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『むすび』
不知火 仙火la2785)&東海林昴la3289)& 狭間 久志la0848)&ラルフla0044)&不知火 楓la2790)&アリア・クロフォードla3269)&氷向 八雲la3202)&柳生 彩世la3341)&日暮 さくらla2809

「全員の搭乗が完了した。出してくれ」
 不知火 仙火(la2785)がキャリアーの内へ入り、内線で告げる。
 それをブリッジの艦長席で聞いたラルフ(la0044)は「了解」。愛艦のイマジナリードライブを起動させ、出力を上げた。

 そして、右舷客室。
「わ、浮いてる! ねぇ昴、浮いてるよ!」
 展望窓に貼りついていたアリア・クロフォード(la3269)がくるっと振り返り、興奮した手を東海林昴(la3289)へ伸ばす。
 首根っこを掴まれて揺さぶられる昴は「落ち着けって! キャリアーなんていっつも乗ってんだろ!」とわめいたが効力はなく、顔色が少しずつ青黒く……
「アーリーアー、いいかげんにしとけって。昴が死んだら取り憑かれるぞ」
 見かねて割って入ったのは、ふたりと同じ世界から来た放浪者にして、彼らと3人で“幼なじみ組”とくくられる柳生 彩世(la3341)。
「えー、やだ。成仏してね?」
 そっと距離を置くアリアにおいおいと昴がツッコみ。
「オレのこと殺すヤツが言うかそれ?」
「もしそうなったら、俺がちゃんと封印してやるからな」
 重ねられた彩世のしたり顔にはくわっと噛みついて。
「おまえにだけは封印されねぇし!」
 常は不知火邸の横に駐留しているラルフのキャリアーが飛び立って数十秒。近隣の迷惑にならないよう速度は抑えているから、まだ雲の高さにまでも至ってはいない。なのにもうクライマックス状態の放浪“子”チームから視線を外した狭間 久志(la0848)は、背をきちんと伸ばして座席につく日暮 さくら(la2809)へ声をかけた。
「放っておいていいのか?」
「ええ。ああ見えて弁えている子たちですから」
 さくらもまた、アリア、昴、彩世と同じ世界から来た放浪者であり、幼いころから3人を監督してきた立場の少女である。本当にまずい騒ぎを3人が起こすことは希だと知っているし、もしそうなれば鶴の一声を響かせるだけのことだ。
「なんだ、さっそく盛り上がってるじゃないか」
「いっしょに出かけることなんて、実はなかなかないからね」
 客室の騒ぎの圧に出入口で足を止める仙火。それを導き入れたのは、不知火の次期当主となるだろう仙火の実質的な補佐役を努める血族の娘、不知火 楓(la2790)だ。
「そりゃあ俺らだっておんなじだけどな」
 その楓に、氷向 八雲(la3202)が言葉を合わせた。
 ほとんどの面子が不知火邸に住んでいて、そうでなくとも【守護刀】小隊として戦場で背を預け合う仲の九人ではあるが、こうして任務によらずそろって出かける機会はそうそうないのだ。
「実は久志が来てくれるとは思ってなかった」
 仙火の言葉へ、久志はだるそうに手を振ってみせ。
「隊の福利厚生、参加しとかねぇと後でハブられそうだしな」
 ――今日は【守護刀】の皆で、楓の母がよく催していたという“おむすびパーティー”をやろうということで集まった。
 この後キャリアーはSALFの提携企業が所有する山へ向かい、紅葉を見ながら各員が握った握り飯を味わうことになっているのだった。
「それに、ひとりだけ参加しねぇってなったら“下がる”だろ」
 ぶっきらぼうな振る舞いながら、その裏には人の和を繋ぐことに心を砕く意気が隠されている。
 それを知っていればこそ、仙火は「ああ。そんなことされた日には、事あるごとにあげつらって悪口のタネにするぜ」、軽口を返すのだ。
『――オートパイロットに切り替えた。俺は料理の仕上げにかかるから、キッチンを使う必要があるメンバーも来てくれ』
 と、ここでラルフからのアナウンスが入り、幼なじみ組がわっと立ち上がる。
「よしっ、おいしいの握るから!」
 ロップイヤーを弾ませて駆け出すアリアの後を、あわてて昴と彩世が追いかける。
「アリア待てよ!」
「なあ、俺、耳とか尻尾とか出てないよな?」
 そんな3人にあたたかな目を向けた八雲は、さくらの肩を叩いてその後へ続いた。
「心配すんな、ちゃんと見とくって」
 ほろりと苦笑し、頭を下げるさくら。
「よし、俺もやるか」
「うん、時間はあるようでないからね」
 仙火と楓もまたキッチンへ向かい――後には久志とさくらだけが残される。
「俺はほかの連中が落ち着いたあたりに行くとして、さくらはいいのか?」
 久志の言葉に二重の意味が込められていることはすぐに知れた。料理の準備はいいのか? 仙火と楓を追わなくていいのか?
「私も、おおよその準備は整えてきていますから」
 さくらの言葉にもまた二重の意味が込められていることを察する久志。料理の準備は整えてきましたから。心の準備は整えてきましたから。
 さくらと楓は仙火を挟み込むようにして在る。現状、その構図を正しく理解し、距離を測っているのは楓だけではあるのだが。最近は他のふたりもさすがに意識せざるをえないところへ来ているようで。
 昂とアリアもあれだが、こっちは不知火だの日暮だのって立場も含めた際まで来てる感じだしな……と、それ以上の追求は野暮に落ちるか。そう判断した久志は、あらためてさくらへ目を向け、話題を切り替えた。
「そういや、向こうの世界にも“俺”がいて、おまえらの親と仲良くやってんだろ? どんな感じだった?」
 それは以前に聞いた、久志と同じ音の名を持つ男の話だ。興味がないはずはないが、訊く機会もないまま、今まで来てしまっていた。
 対してさくらは、思い出を釣り上げるように指を閃かせる。
「父はずいぶんと頼っていました。剣の先達として、無二の友として、家庭を持つ同士としても。彼が多くを語ることはありませんでしたが、多くの試練を踏み越えた方ならではの有り様は、幼い私にも多くの学びを与えてくださいました」
「そうか。そっちの俺は、さくらが尊敬できるような奴なんだな」
 こっちの俺とは大ちがいだが、俺の分までうまくやれてんなら、とりあえず上々だ。
 胸中で異世界の自分へ祝福を贈り、口の端に薄笑みを刻む久志だったが。
「こちらの久志も敬愛する先達であり、無二の友ですよ。私にとってだけではなく、仙火にとっても」
 そうでなければ、根が生真面目な仙火が軽口など叩くはずもない。
 一方の久志は思わず感心していた。会ったばかりのころは余裕なく、刺々しさばかりが目につく少女だったのに。
「ま、ご期待を裏切らねぇ程度に努めるさ」
 その第一歩として、歳相応の大人げは見せておこう。


 一同がキッチンへ向かってくるのを艦内カメラで確認し、ラルフはコンロにかけた大鍋ふたつの蓋を開けた。
 左側はブイヤベースで、トマトや魚介の鮮やかな香が。右側は豚汁で、根菜や豚肉の滋味深い香が。噴き上がる湯気の内にそれぞれの旨みを主張する。
 うん、どちらも程よく火が通っている。ブイヤベースはもういじる必要はないし、豚汁は味噌を加えて煮立てないよう注意、塩味と風味を具に吸わせてやるだけだ。
「うぉ、いきなり腹減ってきた」
 キッチンへ入ってくるなり八雲がため息をつく。そしてなにか思いついた顔で冷蔵庫から引っぱり出してきたのは、殻つきの牡蠣の山だった。
 ちなみにこれ、買い求めてきたものではない。八雲自身が漁協に許可を得た上で獲ってきた、文字通りの獲物である。イタチなのにラッコも顔負けという感じだ。
「洋風のほうは魚介汁なんだろ? 牡蠣も使わねぇか?」
「いいのか?」
 八雲は残された左眼をつぶってみせて。
「モノは確かだが、俺じゃ焼くくれぇが関の山だしよ。ちょいと取り分けさせてもらうが後はお任せだぜ」
 ありがたく使わせてもらうことにしたところで、向こうから仙火が声を投げてきた。
「ラルフ、米どこだ?」
「炊飯器じゃなくて奥の釜の中だ」
 そういえば、他の連中は釜を見たことがないかもしれない。ラルフは皆を手招き、そこまで連れて行った。
「おっきい!」
「でっかいな!」
「でかい!」
 アリア、昴、彩世が同時に声をあげたのは当然のこと。南部鉄でこしらえた3升炊き用の鉄釜は、まさに“どん”とそこに在る。
「真ん中から掬って櫃に移してくれ。いちばん外に焦げがあるからこそげないようにな。それは後で使う」
 さらりと監督役に収まっているラルフだが、小隊の中でも年齢は最年少で、同い年はアリアのみ。結局は人それぞれ、相応な役どころがあるということだと思いつつ、幼なじみ組の歓声を聞く。
「うわ、なにこれ米立ってね!?」
「ほかほか! お握るよー!」
「おい昴、アリアにしゃもじ持たせんなよ!?」
 わーわーする3人に、八雲が「おら、まだなんも始まってねぇのに盛り上がってんじゃねぇぞー!」。彼らに櫃を抱えさせて、豪快に大しゃもじを振るって米をぶっ込み始めた。

 そんな4人の姿に、仙火はやれやれとかぶりを振った。
「八雲もすっかり溶け込んでる。あいつらは今さら結ぶまでもないかもな」
 その言葉に、傍らの楓は微笑み。
「結び目を確かめるのは大事だよ。知らないうちに解けてることもあるだろうし――意外な糸と、いつの間にか結ばれてたりも、ね」
 眉根を押し下げる仙火だったが、すぐに力を抜いて笑みを返した。
「意外なんて思わないさ。合縁奇縁って云うだろ」
 たとえ見知らぬ者同士であろうとも、前世かどこかで得た因縁によって引き合わされるものだのだろう。それこそこの【守護刀】の全員が放浪者なのだ。同じ世界から来た者も多いが、それでも。ひとつところへ集まり、同じ釜の飯を分け合うなどなかなかないことだ。
 もちろん、楓が含めたものがそれだけではないこともわかってはいる。しかし、わかっているからこそ目を向けないことを決めていた。
 結局のとこ、さくらとの縁だって因縁だ。楓との縁もな。でもそれは俺が結んだもんじゃない。親に結んでもらっただけのもんを自分の縁だと言い張れるほど、俺は厚かましくないんだよ。少なくとも、自信もってあらためて結びに行けるようになるまではな。
 今の自分が若様に過ぎないことは承知している。以前に比べればそれなりに心を据えたつもりだが、はっきりと誇れるだけの成果を得るまでは、「きっと」や「だろう」でさくらや楓に向き合いたくないのだ。
 ガキ臭い意地なんだろうけどな。でも。
「……必然でも偶然でも、俺はみんなと結んだ縁を見失いたくないだけだ」
 そうだ。守りたい縁の糸ってやつは、もう二本きりじゃないんだから。
 仙火の言い様に、楓は胸中で息をつく。
 きみは変わったね。いや、変わろうと努めてるのかな。うずくまってるだけだったあのときから、立ち上がって踏み出して、小隊まで作ってみせた。
 その前向きな背を見られることがなによりうれしくて、この手の内に収まっていてくれないことがたまらなく寂しい。
 歪んだ庇護欲だとの自覚はあるが、それを自覚していながら捨てられないのは、仙火が楓にとってそれだけの存在であるからこそだ。
 あのとき突きつけられてしまったからね、僕は――噛み締めて、楓はかぶりを振った。
 捨てる気なんてないけど、これが僕の我儘だってことは誰より知ってるよ。だから今、なにかを求めて前へ踏み出していくきみに押しつけたりしない。少なくとも、僕がきみの中でどんなものであるのか、あることができるのかをはっきりさせられるまでは。
 意を結び、楓は思いをあらためる。
「じゃあ、あらためてみんなとの縁を確かめて、あらためて結ぼうか。見失いたくないのは僕も同じだもの」

 仙火と楓の会話から礼儀正しく、よく聞こえる耳を逸らして作業を進めてきたラルフは、汁ものとは別のコンロで熱を入れた紅花油の鍋へ、薄衣をまとわせた海老を滑り込ませた。
 紅花油はその名の通り紅花の種子から摂れた油だが、あっさり軽く揚げ上がる。それこそ米と合わせても風味を損なわせずに両立してくれるのだ。
「豚カツのほうはどうするの?」
 すばやく握ってきたらしい三角結びを抱えてやってきた楓が、待機中のカツを指して問う。
「そっちはラードで揚げる。フライヤーを使ってくれ。最初は170度で2分。仕上げは180度に上げて30秒」
 設備として在るフライヤーにはラードが溶かされているらしい。ラルフが言うのだから温度はまちがいあるまい。楓は一応、パン粉をひと粒投げ込んで確かめ、カツを泳がせにかかった。
 一方、ものの1分で海老天は揚がる。それをキッチンペーパーへ転がしてかるく塩を振り、ラルフは用意してあったトマトと向き合う。
 これから彼はトマトチーズ焼きを作るわけだが――せっかくの機会なので、自分で作ろうとすると面倒なもの、あえて選ばないだろうものをチョイスしていた――なにせメンバーが若い。それに酒のようなものを痛飲する気らしいから、さっぱりとしていながらあっさりしすぎない味わいにしておきたいところだ。
 というわけで、トマトは厚めに切って耐熱皿へ並べ、大蒜で香りづけたオリーブオイルをかける。そこにブルーチーズを多めにした何種類かのチーズを乗せ、味と香りにアクセントをつけた。
 あとはトースターで焼き色がつくまで熱し、バジルと黒胡椒をかけるだけ。
 そこまでの作業をさくっと終えたラルフに、ようやくカツを仕上げた楓が目をしばたたく。
「……手際よすぎない?」
「ただ慣れてるだけだ」
 剣であれ料理であれ、熟達した技は人を魅了するものだが、ラルフの調理はまさしくその域にあった。そしてそれを「慣れ」と言い切れるあたりに、ラルフという少年の才が窺える。そう、天才の当然が凡才の奇蹟であることを理解できないあたり、特にだ。
「悔しくもなれないんだよな」
 完成した品を重箱へ詰めながら仙火が苦笑する。ついでにラルフの技を堪能しようと、を熱々の天麩羅をつまみ食いしようとしたが……
「武士の礼節とやらは守っておけよ、不知火」
 狼の本性を取り戻した爪できゅっと仙火の手の甲をつねり、「いっ!」、悲鳴を上げさせておいて、ラルフは次の品の準備へかかるのだった。

 アリアはびしっと櫃の米を指差し確認し。
「ご飯はほかほかオッケー。昴、手は?」
「ちゃんと洗った!」
 昴の返事にうなずき、彩世を見て。
「彩世、海苔は?」
「ぱりぱりだぜ!」
 力強く応えた彩世にもうなずいて、最後になまたたかい目を3人へ向けていた八雲へ。
「八雲くん、具は?」
「あー、そろってる……って、俺も数の内かよ」
「当然でしょ。私がこのお櫃の守り任されてるんだから! はい、みんなおにぎり始めー!」
「よっしゃ」
 先陣を切って昴が米を手に取った。その熱でヤケドしないよう、軽くほいほいとお手玉しながら丸くしていく。
「え、具は入れないの?」
 アリアの問いにうなずいて、「おかずもいっぱいあんだろ? だから俺のはそれ用で!」。
 鮭握りにしようかと最初は思っていたのだが、そもそも彼の仕事は握り飯をこさえることではないからスピードを優先した。そう、やるべきことはただひとつ。ある少女がこしらえたものを平らげることなのだから。
 彩世は、獣人である自分の耳や尻尾が飛び出していないことをもう一度確認し、気合を入れなおした。衛生面に気を遣うことは、養母とさくらからきちんと叩き込まれている。
 そして手に取った米は少し多めだが、あらかじめ用意してきていた唐揚げを内に包んだことでさらに大きくなって、なかなかのサイズ感を醸し出す。
 なぜこのキャリアーで唐揚げを揚げなかったかといえば、肉を漬け込んだタレが秘伝だからだ。いや、隠すほどのレシピではないのだが、自分を育ててくれた養母の味だから……今のところは隠しておきたくて。
 別にマザコンってわけじゃ、ないけどな。大切な思い出ひとつくらい、誰にだってあるだろ。
「あー、なんかなつかしいにおいすんな」
 と、鼻をひくつかせて昴が寄ってくる。
「うん。小さいころごちそうしてもらったおにぎりのにおい」
 アリアもにっこりとうなずいた。
 そうか、ふたりにもこれ、思い出の味か。
 彩世の目の前にセピアの情景が浮かび上がる。全員が獣人だったからというだけでなく、同じ組織に親が所属していたことで近しくなって、いっしょに朝から夕方まで過ごしていたあのころが。
 大切な思い出ってのは、ひとりじゃなくてみんなで共有できるんだな。
 なんとなく納得した彩世へ、八雲が笑む。
「持ってこれたもんがあるってなぁいいな。俺なんざなんも引っ掴んでこれねぇまま来ちまったからよ」
 思えば、いくつもの世界を渡る中でなにひとつ惜しんだことはなかったし、入れ込んだものもありはしなかった。根無し草とはよく言ったものだ。
 なのに不思議なのだ。この世界へ来て自分は、小隊などというものへ根を張ってしまった。それどころか結んだ縁を失いたくないばかりに我が身を盾とし、命を張っている。
「老け込むには早いんじゃねぇか、八雲のとっつあんよ」
 いつの間にかキッチンへ入ってきていた久志がかるく八雲の背を叩く。
「兄さんに言われたかねぇや。俺にゃ見守ってやれる甲斐性もねぇしな」
 仙火、さくら、楓、3人に対する久志のポジションを揶揄して八雲は口の端を歪める。
 対して久志は肩をすくめてみせ。
「見てるだけだ。割り込む根性も割り込みてぇ色気もねぇから」
 顎の先で、共にキッチンへ来たさくらを指す。
「おむすびは山の形、すなわち三角形でなければならないのですよ」
 歳下の幼なじみたちへ語る彼女の凜然とした背に、八雲もまた肩をすくめ。
「ちがいねぇ」
 さくらの物語において、自分たちの役どころはバイプレイヤー。ならばそれを弁えて振る舞うべきだろう。それよりも自分たちが主役を演じる人生に集中するほうが建設的だ。
「とはいえ、根性やら色気やらの出し処がねぇんだが」
 ぼやく久志の背を叩き返し、八雲は笑い飛ばした。
「いい子にしてりゃあサンタさんが持ってきてくれるかもだぜ?」
「俺の部屋、煙突ねぇんだよなぁ……」
 久志のため息を聞いた仙火がひょいと首を伸ばしてくる。
「なんだ、煙突が欲しいんなら手配するぞ」
「仙火、おまえはいい奴だけどな」
「そいつは話がちがうってこった」
 久志と八雲に追いやられ、疑問符を飛ばす仙火を引き取ったのはラルフだった。
「手が空いてるなら来い。やることはまだまだある」
「って、ほとんどラルフひとりでまかなえるんじゃないのか?」
 ラルフは表情を変えぬまま背中越し。
「人がこれだけいるのに、それじゃつまらないだろうが」
 他者と関係すればこそ、変化や意外が生まれるもの。得心して、仙火はラルフへ従った。

 そんな男たちのやりとりをよそに、さくらは3人と共におむすびをこさえていく。
「さく姉、なんかうまくなってね?」
 高い声を上げる昴に余裕の笑みを返し、さくらは三角にまとめたゆかりと白ごまのおむすびへ海苔を巻いて仕上げた。
「刮目して見るべきは男子ばかりではありませんよ」
 今日に先んじて、仙火と楓と3人で催したお試しのおむすびパーティー。ずいぶんと酷い有様を晒したものだが、生真面目な彼女はそれをよしとはしなかった。ラルフに教えを乞い、物理的に血が滲むほどの鍛錬、いや練習を重ねて、なんとか……普通に見られるおむすびを作れるまでになったのだ。
 中火も覚えましたしね。すぐにラルフ――には遠く及ばなくとも、仙火よりはおいしい料理をこしらえられるようになります。
 不穏な気配を察したラルフは手を止めてさくらを見やったりしたわけだが。当の仙火は炙り明太子が爆ぜないよう集中していたせいで、まったく気づく様子はない。察するより先にさくらの様子を窺っていた楓だけが、泰然と準備を続けていた。
「さくらに負けてらんない! 私もがんばる!」
 そして、あらんかぎりのイマジネーションを燃え立たせるアリアである。
「そんな気合入れなくてよくね? ほら、餅になったら困るしよ」
 恐る恐る昴がなだめたが、アリアは当然。
「気合入れなくちゃおいしくならないでしょ!?」
「お餅はいいものですよ!?」
 なぜかさくらもアリアと声を合わせ、昴を責めるのだ。
 ちなみにさくらはお試しの際に餅を爆誕させているので、おむすび餅にはちょっと情があったりする。
「彩世、なんか女子がやべぇんだけど!」
 思わず彩世にすがりつく昴だったが、彩世は渋い顔を左右に振って。
「逆らうな。はいそうですねって笑っとけ。こういうときの女はな、共感以外受けつけないんだよ」
 それも養母との付き合いの中で得た人生訓なんだろうか。幼なじみの意外な処世術の有り様に、おののくよりない昴だった。
 と、騒いでいる内にアリアの錬金が始まっていた。
「三角、難しいね。見てるだけだと簡単そうなのになぁ」
 彼女の掌にくるまれた米が瞬時に赤らみ、回される内に緑を帯びて黄色へ、さらに青を得て緑へ戻り、赤と青に飲まれて紫へ。そして黒ずんで彩を失い、さらに黒ずんで闇色に……
 アリア本人にそれが見えていないはずはないのだが、「個性」のひと言により、彼女は自信満々に、ありったけの心と気合を込めてむすび続けるのだ。
「あああありりあアリアーっ! 米っ、黒ぉおおおおおおっ!!」
「ん? 海苔は黒いけど?」
 昂の悲鳴と米の色は海苔で遮断され、もう誰の目にも映らない。
 彩世はそっと昴から遠ざかり、「塩加減? よくわからないんだよなー」とか言いながら自分の唐揚げ結びを凝視する。
 狼の勘なんて大層なものじゃなかった。目を合わせたら死ぬとわかりきっているから見ない。それだけのことだ。
「アリアスペシャル完・成っ! 中身は乙女の秘密だよ」
 オレは秘密に殺される! 確定した未来を覆す術を見いだせないまま、昴は独り、絶望した。

「詰められるもんは詰めたぞ」
 重箱を見てうなずいた仙火に、ラルフもうなずきを返す。
「ちょうどいい時間だな。――シャッターを開くぞ」
 ラルフの意志がキャリアーのイマジナリードライブに働きかけた。するとキッチンの壁ががぐんと引き上がって、そして。
 展望窓から雪崩れ込んできた彩に、一同が息を飲んだ。
 眼前に広がる青空と、眼下を埋め尽くす紅葉の海。
「これなら僕らが少しくらい狩っても大丈夫そうだね」
 楓は微笑み、重箱を包んだ風呂敷の端を結び合わせた。


 紅と金に彩られた山の中腹、景色と日ざし、風、すべてを満喫できるよう建てられた東屋に一同は腰を落ち着ける。
「息を合わせてご開帳といこうか」
 仙火の視線に促され、八雲が息を吸い込んで。
「せーので行くぜ? せーのっ!」
 果たして卓にそろった9人のおむすび。大きさも海苔の巻きかたもまちまちな三角――山が、峰を連ねて並び立つ。
 楓がさりげなくさくらのおむすびを取り、仙火へも勧めた。
「さくらの上達ぶりを正しく評価できるのは僕たちだからね」
「……お願いします」
 その傍らでは、アリアと彩世がラルフの料理に歓声を上げている。
「天むすおいしいー!」
「なんだこれ、豚汁も神!」
 私は、あの料理をよく食べている仙火に評価されるのですよね。
 よくて「悪くはない」程度だろうし、率直に「ラルフのが食いたい」と言われるかもしれない。ぐっと緊張して、さくらは裁定のときを待つ……
「ゆかりってのがいいな。縁のゆかりにかけてるんだろ?」
 あ。一瞬真っ白になったさくらの心に思いが戻り来る。
「――はい。おむすびは結び。誰かの心を、記憶を、互いの縁をもって結ぶものですから。それにふさわしいものと思ったのです」
「白ごまの歯触りもいいアクセントになってる。おいしいよ」
 楓の評価も上々だ。立場的に難しいものはあれ、個人としては好ましいばかりの彼女の焼きむすびを味わい、さくらは笑みを向けて。
「醤油ダレの香ばしさ、格別ですね。これはもしかして楓の奥伝ですか? ――あと仙火、味についての評も忌憚なくお願いします」

 そんなやりとりを肴に酒を飲むのは、座の端に位置取る久志である。
「大人役ごくろうさん。牡蠣が焼けたぜ、ひとつどうだい?」
 彼の向かいにどっかと腰を下ろした八雲が、焼き牡蠣を勧めてにやりと笑んだ。映画も恋路も、見物酒にゃあ肴が要んだろ?
「おう。子どもの保護監督が大人の義務なら、酒に飲まれんのが大人の特権だしな」
 八雲にも酒瓶を傾げてみせたが、「俺ぁまだ飲める歳じゃねぇよ」と返され、ようやく相手の歳を思い出した。
「逃げ道もねぇか。ってこた、苦労するばっかだな」
 苦笑した久志に八雲も苦笑を合わせ。
「生まれついての苦労性だ。今さら嘆く気もねぇさ」
 久志は八雲の昆布むすびと酒を、八雲は久志の鮭昆布むすびと昆布茶を、それぞれに傾けて乾杯。

 その中で、ラルフは小まめに汁物の世話やら料理の給仕やらをこなしながら、アリアのダークマターを隔離していた。見た目は黒一色のおむすびたちではあるが、考えるまでもなく感じ取れるほど、彼女のそれは悪い意味で際立っていた。
「担当者、お届け物だ」
 昴に皿を渡してひと息ついて、目の前にあったおむすびを手に取る。人の料理を食べるのは好きだ。いつも料理を振る舞っている者にとって、誰かが作ってくれるものはそれだけでごちそうに感じるものだから。
「うん、悪くない」
 仙火の炙り明太子むすびは、いかにも酒飲みが好きそうな辛めの味わいで、八雲から分けてもらった牡蠣を加えたブイヤベースにも不思議と合う。

 そして、昴とアリアである。
「ラルフくん、昴ばっかりお世話するのずるくない!?」
 きーっと声を上げるアリアに、心の中で『お世話じゃねぇんだよ。隔離だ隔離ぃ!』と言い返す昴。
 ここまで来たらもう、覚悟するしかない。いや、覚悟はとっくに決めている。アリアの縁を守ってやるため、その業を全部引き受けてやるのだ。
「いただくぜ!」
 ダークマターを詰め込めるだけ口へ詰め込む。まずいとかやばいとかじゃなく、黒い。口も喉も胃も目の前も、すべてが黒で塗り潰された。
 見えねぇ! 聞こえねぇ! 嗅げねぇ! そもそも座ってんのか立ってんのかもわかんねぇ!
 わ し  むす おい い?
 封じられた五感の向こうから途切れ途切れに届くアリアの言葉へ必死でうなずく昴。わかってるって。私のおむすびおいしい? ってんだろ。ああ、アリアがうれしそうでよかったぜ。
「彩世のおむすび、やっぱりなつかしくっておいしいねぇ」
 って、ちょ、おま、そりゃねぇだろおおぉぉ――
 ひっそり息を引き取る昴をよそに、アリアは実に平和だった。

「惜しみない姿勢、あっぱれです」
 ある依頼で振る舞われた酒の酩酊効果が味わえる合法飲料を飲み、ほろ酔いの域を振り切ったさくらがにこにこと彩世の尾をもふる。
 女子によくまちがわれるとはいえ、彩世はノーマル男子。姉のようなさくらからこうして愛でられることには思うところもあるのだが、それでもおとなしくされるがままになっている。
 先ほどまで、彼女は妙に緊迫していた。原因が仙火や楓との間の問題であることも見て取ってはいたが、だからこそ口出しはせず控えていたのだ。
 解決したのはわからないけどな。やっとリラックスしたさくら姉にもふられてやんのが、弟分の誠意ってもんだろ。
 と、実に男らしく肚を据えてみせた彼だったが。
「さくらずるい! 私も彩世もふる!」
 アリアの乱入で、一気に場が荒れ始めた。
「彩世は今私が独占しているのです! アリアは昴をもふればいいでしょう!?」
「昴は寝ちゃったもん! それに彩世のほうが毛並いいし!」
「ならば私はアリアをもふります! これで三方一両損ですね!」
 ヒートアップする女子の争いに、八雲が腰を浮かせる。
「これ、ツッコんだほうがいいよな? 彩世だけ損するばっかになってるってよ」
 が、久志は腰を据えたままかぶりを振り、止めた。
「今こそ大人の義務を果たそうぜ。生あったかく見守ってやんのが最適解さ」
 そこへ楓、ラルフと共に混じっていた仙火もうなずいて。
「邪魔しちゃ悪いからな……とは思うんだが、ちょっとうらやましくもある」
「なんだ、仙火はああいうのがよかった?」
 楓は喉の奥を鳴らし、仙火と久志の杯に酒を注いでやる。
 そつのなさには自信ありの彼女だが、逆に“喧嘩するほど仲がいい”を演じてやる隙を持ち合わせないことも自覚していたから。
 ここで立ち上がったのはラルフだ。
「とりあえず昴を搭載修理してくる。ここで幼なじみ組に体力と気力を使い果たされたら、帰りの鍋が余るからな」
 皆も腹の隙間を残しておけよ。言い置いて、彼は斃れ伏した昂を引きずり、キャリアーへと向かった。つまり昴を生け贄に捧げて騒ぎの熱を薄めてやろうというわけだ。
 それを見送った仙火は「そうか」、思いついた顔をする。
「一応訊くけど、なに?」
 楓がやれやれと首を傾げてみせれば、仙火は口の端を吊り上げて。
「人数が増えれば騒ぎも薄まるんなら、な」
 いかにもやんちゃ気取りな顔。変わろうとしている仙火が封じたはずのそれを見た楓は、思わず見惚れてしまった。ああ、仙火の芯は変わらない。どうなっても、どこまで進んでも、昔のままだ。ならば自分も変わらなくていい。
「殿は僕が受け持つよ。思いきり突っ込んでおいで、若様」
 楓の言葉を追い風に、仙火は騒ぎの中へと駆け込んでいった。
「【守護刀】は仲間はずれ禁止だからな! ってわけで俺ももふるぞ!」
 薄まるどころか一層激しさを増す騒ぎを前に、八雲と久志は顔を見合わせ。
「なぁ久志、同じ小隊員なら」
「騒がにゃ損……なのか?」
 その間に「オレ! セキニンはちゃんと果たしただろー!!」とわめく昴を引きずってきたラルフが、無慈悲に彼を渦中へ放り込む。
「安心しろ。皆まとめて修復してやる」

 狩るはずだった紅葉はそっちのけ、縁を結んだ【守護刀】の面々は、共に過ごす時を賑々しく満喫するのだった。


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2019年12月09日

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