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『灯火むこうに揺らぐは願いのかたち』
Ashen Rowanla0255)&桜壱la0205


 笛の音を奏づ夜
 鈴の音が響く夜
 白拍子は舞い踊り、狐火が怪しく揺れる

 ──今宵は儚き幻想の夜




 季節は秋。各地にある稲荷神社の祭りの季節。
 山深い街では『きつねの嫁入り行列』が恒例となっていて、Ashen Rowan(la0255)と桜壱(la0205)は見物に来た先でばったりと顔を合わせた。

「ローワンさん!!」

 薄闇の中で提灯の火のような明るさを持つ声が、男を呼ぶ。
 厭な予感はしたが、男は足を止めた。
 桜色の浴衣をまとった桜壱が、ぽふりとAshenへ突撃してきた。
 訊ねると、今日は連れがおらず1人で参加したらしい。
 ヴァルキュリアとはいえ、桜壱はこども。
 単身で参加したと聞いて、知らぬ顔をできるAshenではなかった。
 率先して面倒を見るAshenでもなく、はぐれないようスーツの裾を掴むことを許し、賑やかな行列見物の波へと紛れて行った。


 シガリロの煙薫せ、Ashenは行列を見遣る。
 上腕だけの右側で挟んだ提灯がゆらりとゆれて、狐火の行列をより幻想的なものに映す。
(婚姻……幸せの形の一つで、祭りとして表現するのは祝福や敬意の表れか)
 土地の若君と狐の花嫁の、異種婚譚。
 豊穣をもたらす狐の神との契りは、尊いものとされたのだろう。
(……いや、何も不思議ではないか)
 祭りの成り立ちを考えれば神社であるから『神への感謝』という建前もあるだろうが、祭りへ参加している者たちが心から楽しんでいることは見て取れる。
 実際に恋仲の者もいるだろう。
 この後、神輿は広場へ到着して婚礼の儀も行なわれるそうだから、やはり眼前の光景は幸せの形をしている。
 性別を、種族を越えた婚姻。寄せられる祝福。
(異類婚姻譚など珍しくもない。人が人形に恋し、人形が人を愛する。ただそれだけだ)
 古くから語り継がれる昔話は、それなりの説得力を持つ。憧れであれ共感であれ、心を揺さぶる何かがあるものだ。
 ましてや現代となっては、放浪者やヴァルキュリアといった多様な『人』『人形』が日常へ溶け込んでいる。
 昔話が、長い歳月を経て『日常』へ回帰した――不偏の物語の、不思議なようで当たり前の着地。

 ――お幸せに!

 神輿に向けて、幾つも声が掛けられる。
 それもまた、祭りに華を添えていた。
(……ヒトは)
 ヒトは幸せになって良い。
 ヒトは幸せになるべきだ。
 ならばその形が幸せであるならば、言祝ぐべき事だろう。
 継がれてきた儀式にヒトの思いが乗せられてゆく光景を、顔色一つ変えることなくAshenは見送る。
 ふと、視界の端で桜色の髪が揺れた。
 子供には、長く行列を眺めていても退屈かもしれない。
「……射的でもしていくか?」
「はいっ!」
 話題を振れば、桜壱の瞳は星のように輝いた。




「見てください、ローワンさん! さるぼぼの夫婦人形をいただきました!!」
 射的で桜壱が入手したのは、手を繋いだ赤と白の小さな人形。
「さるぼぼとは、赤子だろう。兄弟ではないか?」
「きょうだい……それも素敵です」
 Ashenの解釈に、桜壱がキラキラとした表情で人形を見つめ直す。
 うまれたころから一緒。互いが大切な半身。そう思うと、小さな人形がとても尊く思える。
「Iは、ローワンさんと半分こしたかったです。でも、2人はくっついているので、離すのがかわいそうです」
「大事にしてやれ。繋がれたものを引き裂くべきじゃない」
 こくり。
 Ashenの言葉の意味は理解できる。
 桜壱も、2人を引き離したくはない。しかし、Ashenとお揃いの人形も素敵だと考えていたので、少しだけ残念だ。
 なにか。
 Ashenへ贈れる何か、無いだろうか。
「今度は向こうへ、行きましょう! 工芸品があるという情報ですっ」
「走るな、転ぶと危ない――……」
 子供のエネルギーに呆れながら、Ashenは桜色の浴衣を見失わないよう追い掛けた。

 輪投げ。ヨーヨー釣り。型抜き。
 いくつか巡り、ようやく手にしたのは……
「木製のルービックキューブか? いや、違うな」
「『スネークキューブ』というそうです。ほら、広げると、ずらーって!」
 黒に染めた立方体と、素の色を交互に組み合わせた木製パズル。
 中はゴム紐を通してつながっており、広げると蛇のように伸びる。これを組み替えて白黒交互の立方体へ戻す、というものなのだそうだ。
 簡単そうに見えて、暇つぶしにはなりそうだ。
 地物の木材を使用しているらしく、香りも良い。
 左手一つでカシャカシャと弄びながら、悪くはないとAshenが鼻を鳴らす。
「大事にしてくださいね!」
 行列見物へ戻りましょう。後半も楽しそうです。
 Ashenがパズルをスーツの内ポケットへしまったことを確認し、桜壱は次の場所を指した。




 闇が濃くなり、狐火の色味が深くなる。
 照らされる白無垢姿も一段と幻想的に。

 ――Iもですね、白無垢は着た事がありますよ!

 ふと、Ashenは先に交わした会話を思い出した。
「白無垢を着たというが」
 既婚者か? と続けるわけにもいかず。まさかと思うが、今のご時世は何が起こるかわからない。
「お試しで着せて頂いたのです!」
 とある場所で、ブライダルフェアをやっていて。左の瞳にひらひらと桜の花弁を揺らしながら桜壱は説明した。
「……餓鬼に性別はあるのか?」
 桜壱は中性的な容姿だ。
 少年といえば少年と、少女といえば少女で通るだろう。
 ヴァルキュリアの、その辺りの機微はAshenにも把握しかねる。
 仮に性別が確定しているのなら、偽って都合のいいようにふるまうことは賛同しかねるし、自身の思い込みがあったら反省すべきこともあるかもしれない。
 問いを受けて、桜壱の瞳の花弁は戸惑うように散っていった。
「今は……『未設定』状態、です。……Iが自分で決めるべきだ、と、先生が」
(それも含めて『お試し』か……)
 なるほど。
 餓鬼は餓鬼だ。経験を重ねなければ真っ当な判断などできるわけがない。
「そういうことならば、『お試し』は大いに結構だな」
 どんどんやるといい。とまでは言わないが。
「自分で納得のいく答えを見つけることは、重要だ」
「……はい」
 見つからなかったらどうしよう。という不安が、無いわけでもない。
 ひらひらした女の子らしい衣装をまとうのは楽しい。華やいだ気持ちになる。
 しかし、それが性別確定の理由になるだろうか。
 桜壱は、自身の浴衣の袖と。神輿の上の白無垢と、紋付き袴を見比べる。左瞳が、カシャカシャと惑うように映し出すものを変えてゆく。
 自分は『どちら』に座りたいのだろうか。
 否。そうじゃない。
 『隣』に誰が座るのか。
 性別……婚姻……恋愛。起点は、そこではないだろうか。
「婚礼の行列、素敵です……。恋愛は代表的な幸せの一つなのだと思考します」
 幸せの形。
 先程、同じようなことをAshenも考えていた。
 婚姻の前提に恋愛があるとは限らず、恋愛の延長に婚姻があるとも限らない。
 しかし『延長の、一つ』と考えることを否定はしない。
 ヒトは、幸せになるべきなのだから。
「お友達にも、恋愛をしている人達がいます。映画やドラマも視聴します。ですが……Iには、どこか壁一枚隔てた存在なのです」
 悩んだり、喜んだり、喧嘩をしたり。
 そういう『状態』を理解できても、桜壱自身は体験がないため本当の意味での理解には至らない。
 白無垢を着たけれど、ドレスも着たけれど、その姿に憧れはあるけれど。
 たいせつに思う人たちは、たくさんいるけれど。

「ローワンさんの幸せすなわち『恋』は、どういったものですか?」
「!?」

 言葉の横っ面パンチを受け、Ashenは強く咽込んだ。
「……愛だの恋だのが幸せの一つであることは否定しない。だが……俺の幸せはこれではない」
 くらくらと眩暈がする。
 子供に振り回されっぱなしだ。
 瞑目するAshenの脳裏に、懐かしい光景がよぎる。今は遠い、かつての記憶。

 深い森の中。湖畔沿いの家で『彼女』や皆と暮らした幼き日々。
 卓を囲み星を眺め笑い合った。
 ――それに連なる、射干玉と淡紅藤の髪が翻る記憶。
 幸せは。
 ……『魔女』を殺す事ではない。

「――答えるつもりはない」
「ローワンさんも、Iとおそろいですか!」
 つまり恋は、未だ?
「答えるつもりはない」
 語気を強め、Ashenは行列から離れ始める。慌てて桜壱がスーツの裾を掴む。
 ゆらゆらと提灯が揺れて、道の先を照らした。
「恋愛は代表的な幸せの一つだとしても」
 桜壱の言葉を使い、振り返ることなくAshenは声にする。
「それだけが『幸せの形』ではない」
「……はい」
「恋愛をしたことがないというが、餓鬼は今、不幸せか」
 飲み込み切れない桜壱へ、もっとわかりやすく問うてやる。
 桜壱は、全力で首を横に振った。
「そういうことだ」




 人は人。人形は人形。人形は決して人ではない。
 ――ただ、それだけだ。
 想い寄り添う事は出来る。
 そこに『壁』はないと、Ashenは考える。
 想い寄り添う感情の根が、恋愛感情とは限らない。


 想い寄り添う事は出来ても。
 人は人。人形は人形。人形は決して人ではない。
 越えられない『壁』があると、桜壱は考える。
 背が伸びる喜びや。
 悲しみで涙すること。
 血を流し痛みを覚えること。
 美味しい、と笑い合えること。
 ヴァルキュリアにも個体差はあるが、いずれ桜壱が持ちえないもの。
 まわりのひとたちは優しいから、きっと優しい言葉を掛けてくれるだろう。
 だから桜壱には、言葉に出して願えないことがある。
 誰にも言わない。
 誰にも言えない。




 行列全てが通り過ぎ、夜風だけが冷たく余韻として漂っている。
 婚礼の儀を見に広場へ向かう人々。
 まだまだ出店を楽しむ人々。
 各所で動きが出てきて、ぼうっと立ったままでは波に飲まれてしまうだろう。
「帰れ。餓鬼は寝る時間だ」
「一緒に帰りましょ!!!」
 Ashenが吐き出すと、負けじと桜壱は風に吹かれる彼の右袖を抱きこんだ。
 『保護者無しで、子供が遅い時間に出歩くのはよくない』のでしょう?
「…………」 
 頭上に降ってきたのは、嘆息か舌打ちか。いずれにせよ諦めの音。
「提灯を持て。落ちると危ない」
「はい!」
 右腕に挟み込んだ、先を照らす光。
 桜壱はめいっぱい背伸びをして、それを受け取った。
「Iが、ローワンさんの右腕になったみたいです」
 低い位置で、道を照らす。隻眼のAshenにも、足元がよく見えるだろう。


 夜に溶け込む色の男を、春色の子供が導く。
 山深い街、祭りの夜。
 幻想の灯火で道に迷うことがありませんように。
 わるいひとにさらわれませんように。
 無事におうちへ帰れますように。
 相手の無事を祈る。思う。そうであるよう、共に居る。


 恋愛ではなくても、想い寄り添う事は出来る。
 人であっても、人形であっても。


「Iは、しあわせです」


 噛みしめるように。絞り出すように。桜壱は、道の先を見つめた。




【灯火むこうに揺らぐは願いのかたち 了】

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ご依頼、ありがとうございました!
儚き幻想の夜の確かな思い出・幸せの形について。お届けいたします。
お楽しみいただけましたら幸いです。
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2019年11月25日

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