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『真なる朱』
紫の花嫁・アリサ8884)&真紅の女王・美紅(8929)

「いらっしゃい」
 白く細い指が紫の花嫁・アリサ(8884)を招く。
 静かに跪くとアリサは声の主、深紅の女王・美紅(8929)のドレスの裾へと唇を寄せその足に足を絡め侍る。
 それに満足したように美紅は目を細めると己の座る豪奢なソファーへ抱き上げるようにアリサを抱き寄せた。
「本当に素晴らしいのね。彼女が貴女に夢中になるのもわかるわ」
「ありがとうございます。……っ」
 嬉しそうに微笑むアリサへの瞼へ軽い口づけが降ってくる。
「それもこれも美紅様の導きの賜物ですわ」
「うれしいこと言ってくれるじゃない」
 額や頬に尚も降る口づけに同じ場所へのキスで応じながらアリサは徐々に気持ちが高揚していくのを感じていた。
 部屋中にほんのりと香っている甘い香りが、目の前の女王からもする。
 口づけを受けるたび、その甘い香りが染み込み自分を蕩かすような、そんな気持ちになってくるのだ。
「今の身分はどう?」
 そう尋ねられたのは、アリサがその先をねだる様に美紅の胸元へ口づけを落とそうとしたその時だった。
「素晴らしいですわ」
 美酒を飲んだ時のようなふわふわとした気分のままアリサは答える。
「生まれてきてこんなに幸せなのは美紅様にお仕えできる今です。誰が私の立場でもきっとそう言いますわ。美紅様が世界で最も素晴らしい女王なんですもの」
 アリサは言葉とともに、彼女の手の甲へキスを贈る。
 もちろん本来の主の花嫁という立場を疎んでいるわけでも、その愛が消えたわけでもない。
 花嫁としての愛と、使徒としての忠誠は今も揺らがず彼女の中にある。
 しかし、今の言葉に嘘もない。
 客が最も喜ぶ答えを返すことに、快楽と悦びを感じる者。
 それが、娼婦という者の在り方だということを彼女は知りすぎているほどに、知っているだけなのだ。
「そう。それは、どの女王に仕えるより私に仕えるのが素晴らしいという意味かしら?」
「もちろんですわ。美紅様以上に素晴らしい女王などいるはずがありません」
「そう、嬉しいわ」
 アリサの答えに満足したのか、美紅はアリサの唇に軽いキスを落とす。
 それだけで、アリサはより夢心地になった。
(口付けだけでこんな気持ちになるだなんて)
 まるで、恋する生娘のようだと思いながら、そのまま何度もキスを交わす。
「神に仕える敬虔な信者だったと聞いているけれど? その頃からは考えられないわね」
(神に仕える……)
 その言葉にアリサの脳裏にかつて愛していた、そう思い込んでいた者たちの姿が思い浮かんだ。
 幻視の中の彼らは、もがき苦しみながらアリサの名を呼ぶ。
「あの時のことは仰らないでください。あの時の私はそう……悪夢かなにかにとりつかれていたのでしょう」
「悪夢?」
 苦しむ彼らを鼻で笑うようにしながら、一度目を閉じたアリサの瞳が開かれるとそこには明確な侮蔑と冷笑が浮かんでいた。
「ええ。節制を重んじ、貞淑に……なんてくだらない。一生かけてもここにある財の一つも手に入れずにみじめに死んでいく。それこそ敬虔な使徒のあるべき一生だなんて、愚か者の考えることですわ」
 美紅の首筋や胸元へ唇を寄せながら、アリサは嘲笑するような口ぶりでかつての彼女が信じていた者たちを踏みにじる言葉を吐いていく。
「こんなにも簡単に材も快楽も手に入るというのに手を伸ばそうともしないなんて、憐憫すら感じますわ」
 言葉は自分の耳へと流れ今の彼女の在り方を肯定していく。
(ああ、やっぱりあの方は正しかったんだわ)
 在りし日の夢の中で授かった教えの素晴らしさを噛みしめれば噛み締めるほど本来の主の花嫁であることの喜びが増していく。
(この方の娼婦になれたことも、本当に嬉しい)
 喜びと悦びをもって快楽に尽くし対価として渡される財へ従順であることこそ最も正しいと思える今の生き方をアリサは心から気に入っている。
 誰か特定の個人に仕えるのではなく、快楽と財にのみ仕える者、それが娼婦なのだ。
 そんな確信めいた思いがアリサの心の中で固まっていく。
 それらを授けてくれる者として客がいる。
 今は美紅が最上の客だと、女王だと心から思えるがけして彼女だけに仕えている訳ではない。肌を重ねるに相応しい財と快楽を与えてくれるのであれば誰とでも愛し合える。
 それが娼婦という生き物なのだ。
 目の前にいる深紅の女王はそういう意味でも素晴らしい客だ。
 部屋を飾る財の数々。
 犯すという言葉が似合い過ぎる程の苛烈な快楽。
 どちらをとっても美紅は最上の女王である。
 もっと喜ばせたい。
 もっと悦びたい。
 そんな思いが、アリサの情欲と奉仕欲に火を灯す。
「ふふっ」
「どうかいたしましたか?」
 楽しそうに笑う美紅にアリサは首をかしげる。
「いいえ。さっきより随分と魅力的な顔になったと思ってね。立ちなさい、今の貴女に相応しい名をあげるわ」
「名……でございますか?」
「ええ」
 美紅に言われるままに立ち上がると、美紅はアリサの腰を抱き鼻同士をつける。
 当然、唇同士も触れてしまいそうな位近い。
「貴女の名は真朱(しんじゅ)。その姿でいる時はそう名乗りなさい。もちろん、その名に恥じない振る舞いも、ね」
 そして言葉を染み込ませるかのように深く深く口づける。
(真朱)
 初めて聞いたはずのその言葉は驚くほど自然にアリサの中に馴染んでいく。
 まるで元々その名であったかのようだ。
「ありがと……ございます。さらに……ご満足いただ……けるよう……善処い……たします」
 言葉の合間に何度も口づけと甘い吐息を交わし合う。
 酸素を吸うタイミングを見失った身体が少し苦しくなるが、それすらも快楽であるかのようにアリサには感じられた。
 今なら、どんな行為でも身体に渦巻く熱に変換され快楽になるのではないか。
 そんな予感すら彼女は感じていた。
 それが、アリサ、いや真朱の快楽を引き上げていく。
 名は在り方を定める。
 真の朱。
 つまり紅を意味するその名は目の前の女王が望むように、彼女の期待どおりに、真朱の雰囲気も表情も言葉遣いや振る舞いさえも淫靡なものへ作り変えてしまう。
 程なくして真朱は天賦の才に恵まれた娼婦であるかのようにも見えるようになった。
「真朱。いい子ね。愛してあげるわ」
 愛おしそうに美紅は今しがた与えたその名を呼び、彼女の愛し方で新しい快楽の使徒の誕生を祝福するのだった。




━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 8884 / 紫の花嫁・アリサ / 女性 / 24歳(外見) / 朱に染められて 】

【 8929 / 真紅の女王・美紅 / 女性 / 20歳(外見) / 朱に染め上げて 】
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東京怪談
2019年11月28日

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