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『華倫のおしごと』
華倫la0118

●キャリアーの朝
 とある波止場に停泊している一隻のキャリアー。白い装甲、円を描くような外観はどことなく鸚鵡貝を想起させる。名は蓬莱。SALFのライセンサーにして新進気鋭のグラビアアイドル、華倫(la0118)の根拠地だ。

 差し込む朝日を浴びて、機体の側面を守るシャッターが徐々に開いていく。採光用の窓から差し込む陽の光が、ベッドに潜り込む少女の横顔を照らした。彼女はうっすらと眼を開き、おもむろに起き上がる。
「あら……もう朝になっていましたのね……」

 シャワールームに満ちる湯気から桂花の香が漂う。ふわふわのスポンジで特製の石鹸を泡立て、その柔肌を隅々まで撫でていった。芳しい香りをその身に馴染ませていくように。これこそが男女の別なしに惹きつける華倫の魅力の秘訣であり、元暮らしていた世界とあまりにも違いすぎるこの世界で彼女がどうにか生きていくための方法でもあった。

 シャワーで眠気を払った華倫はひとまずチャイナドレスに身を包み、肉まんを頬張りながら研究室へと向かう。SALFのとある研究者に協力の約束を取り付けた彼女は、キャリアーを改装して自前の研究室を増設する事に決めた。放射線用設備や生物飼育用の空調設備の準備は決して安い出費では無かったが、生き延びるという大望を叶えるためには金の出し渋りなどしていられないのだ。
『本日までの観察記録です。ご確認ください』
 知り合いの博士にメールを送ると、華倫はそばの祭壇に水や新しい花を供える。己の望みの為に用いた命だ。最低限の礼節は尽くさなければならない。それから彼女はマウスのケージに設けた自動給餌器用のペレットを取ってセットし、培養器に詰めた各種検体の状態をモニターで確かめる。異常はない。彼女はほっと溜息をつくと、いそいそと研究室を後にした。

 数分後、今度は艦橋裏に設けたフリーエリアにいた。有事以外はシャッターを開き、日光を良く取り入れるような構造になっている。窓辺にはプランターが据えられ、野菜やハーブ生薬が植えてある。野菜は中華まんだらけの食事に一つの彩りを加えるため、薬草はケガや病気を治療するための漢方を作るためだ。多忙極まる華倫は既にこのキャリアーが住処となりつつある。そもそもそんな生活になる事も織り込み済みであり、彼女はそのために設備を整えたのである。
(この調子なら、明日にはニンジンのスープくらい作れそうですわね)
 脇芽を摘みつつ、彼女は青々とした葉を見て満足げに頷くのだった。

●夢月娘娘
 仕事用に華やかな化粧を済ませ、正装に身を包んだ彼女は、キャリアーから自動操縦の車を一台出撃させる。今日はライセンサーとしてではなく、グラビアアイドルとしての仕事だ。目標は化粧品の広告用写真の撮影。しかもただの化粧品ではない。自らが提案からプロデュースまで一貫して関わってきた代物だ。今後のビジネスの為にも、此処でコケるわけにはいかない。
「さあ、今日も張り切っていきますわよ」
 自らを励ますように呟き、彼女は仕事場である撮影スタジオを目指すのだった。

 スタジオにやってきた華燐は、深紅に金糸の刺繍が施されたチャイナドレスに身を包んでいた。玻璃瓶風に加工されたアクリル容器を手に、彼女は胸元を寄せながら容器を天へ掲げる。まるで中国の名画に描かれた美女が、現実に降りてきたかのようだ。
「はーい! もっとばっちりポーズ決めて! うん、そう! そんな感じ!」
 カメラマンの男がシャッターを切る。注文とあれば際どい水着も着こなす彼女は、現場においても既に重宝されるようになっていた。彼女が多忙を極めるのもその故である。
「オッケー! 一旦休憩にしよう!」
 華倫を隅々まで撮り終えた男は、ノリノリでスタジオを出ていく。肩を下ろした華倫もほっと溜め息を吐いた。写真に撮られるのは慣れてきたが、まだまだ体調は思わしくない。フラッシュの強烈な光に何度も晒されていると具合が悪くなってしまうのだ。
(これでも初めてこの地に降り立った時に比べれば大分改善しましたわ。私の見立ては決して間違ってはいないはずです)
 IMDの機能を高めるため、ライセンサーとして研鑽を積む。この地に順応する仙薬を作るための資金を得るため、グラビアアイドルとして活動する。彼女にとってはどちらも欠かせぬ仕事であった。
「お疲れ様です」
 スタジオ脇の椅子に座ってほっと一息ついていると、カメラにマイクを携えた記者がすかさずやってくる。彼女自身が研究開発したという触れ込みのコスメ。業界はどこもかしこも興味津々である。
「今回クリスマス限定で販売されるという『閉月羞花』ですが、華倫さんが企画から開発まで行ったというのは本当なのでしょうか?」
 記者はタブレットを片手に早速切り出して来る。華倫は居住まいを正して堂々と頷く。
「ええ。前々からSALFでは懇意にさせて貰っている研究員の方がおりまして、その方は生物学及び薬学にとても通じているのですよ。彼女に指導鞭撻を仰ぎながら、今回は広告にも掲げている通り、独自の成分を開発して化粧品として完成させたのですわ」
 元々はナイトメア由来の成分を漢方として利用できないかと試行錯誤していたのだが、地球由来の素材で類似の成分を精製する事に成功したのだ。これを何らかの形で商業ベースに乗せられないかと二人で考えはじめ、最終的に化粧品という形に行き着いたのである。華倫は立て板に水を流すかのごとく語っていく。
「――という経緯ですわ。でも、今回はクリスマス限定の規格品という事もありますから、原材料の買い付けはロシアやニュージーランドなど、奪還されたばかりの地域で行い、また今回の利益も当地を復興するための基金に寄付するつもりでいますわ」
「ふむ……ですが華倫さんが今お話しして頂いた通りですと、研究開発の為に個人的な研究所まで開設したりと、いくら現役ライセンサーとしても盛んに活動していらっしゃる華倫さんとはいえ、資金繰りには苦労していらっしゃるのでは?」
 記者は首を傾げる。全くその通りだった。キャリアーの購入及び改装は結局ローンを組んでいる。経済的には苦しい状況だ。販売前に組んだ試供イベントは大盛況であったし、この利益をそのまま懐に納めれば、ずいぶんと楽になるに違いない。が。
「わたくしとしては、ナイトメアから土地を奪還してはい終わり、では意味が無いと思うのですわ。復興して、その土地での暮らしが蘇って初めて、ナイトメアからその地を取り戻したといえるようになると思うのです。だから、そのための助けになれば、と」
 それに、今回の寄付で得た名声と、市場調査で開拓できた商業網を併せれば、今後の商品展開で利益を回収するのも難しくはないだろう。そんな考えは伏せておき、華倫はにこりと微笑んだ。
「繁栄の秘訣は、近くよりも、遠くを見つめる事ですわ」
 やがてカメラマンが戻ってくる。しずしずと記者に頭を下げると、彼女は撮影へと戻るのであった。



 おわり


━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

●登場人物一覧
 華倫(la0118)

●ライター通信
 いつもお世話になっております。影絵企我です。この度は発注ありがとうございました。
 キャリアー内描写は別のリプレイでもちらりとさせていただきましたが、このような形でよろしかったでしょうか……? 化粧品の名前も勝手につけています。私のセンスではこのくらいなので申し訳ないのですが……

 何かありましたらリテイクをお願いします。では、またご縁がありましたら。

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2019年12月03日

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