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『静心なく』
サフィーアka6909


 木枯らしに乗った落ち葉が数枚、サフィーア(ka6909)の靴を撫でて過ぎた。歩みを止めて目で追っていくと、壁にぶつかった風が小さな渦を作り、落ち葉たちは輪を描いて舞う。赤や黄の葉がちらちらと翻る様は、どこか楽しげで。
 ややあって落ち葉の輪舞が終わってしまうと、途端にサフィーアは凍えそうな自分に気付いた。この寒空の下じぃっと佇んでいたのだから当然だ。上着の前を掻き合わせ散歩を再開する。

「……もう少し、陽が高くなってから出れば良かったかしら」

 商店街へ行ったとしても、まだ半分の店は開いていないだろう。朝と昼の間の微妙な時間帯。あと一、二時間すればいくらか暖かくなったろうに、それでもふらりと出てきてしまった。
 特別な理由なんてない。強いて言うのなら――頭上を仰げば、冬らしく冴えた青空。

(天気が良い日は、どうして外へ出かけたくなるのかしら。わからないけれど、なんだかそういう『気分』なのよね)
「……とはいえ、寒いけれど」

 もう少し歩いたら温かな室内へ戻りましょう。そう決め込んで、いつもの散歩道を足早に歩いていく。
 けれど分かれ道へ来た所でふと思い出した。

「この先の銀杏、もう大分葉を落としてしまっていたわね」

 少し前まで鮮やかに色づき、道行く人々を喜ばせていたのだけれど。残念に思うと同時に、彼女自身思いの外楽しみにしていたことに心付く。
 このままいつもの道を行こうか、それとも。

「今日はこっちへ行ってみましょうか」

 独りごち、定番のルートから外れてみる。
 不思議と足取りが軽くなったのは、持ち前の好奇心が刺激されてか、お決まりを破った子供めく密かな開放感からか。サフィーアは自らの胸の内を分析しかけて止めた。行く手の花壇が一面黄色に染まっていたからだ。

「何かしら?」

 近づいてしゃがみ込む。植えられていたのは、草丈の低い黄色い小花。一本の茎に手を添え、

「葉の形状からして、キク科の植物だと推測するわ。多年草かしら……去年の今頃はこの道を通らなかったから、気付かなかったのね」

 知識と照らし合わせつつ観察する。けれど花に見入れば見入るほど、頭の中の言葉たちは次第に鳴りを潜めていった。寒風を浴びてなお凛と咲く花たちは、瑞々しい生命力に溢れていて。

「綺麗……」

 気付けばただそれだけ呟いていた。

(この花の名前は何かしら。……ああ、そのうちに図書館へ行こうと思っていたのよね。この花のことも調べられるでしょうし、行ってみましょうか)

 花と別れまた歩きだす。
 あの花が散ってしまうまで、この道を散歩コースにするのも良いかもしれない。そんなことを考えながら進んでいくと、やがていつもの散歩道と合流した。
 角の花屋がもう開いていて、店先に様々な花を並べている。サフィーアはこの花屋ができた頃から知っていた。あの頃と比べると品数が格段に増え、冬でも多様な花が揃っている。

(戦いが終わって、物流が安定するとともに交易が活発になったためね)

 一旦は通り過ぎたけれど、くるりと踵を返し花々を覗き込む。
 先程の花壇の花は残念ながらないようだったが、なかなかお目にかけない種や、東西様々な歳時需要を見込んだ――聖輝節に映えるポインセチアや、新年に向けた松の枝や姫榊など――バラエテイに富んだ草花を興味深く眺めていると、ある花に目を奪われた。

(アネモネだわ。赤、桃色、紫……随分たくさん色があるのね)

 あまり見過ぎてしまったろうか、店主が声をかけてきた。断ろうとしたものの、買ってみるのも良いかもしれないと思い直す。散歩のお供に、季節の花を連れて歩くのも悪くない。そんな気がして。

「これを頂こうかしら」

 どの色にしようか少し迷って、優しい白のアネモネを選んだ。誰に贈るわけでもないけれど、棚に並んだリボンが綺麗だったので、淡い黄色のリボンを使ったミニブーケに仕立ててもらう。まだ少し歩く旨を伝えると、店主は茎の切り口に湿らせた綿を含ませてくれた。
 衝動買いしてしまった自分に内心驚きながらも、丁寧に礼を告げて店を出る。
 花は生活に必要なものとは決して言えない。買わなくても何ら困らず、何かに役立つわけでもない。自分がそういった物を買い求めたことが意外で、胸に手を当ててみる。

(実用品ではないし、遠からず枯れてしまう。言ってみれば不要なものよ。けれど……綺麗だと"感じた"の。合理的な買い物ではないけれど、かと言って間違ってもいないと思考……いえ、"思う"わ)

 不可思議な思考の揺らぎだと思っていたもの――これが、『心』。
 自身にはないと思っていた心。それが胸の内で強く存在を主張し始めたのは、過去の自分と対峙した時だったろうか。
『殺戮人形』
 かつてサフィーアは、自らのことをそう認識していた。
 歪虚を倒すべく造られた存在。ならば、歪虚を倒すことだけが自分の存在意義であり、価値であり、それ以外を望まれることなどないのだと。
 けれどアルカナと呼ばれる者達との戦いのさなか、敵の殺戮のみを目的に動いていた過去の己と――正確に言えば、サフィーアの内にある敵に対する殺意と拒絶とを、歪に誇張し体現した歪虚だったが――今の己との違いを強烈に自覚したあの瞬間、もう自分は殺戮人形ではないのだと悟った。
 銃口を持たぬこの両腕は、こうして可憐な花を抱ける。誰かと手を取り合うことも。
 刃ではなく柔らかな肌を纏ったこの両足は、いつどこへでも思うまま歩いて行ける。
 胸の中、確かに灯った『心』という名の光を道標にして、今を、明日を、未来へと。
 もう前のように、散歩に尤もらしい理由をつけなくたって構わない。
『そんな気分だから』
 それで充分。行くも行かぬも、進むも帰るも、気に召すままに。

 気付けば足は家路を外れ、商店街を辿っていた。開店準備真っ只中の商店は忙しない物音に満ちている。この時間帯独特の喧騒を楽しんでいると、繁華街へ抜ける路地で小さな卓を出している老婆を見つけた。店々とは対象的に店仕舞いにかかっている。

(あれは、占い?)

 どうやら夜中繁華街の酔客相手をしていたらしい。先達ての縁で占いに興味を持っていたサフィーアは小走りに近づき、タロットを片付けている老婆に声をかける。

「もう店仕舞いかしら? 何か見てもらうことは、」

 すると振り返った老婆は彼女の顔を一瞥するや、破顔して首を横に振った。
 貴女のカードは既に決まっておいでじゃないですか、と。
 ぽかんとするサフィーアを残し、老婆は路地の奥へ消えていった。

(私のカード? ……まさか)

 人形という殻を破った戦いの終わりに現れたカード――『運命の輪』。そのことを老婆が知るはずないのに。
 あれこれ考察しかけて、止めた。

「……不思議なこともあるものね」

 思えば占いそのものが非科学的で非論理的なもの。狐につままれたような心持ちだけれど、不思議と気分は悪くない。

「さて、」

 ブーケを抱え直し、気の向くままに歩きだす。

(そういえば、以前あちらの大通りで開店したカフェが人気だって聞いたのよ。ここからすぐだわ……何がそんなに人気を呼ぶのかしら。私も好ましく感じるものかしら。ああ、でも図書館にも行きたいし……先に本を借りてきて、読みながらお茶にするのも良いかもしれないわ)

 サフィーアの気ままな道行きは、まだまだこれから。軽やかに通りを行く彼女を、冬の陽射しが柔らかく包んでいた。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
【登場人物】
サフィーア(ka6909)/その歩みは、ココロと共に

【ライターより】
お世話になっております。サフィーアさんのとある日の散歩のお話、お届けします。
アネモネの花言葉は『見捨てられた』『見放された』と、不要になることを恐れていたサフィーアさんを暗示させるようなものですが、
白いアネモネに限った花言葉には『期待』『希望』といった意味があるそうです。どうかこれからのサフィーアさんが、ココロに希望を抱いて歩いて行かれますように。
イメージと違う等ありましたら、お気軽にリテイクをお申し付けください。ご用命頂きありがとうございました。
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2019年12月13日

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