたのだわ! フルーツたっぷりなのよ」
 デザートを食べる時間は、あるかしら?
 あわてて、アルバが席を立った。




 残ったシチューとフルーツポンチは、お持ち帰りの器に入れて。
 ランプが照らす玄関先で。
「今度、お礼をさせてね。一方的は、落ち着かない」
「材料は鳥太郎さんが持って来てくれたし、私も楽しかったし、平等だと思うわ?」
「それでも、俺が落ちつかないの」
「……うーん。それじゃあ」
 アルバは料理が好きだから、教えることができただけで。
 だったら。
「ゆっくりと、鳥太郎さんのピアノが聴きたいわ。約束よ」
 料理のように、作り置きも持ち帰りも出来ない『とっておき』を。
「それ、俺が楽しいだけになりそう」
「それが良いのよ。楽しむ鳥太郎さんが見たいわ♪」
 おっかなびっくりの鳥太郎さんも、良かったけれど。
「……魔女は怖い」
「うふふ?」
(私の大切な友達が幸せでありますように)
 大切なお家の味を、取り戻した今日のように。
 賑やかだったり、悪戦苦闘したり。



 当たり前のように過ごす時間は、とっても特別だから。




【化野さん家のいつものシチュー 了】

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ご依頼、ありがとうございました。
羊肉を語ると長い。
思い出の味を辿るエピソード、お届けいたします。
お楽しみいただけましたら幸いです。
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2019年11月25日

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