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『百鬼夜行の中で』
ティアンシェ=ロゼアマネルka3394)&イブリス・アリアka3359

 一人には、慣れていた。
 イブリス・アリア(ka3359)は戦いに長けた鴉天狗であり、群れを好まず、気まぐれな性分もあって同じ妖怪からも遠巻きにされていた。
 人当たりのいい性格だとは言えず、善良とも言い難い。
 やや過剰に怯えられているきらいはあったが訂正するのも面倒で、一人気ままに下界を眺める事を常としていた。

 群れる事は元より、喧騒だって余り好んでいた訳じゃない。
 なのに、近頃イブリスの周辺では賑やかな声が耐えなかった。
「イーブーリースさん!」
 木の上からちらりと視線を落とせば、案の定薄く桃色に色づく頭が見える。
 やたら人懐っこいこの化け猫はティアンシェ=ロゼアマネル(ka3394)と名乗り、始まりは幾らかの鬱陶しさを覚えていたが、いつしかその気持ちも薄れ、この騒がしさにも慣れてしまっている。
 近頃といえば、彼女にねだられ、幾らか外出にも付き合う始末だ。
 物思いにふけている間もきゃーきゃーとこっちの気を引こうと必死だったから、イブリスはふっと口角を上げるとくゆらせてた煙を吐き出した。

「きゃぁ!?」
 少し距離があったにも関わらず、魔力を乗せられた煙は寸分違わずティアの顔面を直撃する。
 けほけほと咳き込むティアはしっぽを逆立てて、くつくつと喉を鳴らすイブリスを威嚇してくる。
「もうっ、降りて来てくださいよー」
 この化け猫は変わり種だった、イブリスに対して物怖じせず、碌に構われもしないのに気にした風もなく話し続ける。
 やれ何を見つけたとか、やれどんな噂話を聞いたとか。
 何故自分なのかてんで理解が出来ない、詮索する趣味もなかったので、イブリスはこの疑問を棚上げしたままだった。

「お前も猫なら登ってきたらどうだ?」
「おおおお降りられませんし!?」
 暇つぶしの余興としては悪くないように思える、しかし先程からかった分で十分気は済んでいたから、イブリスはにっと笑ってティアの元に降りて来た。
 会話が出来る距離に来るとティアはぱっと顔を輝かせる、ここまで喜ぶのも理解不能だと思いつつ、イブリスは煙管を口に戻して彼女が話すのを一方的に聞き続けた。

 ハロウィン、万霊節、呼び名は色々と違うが、要は百鬼夜行の日。
 ティアが興奮しながら語ったのはこの祭の準備がどれほど大掛かりか、妖怪の装いをした人間がどれほどいっぱいいるか。
「つまり、それに行きたいと」
「はいっ」
 下見をしてきたならそのまま参加すれば良さそうなものだが、どうやらティアはイブリスと共に行きたいらしい。
 先程煙に巻かれたのにも懲りた様子はなく、再び煙管に口をつけるイブリスにまとわりついて「行きましょうよー」と言っている。

 ……まぁ、イブリスも気が向かない訳ではない。
 ただティアと行くのはどうなのかと思案する、一人なら少し過激な遊びも出来るかもしれないが、ティアと一緒なのはどうなのか。
 値踏みするようにして暫し、能天気とも言える屈託のない表情を数秒見つめる。
「……いいだろう」
「わぁ!」
 連れて行ったからって遊びが出来なくなる訳でもない、話を知らせてきた義理もある事だし、決めるが早いか、イブリスはティアの首根っこを掴んで翼を広げ飛び立っていた。

「わ……わわっ、い、いいいいイブリスさん、誰が見てるかわかりません、よ!?」
「百鬼夜行の日なのだろう?」
 胡乱な幻覚の一つや二つを見たところで何を咎められようか、そもそもこのギリギリの火遊びこそがイブリスの気が向いた理由。
 群れを離れ、気ままに振る舞っているがその本性はやはり妖怪、人間を試す事こそが性に他ならない。
 街のはずれに降り立てば祭りの行列はすぐそこにある。
「行きましょう、イブリスさん!」
 ティアから差し出された手を握ってやり、正真正銘の妖怪である二人は、祭りの中に姿を潜り込ませた。

 …………。

 魔女、狼男、包帯男に吸血鬼。
 唐傘小僧、のっぺらぼう、河童に火の車、狐憑き。
「ほう」
 通り過ぎていく仮装の数々に視線を向けながら、イブリスは道行く仮装へそれなりの感心の声を上げる。
 多くの人間は面を下げた陳腐的な仮装のみだが、時折目が留まる中にはそれなりに趣向を凝らしたものもあった。
 賑やかで猥雑、祭りの中には上物から石ころまで何もかもがあり、祭りを壊さない限りにおいては何もかもが許されていた。
 これならば、本物の妖怪が一人二人紛れてたところで露見するはずもない。ばれるならその時はその時だし、イブリスにとってはそれこそが一興のようにも思える。
「わぁ……すごいすごい! そっくり!」
「勘付かれるぞ」
 始まったばかりで露見するのは流石にどうなのか、イブリスの掌が伸びてティアの口を封じる。
 ちゃんと出来るか? と確かめるような視線を向ければ、ティアは顔を赤くしてこくこくと頷いていた。

 手を握り直し、気持ち言葉少なめになって祭り巡りを再開。
 話せない分興奮が仕草に出ているのか、ティアは食い気味に足取りを逸らせていた。
「祭りなら夏にもあっただろう」
「私達にとって特別な方の祭りですから。それに……実はこっちの街、離れてるからあんま来なくて」
 リンゴ飴の艶やかさに惹かれたと思えば、かぼちゃをくり抜いたランタン細工に目を奪われる。
 跳ね放題になっているティアのしっぽをさり気なく隠しながら、イブリスはいつの間にか買い込んでいた綿あめに口をつけた。
 まさか店主も菓子を売りつけた相手が妖怪だとは思うまい。
 狐でもあるまいし別段化かしてはいないが、少しくらいは愉快だと思う気持ちもある。それに人間の作るものはイブリスも好んでいた、食べ物も細工物も贅を凝らし、今生きる刹那のためだけに輝きを放っている。

 ティアはすっかり祭りに目を奪われていた、人の流れにも気づかず、流されそうになるのをイブリスが肩を抱いて確保する。
「離れるなよ、お嬢ちゃん」
 ティアの猫耳が飾りではないと知っているのは、イブリスだけ。
 それを示すように耳の間近で囁けば、ひゃぁと声が上がりそうになって、イブリスは再び掌でティアの口を覆い隠した。
 赤くなりながらも不満そうな眼差しは「今回は自分が悪い訳じゃない」というアピールか、くつくつと笑って頭を撫で、手を離してやる。
 もう一度手をつなぎ直そうとしたはずが、ティアの足は何かに目を奪われたかのように止まる。
 引き返すのも間に合わず、あっと上げた声と共に、ティアは人混みに飲まれていた。

 +

 ティアは祭りを楽しんでいた。
 自身の姿を隠す必要がない事もさながら、そのまま祭りに参加する事が出来て、更にイブリスさんが付き合ってくれている。
 これ以上望むものなんて何もないと思っていたけれど、ふと視界の端で輝くものを見つけてしまった。
 森の色のように透き通った緑の石、それを銀の飾りであしらった流麗な印象の簪。
 余りにもイブリスさんの印象に近くて、心を全部持っていかれたティアはついもっと見ようとして足を止めてしまった。
 我に帰ったのは物理的に衝撃を受けた後、人混みに流され、イブリスさんと引き離されてしまう。

「あっ……」
 イブリスさんと簪の間で迷って、すごく心残りだったけれど、イブリスさんを探す事にした。
 しかし自分達は妖怪だ、大声で騒いで人目を集めるのも憚れる。
「天狗さん、天狗さん、どこ……?」
 イブリスさんが手を引いてくれた時、自分がどれだけ守られていたか思い知った。
 ティアは体が小さすぎて人の流れに勝てない、身長も余りないから、視界も碌に確保出来なかった。
 さっきまで楽しかったのに、今は見知らぬ人だらけで途端に恐ろしく思える。
 しっぽが逆立ちそうになるのを抑えて隠し、深呼吸してもう一回人混みに突っ込もうとした。

「離れるなって言っただろ」
 途端に上から降ってくる声、襟首を掴まれて人混みから引き離される。
 僅かなため息が煙草の匂いと共に降ってきて、ティアはイブリスさんの腕の中に包まれていた。
「イブリスさん!」
 一瞬だけ元気になってしっぽが立ったが、怒られてるのだとわかってすぐにへにょんとなる。
「すみません……気になるものがあって、つい」
 良く見つけましたね? と首をかしげれば、匂いを辿って来たとそっけない声が返った。
「茶の匂い、お前渡来物が好きだろ」
「……! はい!」
 自分の事をわかっていてくれる、その事が嬉しくて、今度一緒に飲みますか? とつい誘ってしまう。
「今度な。……気になるものがあったって?」
「はい、あのですね……」
 はて、イブリスさんの色に惹かれたという事をこのまま言ってしまっていいものか。
 今更のように恥じらいを思い出し、動悸にぐるぐるしながら、ティアの夢は暗転していった。

 …………。

 11月の朝、教会である。
 なんか不思議な夢を見た気がする、不思議に満ちたアリスの物語のような、ちょっと違うような。
 でも後味はとてつもなく幸せで、ティアは無性に紅茶を淹れたくなった。

 ベッドから起き上がり、身だしなみを整える。朝食を撮ったら今日は何をしよう。


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2019年12月09日

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