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『喉元の刃 命の天秤はどちらに傾く』
クィーロ・ヴェリルka4122)&神代 誠一ka2086

▲7六歩

 11月2日。
 一度意識すると、その日付はクィーロ・ヴェリル(ka4122)の頭から離れなくなっていた。
 ただ彷徨わせていただけの筈の視線が、一つの酒瓶に止まる。高級品の辛口のスパークリングロゼワイン。能書きや希少性以上に重要なのが、これがクィーロの誕生日に神代 誠一(ka2086)が寄越した品だと言う事だった。
 ……何も覚えていない「俺」をならば。
 これも、さっさと処分するのだろうか。
 この空き瓶が無造作にただの燃えないゴミとして扱われる様は、如何にも記憶も執着もないことを示してくれるように思えた。ああ、そうだ……
(……出来ない)
 そうして伸ばした指先は、ただ、労わる様にラベルをなぞるのみに終わる。
(酒、か……)
 やがて辿る思考は、一つの記憶に行きついた。
 ……かつて誠一と共に幻の酒を求めた東方の地。
 ……思い出の地を訪れる。それもいいかも知れない。何か大きな期待をする訳じゃないのだ。このまま独り部屋に籠っていても思考の泥沼から抜け出せる気がしないなら、身動き取れなくなる前に、何でもいいから外に出よう、それだけの。……気持ちの整理をするだけの、無難な一手の、筈だったのだ。


△4四歩

 その時。
 思考に行き詰まりを感じていると言えば、誠一も似たような状態ではあった。
 幾つかの態度。言葉。その時に覚えた違和感。それらは「もしかして」という可能性を誠一に浮かばせて。しかし、確信には至ってくれない。
 真っ向から決めつけてかかるにはまだ早い。なら、今はどう動くべきなのか……。
「駄目だな」
 調子が出ないのか、ピースが足りないのか。とにかく今は考えが纏まらない。認めて誠一は寝そべっていたベッドからむくりと起き上がった。
 ……。
 で、どうするか。諦めて放り投げたところで時間が解決してくれる類の問題ではあるまい。
 ならこんな時は。
 ……そうだ、こんな時は。
 動く指針を与えてくれたのはまさに今考えてくれた相棒との記憶だった。
 外に出てみよう。ただの逃避じゃなく、思い出を辿る旅ならピースに違う使い方を見付けてくれるかもしれない。
 そうして誠一も旅路についた。
 この旅行を、この行き先を決めたのはそうした経緯。ただそれだけ。
 だから。
 この邂逅は決してわざとではない。
「げっ、何でこんなとこにまで居るんだよ。このストーカー」
「だから、ストーカーじゃねえっつの! 何度言われようがそれは否定するぞ!」
 だけどこうして。誠一とクィーロはまた、奇跡みたいな行き先の一致を見て、再びここに顔を合わせたのだった。


▲4四同角

 答える誠一の困り果てた顔は。
 本気で、本当に偶然なのだろうかと、クィーロは薄々感じてはいた。
 ……だとしても。
「はぁ? ストーカーじゃねぇなら何だよ? こんな偶然が何度もあるのか?」
 己が取るべき態度は変わらない。気付かない、何も知らない者として反応を。……拒絶を。
 たとえこれが。
「運命ってか? きめぇ」
 そういうものだと言うならば。
 それは二人の離れ難さを意味するのではなく──きっとこう言いたいのだろう。もっと苦しめ。それがお前の罪なのだ、と。
 誠一が肩をすくめる。
「とにかく……入ろうぜ。いい宿だよな、ここ。酒は勿論、飯も風呂も最高だった」
「……。何、一緒に行こうみてえなノリで言いやがる。勘違いすんじゃねえ。俺とお前は別行動、だ」
 一々噛み付いてみせる、その度に誠一の顔か曇る。キリキリと胸が痛む。それでも。
「ここの飯がどうとかも知らねえよ。俺は来るのは初めてだっつの」
 彼の為には、こうするのが一番マシな筈なのだ。
 ……そうやって、全ては己のせいと分かりながらも、思わずにはいられなかった。
 なんでこうして、己の行く手に現れるのか。偶然だと言うならあまりに不用意だろう。ただ立ち塞がってみせたって、そうしたらこちらが一方的にそちらを傷付けるしか無くなるだけじゃないのか。
 ……君は避けることも出来たんだ。今だってこれまでだって、見て見ぬ振りして一人観光を楽しめば良かった。いちいち目に付くところに来られたら……こうするしかないだろう。躊躇うと思ったなら……迷うつもりはないとみせてやる。どれほど苦しくとも。
「ストーカーじゃねえってんなら俺の部屋に近付くんじゃねえぞ。良いな」
 吐き捨てて、置き去りにするようにさっさと一人で受付で手続きをする。彼を傷付けると分かって……いや、傷付ける、つもりで。


△4ニ飛

 はぁ、と、溢れた息が湯気に紛れていく。
 もどかしくとも動き難い状況に、早いと思いつつもさっさと寝てしまおうと風呂に来た。
 そうして結局訪れる気配のない眠気に、誠一は何度めか分からない溜息を吐く。
(……往生際が悪い、だけなのか?)
 全ては己の願望による錯覚だったらと、弱音が頭を掠めて、その時、
(いや、だけどなあ)
 誠一は微苦笑した。
(お前もなんだかんだ、迂闊じゃないか?)
 また、あとから来た気配。
 驚きに目を見開いてから顔を歪めるクィーロに、誠一は思わずに呆れ気味に思うのだった。
「……やあ」
 臆面もなく──を、即座に装い上げて──声をかける。
 それにクィーロはと言えば、即座に踵を返そうとして。
「おいおい、ここに来て風呂にも入らず寝る気か?」
 咄嗟に声を掛ける──その瞬間、肝が据わる。
「別に気にせず入れば良いだろう。それとも俺から逃げる必要があるのか?」
「逃げる……だあ?」
 まだ確証が足りない今、仕掛けるのは綱渡り──それでも、やはりこの機は見逃せない。逃すべきじゃないんだと。
 返ってくる射抜くような視線。ヒヤリとした感触が走る。……けど、この緊張感も、悪くないとふと思った。
 向かい来る切っ先、その正面に、
「……ここに来て、意外そうな顔をしたな。『旅行に来てまだこんな時間に寝るお前じゃないだろ』とでも思ったか?」
 突きつけるように、ピシャリと一手、打つ。
 

▲5三角成

 ……逃げる、だって?
 痛いところを付かれて、必死でそれを顔に出すまいとしながら、反響するのはその言葉だった。
 逃げる? ああ、そのとおり。君の為だと誤魔化しながら、これまで逃げていたのだろう──適当に距離をおいて時間を稼げば君が諦めるなんて、本気で思っていたとでも?
 それでも……叶うならそうしたかったんだ。深く傷付けずにすむなら。
 でも。
「……はっ。何の事だか。妄想の激しい野郎だな。マジで自覚しろよストーカー」
 クィーロもまたここで決意した。君があくまで打って出るというのなら──穏やかな投了が望めないのなら、はっきりケリをつけるしか無いんだな、と。
 湯船に足を進める。誠一との距離を縮め……狙いを定める。
「いい加減にしろよ。お前が言うのは、お前と、俺の知らない奴の間の事だろ」
 その懐に踏み込む。踏み荒らす。
「『どうやったら俺を見る』? ……そもそも、俺がお前を見なきゃいけねえ理由があるのかよ?」
 苦しい。
 違うんだと叫んで何もかもぶち撒けられたらどれ程楽になれるだろう──そしてどれ程後悔するだろう。
 誠一は、僅かに顔を顰めて……それでもその目はまだ、何かを見つけ出そうと静かに理知の炎を灯していた。
 彼の口が開く。反撃が来る。互いの間に横たわる静かな火花。
 ここからは一時たりとも気の抜けない乱戦なのだ。
「そうかもしれない……が。それなら一つ、聞かせてくれ」
 誠一の言葉に、クィーロは身構えて、そして。


△3四歩

 そして誠一は問いかけた。
「……ここの飯、美味かったか?」
 ふいに表情を緩めてすら見せて。
 また、虚を付かれた顔で停止する相手に少し心が痛む。揺さぶりを意図しての会話。だが、もし想像の通りならお互い様だ、と言い聞かせる。
 この一手はただ奇をてらっただけじゃ無い。すぐさま核心に踏み込む前に、もう一つ──決め駒を動かすために。
 かつてクィーロに贈った──当時のクリムゾンウェストで一番レアで美味い酒。必死で探して贈ったのは、味覚は記憶に残ると思ったからだ。
 ……誠一は覚えている。ここでの食事、酒の味。かつてのそれと何も違わないと認めつつ……だからこそ、今日独りで味わったそれは。
 だから。
 聞かせてみろ。
 なあ──お前が今日食ったここの飯は、美味かったか?
 その問を。
「……はっ」
 クィーロは、鼻で笑って見せた。
「なんだよ。独りめそめそ寂しく食ったとでも期待したか?」
 ──誠一の渾身の、今はこれが最適の筈だと仕掛けた一手は。
「生憎だな。俺は添い寝してやんなきゃまともに昼寝もできねえような軟弱な奴とはちげえんだよ」
 痛いところを突けた。そう手応えを感じた。
「……そうだよ。俺は軟弱なやつだよ。何でそう思った? 何でその言い方になる?」
「……っ! うるせえなんとなくだっ! 一人でオネンネ出来ねえのかなんて良くある煽りだろうが勘違いすんな!」
 隠そうとした動揺が、口を滑らせたんじゃないのかと。
「調子乗るなよ。お前がそうやって急に巫山戯てくる奴だってのは俺にだってもう分かってんだ」
 ……でも、いや。
「次はなんだお得意の惨事砲帝指揮とかでもすんのか?」
 それは流石に。
 思わずふはっと笑いが吹き出た──忘れるわけないだろう。


●封じ手

「……付き合いきれるかよ」
 クィーロはそう言って、ざばりと湯から立ち上がった。
「もう十分温まったってんだよ。風呂でこれ以上阿呆な長話が出来るか。お前は一人で考え過ぎてのぼせるまで浸かってろ!」
 先んじて告げるそれが去るための口実なのは認めていた。けど、逃げであってもここは仕切り直さないといけないと感じていた。
 そうして。
「ああ……それもそうだな」
 最後のつもりの悪態に、誠一は。
「気を付けるよ。有難う」
 そう……応えて。
「……っ!」
 なんで。違う──……いややっぱり、違わない。でも呪わずにいられない。どうして君は……気付いてしまうんだ。今日一番、心が揺れる。
 慌てて顔を、身体全体を背けて、今度こそ立ち去る。
 これで終局、とは行かないだろう。次の手を考えなければならない。次……どうするというのか。今自分は何を考え、どうしようとしている。
 どう戻ったかも分からない自分の部屋で。最初に目に入るのはこの地で買い求めた物だった。この地に伝わる、幻の酒。入宿の時は咄嗟に隠して、気付かれずにいた、これを。
(僕はいつか誠一に渡せるのだろうか……なんて。自分から拒絶しておいてなんて浅ましいんだろう)
 彼への想いを自覚した後、いつも気が付くのは汚れきった自分の手。
(駄目だ……駄目なんだ……)
 次にどうすべきか、何をすべきかなんて、決まってるんだ……──。

 立ち去るのその背を、今度はただ黙って、見えなくなるまで見送って。
「……ばーか」
 誠一が小さく零した声音は、自分自身に染みるほどにまるかった。
 もう、間違いは無いだろう。自分の想像は正しかった。だが。だとしたら。
 ……悪い事をしただろうか。
 自分は、酷いやつだろうか。
 思い返す。喉元に感じる刃の如き冷たい感触は消えた訳ではなかった。
 望んだ展開ではあるが決して誠一もこれで安泰、などとは言えないのだ。覚えているというのなら……あいつ自身の意志で今の態度を取っていることに他ならないのだから。
 脅かされているのはこちらも一緒だ。一手間違えれば、うっかり見落とせば、落とされるのはこちらの首。あいつ自身の言葉と分かった上で、立ち直れないほどに決定的な答を突き付けられるという形で。
 それでも……これで良い。
 振り返ってみて、そう思う。
 これで良い──お前との真剣勝負なら、この形が、いいんだ。
 守って囲って自分だけが傷付かないように立ち回るより、懐に飛び込み合ってひりつくような凌ぎ合いをしながら本音をぶつけ合うほうが。
 たとえどんな結果になろうが、せめて納得を──
(いや。弱気になるな)
 浮かびかけた想いを、一度打ち消す。そうじゃない。
 ……このまま絶対に、読み勝つ。俺の致命傷になる言葉を……お前に言わせたりなんか、しない。
 思い浮かべるのは、最後。その不器用さ。隠すことも出来なくなったのだろう……泣き出しそうな、“相棒”の、顔。
 誠一は改めて、次に会えば彼がどう動くか、そのあらゆる予測と対策を、考え始めるのだった。









━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ご発注有難うございます。
ご存知かもしれませんが表題は4四歩パック○ン(諸事情による伏せ字(←))と呼ばれる棋譜です。後手が仕掛ける奇襲戦法で、乗ると序盤からかなりの乱戦となります。
お二人の息詰まる心理戦、ゲームタイトルが冠されるところも含めて相応しいかななどと思ってみたのですが、如何でしょうか。
この先お二人がどうなるか、私自身非常に気になるところですね。余計なことになってなきゃいいなと祈るばかりです……。
改めまして、ご発注有難うございました。
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2019年11月28日

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