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『【宿縁】ふたつぼみ』
不知火 仙寿之介la3450)&日暮 さくらla2809)&不知火 仙火la2785

 冬の風が葉の落ちた桜、その剥き出しの枝を撫で揺らす。
 不知火 仙寿之介(la3450)は、寂びた風情にしばし見入った。
 峻厳たる冬に打ち据えられればこそ、春の陽気を迎えた桜は開く。それを思えば、自分もまた冬なのだろう。ただ、峻厳で片づけるにはずいぶんと意地の悪い、含みの多い冬ではあったが。
 左手で掴み、ぶら下げている刀は、この世界での愛刀“君影”。謂れに登場する刀鍛治が妙に自分と重なる気がして愛着を持った。
 そういうことだ。刀鍛治も俺も、託したのだからな。
 刀鍛治は姫君へ、仙寿之介は愛弟子にして妻となった女へ、それぞれに。そして。
 今日、俺はなにを託す? 打ち据えるばかりで終わるかもしれんが……
「さて。立ち合うにあたって、俺にこの世界で覚えた技を使う気はない。ただしおまえたちへ禁じ手を申し渡す気もない。すべてを尽くしてかかってこい」
 ……すべては、ふたつの蕾次第ということだ。

 日暮 さくら(la2809)は口にしかけた挨拶を飲み下し、腰を落とした。反射的な行動ではあったが、数え切れないほど繰り返してきた過程をなぞることで、自動的に心が据わる。
 いえ、据わってはいませんね……それでも飲まれずに済んだのは幸いでした。
 呼気を吹き抜き、さくらは逸る右手を抑えつけた。抜刀とは戦闘態勢を整えるためのものではなくひとつの手であること、忍たる母から教わっている。無駄に使い捨てるわけにはいかない。
 心を引き締める間に足場を確かめ、ついでとばかりに片脇を見やる。
 ――この状況で腑抜けた顔を! 今の状況を理解しているのですか!?
 思わず苛立つが、この苛立ちはむしろ八つ当たりというものだろう。しかし、そうせずにいられないほど、不知火 仙火(la2785)は落ち着いた顔で立っているのだった。

 別に余裕あるわけじゃねぇけどな。やり合う相手はわかってるし、自分のやることもわかってる。焦りようがねぇってもんさ。
 さくらの尖った視線に胸中で言い返し、仙火は彼女の佩剣と同じ守護刀「寥」を抜き放つ。そもそもが誰より仙火を知る父であり、頂の剣士たる仙寿之介が相手だ。抜刀を隠す意味は見いだせなかった。
 それにしても、父ながら食えない男だ。仙寿之介が技を使わないと宣言したのは、EXISの扱いに勝る仙火とさくらを相手に、同じ土俵で勝負する気がないことを示している。祖父の飄々とした抜け目なさを再現しようと努めてきた仙火だが、実は誰より祖父らしさを体得しているのは父なのだ。
 結局俺は、なりたいもんになれねぇまま終わるのかもな。
 ため息をつくことで体内にわだかまる息をすべて抜き、新しい空気を深く吸い込んだ。
 だったら、誰かが望んでくれる俺に成ってやる。たとえばさくらが欲しがってくれた、濁剣とかにな。
「俺たちも技に頼らねぇほうがいい。技ってのは遣い手の挙動を縛る。その隙は父さんにとっちゃご褒美タイムみてぇなもんだ」

 したり顔――実際そうではないのだが――で言い放つ仙火に、さくらは左の眉根を跳ね上げた。
 確かに、技というものは決まった手順を踏まなければ十全を為さないものだ。その固定化された動きは、仙寿之介に付け入られる隙となるのだろう。
 が、さくらは仙寿之介とすでに一度、尋常の勝負をしているのだ。まずはその経験を頼り、伺うべきだろうに。
「……なに考えてんのか、なんとなくわかるんだけどよ。助太刀じゃ足りねぇって言ったのはおまえだぜ?」
 そうだ。この場に在るのは、清と濁とを併せ、いずれかひとつでは届かない頂へ向かうがため。それができると思えばこそ、自分は仙火という剣士を望んだ。
「頂を前に、少々我を忘れていたようです。互いの全力を併せますよ、仙火」
「じゃ、まずは口上、併せとくか」
 ここで言うべきことは、ただひとつ。
「「いざ尋常に、勝負!!」」

 すべてを尽くせと言われて尋常を謳うか。
 仙寿之介は無造作に刃を引き抜き、ぞんざいに前へ切っ先を向けて踏み出した。
 この場の尋常とはつまり、仙火とさくらもまたEXISによる技を使わないということだ。まあ、あのふたりは共に忍の母を持つ。故にただのブラフである可能性もあるわけだが、それはそれでかまわない。それよりも、謳っただけのものを為せるか――
「刃に問おうか」
 ああ、あのときも俺はこう言ったな。仙寿之介は鼻先をかすめる回顧の香に薄笑みを漏らし、あらためてさくらを見やる。
 あのときの蕾よりもさらに小さく固い蕾だが、俺のいじけた息子には少々ちがうように見えているらしい。さて、俺にもそれを見せてくれるものかな。
 すでに刀を抜いた仙火は正眼に、未だ抜かぬさくらは鯉口を切った刀の柄へ置いた手を、ずらした体で隠している。
 ある意味でおまえたちは不幸なのだろう。八重の蕾と演じた勝負、今の俺には再演ができぬのだから。
 そして唐突に切っ先を引き、前蹴りでさくらの膝を蹴りつけた。剣が来ると思っていたのだろうさくらは不意を突かれ、体勢を崩す。
 仙火がするりとさくらをかばう様を見やり、仙寿之介は今度こそ剣を構えて踏み込んだ。
 見ておけ。孤高を気取る滑稽から放たれた者の、無縫なる剣を。

 仙寿之介の剣にはつかみどころがない。
 どれほど語彙力を尽くそうとしても、出てくるのはそれきりだ。
 さくらや仙火がどれほど攻め立てようと、仙寿之介は受けることすらなく滑り抜け、返した峰でふたりの手首を、肘の内を、肩を、打ち据えていく。
 受けることすらかなわぬ剣閃を受け続け、気づかされずにいられない。最初の勝負で仙寿之介が自分を苛烈に打ち据えたのは、実力の程を計るためだったのだと。それが知れたからこそ、彼はこれほどの手加減をしている。
 それほどに、私は弱いのですか。
 いえ、わかっています。私の剣のか細さなど、とうに。
 それでも私は私の剣を捨てられない。私が目ざした父の剣は――
「くだんねぇこと考えてんだろ」
 仙寿之介を牽制しながら、仙火が声音を投げてきた。
 今は勝負の最中ですよ! 常のように言い返せないほどさくらの心は疲弊していて、だからこそ怒ることも忘れ、彼が続けた言葉をただ聞いてしまった。
「足りねぇなら足せばいい」
 足せばいい? なにを?
「おおっ!」
 仙火が息吹き、霞に構えた剣を仙寿之介へ突き込んだ。その突きはあっさりとかわされるが、仙火はかまわない。あるときは手首の返し、あるときは肘の返しに乗せ、幾度となく突き続ける。
 捉えるには足りないから数を足す。それでも届かないから意気を足す。
 仙火の覚悟を見て取った仙寿之介は、足捌きで連続突きをかわしながらさくらに問うた。
「まだ足りぬようだが、足せるものはあるか?」
 彼の問いに押し詰められていた気合を抜かれたさくらは、ようやく声音を放った。
「――私の刃を!」

 加わったさくらの斬撃に、仙火は思わず目を奪われかけた。あわてて視線を振りほどくが、しかし。
 さくらの剣は綺麗だ。迅くて鋭くて、俺じゃ真似もできねぇ、芯の通った剣。
 この剣なら俺は間に合ったんじゃねぇのか? 俺を守ってくれようとしたあいつが傷つく前に。母さんが攫われちまう前に。
 ……ひねくれてこじらせちまった、なのに濁りきっちまうにも足りねぇ俺の中途半端な剣は、これからずっと間に合わねぇままなんじゃねぇのか。
 って、くだらねぇこと考え込んでんのは俺だ。足りねぇなら足せばいい。てめぇで言ったことだろうが。
 俺の剣が濁りなら、もっと濁ればいい。
 じゃあ、濁るってのは、どういうことだ?
 濁った水は、なにが沈んでても流れてても外から見えねぇ。そういうことだ。
 濁れ。濁れ濁れ濁れ濁れ。もっと濁って包み隠せ。俺の“一条”を、目の前の敵から――

 さくらは剣を繰る中、前掛かりに仙寿之介へ突っ込んでいく仙火の有り様を見る。
 修めたはずの基礎も基本も無視したでたらめなばかりの攻めなのに、心揺さぶられずにいられなかった。
 仙火の剣は型破りですね。なのに手のすべてに意志があって、強かで。私の剣は、型や思惑から外れてしまえばそこで尽きてしまうばかりなのに。
 私にあの刃なる心があれば、少なくとも仙寿之介にも届けられたのではないのでしょうか。父と母から受け継いだ宿縁に対する、私の答を。
 私はなにひとつ足りていない、心も体も技も。だから、届かない。このままでは永久に。
 ――それをよしとするのですか? 仙火と仙寿之介を裏切って、自分の脆さを嘆く?
 いえ。そんな無様と無粋を晒すくらいなら、腹を切って果てましょう。私は私の剣を尽くすため、ここに立ったのですから。
 では、どうするのです? 仙火のように足せるものなどないのに。
 私の剣は清。ならば足りていないものをすべて削ぎ落としましょう。心を削ぎ、体を削ぎ、技を削ぎ、清ます。
 清みきった“一条”を為すために、仙火の濁りへ乗って、計る。

 仙火とさくらの気配が変わった。
 それを見た仙寿之介は身を巡らせて仙火の突きをやり過ごし、柄頭で腎臓を打ち据える。
 仙火を守るように斬り込んできたさくらに対しては刃の下をくぐり、同じく柄頭で鳩尾を突いた。
 そして共に息を奪われて転がったふたりを見下ろし、静かに問う。
「それがおまえたちを尽くしたすべてか?」
 仙火とさくらは立ち上がり、互いに目線を交わす。自分たちの尋常はあの頂に届かない。それでもあきらめないと決めたのだから――
「日暮 さくら」
 さくらは心を据える。自分を清まし抜いた粋の一条を見せるがため。
「不知火 仙火」
 仙火は心を据える。自分の濁り抜いた先の一条を見せるがため。
「「推して参る!!」」
 今こそEXISのイマジナリードライブが力を得てふた振りの寥を滾らせ。
 仙寿之介もまた、君影を起動させた。
「受けよう」

 先手は仙火。
「ちぃ、ちぃ、ちぃちぃ」
 囀りながらマジェスティブレードを斬り下ろし、斬り上げ、横薙いでいく。拍(リズム)を乱す囀りに合わせられた、体軸も剣筋もあえて乱したこの攻めは、並の剣士ならば数合と保たずに斬り払われようが……仙寿之介を乱すことはかなわない。
 が、それでいい。当てられずとも、刃に灯る光の残像が仙寿之介の視界に焼きつけられれば。
 その剣閃の合間より、さくらは散弾銃「バスターブリザード」による支援射撃を撃ち込んだ。
 仙火の囀りは、母から習った業(わざ)によく似ていた。だからこそ彼の刻む拍からさらにタイミングをすらし、重ねる。
 そしてこの散弾銃、威力もさることながら、点ならぬ面の制圧力こそが利だ。
 最少の見切りでやり過ごすことを許さない銃撃に、仙寿之介は大きく避けさせられることなったが。
 足裏で地を踏んだと同時、仙寿之介が踏み出した。剣を正眼に構え、腰を据えたままに。無縫を掲げた濁剣から転じての、正道中の正道たる清剣。
 さくらは迫り来る仙寿之介の様に奮えた。この寸毫、目に焼きつけましょう。私が目ざす頂の様として。でも今は。
「っ!」
 アリーガードで割って入った仙火が、仙寿之介の一閃を受け止める。右の肩口に食い込んだ父の刃を全力で締めつけ、爆ぜる激痛のただ中で口の端を吊り上げた。
 当てられなくても、当たるのはできんだよ! それから。
 仙火のだらりと下がった右手が掴み取った。さくらが使い始めたことで興味を持ち、手に入れていたバスターブリザードを。
 これが俺の濁りだぜ。
 さくらに習った通り、腰だめに構えて銃身を固定、引き金を引き絞る。
 撃ち込まれた散弾は、咄嗟に横へ体を流した仙寿之介を捉え損ねて空へ散った。
 と、仙寿之介は気づく。さくらの姿が仙火の背後から消え失せていたことに。

 地を転がり、さくらは裏へ回り込んでいた。
 濁りの内より伸び出す清。それこそ私が為すべき剣の姿なのでしょうけれど。
 さくらは左手で振りかぶった剣を横薙いで反転、仙寿之介に背を向ける。胴に巻きつけた右手が露わとなり、そこに構えられていた散弾銃の銃口が仙寿之介を捉えた。
 参ります!
 果たして放たれた支援射撃。撃ち据えられればよし。撃ち据えられずともかまわない。なぜなら。
 弾雨をすり抜けた仙寿之介へ、仙火が迫っていたからだ。右肩を打たせたのは、柄の先を握り、剣を支える左手の無事を保つがため。
 膂力、技、業、気合、魂、文字通りの“すべて”を尽くし、仙火が崩し八相からクルエルラッシュを打ち込んだ。
 仙寿之介はこれを刃で受けずに滑り抜ける。肌で感じていたのだ。これこそは仙火の一条であり、それすらも真(まこと)なる剣を押し隠す濁であることを。
 そして。
 上段構えから無心で斬り下ろされたもうひと振りの寥――さくらの明鏡止水の心による一条を見上げ、薄笑んだ。

「……清濁を語るには拙いが、おまえたちの心はしかと見届けた」
 唐突に崩れ落ちたさくらの向こうで仙寿之介は語る。返し技であることは仙火にも知れたが、それだけだ。剣閃どころか残像すらも見えはしなかった。
「キーンエッジを使う手もあったな。濁りを深め、相方を隠すことに心捕らわれたか」
 言われた仙火は目をしばたたき、かぶりを振る。
「考えてもなかった。どっちかでも届けばいいって、それだけだ。でも――父さんと仕合うってのに、俺は自分にケチつけたくねぇって、思ってたのかも」
 推参のはずが、矜持は捨てられなかったか。俺が思うよりもおまえは剣士だったということだな。
 語らぬまま、仙寿之介は仙火の前へ立つ。
「おまえも焼きつけておけ、俺の剣を」
 場違いな喜びに胸躍らせて、仙寿之介は剣を構える。
 おまえが剣の道を行くならば、ここで見せた剣は標となるだろう。いつかそれをも越え、おまえの頂へ達してみせろ。

 あっけなく叩き伏せられた仙火は、さくらが目を醒ますのを待ち、悠然と立つ仙寿之介と再び向かい合った。
「父さんの剣、体に刻み込んだ」
 続くさくらは深く一礼し。
「一度ならず二度も無様をお見せすることとなりました。ご容赦ください」
 それでも悔いはない。
 仙寿之介と両親の宿縁は、この勝負をもって自らの縁となった。それを繋いでくれた父母、そして断ち切ることなく受け容れてくれた仙寿之介に感謝している。それに。
 仙火との間にも確かな縁が結ばれたのだと思えて……それがけして不快なものではないことを感じてもいて。
 ただの腑抜けではないこと、見てしまいましたからね。
 仙火は押し黙っているが、おそらく考えているのだろう。この先にどうするべきかを、彼なりの真剣さで。
 不思議なほど、そのことに疑いはなかった。
 そんなさくらを見、さらに仙火を見、仙寿之介は言う。
「今はまだ蕾どもと呼んでおこうか。また剣を交えるときには、咲いた様を見せてみろ」
 小さなふたつの蕾が、春のただ中にほころび開く様を思い描き……踵を返した。


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2019年12月16日

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