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『雪の精霊と竜の樹氷』
ファルス・ティレイラ3733

「まいったなぁ」
 とある雪山を管理する一人が、樹氷の続く道を見やりながら独り言を漏らしていた。
 このあたりはスキーや登山のほかに、麓で毎年見事な樹氷が見られることでも有名で、若いカップルなどの観光地ともなっているのだが、今年は例年にない大雪が降り続いているのだ。時には視界も塞がれるほどの猛吹雪にもなり、とてもではないが観光客を招けない状況であった。
「昔、山には精霊がいるなんて事も聞いたが……そういう系なら専門の人に依頼するしかないなぁ」
 管理人はそう言いながら、一旦は自身のペンションを離れて、連絡を入れるために最寄り駅まで向かうのだった。

「ふわぁ〜〜……見事な雪山だなぁ」
 そんな声を上げるのは、ファルス・ティレイラ(3733)である。
 管理人から依頼を受けて電車とバスを乗り継ぎ、ここまでやってきたのだ。
「ええと、樹氷の道は右手側……うん、この道だ」
 依頼主から受け取ったメモ紙を見ながら、彼女は一人でこの場を歩いていた。予め、一時閉鎖としてもらったからだ。
 依頼主はティレイラを心配してくれたが、彼女はそれを持ち前の元気と明るさでやり過ごしてきた。
「内容が内容だし、ちょっと手間取りそうだから、変身しちゃおう……」
 彼女はそんな独り言を漏らした後、自身の体を変容させる。
 依頼主からは、山に精霊がいるらしいが、それが暴れているのか、とにかく雪が例年より多く振って大変だという情報を得ていた。
 この地に訪れてから、寒さとは別の『異様な気配』はすでに感じていたので、ティレイラもそれなりに覚悟を決めているらしい。
『……精霊とか妖精たちは、あんまり話を聞いてもらえないのがネックなんだけど……でも、やるしかないよね』
 いつもとは違った、『少女』の形を完全に崩した本来の姿――紫色の竜へと変容を遂げたティレイラは、その場で自慢の翼を羽ばたかせて、宙へと舞い上がった。
 道の奥はすでに吹雪が起こり始めている。その先の風景も雪で確認しずらいが、進むしかない。
『うう、やっぱりこの姿でも寒いものは寒い……早く調査して解決しちゃおう』
 低空をスピードをあげて飛行しつつ、ティレイラは体を震わせていた。道中、見事な樹氷たちが連なっているのだが、今はそれらを楽しむ余裕は無いようだ。
 前へ進めば進むほど、『氷属性』の魔力が強くなっていく。炎が得意なティレイラにとっては弱点ともなりそうだが、やはりこの天候の荒れ具合は精霊や妖精たちの仕業なのだろうと彼女も確定出来たようだった。

 ――うふふ。
 ――あはは。
 ――ゆき や こん、こ。

『!』
 四方に雪が舞う中で、笑い声と歌声を聞いたような気がした。
 ティレイラはそれに表情を歪めて、その場で止まってホバリングをする。

 ――楽しい。たのしい。
 ――ゆきを、たくさん、降らせましょう。
 ――ふっても、ふっても、まだふりやまぬ。

『……うーん、これは……あんまり良くない、かも。あの子たち、完全に遊びの範疇で雪を降らせてる』
 状況を把握しながら、ティレイラは再び羽根を羽ばたかせて前へと進んだ。
 雪をかいくぐり開けた場所に出ると、その先では数匹かに種類を分けた妖精と精霊たちが、手と手を繋ぎ円陣を組んで歌を歌っていた。
 彼女たちの目の前には筒状の雪の塊がくるくると回っている。ろくろの上に乗った、陶器になる前の粘土のようにも見えた。それが、周囲の雪を降らせている根源でもあった。
『あなたたち、そういう遊びは山の向こうでやりなさいっ!』
 ティレイラは声を張り上げてそう言った。
 すると精霊たちは歌と雪の塊の周りをぐるぐると回る行為をやめて、彼女を見てくる。

 ――なぁに、新しいお友達?
 ――ドラゴン、ドラゴンだわ!
 ――まぁすてき! ドラゴンなんてもう何年も会ってなかったのに!

 精霊たちの興味は、一気にティレイラへと向いた。
 冬の属性である彼女たちの姿は青白く、遠目では大粒の雪にしか見えないだろう。
 そんな精霊たちが、一斉にこちらへと飛んでくる。――ティレイラの元へと。
『ひゃっ!? え、えっと、ちょっと待って……っ!』
 流れるようにして自分の体に体当たりしてくる精霊と妖精たち。それでも彼女たちは楽しそうに笑っている。この行動も、遊びでしかないのだ。

 ――うふふ、遊びましょう。
 ――一緒に雪色になりましょう!
 ――すてきね、すてき。

『ま、待っ……そういうのじゃなくて……っ、つめた……!』
 紫色のドラゴンは、その場で身動きが取れずに立ち往生していた。
 体の大きな自分に対して、精霊たちはやはり小さく、動きも早い。その為に視界で一匹ずつの行動が追えずに、ティレイラからの手出しが一切出来なかった。
『ご、ごめんね……っ』
 やむを得ず取ったティレイラの行動は、少々荒っぽいものになった。
 口から炎を吐いたのだ。
 炎のブレスとなったそれは、妖精たちを怯ませるには十分であった。だがしかし、彼女たちは一瞬呆けただけで、またクスクスと笑いだす。
『うぅ、手加減してるのに……!』
 精霊たちの行動に逆に怯んだのはティレイラのほうだ。
 彼女はなるべく精霊たちを傷つけないようにと、最低限の火力でブレスを吐いた。それが弱いと見なされたのか、当の本人たちは楽しそうにしたままなのだ。
『本気出しちゃうよ……!』
 ティレイラはそう言って、全身の力を表に出すかのようにして炎のオーラを纏わせた。それから再びブレスを吐き、自分の体をぺたぺたと触ってきていた妖精たちを追い払う。

 ――うふふふ!

 笑ったのは、精霊か妖精か、分からなかった。
『あ、あれ……!?』
 ティレイラが自分の体に変調をきたしたのは、その直後だ。
 背中を引っ張られる感覚に後ろを振り向けば、自分の翼が凍り付き始めていたのだ。それも、ものすごい速さで。
『えっ、ちょ、ちょっと……なんで……!?』
 ピキピキ、と音がした。
 氷が翼から体に広がっていく音だった。

 ――うふふ、たのしいね。
 ――あはは、これからもいっしょだね!

 精霊たちの声が頭上で響いた。
 その言葉で、ティレイラは自分の体が氷になっていくという事に気が付き、慌てた。
『うそっ!? なんでよぉ……!』
 大きく首を振った。それはまだ出来る範囲だった。
 だが、数秒後には、体が動かなくなっていく。
 紫色の竜は、しばらくその場で藻掻いた後、完全に動きを止めてしまった。
 ティレイラの思考も、そのままじわりじわりと薄れていき、意識を失ってしまう。
 彼女はその場で、氷に覆われ『竜に似た樹氷』となってしまったのだ。

 ――うふふ……。

 妖精の笑い声がこだました。
 彼女たちは満足したのか、一斉にとび立ち、山の向こう側へと姿を消してしまう。
 天候も良くなった樹氷の道には、日を受けた雪の結晶がキラキラと輝いている。
 残されてしまったティレイラは、それからしばらく先、『とても珍しい樹氷』としてその場に居続け観光の一役を買うことになってしまったのだが、それがティレイラ自身であると言うことは、誰も気づけないのであった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
いつもありがとうございます!
少しでも楽しんで頂けますと幸いです。

またの機会がありましたらよろしくお願いいたします。
東京怪談ノベル(シングル) -
涼月青 クリエイターズルームへ
東京怪談
2019年12月03日

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