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『Snowing again』
カイン・シュミートka6967


 室内を見回し、カイン・シュミート(ka6967)は僅かに眉根を寄せる。

(この部屋、こんな風だったか)

 蒼界への帰還が叶うようになり、先頃彼の家の下宿人ふたりを含む第一次帰還者達が出立した。見送りをつつがなく済ませたあと、彼らが使っていた部屋の掃除に着手したカインだったが、私物がなくなった部屋はがらんとして思いの外広く感じられる。
 職人でもある器用な彼の手によって、部屋は見る間にきれいになっていく。寒さも忘れ無心で勤しんでいた……その時。

 ――カサ。

 気配を察知し振り向けば、床を這う黒い影!
 その名を口にするのもおぞましい"ヤツ"がいた。
 嫌悪感に肌が粟立つ。意を決して箒の柄を握り締めると、逃亡の隙を与えず一気に仕留める! 残骸を極力視界に入れないよう始末しつつ、

「一般ゴキブリ(?)なのに冬でも出るのか」

 そんなボヤきが思わずもれた。
 逞しすぎる生命力に驚かされはしたものの、前に出くわしたゴキブリ雑魔どもはこの比じゃなかったと苦笑いしているうちに、彼は忘れられないクリスマスとなってしまったあの日の記憶を辿り始めた。


 賑やかな冬の星座の許、広場に聳える巨大なツリー。風は身を切るように冷たいが、楽の音やコケモモ酒の甘い匂いを運んでくる。

「結構盛り上がってるな」

 元々クリスマスを祝う習慣がなかった龍園が催す聖夜イベント。最初はぎこちなかったらしいが大分こなれてきたようだ。

「ま、大分龍園風にアレンジされちゃいるようだが」

 カインがツリーに下げられた龍の飾りに手を伸べていると、にわかに彼の足元が騒がしくなる。一緒にやって来た獣女子達が、大好きなカインの隣を争い互いに牽制し始めたのだ。
 しかしそうとは知らないカイン、彼女達の柔らかな毛並みを撫でて言う。

「どうした、腹でも減ったか? あっちのテントに行ってみるか。挨拶したい奴もいるし」

 愛しの彼のハンドテクに、獣女子達の目がとろーんと溶けた時。
 楽しげな人々の喧騒の向こう、かすかな悲鳴が聞こえた気がして、カインは周囲を見回した。
 耳を澄ませていると悲鳴の元は徐々に広がり、次第に龍騎士達の慌ただしい足音が混ざりだす。

「こんな日に一体何の騒ぎだ?」

 近くを通った龍騎士を掴まえ尋ねると、偶然にもそれは目当ての人物、龍騎士隊隊長・シャンカラ(kz0226)だった。彼は相手がカインだと分かると一瞬表情を緩めたが、すぐに深刻な様子で耳打ちしてくる。

「それが……"出た"らしんです」
「何が?」
「僕もまだ見てはいないんですが、恐ろしく動きの早いヤツらだと」
「雑魔か?」

 頷くシャンカラに、カインも表情を引き締める。

「手伝えることはあるか?」

 カインは携えてきた長物のカバーをめくった。ちらりと覗くは純白の魔導銃。獅子と時計草を思わす装飾が、灯火を受け煌めいた。

「こんな日でも備えを怠らないなんて流石ですね。是非お願いし……あ、」

 シャンカラは獣女子達に気付き口ごもる。彼と離れ離れになりそうな予感にしょぼんと項垂れる姿を見れば、彼女達がどれほどカインを慕っているのか察して余りあるというもの。知らぬは本人ばかりなりだ。
 カインは彼の視線の先を辿り、

「ああ、連れなら心配要らないぜ。避難先でも大人しくしていられるし、何なら怖がってる子供の相手だってできる」

 だろ? と彼女達を振り向く。彼女達はカインの信頼が嬉しかったのか、尾を振ったり誇らしげに鳴いてそれに応え、龍騎士達がいるテントへ駆けていった。その背を見送り、ふたりは敵が目撃された路地へ急いだ。


 ところがだ。
 到着してみると、路地というよりは建物と建物の隙間といった趣で狭く、敵の姿が見当たらない。付近に散った龍騎士達もまだ会敵していないようで、辺りは静まり返っていた。

「妙だな。気配は確かにあるんだが」
「ええ、それも無数に」

 前衛のシャンカラが先に立ち路地へ踏み込む。木箱や空樽などが置かれているものの、人や獣が潜めるほどの物陰はない。カインは思考する。

「雑魔の大きさや姿は聞いてないのか?」
「発見した方は酷く取り乱していたので……見たこともない黒く不気味なもの達だったとだけ」
「姿を見えなくするような高度な術持つ雑魔はそういねぇ。なのに無数にいるってことは――」

 カイン、銃口ですぐ先の樽を示した。察したシャンカラは両手で剣を構えつつ樽を蹴倒す。乾いた音が隠々と路地に響いた。

「――それに隠れられるくれぇ小せぇってことじゃねぇの?」

 読みは的中。果たして敵は……否、敵の群れはそこにいた。樽の陰に密集し蠢いていたのは、黒光りするゴキブリ型雑魔の群れ!

「ッ!」

 寸でのところで声を堪えたカインだったが、

「うわあぁーっ!?」

 極寒の地在住でゴキ初対面のシャンカラ、腹の底から大絶叫! 同時多発的に周辺の龍騎士達からも叫び声があがりだす。
 黒い! 早い! 嫌悪感と恐怖を掻き立てる未知のフォルム! 辺りはたちまち大混乱に陥った!
 しかしカインはすぐに落ち着きを取り戻し、シャンカラへアンチボディを付与。

「コイツら寒さ平気なのかよ……こういうプレゼントはいらねぇ。飛ばれると厄介だ、初動を間違えると(色んな意味で)詰むぞ!」
「飛ぶんですか!?」

 そうこうしている間にもヤツらは足元に迫ってくる。それどころか他の木箱の影からもぞろぞろ這い出してくるではないか!

「この数だ、撃っても斬ってもキリがねぇ。他の路地にも随分いるようだしな……ひとつ考えがあるんだが」


 ――数分後。

「悪い、避けてくれっ」

 マテリアルを燃やし灯火と化したシャンカラとカインが、阿鼻叫喚の龍騎士達を掻き分け、路地から路地へ爆走していた。すぐ後ろには灯りに惹かれたゴキの大群が追い縋る。

「なるべく多く引きつけるんだ!」
「これ、追いつかれたらどうなりますかね……」
「考えたくもねぇな」

 辺りを走りに走って掻き集めたゴキどもは、今や背後の地面や壁を覆い尽くさん勢いだ。機を見計らいカインが叫ぶ。

「今だ、全力で振り切れ!」

 言いながら自らは足を止め振り返る。何匹かぐしゃっと踏んだが気にしている場合ではない。シャンカラが離脱すると同時、苛烈な炎で前方を広く焼き払う! 狭い路地、密集しすぎたゴキ達は逃れるすべなく灰となった。
 これを数度繰り返すことで、ようやく忌まわしい気配が絶えた。
 未知の恐怖体験を終えたシャンカラはへたりこんだが、カインは討ちもらしがないか確認してから、ようやく隣に腰を下ろす。

「いつもより疲れた……」

 無言で頷くシャンカラに苦笑していると、視界を白いものが掠めた。見上げれば、粉雪がはらはら落ちてくるのに、空には変わらず星達が瞬いている。

「風に舞い上げられたんでしょう。綺麗ですね、まるで労ってくれてるみたいです」
「散々だったが、こういうプレゼントなら歓迎だな」

 そうしてふたり、疲労の滲む顔を見合わせ笑いあった。



 思い出す間も手を動かし続けたお陰で、部屋はすっかり綺麗になった。うんと伸びをし、

「あれから一年とは早ぇよなぁ……。今年もクリスマス当日は無理でも龍園に顔出すかな」

 今年の手土産は何がいいか、やっぱり菓子だよなと独りごち、カインは幾つかレシピを思い浮かべながら窓の外へ視線を放る。外はあの日と同じように、淡い粉雪が降りだしていた。


━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
【登場人物】
カイン・シュミート(ka6967)/離苦を越え、連なりし環
シャンカラ(kz0226)/龍騎士隊隊長

【ライターより】
お世話になっております。カインさんの(ある意味)忘れられないであろうクリスマスのお話、お届けします。
またカインさんにお目にかかれてとても嬉しかったです。プロフィール欄の変化にほっこりさせていただきました。
イメージと違う等ありましたら、お気軽にリテイクをお申し付けください。ご用命頂きありがとうございました。
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2019年12月10日

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