▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『マッドマジシャンアッシェンブルーズ』
ケヴィンla0192)&Ashen Rowanla0255

●彼此相俟って、現世は畜生道と成す
 人間同士手を取り合えるかと問われれば、答えは即、否だ。
 ナイトメアという共通の敵が人の領域を脅かすという、いわば人類未曽有の窮状においてなお相争う者が多数存在することが、その証左に他ならない。綺麗事やお題目で糊口を凌ぐ宗教家や思想家、どこかの治安の良すぎる先進国で絶賛子育て中のパパやママならまったく逆のことを自信満々に語ることもあるだろうが、そんな手合いはごく一部だし、しかも大抵は生涯貫き通す覚悟を伴わない、単なるファッションである。
 なぜなら、この世にいるほとんどの、少なくとも大人は身を以って現実を正しく認識しているからだ。誰もが人は相容れないと考えていて、だからこそ、人はいがみ合う。言い換えれば、ほとんどの人間は平和なんて信じてもいなければ、ましてや望んでいるわけでもない。
 いっそ平和になどならないほうが、職にあぶれず豊かに過ごせる者も多いほどだ。
 ケヴィン(la0192)もまた、そちら側の人間だ。もっとも彼の場合、大半のライセンサーがそうであるように食い扶持だけならSALFの稼ぎで事足りている。だが、ケヴィンがケヴィンというアイデンティティを維持するためには、まったく物足りない。
 ケヴィンには戦争が必要だった。ことに泥沼化して久しい戦場などは、実にありがたかった。
 今も、ケヴィンはアジアの紛争地域に留まり、傭兵としてその腕を振るっている。
 ただ、正気でいるために。

 なあ、聞いたか例のハナシ。
 あー、なんだっけ。まじない師?
 馬鹿、ンな生温けェ代物じゃねェよ。呪術師だ呪術師。
 似たようなモンだろうが。で? ボスがすっかりブルっちまってるって? 呪い殺されるってか。

 場末の酒舗に品格を求めるつもりは毛頭ないが、それにしても大声で話す内容じゃない。
 カウンター席でひとりグラスを傾けながら、ケヴィンは後ろの席から聞こえる、別に今更知るまでもない話にため息を吐いた。
 彼らやケヴィンの雇い主が引き籠もりがちになったことと、その理由は、今や噂の域を超えて周知の事実となりつつある。ただ、少々解せないのは、敵陣営が呪殺などに手を染めようと言うのなら、そういった事情が予め相手方、つまりこちらに気取られていること。呪術師だろうと諜報員だろうと目的が暗殺ならば、せいぜい結果を以って初めて関与を匂わせる程度に留めておかないと、彼らのような生業は成立しないのではないか。

 だからここ数日見かけねェのさ、あの目立ちたがりがだぜ。指令すら下に丸投げしてやがる。
 かッ、クーデターやらかした当事者がなんとも情けねェこった。
 おかげで民間人も不満たらたらでよ。
 散々大言壮語を並べて巻き込みながら、今更臆するとはどういう了見だ――ってか?
 そんなところだ。そろそろここも潮時かねェ。
 違ェねェ。

(それか)
 なおも聞こえる噂話に、ケヴィンは疑問の解をみた。
 事前に不穏な噂を流布させれば、対象は当然警戒する。そしてそれが過剰なものとなるほど民意は離れていき、軍の士気も下がる。このまま頭が討たれた場合、こちらの陣営は瞬く間に瓦解するに違いない。誰の仕業か知らないが、敵にはなかなかの食わせ者がいるようだ。
(ひっくるめて“呪い”ってわけだ。たしかに潮時かもな)
 まあまあのペースで戦場を用意してくれる“良い”雇い主だったが、恐らくこの苦境を乗り越えられる器ではない。こちらとしても忠義や共感で仕えているわけではないのだし、適当に見切りをつけて他所に仕事の口を探したほうが利口というものだ。
(早めに手を打っとくに限る)
 会計を済ませようと、ケヴィンはグラスを一気に煽った。が、レモンの強烈な酸味と炭酸に鼻と喉をやられて、マスターを呼ぶどころではなくなってしまった。
 その折である。
「火酒を」
 嗅いだ覚えのある香りと、ひどく不愛想な声がした。
 ケヴィンがその正体に思い至るより僅かに早く、グレーのスーツを着た男が隣に進み出る。
「……お前か」
 男――Ashen Rowan(la0255)はケヴィンを一瞥するも別段驚く様子もなく、すぐに出されたウォッカをグラスに注ぎ始める。いつも通りの彼だ。
 しかし、こちらのことなど意に介さぬとばかり振舞うこの顔見知りが居合わせたことに、ケヴィンは穏やかならざるものを感じずにはいられなかった。
 なぜなら、この男の生業は――。
(なぜここに? いや、むしろこいつが例の)
 野暮な疑問ばかりが矢継ぎ早に頭の中を駆け巡る。半ば以上確信を伴うそれらは、だが確証がない。だからと言って、たとえばこの場で問い詰めて詳らかにできるほどAshenは甘い相手ではないし、またケヴィンが詮索する意味も皆目。
(ない、な)
 考え過ぎだ。こっちの世界に身を置く以上、知りたがりは生き残れない。
 そう結論付けて、ケヴィンは普段通り接することにした。 
「ちょっと仕事でな。あんたもかい?」
「…………。所用だ」
「奇遇だね」
 Ashenの愛想を母の胎内に置き去りにしてきたかのような、しかも胡乱な返答を、ケヴィンもまたあえて胡乱に肯定と捉える。
 そんな二人の遣り取りを見て先客が未だ帰らないと踏んだか、気を利かせたのか分からないが、マスターはケヴィンのグラスに無言でレモンソーダを注いだ。


●それが幻想に過ぎないのだとしても
 賑やかな常連達もいつの間にかいなくなり、店内はささやかな騒めきと、古ぼけたアナログスピーカーから流れるブルーズと、様々な酒の匂いと独特なシガリロの香りとが溶け合う空間となった。
 そんな中、カウンターの二人は、ぽつりぽつりと弾まない会話を続けていた。
「そういえば知ってるか? あいつのこと」
 隣の傭兵が何杯目かのソーダを鈍色をした手元で揺らしながら、少し眠たげに切り出す。
 “あいつ”と言われ直ちに合点のゆく己が、またその対象が、Ashenは不愉快で眉をひそめた。
 そも、歓談を求めてなどいない。
 ここへは、ある情報を得ることと引き換えに“ひと仕事”終え、少し時間が空いたから一杯引っ掛けに来た。それだけだ。もっとも、隣人の生業もそれとなく把握しており、ゆえ、こういったキナ臭い土地で鉢合わせること自体は、特段意外というほどのこともないが。
 ウォッカを口に含みがてらまた横目でケヴィンを窺うも、こちらの様子に気づいた風でもない。
「あいつ、最近真面目にピアノ弾いてるんだってな」
 実際、ケヴィンはAshenの機嫌など構わずに、共通の知人の近況を語り始めた。
 なんでも、その男は、ピアニストになるというかつての夢とまっすぐ向き合い、今は志を以って本腰を入れて取り組んでいるのだという。
「度し難い」
 Ashenは率直だが端的な感想を述べて、ウォッカを飲み干した。
「まあまあ。あの調子ならもう“こっち”に首を突っ込むこともないだろうよ」
 ケヴィンは少し笑って隣人を宥める。それもまた、気に入らない。
 だから問うた。
「ならばなぜ未だ戦う」
「SALFのことかい?」
「どこだろうと同じだ」
「……かもな」
 ケヴィンはAshenの言葉足らずな主張を否定しない。自らその在り方の矛盾を知ればこそだろう。
 Ashenにとっては、真っ当に生きるべき人種――特に女子供――が血煙にむせる裏の世界に身をやつす様はただただ不快な事象でしかない。また、いかなる事情があろうとこの考え方に一切の例外を認めるつもりもない。
「それがナイトメアと人類の生存競争だとしても、そうせざるを得ない状況だとしても。子供らが戦うことをアレが許しているのも」
「…………」
「アレが奏者を目指すと決めながら未だ戦場にいることも、すべて――」
 ケヴィンは黙って耳を貸している。その口元が微かに笑みを浮かべているのを、Ashenは見逃さなかった。だからと言うのでもないが、Ashenはほんの少し、声のトーンを落とした。
「……度し難い。アレも、お前も」
 一旦結んで、Ashenは新しいシガリロに火を灯した。
 そう、ここにいるケヴィンこそ、此岸の者が彼岸を超えることを必要悪として処理する典型例だ。自身がいかなる手段を以ってしても紛争や裏社会への関与を辞さぬがゆえ、なおさらかも知れない。もっとも、そのように境界線を引いているからこそ一定の良識を有すると、Ashenはケヴィンを評してもいるのだが。それはそれである。
 そして、かの男もまた、Ashenに言わせれば同じ穴の狢でしかない。
「血にまみれた手で音を奏でるつもりか」
 Ashenは吐き捨てるように一言添えた。
 それはどんな音色だ、聴きたくもない――なお続く不快な思考は、シガリロと共に灰皿で揉み消した。
「そうこないとな」
 ケヴィンは嬉しそうな声で言い、ソーダを一気に煽った。
 しかめっ面で炭酸を堪える傭兵へはあえて無言で応え、魔術師は自身のグラスへ酒を注ぐ。
 やがて落ち着きを取り戻した隣人は聞こえるように息を吐いて、しみじみと言った。
「……俺にはもう、そう叫ぶ資格もない」
 酩酊するように――酒は飲んでいない筈だが――ゆらりと上体をカウンターへ預け、やはり眠たげな眼差しを、空のグラスへ注いで。
「だが、あんたは言い続けるべきだよ。あんただけは」
「……ふん」
 どこか心地よさそうなケヴィンの言葉に、その見え隠れする真意に。
 Ashenは鼻を鳴らし、知人にもマスターにも挨拶をせず、ただ勘定を置いて場を辞した。


 ほどなく、ケヴィンの雇い主は不慮の死を遂げた。
 主な死因は転落に伴う頭蓋底骨折や脳出血だが、落下地点から逆算された場所に本人が踏み込んだ形跡がないなど複数の不審点があり、しかし第三者の手でそれらが解明されることはなかったという。
 一方、本件の背後に見え隠れした呪術師の噂も、指導者を失い総崩れとなった軍部と共に霧散し、立ち消えたようだった。
 ケヴィンがすべてを知ったのは、別の地域へ転戦して少ししてからのことだ。
 あの夜Ashenを見送ってから、ケヴィンも早々に店を出てそのまま雲隠れした。当初は辞意を伝えるなどの形で一応筋を通す気でいたのだが、それでは遅すぎると直観したためだ。
 今頃本営は制圧され、要領の悪い居残り組は正規兵も傭兵もなく捕らえられるか、最悪粛清されているだろう。
 もしもあの夜、噂を知らなかったら。そして、酒場であの男と出会わなかったら。
「助けられたのかも、知れないな」
 野営地で数日前の新聞を広げながら、ケヴィンは一人ごちた。
 実際のところは分からないし、本人に直接聞いたとしても絶対に認めないだろうが――だから、しばらくは自分の中でだけ、その可能性を勝手に弄ぶことにした。
 潔癖なまでに徹底して堅気を殺しの連鎖から遠ざけようとする、そんな彼に抱いた、淡い憧憬と共に。

 なあ、聞いたか例のハナシ。
 あー、なんだっけ。“灰色の男”?

 ケヴィンの後ろでは、戦友と呼ぶには今ひとつ背中を預ける気の起こらない、どこか別の戦地で会ったこともあるのかもしれない同僚達が、噂を肴に退屈を紛らわせていた。


━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
 登場人物
【la0192 / ケヴィン】
【la0255 / Ashen Rowan】

 ご依頼まことにありがとうございました。工藤三千です。

 腹芸の押収でもなく、かと言って屈託ない歓談でもなく、言葉少なに。
 そんな心理的な距離感の難しいお二人を書き出すのはなかなかに手強く、しかしやりごたえのあるお仕事となりました。
 お気に召しましたら幸いです。

 解釈誤認その他問題等ございましたらお気軽にお問い合わせください。
 それでは。
パーティノベル この商品を注文する
工藤三千 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2019年11月26日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.