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『義理は人情』
暁 蓮la3889)&篁 悠la3890)&楪 樹la3891

 とあるメディア会社。
 主に所属モデルの面倒を見ているマネージャー、暁 蓮(la3889)は、使い込まれた安物のコーヒーメーカーが吐き出す泥湯――いやコーヒーをすすり、眉根を顰めた。
「まずいなら飲まなければいいだろう」
 ツッコんだのは、この会社でカメラマンをしている篁 悠(la3890)。
 蓮は眉根を引き下ろしたまま、憮然と言葉を返す。
「誰も飲まねーんじゃ社長に悪ぃだろ」
 安物のコーヒーメーカーと安物のコーヒー豆。せめてどちらかを換えればもう少しマシになるのだろうが、会社的にはこれが精いっぱいの福利厚生というやつなのだ。
「ま、蓮はそういう人だよね」
 楪 樹(la3891)が肩をすくめて苦笑した。
 それはもちろん、悠も知っている。なのに言ってしまうのは、彼がいわゆる堅物だからなのだろう。
 それこそ自分は「そういう人」ということだ。悠は自分への評価をそのくらいに留め、蓮へ視線を向けた。
「……とにかく話を聞こうか」
「だね」
 樹もうなずいて、促す。
 蓮は決まり悪げに頭を掻き、「あー」。いくらかの沈黙を重ねた後、遠くを見透かすように両目をすがめ、ついに口を開いた。


 掃き溜めという俗称がお高く聞こえるほど、どうしようもない街だった。
 集まってくる輩も街と同じほどどうしようもなくて、自分の安い命を賭け、互いになけなしの金や物を奪い合う。そして――奪うために、奪われぬために、徒党を組んだ。
 蓮がそんな徒党のひとつをしきる“組長”となったのは、腕っ節が強く、得物の扱いに長けていたからだけではない。
『ウチのもんになにしてくれてんだよああっ!?』
 他の徒党に拉致され、コンクリートでコーティングされようとしていた仲間を救うため、蓮は武装した数十人のただ中へ突っ込んでいく。
 この辺りに出回っている拳銃は粗悪なコピー品で、銃身に刻まれたライフリングが甘いことから命中率も極端に低い。それでも当たれば普通に命を損なうし、そもそも振りかかってくるのは弾だけでなく、ナイフや鉄パイプ、青竜刀と、バラエティに富んでいるのだ。
 しかし、蓮は怖れず前へ踏み出していく。幾多の修羅場をくぐり抜ける中で、喪わないためには前進するよりないことを悟っていたから。
 だからこそ、闇雲に跳び回る銃弾の真ん中を駆け、腕に巻きつけたチェーンでなまくらを弾き返し、敵のボス目がけて拳を振り上げて。
『歯ぁきっちり食いしばっとけ!!』
 思いきりのオーバーハンドフックを叩きつけた。
 鼻柱をへし折られたボスがもんどり打って倒れ込めば、ひとりで飛び出した蓮を追ってきた仲間たちが雪崩れ込み、バールや金属バットで敵を打ち据えていく。
『ぜってー殺すんじゃねーぞ!!』
 勝手についてきた仲間たちへ顔を顰めながらも言い含め、蓮は敵が突き出してきたナイフを蹴り上げた。軽い樹脂ではなく、鉄板で鎧われた安全靴の爪先である。その勢いと重みでナイフはあっけなく宙へ飛び、体勢を崩した敵もまた続く蓮の蹴りで吹っ飛んだ。

 ――かくてあっさりと叩きのめされ、縛り上げられた敵徒党。
 彼らの前にかがみ込み、蓮は告げる。
『つっかけてくんなら何回でもぶちのめしてやんよ。でもな』
 口の端を吊り上げ、敵のボスを縛めるワイヤーを解いて。
『いっしょにメシ食おうってんなら、そっちのがいいんじゃん?』
 やれやれ。しかたなさげに仲間たちが敵の拘束を解いていく。蓮はそういう男なのだし、そうだからこそ自分たちは蓮に付き従っているのだから。
 この場でそれを理解できていないのは、たった今解放された敵たちだ。ボスは蓮に問う。なぜ自分たちを生かすのかと。
『安いったって命はいっこだけだぜ。そいつまで奪い合っちまったら、本気で俺様たちゃどうしようもねーよ』
 俺様はクズだ。仲間も他の輩も、全部クズだから、こんなふうにやり合うしかできねー。でもよ、そんでも、生きてんだぜ。いいことなんざなんもねー今日って日をやり過ごして、ちっとでもマシな明日に行きてーじゃん。


「不殺のストリートギャングというわけか」
 悠は息をつき、泥湯さながらのコーヒーをすする。質の悪いマンデリンは味わい薄く、異様に酸い。ひと言で表わせば、飲めたものではなかった。
「でもさ、ほんとだったら惚れるよねー」
 茶化す樹に、蓮は顰め面を向ける。
「マジだっつーの。なんでウソだと思ってんだよ」
「だって僕、そんな男気盛り盛りな蓮サマに惚れてないもん」
 おかしくない? おかしいよね? とぼけた顔を傾げてみせる樹。
 それに応えたのは蓮ではなく、悠だった。
「命の価値が極端に安い場所で、軽い言葉ではなく、自らの行いをもって命を尊んでみせたからこそ蓮は信用できた。そういうことだ」
 蓮とはちがって出自の確かな悠には想像するよりない世界の話だが、今の蓮を見ていれば納得はできる。それこそこんなコーヒーを飲み続けられる義理堅さがある男なのだから。
「だったら僕も惚れさせてよ。意外と尽くすタイプかもよ?」
「試してみてー気にもなんねーじゃん」
 まとわりついてくる樹を押し剥がし、蓮は再び過去を語り始める。


 蓮の有り様は多くの徒党の敵意を買うこととなったが、同時に惹かれる者をも生み出した。
 そうして“組”は少しずつ大きくなり、それにつれて不法の街にひとつの掟が押し出されていく。不殺という絶対の掟が、だ。
 とはいえ蓮も“組”も善なるものではなかったし、ましてや正義の味方でもありえなかったから、暴力をもって奪い奪われる理が覆ることもなかった。
 しかしながら蓮は誇ったものだ。俺様たちがこの街に、ちったぁマシな明日ってのを引っぱってきたんだぜ。
 信じていたのだ……それがただの思い上がりと思い込みに過ぎなかったことを、身をもって思い知らされるまでは。

 正確に思い出すことはできない。必死にやり過ごすだけの今日が続く中、再開発のお題目を掲げて警察が踏み入ってきた日がいつだったのかは。
 完全武装した機動隊員が容赦なく街の輩へ催涙弾を撃ち込み、10キロもある警棒で叩き伏せ、硬いライオットシールドの縁で四肢をへし折っていく。
 喧嘩自慢、武装度の高さを誇る徒党、目端が利く売人、それらが同じように追い詰められ、掃滅されていく様は信じがたいものではあったが、しかし。
 蓮は心のどこかで理解していた。結局のところ、暴力はより巨大な暴力によって押し潰されるもの。この街を支配する“掟”は世界を支配する“法”に敵わなかった。それだけの話なのだと。
 自分たちの今日を守るため、“組”の仲間たちは必死で抗い、結局は連れ去られていった。そして100を越えていた仲間が半数にまで減ったとき、蓮は決めたのだ。
『俺様が組長だ。罰でも拷問でもなんでも受ける。だからよ、もう捕まっちまったヤツらも残ってるヤツらも、逮捕じゃなくて保護ってことにしてくんねーか』
 最大勢力の一角である“組”の長が捕縛されたとなれば、抵抗を続けている輩も勢いを失うだろう。逆にこの申し出を断れば、つまらない追いかけっこが延々と続くことになる。そしてさらに。
『もしてめぇらが断るってんなら……外うろついてるマスコミ連中にタレコむぜ? そしたら人権商売屋も押しかけてくんじゃん? で、俺様たちゃ未成年だ。あとはまぁ、わかるよな』
 ドラマのタネを探して嗅ぎ回るマスコミが引き込まれれば、再開発の裏にある諸々の“都合”が掘り返されることになる。そしてそのにおいに釣られて集まった弁護士どもは、確実に蓮たちを時代の被害者と祭り上げて大騒ぎするだろう。
 再開発を完遂するため、それ以上に自身のメンツを保つため、警察はこれを受け入れざるを得なかったのだが。
 問題は、その後の蓮の処遇だ。
 年齢的には少年院行きが妥当ながら、通常の更生プログラムで対処できるものとは思えなかった。なにせこの不法の街に不殺の掟などというものを打ち立ててみせたカリスマなのだ。他の少年を巻き込み、大きな騒ぎを引き起こす危険性が高い。かといって一般刑務所やら人知れぬ独房やらへ閉じ込めるには、蓮の罪状からして理由づけが足りなさすぎる。
 結果的に彼は逮捕を免れることとなった。
 ただし、特別保護観察の名の下に保護司ならぬ警視庁警備部の監視下に置かれ、街の情報を提供する密告者となることを条件にだ。
 街にとって最悪の裏切り者と成り果てながらも、蓮は仲間たちを守るために力を尽くす。連行される輩どもから恨まれ、憎まれ、そしられて、それでも彼は折れることなく働き続けて最低限の要求を押し通し――再開発の着工と同時に一応は解き放たれたのだ。


「結局収監はされず、前科もつかずか。司法取引の結果としては最高の部類なんだろうが……よくそれで済まされたものだな」
 悠の疑問に、蓮はため息をついてかぶりを振った。
「形だけな。なけなしの報奨金握らされて蹴り出されたってのに、どこ行くにも警備部ってとこに言わなくちゃなんねーし、旅行なんざもってのほかだったしよ。ずーっと警察が俺様の尻追っかけてくっから、バイトも雇ってもらえねーし」
 更生を条件に解放されたはずが、そのきっかけすら与えられず、保護観察どころではない監視体制の内に押し込められる。
「それってさ、おとなしく死んどけってこと? 蓮なんて殺したって死ななそうなのにね」
 なんとか話を軽くしようとする樹だが、さすがに自覚できるレベルで失敗した。曲解しようがないほど、警察の意図があからさまだったからだ。
「徹底的な監視をつけた上で、犯罪を犯すよりない状況へ追い詰めようとしたわけだ。そのときの蓮はもう、未成年ではなくなっていたんだろうしな」
 悠の言葉に苦い顔でうなずく蓮。
「訊きに行く気なんざなかったし、多分ってハナシだけどよ」
「で、そこから蓮対警察の対決が始まるんだね。仁義なき戦いみたいな!」
 真面目な顔でうんうんとうなずく樹の頭を「んなわけあるかよ」と軽く叩き、蓮は続きを語り出した。


 どこまでも着いてくる警官の目にうんざりした蓮は、いつしか雑踏のただ中で時間を潰すようになっていた。
 金はすでに尽きていたが、ゴミを漁りでもすれば、警察に逮捕の口実を与えることになる。いや、それ自体はどうでもいいことだったが、自分のせいで昔の仲間にまで累が及ぶ可能性がある以上、なんとしてでも避けたかった。
 だから半ば意識を手放し、呆然と行き交う人々をながめやっていた、あるとき。
 小さなメディア会社の社長だという人物から声をかけられた。
 社長は、あの街である徒党に殺されかけたところを蓮に助けられ、見返りに身ぐるみ剥がされた人物だという。
 そのときの被害金を体で返してもらおうか。不良のカリスマだったのだから、人をまとめて世話するのは得意だろう。
 蓮の過去の有り様と、後方からプレッシャーをかけてくる警官の様子から、少しは状況を察していたはずだ。それでも社長はなにを問い質すことなく、彼の手を引き上げてくれた。

 かくて蓮はマネージャーという立場を得、さらにSALFへの登録を経て、ようやく警察の監視を振り切ることに成功したのだ。


「社長、実は器大きい人だったんだ……」
 目を何度もしばたたき、樹は信じられない顔を左右に振る。
 少し変わった人材を手当たり次第に集めたがっているのは我が身をもって知っていたが、まさか蓮のようなヤバい奴まで拾ってみせるほどとは予想外だ。
「これで腑に落ちた。自分のような者を雇ってくれるわけだと」
 カメラの腕を認められて入社した悠だが、先に述べた通り出自は確かなものだ。そう、過ぎるほどに。
 そんな曰く付きの彼をあっさり受け入れてくれたのは、蓮の意見が社長の方針と一致したからに他ならない。なあ、コイツおもしろそうだしよ、入れちまわね?
「ん。蓮のゴリ押しだけじゃなかったんだね」
 元々は雑務をこなすバイトとして出入りしていた樹。彼が戯れに描いたラクガキを見た蓮は、すぐに社長のところへ引っぱっていって。バイトなんかさせてる場合じゃねーよ。コイツの絵、すげーいいぜ!
 悠も樹も、この会社に雇われていなければ――蓮という男に見つかっていなければ、どうなっていたかわからない。少なくとも悠はカメラで生きてはいなかっただろうし、樹もまたデザイナーとして絵に関わることはできていなかったはずだ。もちろんライセンサーとしてSALFに登録することも。
 だからこそ。
「屋外イベントとして申請しておいた。ただし、屋上から一歩でも出れば騒乱扱いで通報されるからな」
 屋上に置いたカメラからの映像をスマホで確かめ、悠はしかたなさげに立ち上がる。
「なんかこういうの燃えるよね!」
 こちらはうきうきと手首を解す樹。
 わけがわからないのは蓮ばかりである。
「……おいてめぇら、なに言ってんだよ」
 対してあっさり、悠が応えた。
「徒党の輩は全員、屋上に引き込んでおいたということだ」
「蓮、最近そわそわしてたからさ。その辺りに探り入れてたんだよ」
 ここでようやく蓮は悟る。このふたりが休日の今日わざわざ会社へやってきて、蓮に昔話を強要した理由を。
 蓮があの街でやり合っていた輩の残党は今、暴力団に所属しないまま犯罪を繰り返す集団、いわゆる半グレとして世間の片隅で生きていた。それが蓮の所在を掴み、古式ゆかしく果たし状を送りつけてきたのは一週間前のこと。
 蓮は会社や他の社員に迷惑をかけないよう、ひとりで対そうとしていたわけだが……どうやら予想外の展開に潰されようとしているらしい。
「だからって、なんでてめぇらが出張ってくんだ?」
「万一会社がなくなれば、自分たちは行き場を失うからな。……個性的と言うにはかなりはみ出してはいるが、ここは悪くない居場所だ」
「そうそう、居心地いいんだよね。だから守る! なんにも失くさないようにさ」
 会社という場に在るすべてのものを守る。その内には当然、蓮も含まれているわけで――いや、結局のところ悠も樹も、蓮を失わないためにこそ、抱え込まなくていい彼のしがらみを共に抱え込もうとしているのだ。蓮と同じほどの義理堅さと、それ以上の情をもって。
「ったく、バカ野郎とアホ野郎じゃん」
 やれやれと肩をすくめてみせる蓮に樹がわーっと噛みついた。
「バカアホな蓮に言われたくないし!」
 次いで悠は蓮の肩へ手を乗せ。
「他人なら放っておく。しかし自分たちは他人じゃない。そうだろう」
 だから頼れ。樹の分まで思いを込めて、言い切った。
 肚を据えた蓮はカップを置く。この泥湯が冷めてしまう前に戻ろう。悠がいて樹がいて自分がいる、会社というあたたかな居場所へ。
「じゃ、付き合ってもらおーか。昔のアヤマチってのの掃除によ!」
 果たしてふたりと肩を並べ、踏み出した。


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2019年12月02日

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