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『恐怖の一歩』
六波羅 愛未la3562)&la0346


 冬がすぐそこに近づいてきた、ある日の事。

『ある放浪者の子を預かってほしい』

 そう仕事を頼まれたとき、六波羅 愛未(la3562)は笑顔で引き受けつつ、心の中で舌打ちをした。
 子供は苦手だし、できれば関わりたくもないが、仕事は、仕事。真面目にやる。なるべく事を荒立て無いように、大人しく過ごさせよう。
 そう決めていたのだが、引き合わされた子供──創(la0346)の顔を見て、笑顔が引きつった。
 ぺこりと丁寧なお辞儀をすると、黒に近い焦げ茶の髪が、さらさらと音をたて、勢いよく頭をあげると、サイドの編み込みがぴょこりと跳ねた。
 抱えたテディベアの片手をふって、一緒にご挨拶。

「またお会いしましたね。六波羅さん。今日はよろしくお願いします」
「……………………ドウモ、ヨロシク、ネ」

 思わず棒読みでそう返してしまった。
 創と六波羅は顔見知りではある。名前も知らないうちから、何故か一方的にニコニコと話しかけられ、懐かれている。正直、六波羅は創が苦手だ。
 それでもこれは仕事だから仕方が無い。そう割り切って、創を家に連れて帰る事にした。

 一泊二日のお泊まり会のはじまり、はじまり。



「なんで僕が、子守みたいなことを……」

 ぶつぶつと文句を言いつつ、ちゃちゃっと手際よく、きんぴらを炒めていく。赤と白の合わせ味噌を汁に溶いた所で、炊飯器がぴーっと鳴った。
 ほかほかご飯に、わかめと油揚げとジャガイモの味噌汁。蓮根とにんじんのきんぴら、ほうれん草のごま和えに、さんまの梅煮。
 野菜多めで、品数豊富な和食を作ってしまうのは、長年叩き込まれた無意識、故である。
 料理のために、燃え落ちた灰色の髪をくくった六波羅のうなじは、妙に色っぽかった。お玉で掬った味噌汁を味見に、舌でぺろりと舐め、薄い唇の端をつり上げる。

(ガキの口には合わないかもね)

 そう思っていたら、いつの間にか創がすぐ横にいて、料理を覗き込んでいた。
 すん、と鼻を鳴らして漂う料理の香りを楽しんでいる。

「わあ! きんぴらに、ごま和え、秋刀魚の梅煮! 美味しそうなものばかりです」
「……子供の癖に、ずいぶん渋い趣味だね」
「そうですか? 六波羅さんがこんなにお料理上手とは、知りませんでした!!」

 こてりと小首を傾げたあと、感心したようにこくこく頷く。創の生まれ育った時代では、ごく一般的な食事である。

「あ、台ぶきんをお借りして、拭いておきました」
「……あ、そう」
「このお皿、運んだ方が良いですか?」
「……ああ、テキトーに」

 にこにこ、テキパキとお手伝いをする姿は、実に聞き分けの良い子だ。六波羅の雑な対応を気にもとめず、楽しそうで……。

「……食えないタイプのガキか」

 ぼそりと呟いた言葉に、棘が含まれていた。


「いただきます」

 創は手と手を合わせて、しっかり挨拶をした後、まず味噌汁を手に取って、ふーふーと冷まし啜った。
 口の中で蕩けるじゃがいも、しゃきしゃきわかめ、噛みしめると油揚げから、じゅわりとお出汁が溢れる。

 しゃくり、しゃくしゃく。
 きんぴらを噛みしめながら、六波羅は創の食べ方が綺麗なのに、少しだけ感心した。ちゃんとした家庭に生まれて育ったのだろう、育ちのよさを感じる。

 一口食べる度に、創の表情はくるくる変わる。
 梅干しの酸っぱさに口を尖らせ、脂ののった秋刀魚の美味しさに、ぱーっと笑顔になる。ほうれん草のごま和えを、ちまっと口にいれて、ほっこり微笑む。
 実に良い食べっぷりを見せて、最後にきっちり手を合わせて頭をさげた。

「ごちそうさまでした」
「……そりゃどうも」

 食前食後の礼を欠かさない、礼儀正しさと聞き分けの良さにだけは好感が持てる。六波羅はそう思った。
 ……だからといって、仲良くしたいとは思わないのだが。



「ホラービデオを見ても良いですか?」

 創がとっても良い笑顔で、ワクワクと見上げる視線に、思わず六波羅は目を逸らす。

「……好きなら観れば?」

 はん! 怖いとかないからホント。……と思いつつ、はーーーーーと盛大にため息をつく。
 持ち込んだビデオのあらすじをチェックして、どれを見るか鑑賞採否を決める創のガチ勢ぶりに、ちょっとだけ、ちょっとだけ嫌な予感がしていた。

「一本目は、王道からいきましょう!」

 創が選んだのはアメリカンなホラー。
 赤い髪の人形が、包丁を持って暴れまくり、人々を襲う有名作だ。平和な日常から一転、次々と人が刺し殺されるスプラッターシーンで、創の瞳が輝いた。
 その横で、六波羅は平然と食後のほうじ茶を啜る。人の生き死に程度、見慣れすぎて何とも思わない。
 ときおり視聴者を驚かせるべく、仕掛けられたドッキリ演出に、おおっと驚くも、まあまだ許容範囲だ。
 ちらちらと横目で六波羅の様子を伺いつつ、創が次に取り出したのは『ビデオテープ』である。

「二本目は、ジャパニーズホラーです!」

 思わず六波羅は眉が跳ね上げて、何気ない風情を装って眉間を撫でた。和製ホラー特有のジメッとした空気が、スプラッターよりずっと苦手だ。

「…………は? 今どき、テープ? よくそんなの手に入ったね」
「これは是非、テープで見て頂きたい作品なので!」

 力説しながら、なぜかビデオデッキまで用意されていて、嫌な予感がした。
 それは日本を舞台にした、見た者を呪うビデオテープの話。ひたひたと忍び寄ってくる、薄気味悪い雰囲気がぞーっとする。
 静かに、冷静に……と息を潜めて見ていたが、黒く長い髪の女がてきた所で、思わず六波羅は声をあげた。

「わーーっ!!」

 そこで創はぴっと、ビデオを一時停止する。じーーーーーーっと六波羅の顔を眺め、にやりと笑った。

「苦手なら無理はよくないですね」

 ふふん! という感じの、謎の上から目線の笑顔見せたところで、六波羅にリモコンをとられた。

「……別に、苦手とか、そういうわけじゃないから……ホント」

 創の笑顔が癪に障って、意地になった。唇をへの字に曲げて、不満たらたらにビデオを再生する。
 そこで見るのを辞めておかなかったのを、六波羅が後悔したのは、その数分後。



「……ガキは早めに寝ろ」

 ビデオ鑑賞が終わったら、さっさと二人分の布団をしいて、創に背を向け横になった。
 これ以上ホラー鑑賞に付き合いたくないとか、子供は面倒だからさっさと寝て終わらせたいとか、色々あったのだが、それを説明するのも面倒だ。

(……ガキの癖して、ちっとも怖がりもしないとか、薄気味悪いね)

 心の中で悪態をつきつつ、先ほど見た不気味な映像を思い出し、毛布をぎゅっと握りしめる。
 とんとんと肩を叩かれ、思わずびくっと見上げると、青白い創の顔が、赤い三白眼に映る。
 月明かりに照らされた姿は、さっきのご機嫌笑顔に比べると、だいぶ寂しげで、萎れていた。
 両手でぎゅっと抱きしめたテディベアまで、項垂れているようだ。

「すみません。寝付けないんです……夜のお散歩、つきあってください」
「よくあのビデオの後、外出ようと思うね……? まあ、いいけど」

 これも仕事のうち。預かったのに、風邪を引かせたと文句を言われたくもない。コートに、帽子に手袋にと、創にしっかり着込ませ、自分はコートを引っかけて外へ出た。


 夜の帳に包まれて、弓張り月の弱々しい光の下、二人はそぞろ歩く。
 ただでさえ寒いこの時期、深夜0時近くなると、冷気が肌を切り裂くようだ。
 吐く息の白さに、ぶるりと身を震わせ、六波羅はコートのポケットに手を突っ込んで、創の後ろをのっそり歩く。

 トン、トン。カツ、コツ。軽やかなブーツと、ピンヒールの音が、夜のしじまに響いた。
 二人の間に、言葉一つ無い。

 コンビニに向かうのかと思えば、入らない。行き先不明の夜の散歩。
 ふらふらと歩き続け、とある空き地の前で、ぴたりと創は足をとめ、じっと何もない空き地を眺めた。

 そこは過去も今も何もない。しかし別世界で創の自宅だった場所だ。ほんの十秒眺めただけで、また歩き出す。
 これは一つの儀式だ。前に進む為の。過去に別れを告げる為の。
 ひとつずつ、少しずつ、心残りを上書きしていく儀式。
 空き地から少し歩いた横断歩道の前で、ぴたっと立ち止まって、六波羅の袖をきゅっと掴んだ。

「手を、繋がせてください」

 何も事情はわからない。けれど、青白い横顔を見て、何となく察した。
 はーーーーーと長いため息を吐いて、ポケットから手をとりだす。手が重なり、ぎゅっと握られる。

 ここは元の世界で『私が死んだ場所』不運な事故だった。
 何度も、何度も、ここを訪れて、一人で渡ろうとして、渡れなかった。
 誰かと一緒ならあるいは……そう思っていたのだ。一歩前に踏み出そうと、足をあげ、そこでぴたっと止まった。
 その時、頭上から、静かに降る雨のような声が聞こえた。

「障害は組み伏せるもんだ。人は一人で生きるより他なく、理不尽に食われる前に食うしかない」

 どういう顔をして六波羅がそんなことを言ったのか、俯いていた創にはわからない。わからないけど、その言葉の雨が心に染みて、一歩踏み出す勇気が出た。
 ホラー映画よりも、一層恐ろしく、リアルな、自分の死の記憶を上書きするように、一歩づつ歩きながら、ぽつりと呟く。

「六波羅さんは……生まれは平成ですか? 令和ですか?」
「へいせい? れいわ? ……なにそれ」

 そう返され、ふと気がついた。ああ、ここは似ているようでいて、別世界なのだ。
 この世界の今は、西暦2059年で、そもそも元号が存在するのかも、創は知らない。
 それを自覚して、心が仄かに楽になった気がする。

「昭和生まれな、わたしのほうがお姉さんですね!」
「いや、だから……しょうわって何なのさ?」

 六波羅は文句を零しつつ、ふふんと、どや顔をする創の笑顔に、もう終わったのかと悟った。
 それならもう必要ないとばかりに、横断歩道を渡りきった所で、手を振り払う。

「ふふ。六波羅さんと、またお散歩できると嬉しいです。その時は手を繋いでくれますか?」
「次は手は繋がない」
「あら残念。でも、そうおっしゃらずに。すぐにとは言いませんが、また時間をください」

 さきほどまでのしおらしさはどこにいったのか、創の表情が明るく輝き、六波羅は嫌な顔をする。
 嫌な顔をされて、創は思わずご機嫌な笑顔を返した。
 創は六波羅に親愛の情を持っていた。子供が苦手なのを隠さないところが、子供好きを偽り装う人より、ずっと信頼できる。

「……もうちょっと色っぽくなって出直して」
「ではまた明日。今日より明日。明日より明後日。子供の成長は早いのです」
「僕の相手をするには、あと十年早いね」

 しっしと追い払うように、六波羅は手を振ってみせたが、それすらも楽しいかのように創は笑う。
 創の頬が赤いのは、寒さのせいだろうか。あるいは、長年の重荷が僅かに軽くなった喜び故だろうか。
 何故だか、陽だまりのような無邪気な笑顔が、癪に障った。

 太陽なんて、いらない。月も、星も、何もかも、手に入らないなら……どうでもよい。そう投げやりに思いながら、六波羅は白い息を吐き出す。
 今日の夜空は月だけで、星も見えない。僅かな月明かりを雲が覆って、二人の間に闇が落ちた。
 一瞬、創の姿が見えなくなる。思わず六波羅は唇の端をつり上げた。

 ──誰もいない、暗闇の方が僕にはお似合いだね。

 雲はすぐに流されて消えたらしい。月明かりが戻ってきた途端に、創は目をぱちくりさせて見上げた。

「六波羅さん、ご機嫌良いですか? もしかして、またホラー映画を見たくなりました? ふっふっふ。実はとっておきの一作を残しておきました」
「はぁ? それはないね」
「ふむふむ。夜更かしは良くないという、お気遣いですね。お昼寝をたっぷりしましたので、おかまいなく」
「はーーーー? 子供は帰っておねんねしてな」
「朝まで寝かせません!」
「へーーーーーー。それは十年早い。出直しておいで」

 足音しかなかった行きとは大違いに、二人は軽口をたたきながら、夜道を帰っていった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
●登場人物一覧
【六波羅 愛未(la3562)/男性/50歳/れいわ?な男】
【創(la0346)/女性/10歳/昭和の女】

●ライター通信
ノベルをご発注いただき誠にありがとうございました。

振り回される六波羅さんも、振り回す創さんも可愛いなと思いつつ書かせていただきました。
ホラーには詳しくないが、90年代の文化は妙に詳しい雪芽です。
生涯に三本だけ見たホラーの知識を総動員しました。いかがだったでしょうか?

平成や令和が世界観的にありかなしか、迷いましたのでそこはぼかして。
夜のお散歩のシーンを書くのがとても楽しく、大分字数を使ってしまったのですが、楽しんで頂ければ幸いです。

リテイクはお気軽にどうぞ。
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2019年11月27日

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