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『今日という日は明日のためにあるものだから』
風見 雫鈴la3465)&マクガフィンla0428

 たくさん悩んで、ずっとためらって、いろいろ考えて、ようやく覚悟を決めて。
「……お泊まり会をしませんか?」
 風見 雫鈴(la3465)は切り出したのだ。
 でも、それを切り出されたマクガフィン(la0428)にうなずくつもりはなかった。なぜなら彼女は闇底を渡る者。雫鈴のように明るい世界で生きる人と交わるわけにはいかない。だから、できるだけ穏便に断わりを入れようと、「その」。
 せっかく押し出した言葉は、たった二音で詰まってしまった。だってほんの少し上から見下ろす雫鈴の目が、不安げに揺らいでいて。
 きっと悩んだのだろう。ためらったのだろう。考えたのだろう。そして覚悟を決めて、誘ってくれたにちがいない。
 だから、「どうして“これ”を?」とすら訊けず、結局。
「承りました。ぜひ、お邪魔させてください」


「どうぞ。い、いらっしゃいませ」
 雫鈴は緊張しながらドアを開き、訪れたマクガフィンを自室へ迎え入れた。
「お邪魔をいたします」
 顔の半ばを隠すフードの下より、平らかな声音で応えるマクガフィン。だが、実際のところは緊張している。彼女にとって誰かの家とは忍び込むもので、招き入れられるものではありえないのだから。
「……つまらないものですが」
 ともあれ、足が着かないようSALFの端末に侵入して調べあげた“女子会のマナー”に基づき持参した手土産を、両手で差し出す。
「ありがとうございます。お茶、淹れますから、いっしょに食べましょう」
 紙袋を胸に抱きしめ、雫鈴はほんわり笑んだ。
 土産は、銀座の超人気店で数時間も並ばなければ買い求めることのできない高級スイーツだ。正直、ただのお泊まり会へ持ってくるには格も値段も高すぎるが、でも。
 世慣れないマクガフィンが、雫鈴のお誘いに応えようと心を尽くしてくれたことはわかるから、うれしくて。
 袋を抱いたまま、どうぞどうぞとちょこちょこ手の先で招く雫鈴。
 マクガフィンは胸をなで下ろし、雫鈴の手が疲れてしまわない内にと、速やかに踏み込んだ。

 雫鈴の部屋は、オフホワイトの中にパステルピンクの調度品と観葉植物が配置された、実に女子らしい感じ。
「薄紅、ですね」
 なんとかがんばってみたマクガフィンだが、どうにも語彙力がついてこない。しかしあきらめるわけにはいかなかった。絞り出すのです、こうした場にふさわしい美辞を。
「……背の低い家具は、緊急事態に際しても自傷の危険が少なく……すばらしいものです」
 ローソファやローテーブルによる圧迫感のない空間への、精いっぱいの「美辞」。
 雫鈴は笑ってしまいそうになりながらソファを勧め、紅茶を淹れにかかる。
「普段は、どんなものを飲んでるんですか?」
 用意する中で雫鈴が尋ねれば、いつでも立ち上がれるようソファに浅く腰かけたマクガフィンは――
「毒素の含まれていない水を、定量」
 うん、ちょっと悪い予感がした。
「あの。今日のご飯、なにかリクエストはありますか?」
 雫鈴にしては急いで問いを重ねるが。
「いえ、お構いなく……これで事足りますので」
 マクガフィンの上着の裾からとんとんとん、いくつかの小瓶が滑り出し、テーブルの上に並ぶ。
「それは?」
「栄養剤です。……血糖値が上昇すれば、覚醒状態を保つオレキシンの活動が妨げられます。これらの錠剤は、栄養を摂取しながらも血糖値を」
 マクガフィンのていねいな説明は、雫鈴がわーわーとぱたつかせた手に止められた。
「そっ、それは栄養ですけどご飯ではありませんー!」
 ゴハンデハナイ? 意味がわからないマクガフィンだが、雫鈴にはむしろそれがわからない。
「えっと、今日のマクガフィンさんの栄養摂取用の栄養? は、私が用意しますから!」
 小瓶をあせあせと回収してしまいこみ、雫鈴は宣言した。
 どうやら常識外のことをしでかしたらしい。マクガフィンは反省しつつうなずいて。
「……畏れ多いことです」

 マクガフィンの手土産は、ひと口大のフルーツタルトの詰め合わせだ。
「おいしいです」
 ビスケット生地のさくさく感とカスタードクリームに支えられたフルーツの風味が織り成す鮮やかな口触りに顔をほころばせた。
 その様に、マクガフィンも薄笑みを浮かべて。
「風見さんに、喜んでいただけて……幸いです」
 そして気づく。そうですか。私はそのように感じているのですね。
 逆に雫鈴は、マクガフィンの言葉を受けて思うのだ。マクガフィンさんに喜んでもらえることって、なにかな? どうしても気になって、なかよくなりたくて、ちょっと無理矢理誘っちゃったんだもの。来てくれたマクガフィンさんの優しさにお返ししたい。
 だから、もっとよくマクガフィンさんのこと知らなくちゃ!
「私はお仕事がないときは本を読んだり音楽を聴いたり、テレビを見たりしているんですけど。マクガフィンさんは、どうですか?」
「……特には、なにも」
 雫鈴の問いにさらりと応えて、これではいけないと付け加える。
「本は、読みます」
 娯楽というよりは知識を得るために、という要素が大きいのだが、雫鈴と共通するものが挙げられたからよしとする。共感は、女子に欠かせない要素とのことですし。
 ただ、その後のことは予想外だった。
「もしよかったら、これ、読んでみてください」
 この部屋のどこに収められていたものか、大量の雑誌やらコミックやらを引っぱり出してきて、雫鈴はマクガフィンのとなりへ腰を下ろしたのだ。
「寒くなってきましたし、こんなふうにふわふわの」
 いくつも広げたファッション誌の一冊に映った、ふわふわのファーコートを指差す雫鈴。見ればページに栞が挟まれていて、彼女が繰り返しこのページをながめていることが知れる。
「はい。これでしたら、内に仕込……着込んでも、悟……いいでしょうね」
 気を抜けば「暗器を仕込んでも悟られないでしょうね」と言ってしまいそうになるマクガフィンに、雫鈴はうなずいて。
「マクガフィンさんにも、絶対似合うと思うんです。ほら、フードもついていますし」
 ……考えたことがなかった。似合うとか似合わないとか、そんなことは一度も。
 マクガフィンはあらためてコートの形を確かめる。
 私に合うはずのない、装備。でも、こうして風見さんに言ってもらえるのは、悪くない気がします。
「こちらの、上着は……風見さんに、よくお似合いかと」
 別の雑誌に載るニットを指して、マクガフィンも言う。
「あ、実はすごく迷っているんです! こっちのこれと、それと、あれと――」
 ページをめくる雫鈴の勢いに気圧されるマクガフィンだが、なんだろう。この、不思議なほど穏やかで、あたたかいものは。
 私の内にそれを言い当てられる言葉はありませんが、それでいいのでしょうね。多分、いえ、きっと。

 夕食は雫鈴特製のオムライス――チキンライスの上に半熟オムレツが乗ったタイプのもの――だった。
「これは……?」
 どうしていいかわからず、小首を傾げるマクガフィンに、雫鈴は自分の分で実演してみせる。
「上のオムレツを、ナイフでこう切って」
「斬ればよろしいのですね」
 すっぱりオムレツを断ち割り、とろりとこぼれ出すオムレツを見守るマクガフィン。
 なんだか伝わりきってない気がするけど、結果的に合ってるからいいよね。雫鈴は見本を見せるようにスプーンでオムレツとチキンライスを掬い、口へと運んだ。
 同じように食べてみて、マクガフィンはふと。
「……物を噛むのは、久しぶりです。こうして……味というものを、感じることも」
 雫鈴は後悔する。栄養剤頼りのマクガフィンは、食べるという行為に不慣れなのだ。もっとあっさりしたスープパスタとかにすればよかった!
「その、もしおいしくなかったり辛かったりしたら、無理に食べないでくださいね」
 心配そうな雫鈴に、マクガフィンは少し考え込んで、ゆっくりかぶりを振ってみせた。
「ゴハンというものは、鮮やかで、あたたかいものですね」
 口に出してみると、心の奥底に沈み込んでいたものがするりと浮き上がり、彼女の胸を突き上げる。私はずっと忘れていました。この言葉を。
「おいしい、です」
 あいかわらずフードに隠れているから表情は見えなかったけれど、それが本心からの言葉であることはわかった。
 だから雫鈴はにっこり笑んで。
「よかったです」
 雫鈴がライセンサーになった理由は、自分にできることをしようと思ったからだ。でも、誰かのためにできることがあるのは、すごくうれしいことだと思う。
 マクガフィンさんがおいしいって思ってくれてよかった。マクガフィンさんがおいしいって思ってくれるものが作れて、よかった。

 マクガフィンといっしょに食器の仕末をして、交代でお風呂を使って髪を乾かせば、もう眠る準備を始める時間になっていた。
「……私は、お部屋の隅をお借りできれば」
 マクガフィンに熟睡する習慣はない。壁にもたれかかって座り、短い睡眠を日に数度取るだけだ。
「だめですっ! お客様にそんなことはさせられません!」
 というわけで。自分のベッドの上から引っぱり下ろしてきた布団と客人用の布団を並べて敷いて潜り込み、雫鈴はリモコンで電灯を消した。
「その、落ち着きません……」
 着てきた服のまま、もちろんフードも引き下げたまま、ものすごくいい姿勢で横たわるマクガフィンが言う。
「じゃあ――お泊まり会らしく、少し、お話をしませんか?」
 お泊まり会の常識を強調する雫鈴。ずるいことしちゃったなと思いつつも、逃したくなかった。お友だちと布団を並べて、修学旅行の夜っぽい恋バナができるチャンスを。
「……はい」
 そしてマクガフィンは、そういうものなのかとうなずくよりない。
 よし。小鼻を膨らませてこっそり両手を握り締め、雫鈴は切り出した。
「あの、マクガフィンさんは、好きな人、いますか? 好みのタイプとか」
「ライセンサーのみなさまは、この背を預けるに足るお方々と、好ましく思っております」
 通じてない! あわてて雫鈴は言葉を継いで。
「そうではなく! こ、恋というか愛というか、恋愛的な、あれです!」
 ああ、そのような意味合いでしたか。マクガフィンは慎重に、これまで出会ったライセンサーの顔を思い返してみて。
「……特には。風見さんは、いかがですか?」
 あっさり切り返されて、雫鈴はまたあわててしまう。マクガフィンさん、それは酷いですー!
「あ、わ、私ですか!? あ、え、えと、私、あの、お兄じゃなくて兄が」
 なにを言っているの私!? と、さらにあわあわする雫鈴だったが。
「風見さんは……ご家族を、大切に想われているのですね」
 マクガフィンの低くやわらかな声音が、跳ね上がる気持ちを鎮めてくれた。
「はい。お兄さん、格好いいんです。すごく、とても、誰よりもです。だから私、大好きっ――て、あれ?」
 雫鈴は首を傾げた。えっと、これって修学旅行の夜っぽい恋バナ?
 しかしそんな疑問は、マクガフィンの相槌に乗ってどこかへ飛んでいってしまった。
「ご自慢の兄君であらせられて、なによりです」
 果たして、あれこれと兄について語り始める雫鈴だった。

 雫鈴が眠りへ落ちたことを確かめ、マクガフィンは息をつく。
 本当にかわいらしい人ですね、風見さんは。
 それにしても、眠れない。横たわることにも、誰かがとなりに在ることにも慣れなくて。でも、それはけして辛いことではなくて。
 せめて私はお守りいたしましょう。この、共にある一夜を。


「……お邪魔をいたしました」
 翌朝。マクガフィンは見送る雫鈴に一礼した。
「ごめんなさい。なんにもおもてなしできなくて」
 本当はもっといろいろ話をしたかった。でも、たったひと晩ではまるで時間が足りなくて。雫鈴は引き止めたくなる気持ちを押し殺して、ぺこり。
「いえ」
 充分に。そう言いかけて、マクガフィンは押しとどめる。
 こんなとき、言うべき言葉は他にあるのではないか? 嘘や辞令ではない、心から伝えるべき――なによりも自分が伝えたい言葉が。
「……お泊まり会につきまして、学んで参ります。ですのでまた、このような機会をいただけましたら」
 雫鈴の顔がきょとんとなって、ふわっと笑みを広げて、大きくうなずいた。
「はい!」

 雫鈴とマクガフィンはそれぞれの今日へと踏み出していく。
 いずれまた道を交え、共に過ごすこととなるだろう「明日」を思いながら、一歩ずつ。


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2019年11月29日

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