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『Beginning Mei Ling』
Mei Lingla3134

 カーテンの隙間から朝陽が差し込み、掠れた髪色の女が静かに眼を覚ました。そのままむくりと身を起こし、着せ替え人形のように硬く凝り固まった右腕の義手を見つめる。彼女の筋電信号を受け、義手の手の甲がうっすら光を放つ。指先が屈伸するその様子を一通り眺めてから、彼女はそっとベッドを降りた。
 彼女の名前は黒 魅霊。ライセンサーとしての登録名はMei Ling(la3134)。一つの意志を持ち、自らこの世界へと舞い降りた放浪者である。

――2059年5月 名古屋――
 メイリンは試作型の異世界転移用ワープゲートをくぐり、この世界に現れた。傷跡だらけの肌を分厚い軍服と軽い化粧で隠した彼女は、左の蒼い瞳と右の紅い電子義眼で辺りを見渡す。港町の倉庫街だ。昼間だというのに人の影は一つも無い。彼女は小さなボイスレコーダーに声を吹き込む。
「目標の世界に到着。幽霊街、ではないはず……」
 携帯を取ってみたが、完全に圏外だ。情報収集はままならない。嘗ての戦いで戦い抜いた自分の勘を信じる以外に道はなかった。
「荒らされたのは最近。いや……今まさに?」
 彼方から地響きがする。見上げれば、黒煙が市街地の方角から濛々と上がっていた。
「戦闘の為に住民は避難した……ってところかな。恐らくは人類と、その侵略者との戦いなんだろうけど」
 彼女は電柱へ駆け寄る。地名は日本語だ。嘗て敬愛する少女と共に駆け抜けた戦いを思い起こしながら、彼女は街へと足を向けた。時折物陰に身を潜め、様子をじっと窺う。最低限戦闘の用意を済ませては来たが、此処は異世界、何があってもおかしくない。
 空からジェット機が駆け抜けるような甲高い音が響く。蚕の繭のようなものがいくつも降り注ぎ、一つはメイリンの目の前に墜落する。
(どこに出るかは分からないって言われてたけど、まさか今まさに戦ってるところに飛ばされるなんて……)
 ぽつりと呟き、彼女は素早くサバイバルナイフを構える。墜落した繭のような物体はやがて罅割れ、中からカマキリのようなナイトメアが姿を現す。彼女の姿を視界に捉え、カマキリはいきなり彼女を威嚇する。この程度の敵、嘗ての世界では一蹴してきた。しかし、その時にはいつも仲間がいた。相棒がいた。今のように一人ではなかった。
(……なるべくいなして、あとは縁頼り、かな。駄目なら……約束、いきなり反故にしちゃうなぁ……)
 カマキリは鎌を鋭く振り上げ、ずんずんと押し寄せてくる。最初から及び腰では敵を調子付かせてしまう。まずは一撃を入れて威圧するのが第一だ。彼女はナイフを逆手に持ち換え、刃渡りを腕の裏に隠しながらカマキリの懐へと飛び込んだ。
「はっ!」
 敵が鎌を振り下ろしてきた瞬間、メイリンは半身になってやり過ごし、その鎌の切っ先をカマキリの首根っこに突き立てた。相手が突っ込む勢いも乗せた会心の一撃――のはずであったが、その切っ先は一ミリもカマキリに届かなかった。透明な壁のようなものが、刃を押し留めている。
「バリア?」
 もう片方の鎌が襲い掛かる。メイリンは咄嗟に義手を突き出し受け止めた。装甲に刃が深々と食い込み、激しい火花が散る。指先が不調を起こし、ナイフが手の内を滑り落ちた。
「マズい……」
 メイリンは咄嗟にそばの木箱まで飛び退く。
(奴等と同質、じゃないにしても……似たようなものかな。恐らく手持ちの武器じゃどうにもならないはず)
 歯が立たないなら、出来る事は逃げる事だけ。義手を構えながら背後へ飛び退るが、カマキリはそれ以上の速さで飛び込んでくる。
(向こうほど身体も上手く動かない。……いや、二階の屋根にひょいひょい飛び乗れてたのが、本当はおかしいんだろうけど)
 カマキリは両腕を一斉に振り下ろす。左右の逃げ場を塞いで、その強靭な顎で噛みついてくる。メイリンは壊れかけの義手を差し出した。腕先が潰れ、カマキリが身をもたげた拍子に引き千切られる。火花とオイルが血のように飛び散った。
「くっ……」
 義手が落ちて身体のバランスが崩れる。水平に振り抜かれた鎌を何とか躱すが、バランスを崩した拍子に左肩に鎌の切っ先を突き立てられた。深紅の血が傷から脈々と溢れ出す。
「マズいかな、いよいよ……」
 志の道に立って間もなく斃れる。それはそれで、黒魅霊らしい末路か。自嘲気味にそんな事を考える。カマキリは鎌を振り上げ、逃げ場を奪いながらじりじりと迫ってきた。いたぶるように繰り出される一撃。義手の残骸や片腕で何とか往なしながら後退りするが、その背中は鉄筋コンクリートの固い壁にぶつかる。いよいよ追い詰められた。高々と振り上げられた鎌の切っ先が、歪に輝く。

 刹那、鈍い銃声が轟き、散弾がカマキリに襲い掛かった。不意を突かれたカマキリの片腕が吹き飛ぶ。完全装備の男が片刃の剣を抜き放ち、カマキリが混乱しているうちに彼は懐へ踏み込み、その首を刎ね飛ばす。体液を噴き出しながら、カマキリはその場にぐったりと崩れ落ちた。男は死体を蹴り転がし、メイリンに振り返る。
「大丈夫ですか?」
「……助かりました。丁度後がなくなった状況でしたので」
 メイリンはポーチから止血剤を取り出し、傷口に素早く噴きつける。それで傷が癒えるわけではないが、手当てしないよりはましだ。そんな彼女の様子を、男はじっと窺う。
「ここには避難指示が出ていました。どうしてここに?」
「何と説明したらいいか……色々と深い事情があり、今ここに来たばかりでして」
 正直に説明しようとしてもこれくらいの事しか言えない。男は溜め息をつくと、銃を構えて辺りを見渡す。
「ひとまず付いてきてください。あなたの身柄はSALFで保護します」
「SALF……それがこの世界で立ち上がった人類達の組織ですか?」
 男は頷く。メイリンはほっと溜息をついた。
「わかりました。……どうやら、縁はまだ繋がっているようですね」

――現在 グロリアスベース――
 化粧を済ませ、分厚い軍服でその身を覆う。机に置いたSALFの身分証を手に取り、彼女はじっと見つめた。
「どの世界でも、わたしのやることは変わらないようです」
 身分証に映る自分の顔を見つめながら、メイリンは敬愛する者に向かって語りかける。宛がわれた部屋に一切飾りはなく、クローゼットには武器や防具が並んでいるような有様だ。しかしそれが、侵略者を討つと志を定めた彼女そのものなのである。
「……行ってまいります、姉さん」
 その歌と旋律で人の心を救う、彼女のようにはなれない。そうなるためには、もう身も心も傷つき過ぎてしまった。だが彼女に救われた人間の一人として、メイリンもまた、世界を守るために戦うと決意したのだ。

 コートのボタンをパチリと留めて、彼女は自らの部屋を後にした。



 おわり

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

●登場人物一覧
 Mei Ling (la3134)

●ライター通信
 初めまして。影絵企我です。この度は発注ありがとうございました。Mei Lingさんのビギニングノベルという事で、それにふさわしい出来にはなったでしょうか。何か問題がありましたらリテイクをお願いします。

 ではまた、ご縁がありましたら。


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2019年11月25日

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