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『すごく素敵な1日』
アルバ・フィオーレla0549)&ケヴィンla0192)&紅迅 斬華la2548)&常陸 祭莉la0023)&フェーヤ・ニクスla3240)&クララ・グラディスla0188)&化野 鳥太郎la0108

 夕食に使う大蒜の皮を剥いていたら、部屋の空気はすっかり大蒜のにおいに染め上げられてしまって。アルバ・フィオーレ(la0549)は少しだけ窓を開ける。
「っ」
 よく晴れているから油断していた。寒いの! あわてて窓を閉めた彼女は、新鮮な冷気でリセットされてしまった鼻を大蒜臭に突き上げられ、「うぅ」、顔を顰めた。
 もう11月も半分以上過ぎているのだ。天気と陽気が比例するはずはない。寒い寒い寒い。
「……寒い日には、やっぱりお鍋?」
 つぶやいてみれば、途端に頭とお腹は“鍋”でいっぱいに。だがしかし。
 わたしひとりでお鍋なんてしたって食べきれないし、つまらないもの。
 あきらめかけたそのとき、天啓が舞い降りる。
 簡単なことじゃない。みんなに来てもらえばいいの!

「……持って来た、よ」
 首から口元までを覆うマフラーの奥から、常陸 祭莉(la0023)が細い声で告げた。
 彼がアルバの工房兼自宅の前に横づけたものは、新聞配達始め、働く皆々様にこよなく愛される原付バイクだ。ただしエンジンは切ってある。これは地の声量でエンジン音に勝つ気がないからだったり。
「原付って、リアカー大丈夫だった?」
 言いながら、アルバはバイクの後ろへくくりつけられたリアカーを見る。これは彼女の本業の仕入れ時に使うものなのだが、今、そこには花ではなくエアクッションの大きな塊が乗せられていた。
 ちなみにくるまれている中身は、フィオーレ家に存在しない大型液晶テレビである。これはアルバからの連絡を受けてやってきた祭莉が、今日のためだけにテレビを買うより合理的だろうということで家から運んできたもの。
「125cc未満、なら……大丈夫」
 祭莉はバイクから降り、メインスタンドを立ててしっかり固定してから、テレビの包みを抱え上げた。見た目は細いのに結構な筋力があるものだ。
「配線はしておくから、ほかの荷物の運び込みを頼むよ」
 鈍色の金属義手を伸べ、祭莉の手からテレビを受け取ったのはケヴィン(la0192)だ。
 彼は祭莉のように呼び出されたわけではない。偶然通りかかったところをアルバに「今日、みんなで集まってお鍋とホラーゲームの会するんだけど」と呼び止められたのだ。こうして手伝っているのはお呼ばれしたついでのことなんである。
「しかし。鍋はわかるがどうしてこの時期にホラーゲームなんだい?」
 背中越しにケヴィンが投げた疑問へ、アルバは「ふふっ」。
「夏にお友だちがプレイしてたなって思い出したら、わたしもやってみたくなっちゃったの。それに季節外れなら本当の幽霊さんを呼んでしまう危険はないでしょうし、ミンナデヤレバコワクナイ♪ のだわ」
 怖いから皆を呼ぶというのは、ナンセンスなのではないだろうか? ケヴィンは思ったが、そういうものでもないのだろうと思いなおす。日常のぬくもりが障るのは、きっと自分ばかりではないということだ。
 ともあれ、アルバに「よろしくなの」と見送られ、ケヴィンと祭莉が荷物を運び込む間に、次々とお客さんが到着する。
「今日はお招きいただいてありがとうございます。これはつまらないものですけど――」
 12歳とは思えない礼儀正しさで述べ、クララ・グラディス(la0188)は頭を下げた。茶の差した長い金髪がしゃらりとこぼれ落ち、再び面が前へ引き上げられたときには、右手のビニール袋と左手の紙袋がアルバへと差し出されている。
「ありがとう。気を遣わせちゃったの」
 アルバがずっしり重いふたつの袋を受け取ると同時、クララの後ろからのぞく強面の無表情。
「ずいぶん賑やかだな」
 と、強面の男がサングラスをずらしてアルバへ笑みを投げかけてきた。あっさり解けた表情は、元の強さ(こわさ)こそ残しながらも意外なほどやわらかくて。
 それが化野 鳥太郎(la0108)、ひと言で言い表すことの難しい男の有り様だった。
『甘いもの、持ってきた』
 地声ならぬ携帯端末が発する平らかな声音で告げたのは、無表情を崩すことなく立つ少女フェーヤ・ニクス(la3240)だ。
 こちらは見たまま……かと思われたが、大量の菓子でぱんぱんに膨らんだエコバックを大事そうに抱えているあたり、やはり見た目のままではなさそう。
「俺のほうはアルバさんご要望のブツをお持ちしたよ。動作チェックも済ませてあるから、いつでも行ける」
 鳥太郎が、自らの背のバックパックを顎先で示した、そのとき。
「下ごしらえ終わりましたよ。アルバちゃんのニンニクもちゃーんと使わせてもらいましたからね」
 戸口からひょっこり、振り袖をたすき掛けして抑えた料理人モードの紅迅 斬華(la2548)が顔を出し、一同を呼ばわった。
「お姉さんごめんなさい、結局戻れなかったの」
 祭莉が到着するまで、アルバもいっしょに鍋の準備をしていた。途中で手を離して応対に出てきてしまったのだが、彼女の担当分も斬華が終えてくれたらしい。
「気にしないでください、アルバちゃんはホストですからね。それより空っぽのお鍋がみなさんのご到着をお待ちですよ♪」
 アルバは皆を促し、待ち受ける斬華の元へ踏み出した。
 今日は素敵な1日になるの。これは予感じゃなくて、もう決まってる未来。


 大蒜の臭気は共に煮込まれた具材の風味と旨味を吸い込んで、艶やかな芳香へと変わる。
「まだですよ? まだですからね?」
 リビングキッチンでゆるい輪を描いて座る一同をふふ〜んと見渡し、斬華は場の中央にある炬燵のさらにど真ん中へ据えられたガスコンロの火力をちょいと絞った。
 すると大きな土鍋を覆う蓋のタップダンスが収まって、いい匂いだけが振りまかれることになる。
 斬華の料理の腕は自他ともに認めるところ。彼女がまだだと言うならば、それは絶対の真理であり、破ることのできない法となる。
 だからこそ一同は、食欲の芯を刺激する香に心をよじらせながらもテレビ画面へ目線を固定するよりなく、映しだされた青暗い景色に集中せざるをえなかったのだ。
「じゃあ、先に始めるの」
 アルバは手にしたコントローラーのスタートボタンを押した。するとテレビのスピーカーから『えけひゃひぃ』、不気味な鳴き声が飛び出してきて……ちょうど手土産に持ってきた甘辛餡かけの唐揚げをレンチンしてきたクララが足を止めた。
「いいスピーカー、ですね」
 とっさにごまかして皿を置き、冷たい茶を全員のグラスへ注ぐ。
 遠巻きに見るだけなら問題はない。しかし“恐怖”をダイレクトに味わうのは覚悟が要る。このあたりはネメシスフォースをメインクラスとする彼女にとっての、敵との距離感が関係しているのかもしれない。
「アルバが、1番? ……2番めは?」
 メイン、サブ共にクララと同じクラスであるところの祭莉がぽそりと問うた。
 怖いものが苦手というよりも、驚かされることへの耐性が低い彼である。ホラーゲームを持ち回りでプレイすると申し渡されたら、問題となるのはその順番だ。できるだけ他のメンツのプレイを見て、目と心を慣らしてから臨みたい。
「俺でもいいが、もう少し時間が欲しいところだね」
 スマホから目を離さないまま、ケヴィンが言う。
「なに見てんだ――って、そりゃどうなのよ」
 鳥太郎のあきれた声は、スマホで攻略サイトを見ているケヴィンに対してのものだ。
「いや、完全攻略を目ざすなら事前の情報収集はあたりまえだろう」
 実際の戦闘であれ、それは同じこと。それはリアリストだからというよりも、語ることのない過去が身につけさせた「あたりまえ」なのかもしれない。
 鳥太郎はやれやれと息をつき、そっとケヴィンのスマホをつまみあげて。
「ゲームもバトルも初見プレイが楽しいもんだ。ネタバレは禁止で行こうぜ」
 ゲーム機とソフトは鳥太郎が用意したものだが、実はこのソフト、未プレイである。彼曰く「ゲームは好きなんだが、やっぱいそがしいと積んじゃうよね……」。
 そんな中、フェーヤはひとり黙々と菓子をかじりつつ、鍋を見つめていた。
 表情に出ないのであれだが、ホラーはかなり深刻に苦手な質である。だから、食べる。食べているときは、余計なことを考えずに済むから。
『鍋、早く煮えると、いい』
 端末に言わせておいて、アルバの袖をくいくい引く。
 その指がやけに強ばっていることに気づき、アルバはふふっと薄笑んだ。


「スタートなの!」
 少し前屈し、視界を画面でいっぱいにしてから、アルバがあらためてゲームをスタートした。
 ルールをざっくり説明すれば、舞台は人型ロボットの製造工場。その倉庫に置かれたロボットへ取り憑いて動かし、主人公のいる宿直室へ入り込もうとする悪霊を、聖水タブレット銃で撃退していく。ただし銃は連射できないので、確実に撃退するにはロボットの到来を監視カメラや音で測り、室内に現われた瞬間、正確に撃ち抜く必要がある。
「えっと、カメラ切り替えて確認して――ボタンいっぱいあってわからないの!?」
 今どきのゲームコントローラーは、ボタンやレバーが多数ついている。最初に憶えたはずが緊迫に頭をかき回され、どれがどれやらわからなくなってしまった。
「アルバさん落ち着いて。四角ボタンと三角ボタンでカメラが切り替わるから」
 鳥太郎のアドバイスにかくかくうなずき、アルバはなんとか気持ちを立てなおす。
「音を聴いて、タイミング、合わせて」
 迫り来るロボットたちの関節のきしみや、音声回路が紡ぐ意味のない音に脅かされながらも、彼女は必死で耳を澄ましたのだ。なのに。
「お鍋できましたよー♪」
 斬華の無慈悲な完成コールが場を揺るがした――!
「来たか」
 ずっと鍋の前に座し、鍋と向き合っていたケヴィンの体になにかが灯る。そうだ。俺はこのときを向かえるためだけにここへ来たんだ。
『鍋、食べる』
「……ボクも」
 画面と目を合わせないようにしていたフェーヤと、スピーカーから流れるおどろおどろしいBGMに固まっていた祭莉もまた、解凍されたように動き出した。アルバのプレイは気になるが、やはり怖いよりも旨いほうがいい。というか、比べものにならない。
「お姉さん、配るのは私がするわ」
「ああ。紅迅さんにもてなされるばかりじゃ不公平だからね」
 クララと鳥太郎は斬華からお玉や菜箸を受け取り、給仕を開始した。
「お姉さん!? このタイミングで酷い!」
 画面と鍋との間へ視線を高速で往復させるアルバ。毛先へゆくに従って桃色に彩づく金の髪は、激しく振り乱されて大変なことになっている。
 その髪の隙間からのぞく恨めしげな彼女の視線を、斬華はくいっと張った胸板で受け止めて。
「鍋はできあがったときが食べ時ですよ? そしてこのニンニク醤油ちゃんこ鍋、お姉さん史に刻まれることまちがいなしの自信作です♪」
 ごぼうさん、しいたけさん、白菜さん、鶏つみれさん――昆布と鯖節でとった濃いめの出汁に、甘い九州醤油でコクを、大蒜で香りと風味を加えた極み汁をしっかりまとった具の数々を、斬華は歌うように数え上げる。
 平たく言えば、手が離せないアルバにとっては拷問だ。
「あああああああ」
 アルバの半開いた口から垂れ流される怨嗟の声に、斬華はふふんと苦笑して。
「アルバちゃんには今持って行ってあげますからね」
「ありがとうなキャっ!」
 油断していたところへ、画面内の暗がりからぬっと現われたガイノイドの無表情。
 びくりとすくみあがったアルバはコントローラーを放り出してしまった。
 そしてそれをキャッチしたのは、視線を逸らしていたせいで逃げることもできなかったフェーヤだ。
『信じない』
 信じられない、と端末に打ち込むつもりが、間を抜かしてしまってこの有様。
 怖いから、やりたくないぞ、怖いから。思わず胸の内で詠んでみたが、こうなってしまえばやるよりなくて。
『アルバ。鍋、私の、取っておいて』
 肚を据えてゲームの状況を確かめ、偶然かかっていたポーズを解除した。銃には弾があり、敵はそこにいる。スナイパーである彼女にとって、やるべきことのお膳立ては整っていた。
 果たしてフェーヤはアナログスティックを押し込み、胸の真ん中へ照準セットして、撃つ。
 ガイノイドは表情を変えぬまま闇奥へ戻っていって、そして。
 逆側から入り込んでいたらしいアンドロインドが無表情で画面を塞ぎ……同じ無表情でフェーヤはぴょい、お尻を跳ねさせた。
「大丈夫ですよ〜、お姉さんがぎゅってしてあげますからね♪」
 フェーヤの背中を抱きしめる斬華。その手はまさに姉たらん者の慈愛だったのだが、無表情の裏にあらんかぎりの恐怖を滾らせるフェーヤにとって、それは無間地獄に魂を縛める枷でしかない。
「その、とりあえずなんだけどさ、食べとこうか」
 鳥太郎が差し出したキャラメルポップコーンをもそもそ噛んで、なんとかこの世に自分を繋ぎ止めるフェーヤである。

 フェーヤがついに取り落としたコントローラーを引き継いだのは、空気を読んであれこれ気を回していたクララ。
 正確に言えば、取らずにいられなかったのだ。いちばんフェーヤの近くにいて、鶏つみれを前歯で囓っている祭莉が、『あー』って感じで落ちていくコントローラーを眺めているのを見てしまったから。
 戦う――私はそう誓ったんだから。ロボットなんかに負けてられない。私が私であることを、どこにいてもなにと対しても貫いてみせる!
 こんなところでそこまで思い詰めなくてもいいだろうにと、彼女の心をのぞける者があれば思っただろう。が、そうだとしてもクララはこの後の行動を変えなかったはずだ。彼女はすでに、心を据えていたのだから。
 馬鹿みたいだけど。
 それでいいよ。
「あああああああなんでなんでなんで夏でもないのに悪霊とかうざいうざいうざい魔法使えたら全部燃やしたげるのひぅっ!!」
 コントローラーは力の限りがちゃがちゃ。いきなり出てくるロボットにびっくり。演出で音程を微妙に外されたBGMにびくびく。そして口は絶叫しっぱなし。
「灰は灰に塵は塵にでしょぉ!? R.I.P.R.I.P.りっぷぅ!! 逃げるだけじゃなくてちゃんと召されなさいよぉおおおおおおおっ!!」
 きーっ! いきり立ちすぎて本当に立ち上がってしまったクララから視線を外し、祭莉は思ったものだ。……クララが、立った。
「常陸さんタッチです! 私の仇、お願いします!」
 限界を越えたクララがコントローラーを祭莉に押しつけ、全力で甘やかすという決意をもって斬華が拡げた両手の内へ飛び込んだ。
「ボク……?」
 ポーズされた画面の中では、すでにプレイヤーキャラがアンドロインドに喰らいつかれていて、ゲームオーバーの真っ最中。
 と、それはさておき鍋がおいしい。出汁を吸い込んだ野菜もいいけれど、やはり鶏つみれだ。“たまもと”が効いた肉はふんわりやわらかいし、いっしょに練り込まれた葱や生姜はさくりとした歯触りと香りを楽しませてくれる。完璧だって、ボクは思うんだ。
「気持ちは察するが、そろそろ覚悟決めようか」
 ケヴィンが遠慮がちに小鉢を取り上げた後には、コントローラーが残されるばかりであった。
「……」
 意外に冷静な手で祭莉はゲームを進めていく。
 別にグロいとか霊とかは平気。問題は、あの手この手でこちらを驚かせようとしてくる演出だ。
 しかし、だからこそこの機会をもって、苦手を払拭してやる。彼は静かな意志をコントローラーと共に握り込み、そして――
 そっと祭莉の顔をのぞき込んだアルバがかぶりを振り振り、「常陸さん、フリーズしてるの」。
「あー、祭莉さんは一回ブレイク入れようか」
 鳥太郎がすかさずアルバの後を継ぎ、祭莉にドクターストップをかけたのだった。

 間が空いたこともあり、一同はしばし鍋タイムへ。
「思ってた以上に怖いの……」
 鍋に汁と具材を追加しつつ、アルバはほうとため息をついた。
 ナイトメアも大概な姿形をしているが、倒せる敵だ。しかしゲームは、人間が同じ人間を怖がらせてやろうと工夫をこらしたもの。なんというか、怖さのレベルがちがいすぎる。
「情報がない中で奇襲を受けているわけだからね。怖くて当然だ」
 しみじみと語り、ケヴィンは鍋の底で出番を待ち続けていた豆腐へ箸の先を入れた。
 それをくたくたの韮といっしょに口へ入れれば、豆腐に宿った熱の奥から滋味が染み出てきて、韮の香味とマリアージュを魅せる。
 この世界に来てよかったな。実に飯がうまい。それこそ素材がちがう。
「おむすびですよ〜。あ、おうどん入れるお腹は残しておいてくださいね♪」
 胡麻油と粗塩をさっくり混ぜ込んだ炊きたてご飯を、手の内で踊らせるようにして三角結びを成形していく斬華。
『おむすび』
 フェーヤが小さく両手を挙げた。無表情だけれどうれしそう。
 先ほどから斬華や鳥太郎からわんこそばよろしく食料を与えられていて、ずいぶんな量を食べているはずなのだが、未だ勢いが衰えないのはそれだけ怖かったからなのか、それともフードファイターだからなのか。
「レアチーズケーキも買ってきてるんですけど、いつお出ししましょうか?」
 これはようやく恐慌状態から抜け出したクララの言。なかなかに騒いでしまった分、気を遣わなければとの心もあるのだろう。
 そんなけなげさに、花の魔女と首刈りお姉さんは「ふふっ」、「ふふ〜ん♪」、孫を見る祖母の笑みをこらえきれない。
 それはクララの音楽仲間で、普段のしっかりぶりをよく知る鳥太郎も同じ気持ちだ。
「せっかくだ、ぜひ食べさせてよ。唐揚げもうまかったし、期待してるからさ」
『ケーキ、楽しみ』
 フェーヤも言葉を挟み、期待感を表わした。
「そんなに期待されると怖いですけど……」
 言いながらも立ち上がったクララを、祭莉が追う。
「ボクも……手伝う」
 ふたりの背を見送った鳥太郎は、あらためて残された者たちへ視線を巡らせ。
「次は誰が挑戦する?」
 応えたのはおむすびを配り終えた斬華だった。
「おむすびは神様の力が宿る“山”ですからね。悪霊なんかに負けないのです」
 豆知識を披露して、彼女はテレビの前へちょこんと正座を決める。
「この神通力で、アンドロインドもガイノイドもまとめて首を刈ってあげます♪」

「むぅ〜! なぜこの主人公は鎌も鉈も装備していないのですか! 敵の懐に飛び込む勇気を持ちなさいと言いますか首を刈らせなさ〜い!」
 コントローラーを刀よろしくぶんぶん振り回し、ロボットが来れば右へ左へ、プレイヤーキャラではなく自分がよける斬華。
「……お姉さん、かわいい」
「同意なのだわ」
『か゛わ゛い゛い゛』
 思わずうなずきあってしまうクララ、アルバ、フェーヤだったが、肝心のゲームはあっさり終了である。
 すると。
「ここはお手本ってやつを魅せるとこだぜ」
「情報が不足してる状況でどこまでできるかはわからないが」
 鳥太郎とケヴィンが満を持して登場し、それぞれがコントローラーを持った。
「……このゲーム、ひとり用……じゃ、ないの?」
 祭莉の疑問に鳥太郎はちちち、舌を鳴らして指を振り振り。
「実はふたりプレイもできるのさ。最高難度に限り、だけどな」
 最高難度は銃を撃つだけでなく、電気残量が設定されているカメラを効率的に使って敵の位置を割り出し、敵の種類によっては手回しラジオを鳴らしてやったり、手で自分の目を覆って直視を避けたりする必要がある。つまりはやらなければならないことが多いわけだ。
「それは……難しいのだわ」
 息を飲むアルバへ不敵な笑みを見せ、鳥太郎とケヴィンは画面へと向きなおった。

「銃は俺が。ラジオを頼む」
 タブレット銃を担当するケヴィンは、監視カメラに映るロボットの移動速度を測り、電力をカットした。
 彼のサブクラスはスナイパーで、スポッター(観測手)としての経験値も高い。1秒あれば、定速で動くものがその後どれだけの時間でどこまで行き着くかを予測するのは難しいことではなかった。
「オーライオーライ――っと、回すぜ!」
 鳥太郎は画面内の“手”を器用に繰り、手回しラジオのハンドルを回す。これで室内へ入り込んだ悪霊憑きぬいぐるみは逃げ出していく。
 他のメンツのプレイは軽く見る程度に留めてきた。そして最高難度はもちろん初見プレイ。それでもまるで焦る様子がないのは、熟達ゲーマーならではか。
「撃った2秒後だ」
 ガイノイドをヘッドショットで撃退したケヴィンがアイコンタクトで鳥太郎へ次の敵の到来を知らせ。
「よし、目ぇ隠せ」
 鳥太郎は敵の種別を見極め、指示を返した。
「なるほど、このタイミングか」
「カメラの残存電力減ってるな。倉庫から出てくるとこだけ見て、あとは直前に確認ってことで」
 ただ一度の経験をものにして効率的に攻略を進めていくケヴィンと、要所を押さえた濃やかなプレイを見せる鳥太郎。
 息を飲んでそれを見つめる一同は、ゲームクリアを信じて疑わなかったのだが……
「2体連続はずるくないか!?」
「ラジオ! 目隠し!」
 侵攻速度を上げた悪霊どもに大苦戦である。
「手の数がまるで足りないな……これは」
 矢継ぎ早に迫る悪霊どもへケヴィンが思わず漏らし。それを見たクララが他の面々に不安げな目を向けた。私たち、後ろから見てるしかないんでしょうか?
 アルバはふわりとかぶりを振る。戦いでもゲームでも、見てるだけでなんて決まってないの。
「目を隠すのはわたしがやるの!」
 ケヴィンのコントローラーの該当ボタンへ指をかけて告げる。
「……ボクは、ラジオ、回す」
 鳥太郎のコントローラーへ向かったのは祭莉。
「私もお手伝いします!」
『撃つのは、得意』
 続いてクララがケヴィンの、フェーヤが鳥太郎のサポートに入った。
 これでそれぞれがひとつずつの作業を分担することとなり、そして。
「悪霊さんなんて見てないの!」、「3、2、1、来ます!」、「よし間に合った」。アルバが目を隠している間にクララがカウント、視界を取り戻した瞬間ケヴィンが撃つ。
「回した、よ」、「カメラ切り替えるぞ」、『大丈夫、見えてる』。ラジオを鳴らして祭莉がぬいぐるみを追い払い、鳥太郎がガイノイドの接近を追って、フェーヤがしとめた。
 肩を寄せてプレイに没頭する6人の背へやさしい笑みを向け、斬華はいそいそ立ち上がる。今の内におうどんの用意、しておかなくちゃいけませんね。


「あーもー負けたの!」
 天井を仰ぎ、アルバがくぅっと眉根を顰める。
「手は足りてたんだけどね。コントローラーのサイズだけはどうにもならない」
 鳥太郎の苦笑に、ケヴィンもうなずいた。
「そういうことだな。だが、情報収集が足りていればまだ戦えただろう」
『もっと、撃てた』
 表情こそ平らかだが、フェーヤもケヴィンと同意見のようだ。
 その脇では祭莉が首を傾げて。
「でも……怖くは、なかった」
「はい。私も夢中でしたから、怖がってる暇はありませんでした」
 応えたクララの表情は、言葉どおりに明るいものだった。
「はいはい、ちょうどおうどんが煮えましたよ♪」
 ここで斬華が声をかけてきて、一同はわーっと鍋のまわりへ集まり来る。
「お出汁がよく染みてておいしい!」
 クララが「んー」と目を細めて体をもだもだ震わせた。
「……」
『……』
 祭莉とフェーヤは声もなく、太麺をすすり続けている。言葉も出ないほど、このうどんは美味なのだ。
「煮込んでるのにコシが強いな。もしかして手打ちか?」
 ケヴィンの問いに斬華は「ふふ〜ん♪」と胸を張って肯定し、鳥太郎は「さすが紅迅さんだな。おもてなしの心が深い」と感心する。
 皆とうどんを味わいながら、アルバはとろりと目を閉ざした。
 ふふっ。わたしの予感、外れちゃった。だって今日は素敵な1日じゃなくて、すごく素敵な1日なのだもの。
 しかし、まだ過去形にしてやるつもりはない。
「せっかくだからわたし、他のゲームもしてみたいの」
 提案すれば、鳥太郎がすぐに乗ってきた。
「じゃあ別のホラーゲーム行ってみようか」
『ご飯、食べるだけじゃ、だめ? 倒せない、ホラーは、苦手』
 無表情をわずかに曇らせたフェーヤだが、同じくホラーは苦手なはずの祭莉はちょっとやる気。
「ボクは……やるよ。もう、びっくりしない」
「うう、常陸さんががんばるなら私もがんばってみます」
 クララもけなげに身を乗り出した。
「初見でも攻略のしようがあるゲームにしてほしいな。敵を撃てるならもっといい」
「首を刈れるゲームがいいのです!」
 自分の得意方面へ寄せにかかるケヴィンと斬華に鳥太郎はうなずいて。
「じゃ、ゾンビと戦うやつはどうだ? これならみんなの要望にも応えられる」

 こうしてアルバたちは“すごく素敵な1日”を満喫する。
 笑って騒いで、次の約束を交わすそのときまで、皆で同じ1秒を刻んでいく。


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2019年11月25日

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