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『純白に赤を刻む(4)』
白鳥・瑞科8402

 襲い来る氷のつぶては、たった一人を標的にしているにはあまりにも数が多すぎた。怪物から溢れる膨大な魔力は、鋭利な氷の弾丸へと形を変え容赦なく白鳥・瑞科(8402)へと降り注ぐ。
 瑞科の事をよく知らぬ者であれば、彼女の美しい肌や完成されたボディラインを持つ身体が切り刻まれる様を見たくないと思い咄嗟に目を背けてしまう光景であろう。
 しかし、瑞科の事をよく知る者であれば、彼女が氷の中で華麗に舞う姿をよく見ようと逆に目をこらしてしまうに違いなかった。この程度の攻撃など、瑞科にとっては驚異でも何でもないのだから。
 事実、氷の雨がやんだ後も、彼女は傷一つ負わずにその場へと立っていた。身にまとっている修道服が損傷していない事が、彼女が先程の攻撃を全て避けてみせた事を言葉もなく証明している。
 その顔に浮ぶ穏やかな微笑みは陰る事はなく、堂々と立つ姿は自信に満ち溢れていて一層聖女を気高く美しい存在に見せていた。
「それでは、今度はこちらの番でよろしくて?」
 そして、その思わず見惚れてしまう程に美しい笑みを携えたまま、聖女は戦場を疾駆する。その背に翼がはえていない事がいっそ不自然に思うくらいの軽やかな身のこなしで、一気に相手との距離を詰めた瑞科は手にしていた剣を振るった。
 悪意のままに世界を掌握しようとし人々に改造実験を繰り返し続け、自らも人の身である事をやめた怪物の皮膚は鋼鉄のように硬い。だが、瑞科は相手の挙動を観察し、すぐに脆い箇所を見つけ出して華麗な連撃を食らわせる。
 苦悶の表情を浮かべた怪物は、慌てた様子で再び氷の凶器を生成した。しかし――遅い。怪物が作り上げようとしていた氷は、その途中で粉々に砕けて霧散する。
 瑞科の持つ剣ばかりを警戒していたせいで、怪物は彼女が次いで繰り出してきた予想外な攻撃に反応する事が出来なかった。
 聖女の手の中には、いつの間にかナイフが握られている。そのナイフは、先程どういうわけか空から降ってきたものだ。
 氷のつぶての攻撃を受けた時、瑞科は避けるだけでなく次の攻撃の準備をしていた。氷のつぶてを目くらましとして利用し、ナイフを怪物にバレないように上空へと彼女は投げていた。そして、時間差で落ちてきたそのナイフを華麗にキャッチし、怪物の隙だらけの身体へと向かいその勢いのまま振り下ろしたのであった。
 予期せぬ攻撃に、怪物は悲鳴をあげ倒れ伏す。瑞科の振るったナイフは、相手が無意識の内に庇っていた急所を正確に切り裂いていた。
 冷気をまとった巨体が崩れ落ちていく。もはや相手には、起き上がる力すらないだろう。
 しかし、怪物は不意におかしそうに笑い声をあげた。怪物は、瑞科がこの施設に侵入してきた時点で、自分が改造し世に放った怪物達に緊急招集の連絡を入れていたのだと語る。改造人間達には、怪物が呼べばすぐにここへと集まってくるように仕掛けが施されていた。
 そろそろ無数の怪物達が集まってくる頃だ、と呟き怪物は勝利を確信したように笑声を強める。しかし、瑞科はそんな怪物に向けて、なんて事がないように告げるのだった。
「彼らはきませんわよ。だって、すでにわたくしが倒してしまいましたもの」
 瑞科が紡いだその言葉の意味を、怪物は理解する事が出来ずしばし呆ける。「敵であるわたくしを前にして、そんなお間抜けな顔をしてよろしいのでして?」と悪戯っぽくくすくすと笑う瑞科の声は、もはや怪物の耳には入っていないようだった。
「任務を受領してから、現場であるこの場所に向かうまでに少し時間がありましたの。わたくしとしては、いつ突入してもよかったんですけれど……現場の後処理をする仲間の都合もございましたから、仕方ありませんわ」
 任務開始までの空いた時間を退屈に思った瑞科は、その間に別の任務をこなす事にした。その任務の内容は――。
「確か、街に現れた改造人間のせん滅……でしたわね」
 瑞科が何の話をしているのかを、ようやく察した怪物の表情がさっと青ざめる。
 怪物が招集した改造人間達がこの場に現れる事は、ない。空いた時間で、すでに全て瑞科が倒してしまったのだから。
 もはや自身に勝機はないとようやく気付いた怪物は、慌てて態度を変えてへりくだる。自らの命運をその愛らしい手で握っている聖女に向かい、豊富な知識を持つ自分は生かしておいた方が得だと訴えかける。
 悪しき魂を持つ者らしい、醜い懇願だ。そのような醜態を晒したところで、聖女の瞳の中にある敵を見下す侮蔑の色が一層色濃いものへと変わるだけだというのに。
「言い訳も命乞いも聞き飽きましたわ。罪を犯した悪には、罰を。わたくしが直々に罰を与えてさしあげる事が、唯一の慈悲と思ってくださいませ」
 氷の要塞が、光に包まれる。裁きの雷の代わりに、瑞科の放った電撃が一つの悪を終焉へと誘うのであった。

 ◆

「今回も、完璧にこなせましたわね」
 敵を倒し終え、瑞科は満足げな様子で呟いた。
 瑞科が今日倒した敵の数は、優秀な彼女自身でも数え切れない程であった。だというのに、彼女は怪我を負うどころか疲労すら感じていない様子だ。
 瑞科の活躍のおかげで、巨大な組織をせん滅したというのに「教会」側の損傷はゼロ。自らの力で手にした輝かしい成果に、彼女は嬉しそうに笑みを深めた。

 拠点に戻り任務の報告を終えた瑞科に、上司である神父は称賛と労いの言葉を口にする。瑞科はそれに笑みで応えたが、最後に添えられた忠告のようなものには「ありえませんわ」と迷う事なく即答してみせた。
 神父は何を思ったのか、この世界にどのような敵が潜んでいるかは分からないのだから慢心はしすぎないように、と彼女を窘めてきたのだった。
 瑞科の事を心配しているようだが、彼女が負けるだなんて万が一にもありえない話だ。瑞科にとっては、考えたところで仕方がない杞憂に他ならない。
「まったく、神父様は心配性で困りますわ。どなたが相手だとしても、わたくしが負ける事は決してありませんわよ」
 堂々と、聖女はそう言い切ってみせる。
 今日戦った敵は、瑞科に徹底的に叩きのめされ、皆無様な最期を遂げていった。先程まで自分が勝つのだと思い込み余裕の笑みを浮かべていたのに、ボロボロになった身体でみっともなく命乞いすらし始めた。
 まさに悪に相応しい最期。瑞科とは、最も縁遠い最期に違いない。
 それ故に瑞科は神父の忠告など聞かなかった事にし、次の任務へと……明るい未来へと思いを馳せる。
「次は、いったいどのような悪へと裁き与える事が出来るのかしら。楽しみですわ」
 むろん、どんな相手であろうと、自分の身体に指一本触れさせる事すら許すつもりはない。「教会」で最も優秀な戦闘シスター。強さと知識を兼ね備えた白鳥・瑞科には、勝利という二文字が何よりも相応しいのだ。

 神父の忠告が、彼女に届く事はなかった。もし瑞科がこの時の神父の言葉を思い出すとしたら、忠告の通り慢心のせいで強大な敵に敗北し惨めな最期を遂げる時なのだろう。
 雪原をどす黒い色の血で染めた怪物のように、瑞科の修道服が彼女自身の血で真っ赤に染まる事になった時、彼女ははたしてどのような表情を浮かべるのだろうか。
 少なくとも、今はまだその答えを知る者はいない。任務で勝利をおさめ続ける瑞科の傲慢な態度には、ますます拍車がかかっていくのであった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ご発注ありがとうございました。ライターのしまだです。
だいぶ寒くなってまいりましたので、今回の瑞科さんのご活躍の舞台も寒気に満ちた場所にいたしました。
お気に召すお話になっていましたら幸いです。何か不備等ありましたら、お手数ですがご連絡くださいませ。
それでは、この度はご依頼誠にありがとうございました。また機会がありましたら、その時は是非よろしくお願いいたします!
東京怪談ノベル(シングル) -
しまだ クリエイターズルームへ
東京怪談
2019年11月28日

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