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『追う背中』
杉 小虎la3711)& 狭間 久志la0848

●沈黙の森
 杉 小虎(la3711)と狭間 久志(la0848)。二人は肩を並べ、アメリカ西部のとある森を訪れていた。小虎が久志に師事してからというもの、大きな作戦の合間を縫っては、放り出されたまま風化しかねないところであった任務を一つ一つ拾い上げて片付けるという事を繰り返していた。今日もそんな任務の一つを片付けている所だ。
「随分と静かな森ですわね。もう冬ですけれど、少しくらいは鳥の鳴き声が聞こえてきても良さそうなものですのに」
 うっすら雪の降り積もる白い景色を見回しながら、小虎は呟く。枯れ枝の中を風が駆け抜ける音、二人が雪を踏み分ける音以外には何も聞こえない。久志は眉根を寄せる。
「人死には出てないにしても、この森に与えられた影響は計り知れないってとこだろうな。近くの住宅地はナイトメアがうろうろしてるってんで散り散りになってるし、この森の動物は人の代わりに粗方食い尽くされちまったってとこか?」
「人間への脅威が少ないからといって、やはり放置していいものではありませんわね。戦いが終わった後の事を考えたら、自然環境が壊されるに任せておくのはけっして良い選択とは言えませんもの」
 小虎は槌を担いで溜め息を吐いた。世界をこの手に取り戻しても、復興不可能なほどに破壊され尽くされてしまったら意味が無いのだ。改めて己がライセンサーとして立身する事の意味を考えつつ、小虎は僅かに森が開けたポイントに足を踏み入れる。空は快晴、空はまぶしく、白い平原に黒い影が浮かび上がるほどだ。視界は明瞭。しかし動物どころか、討伐対象であったナイトメアすら姿が見えない。
「どうした事でしょうか。情報によれば、黒い人影のようなナイトメアが一体いるはずなのですが」
「他のライセンサーが通常の部隊編成で向かった時も、敵は影も形も見えなかったという情報があったな。これがそういう事なのか……?」
 しかし、長年戦い続けた男の勘は、何かがおかしいと訴え続けている。彼は刀を抜き放つと、下段に構えて足元へと目を凝らした。空に輝く太陽。立ち並ぶ木々、二人の足下に、影がうっすら落ちている。じっと見つめていた彼は、やがて違和感を覚える。
「杉、あの影を見ろ。何かがおかしいぞ」
「カゲ?」
 小虎も咄嗟に振り向く。辺りと見比べても、一際黒色の濃い影が枯れ木から彼女に向かって伸びていた。それを目の当たりにした瞬間、小虎もすぐにピンとくる。
「なるほど。そういうカラクリでしたのね!」
 小虎はその場で飛び上がると、槌を力任せに目の前の影へ振り下ろす。雪や枯れ葉を叩き潰す鈍い音が響き渡り、黒い影がいきなり周囲へ飛び散った。
「お出ましか!」
 久志も飛び出し、刀を袈裟懸けに振り下ろす。黒い影は真っ二つに裂けた。そして影は二人の目の前で再び一つにまとまっていく。黒々とした人影が、風に吹かれてゆらゆらと揺れながら二人に対峙する。小虎は槌を腰だめの姿勢で構えて敵の懐へと飛び込んだ。
「奇妙なナイトメアですが……覚悟してくださいませ!」
 更にもう一歩踏み込み、小虎はさらに一撃振り下ろす。大抵のナイトメアは怯んで動けなくなるような強烈な一撃。しかし敵は一歩も動かず、バラバラに飛び散らかった。手元には一切の手ごたえを感じない。
「これは……!」
 再び一つに纏まった人影は、両腕を伸ばして光の帯のようなものを放つ。咄嗟に彼女はシールドで受け止めて身を退けた。彼女を追い詰めようとする気配すら見せず、人影は群れ集まってふらふらと揺れ動いている。小虎はじっと目を凝らす。形無き影と思われたそれの正体は、小さな黒い虫のようなナイトメアがうじゃうじゃと集まったものだった。思わず小虎は顔を顰める。
「うわ、さすがに気持ちが悪いですわ……」
「なるほどな。こいつは小さなナイトメアが群れた存在だったってわけか。通常編成でかかった時に敵の姿が見つからなかったのは、やられないようにバラバラに分かれて隠れてたってわけだ」
 久志は得心して頷く。横で聞いていた小虎は、顔を顰めて槌を担ぎ直した。
「なるほど。つまりわたくし達二人くらいならどうにでもなると判断されたという事ですわね? 全く不愉快ですわ」
 小虎は再び槌を蟲の群れに向かって振り下ろす。彼女の巻き起こした気流に沿って群れはバラバラに飛び散り、一匹一匹が小虎の周囲を跳び回りながら次々にレーザーを放ってくる。
「むぅ……ちょこまかと……」
「まあ落ち着け。わざわざ逃げないってんならそれはそれでこいつらを片付けるチャンスだ」
 再び一つに集まろうとする群れに向かって、久志は光線銃を抜いて構える。
「離れろ、杉」
 小虎は言われるがままに距離を取り直す。その瞬間に久志が引き金を引き、放たれた深紅の光が影の中で炸裂した。影を成す蟲の群れは、次々に弾けて雪原に体液をばら撒いていく。生き残った蟲も散り散りになった。その一撃の威力を目の当たりにした小虎は思わず目を丸くする。
「師匠がそのような技を行使されるのは珍しいですわね」
「この手の攻撃は手応えがわからねぇからな。そういう技の加減を俺はあまりわからんから、帯同した面子が使ってくれる時には、俺まで使わないようにしてるんだ」
 久志は気怠げに呟きながら銃を天へと向ける。引き金を引いてやると、放たれた銀色の光が三本の巨大な氷柱となり、飛び散った影に次々と降り注いだ。更に飛び散った影は、次々に新たな人影を作り出し、久志に向かって四方八方からビームを放ってくる。彼は咄嗟に身を伏せ、槌を担いだ小虎に向かって叫ぶ。
「敵の眼は俺に向いてる! 今のうちにやれ!」
「お任せくださいませ」
 小虎は槌をゴルフクラブのように振り抜く。その勢いに乗って彼女は跳びあがり、遠心力を乗せながら並び立つ影に次々と殴りかかっていく。
「武芸百般奥義、“月輪殺法”!」
 月が満ち欠ける輪郭をなぞるように、彼女は槌をナイトメアの群れへと叩きつけた。巻き起こる暴風も刃へ変わり、小さな蟲の身体を次々に引き裂いていく。何とか生き残った蟲はどうにかその形を取り戻そうとするが、明らかに密度が下がり、その色も薄れていた。
「わたくし達のタッグにかかれば、決して倒せぬ敵など無いと知るのですわ!」
 振り向いた彼女は槌を担ぎ直すと、影を頭から叩き潰した。雪が激しく舞い上がり、蟲の群れも舞い上げられて体勢を崩す。彼女は槌を投げ出し、雪原へと咄嗟にダイブする。
「今ですわ! もう一度!」
「ああ、任せとけって」
 久志は宙に舞う敵に狙いを定め、引き金を引く。弾けた焔が次々に蟲を絡め取り包み込み、焼き尽くしていった。
「っと、こんなもんか?」
 彼は銃を構え、ぐるりと森の中を見渡す。足下に蠢いていた怪しい影は、最早存在しなかった。小虎は槌を脇においてうんと伸びをする。
「どうという事のない相手でしたわね。わたくしの戦いぶり、御覧になっていただけましたか?」
「ちゃんと見てたさ。大分サマになってきたんじゃないか?」
「そうでしょう、そうでしょうとも」
 満足げに小虎は頷く。普段から高飛車に振舞ってはいるものの、褒められて素直に喜ぶ様子は何処か愛嬌がある。久志もつられて笑みを浮かべた。
「さあ、こんな寒いところに長居するのは止めておこう。帰る前に何処かの飯屋に寄っておくか」
「賛成ですわ! ……御馳走になっても?」
「わかったわかった。たまにはな」

●追いかける背中
 そんなわけで、小虎と久志は近くの街のバーガーショップを訪れていた。自分の顔程のサイズもあるハンバーガーを頼んで、小虎は早速豪快に大口開けて頬張り始めた。
「……よく食うなぁ」
 久志はフライドポテトをつまみながら小虎の食いっぷりを見つめる。見てくれも実際の肉体年齢的にも青年な久志ではあったが、流石にアメリカのザ・ジャンクフードと正面切って戦うとなると腰が引けてしまう。悲しい中年のサガである。小虎はごくりと喉を鳴らして応えた。
「目一杯動いた後ですもの。ただの他流試合とは違って、IMDを用いた戦は激しい頭脳労働の一面もありますわ。しっかりとカロリーを取らなければ持ちませんわ」
「だろうな。三食コンビニサンドイッチの生活からはそろそろ脱却したか?」
「おかげさまで。こうした仕事は任務の簡易さに比して特別な手当ても出ますから、それも投資に突っ込んで何とか日々の生活に困らない程度の資金は確保いたしましたわ」
「投資?」
「銃後に憂いを作らない事も戦術の内ですわ」
 ハンバーガーを頬張りながらけろりと応える小虎。久志は頬杖を突いた。
「なんつーか、お前が変わってるのか、家が変わってるのか……日本のお嬢様がハンバーガー大口開けて齧ってるとか、中々想像できねえよ」
「確かに、ジャンクフードの類は健康に良くないから摂取は避けるようにと家では申し渡されておりましたわ」
「じゃあ何で今食ってるんだよ」
「私はこの戦いの中で気づいたのです。疲労を回復するために適した食事と健康を維持するために適した食事は異なっていると。確かにハンバーガーは炭水化物と脂肪分の塊みたいな存在ですが、消費したエネルギーを手っ取り早く取り戻すには向いておりますわ」
 立て板に水を流すように語り続ける小虎。首を傾げたい話だったが、あんまり自信たっぷりに語られると、そういうものかという気がしてきてしまう。彼も自分のハンバーガーを手に取った。
「じゃあ、小虎の意見も参考にしてみるか……」
「ええ。流石は本場のハンバーガー、肉汁たっぷりで美味ですわよ」
「うむ……」
 ハンバーガーをどうにか口に押し込みつつ、包み紙の向こう側に久志は小虎の顔をじっと窺う。その顔を見ていると、何故だか昔の事、嘗ての世界の事を思い出してしまう。

 かつては、待っていてくれる人がいた。彼女の為に、無事に帰る事だけを考えていた。勲功第一位、エースを目指したつもりはない。ただ、走っているうちに戦いから怪我などで落伍したり、命を落としたりする者も現れたり、反りが合わずに袂を分かったりと、次第に共に歩む者は少なくなっていった。そしてこの世界ではとうとう行く当てもないワタリガラスである。休む枝くらいは何とか見つけたが、それでも帰るべき巣を見つけたわけでもない。

「どうしました? わたくしの顔に何か?」
「ついてるぞ、ソース」
「これは……! 申し訳ありませんでしたわ」
 頬のソースを指差すと、小虎は慌てて紙ナプキンを取って拭う。戦いのときには頼れる、しかし日常では何処かとんちんかんな彼女。しかし、その脇目も振らぬパワフルさに、いつの間にか自分が引っ張られつつあるのも事実だ。彼女は相変わらず師匠師匠とのたまってくるが。
(スギショウコ……)
 このまま、引っ張られるに任せてその背中を追いかけてもいいものか。

 彼はちらりとそんなことを考えるようになっていた。



 つづく?


━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
●登場人物一覧
 杉 小虎(la3711)
 狭間 久志(la0848)

●ライター通信
 お世話になっております。影絵企我です。今回はちょっとアメリカに出張してもらいました。お二人のハンバーガーに対する感覚はこんなもんかなあと勝手に考えながら書かせていただきましたが、間違いなど無いでしょうか? 戦闘シーンも含めて、満足できる出来になっていればよいのですが。

 ではまた、ご縁がありましたら。
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2019年12月12日

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