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『【IE】ケース;ケヴィン』
ケヴィンla0192

●去来
 その日、訓練を終えたケヴィン(la0192)は、自宅のパソコンでSALFとは別口の案件を整理していた。
 派遣サイトを介したそれらは、以前出向いた紛争地域をはじめ、なにやら煽りを利かせた文言で、その実安く使い潰したいのが見え見えの低予算を提示してくる、実績などほぼ考慮に入れていない絨毯爆撃オファーが大半だ。とはいえ、おかげで気兼ねなくこちらの都合とマッチしたものだけをチョイスできる。金のことは二の次以下で、なるべく戦地に身を置きたい彼にとっては、存外悪くない仕組みと言えよう。
 ともかく、そんなメールの山をローカルストレージに転送しようとした矢先。
「ん」
 ふと、あるフォルダに目が行き、ケヴィンは半ば無意識にカーソルを合わせた。
 簡素に“情報ファイル”と銘打たれたそれの最終更新日は、今の住まいに移ってすぐの頃。
「…………」
 ケヴィンは電子タバコをくわえ直してから、フォルダを開いた。
 薬臭い筈のフレーヴァーが、なぜか血と鉄と汗と煙の匂いでいっぱいになった。

 これは、彼が放浪者となる以前。
 狂気と自壊の最中に唯一遺した、人の心。
 すなわち、かけがえのない仲間達の記録にして、“記憶”である。


●世界
 ひどいところだった。
 空が、海が、そして大地が穢れ尽くし、取り換えは効かず取り返しもつかない世界は、終わりを告げようとしていた。
 なのに――否、だからと言うべきなのか。
 人類はその在り方に対する思想の相違から、二手に袂を別った。
 片や、全人類の意思と記憶を電子世界に保存、代替の複製体にそのデータをダウンロードすることによって永遠を実現し得る、謂わば情報生命体となって“ヒトの保存と存続”を図る、人類情報化推進機構。
 片や、“ヒトが人として生きる自由”を勝ち取るため、人類の情報化に抗うレジスタンス。
 言うまでもなく、彼らは相争った。それこそが滅亡に拍車をかけるもっとも愚劣な行為なのだと誰もが理解しながら、しかし結果として顧られることはなかった。
 ケヴィンはレジスタンスに身を置いていた。
 掲げた理想のせいもあるのだろう、仲間は皆、気のいい奴ばかりだった。
 だが、戦況は厳しく、レジスタンス達は人を辞めて“兵士”となることを選んだ。薬物投与によって“兵士として不要な記憶”が消去され、代わりに日常への不信感、破壊衝動、殺人癖の刷り込み、増幅がなされた。
 人らしさを謳いながら、それを投げ打ったのだ。ただ、目の前の敵に勝つために。
 互いに一歩も引かず戦いが泥沼化する最中、レジスタンスメンバーは機構側に生け捕りされるようになった。そして奇妙なことに、ほどなく彼らは五体満足で解放された。
 ケヴィンと組むことの多かった、とある女性兵士も、そうして戻された一人だ。
 彼は密かに再会を喜んだが、その感情はすぐにアジトの便所で捨てる羽目になった。
 なんのことはない。
 その夜、彼女が宿舎を抜け出すのを見かけ、少し気になった。そして、ケヴィンが追いつく頃、彼女は武器庫の見張りと交代していた。だが、単なる歩哨とはわけが違う場所柄、周知もなく担当者を入れ替える筈がない。
 不審に思ったケヴィンは声をかけようと近づいたが、彼女はすぐに武器庫へ入った。
 嫌な予感に任せて後を追うと、そこには爆弾と思しき物体に銃口を向ける彼女の背中があった。
「やめろ!」
 ケヴィンは後ろから抱き締めるように覆いかぶさり、彼女の両腕を掴んだ。銃を取り上げるか、それが叶わなくとも正確な射撃を阻止しなくてはならないからだ。
 彼女もまたケヴィンに抗い、やめてと叫んだ。そしてケヴィンを、レジスタンスの矛盾をなじり、更には機構の理念がいかに素晴らしいかを訴えた。だから、自分はこの無意味な戦争を止めるための礎になるのだと、自らの行動を正当化した。
 返す言葉を持たないケヴィンは、しかしそれでも彼女を抑え続け、銃口を逸らそうとした。幸い膂力は勝っていたため、徐々に壁際へと追いやることができた。
 その瞬間、彼女は引き金を引いた。
 少し遅れてなにかが爆ぜる音が耳を貫くのを最後に、ケヴィンの意識は途切れた。


●記憶
 気がつくと、ケヴィンは医務室で寝かされていた。両腕はなかった。
 彼女は、死んだらしかった。
 あのときの発砲はほんの弾みだったのか、別の狙いがあったのか。とにかく、至近距離で防弾壁に撃ち込まれた銃弾はそのまま跳ね返って、再び元の銃口へ戻った。当然銃は暴発し、破片と火の混じった衝撃が彼女の前面をごっそり抉った。ケヴィンの両腕も巻き込まれて吹っ飛んだが、皮肉なことに彼女の体が盾となって、腕以外は無傷で済んだのだ。武器庫も無事だったというが、今はどうでもよかった。
 ほどなく、あちこちの拠点で似たような事例があった。
 調査の結果、捕らえられた者達は一様に情報生命体とされ、その際に記憶と思想を機構側に都合好く書き換えられていることが判明した。そうして処理済みの人格をダウンロードされた複製体が何食わぬ顔でレジスタンスに加わり、各々の思想に従って行動を起こしたというのが、事件の真相だった。
 要するに、彼女は質の悪いレプリカだったわけだ。だが、ケヴィンは先の一件の記録を求めた。現場写真と詳細なレポートのコピーをストレージに収めて、大切に保管した。
 ここだけの話、惚れた女だった。
 以来、ケヴィンは敵ばかりでなく、仲間をも殺すようになった。
 例の薬を煙草に仕込んでキメながら。日常的に疑わしければ殺し、敵ならば殺した。
 戦友や顔見知りはもちろん、初見の同胞であっても例外なく殺した。
 ときには殺した筈の者と別の戦場で鉢合わせ、やはり殺した。
 彼女とも軽く数十回は出会い、そのたびに殺した。
 とにかく殺した。
 そして、積み上げた同胞の死を、その場でファインダーに収め、一切すべて記録した。
 たとえ薬で記憶を失っても、彼らを忘れぬように。
 何度現れようと、即座に殺せるように。
 己が走り続けるために。


●記録
 フォルダの中には、あの世界に関する――ケヴィン自身の治療記録なども含む――いくつかの記録の他、更に複数のフォルダが並んでいた。
 無数という程ではないが、膨大な数には違いない。一つ一つに人の名をあてがったそれらは、もはや電子世界における墓標にも等しい。
 たとえば――ケヴィンは“Lida”と記されたファイルを開いた。
 果たしてモニターに表示されたのは、女性ばかりの無惨に事切れた姿を写し取った画像が数十枚。そのことごとくが同一人物の、けれどひとつとして同じもののない、様々な死因による遺体の現場写真である。また、画像には必ず名前、享年日時、死因のメモが添付されている。この女性についてもっとも古い記録を遡ると、どうやらケヴィンがまだ若かりし頃、両腕を失くしたのと同じ日付だった。

 彼は、まだ“覚えている”のだろうか。
 かけがえのない仲間達のことを。彼女のことを。彼らへの想いを。
 そんな自問さえとうの昔に放棄しながら、少なくとも目の前に並ぶ霊園のごときフォルダ群、そのひとりひとりを何度も殺したのが他ならぬ自分であることは理解しているのだろう。
 ゆえに、この“情報ファイル”がある限り、ケヴィンは“兵士”として走り続ける。
 ゆえに、煙草を辞めることもない。

 決して。



━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
 登場人物
【la0192 / ケヴィン】

 当企画への早速のご依頼まことにありがとうございました。工藤三千です。

 “情報ファイル”のエピソード、いかがでしたでしょうか。
 まさか初回にして物質界から解き放たれたオファーが来るとは思わず、今時を感じながら(?)ご出身の世界を通じたケヴィン様を全力で描こうと奮闘した結果、なんだか恐ろしくセリフの少ない、それでいて妙に饒舌な、むせるノベルとなったように思います。
 お気に召すものとなっておりましたら幸いです。

 解釈誤認その他問題等ございましたら、システムよりお気軽にお問い合せください。
 それでは。
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工藤三千 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2019年12月09日

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