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『想いとおまじないと』
鬼塚 陸ka0038)&鬼塚 小毬ka5959

 チケットを購入し、受付を通り抜けて見えた世界は鬼塚 小毬(ka5959)にとって心躍るものだった。振り返れば、心境を察して順番を譲ってくれた伴侶と呼ぶには恥ずかしさが残る鬼塚 陸(ka0038)が人混みを躱し、こちらへ歩いてくるところだった。目が合った瞬間、柔らかく口許が綻びる。移動で疲れているだろうにそれをおくびにも出さずにいたが、その笑みは疲労が吹き飛んだと言っているようで少し擽ったかった。
「リクさん、まずは一体何をすれば宜しいの?」
「えーっと、そうだなぁ……とりあえずパンフレット貰って適当に見て回ろうか。何かマリが気になる物があったら、その都度僕が説明出来ると思うし」
「パンフレット……多分あちらですわね!」
 入る人の邪魔にならないよう避けて、二人横に並んでそんなやり取りを交わす。小毬とて陸の話を聞いていなかった訳ではなく、むしろ興味をそそられて期待に胸を膨らませていたくらいなのだが、いざ目の前にすると情報量が多く、頭の中にある知識と広がる光景が上手く結びつかない。あれは一度上昇して急降下するという乗り物か、ならその隣の船を模した物は何だろう――そう考えながら視線を巡らせた先、正面の広場に従業員と思しき姿が見え、駆け出そうとしてから小毬は陸と一緒に行こうと考え、自らの身体に急制動をかける。と。
「そんな慌てなくたって、逃げたりしないから」
 言葉と同時に上着のポケットに仕舞われていた手が伸びて、小毬の手を所謂恋人繋ぎで握り、そのまま引き寄せられる。収まったポケットのもこもこした裏地より、直接触れる陸の手のほうが温かくて心地いい。二人して手袋を忘れたのを移動中笑い合っていたが、こんなふうに出来るのなら忘れてしまってよかったなんて思う。陸の熱が移る手と同じだけ寒風に晒される頬が熱くなった。はにかみ手を握り返す小毬に、陸は可愛いと笑って言う。何度も、変わることのない深い実感を込めて。だが彼の顔が赤いのもきっと、寒さのせいだけじゃなく――。くすりと微笑んだ後、
「私も、リクさんの格好良さに痺れてしまいますわ」
 と言えば、
「動けなくなっても置いていかないから安心してよ」
 と言って、ほんの少し力を強め掌を密着させると、陸は視線で促して、ゆっくり歩き出した。背中を追いかけるのではなく、対等に隣に。その祈りに違わぬと腕が当たるほど近く並んで歩いていき、鼓動が早まるのを感じながら、小毬は改めて初めての景色に目をやった。

 陸の生まれ故郷であるリアルブルーは人こそ見慣れていたので違和感がなかったが、風景は随分毛色が違っていた。元々共通する点があったり、転移者がもたらす技術をクリムゾンウェスト式にして取り入れたとはいえ、技術力より何より世界に高度な娯楽を作る余裕がなかったのだ。一緒に来たこの遊園地もそのひとつで、特別なこの日にわざわざ遠いここを選んだのはある乗り物にとてもロマンチックなジンクスがあるから。事前に打ち合わせた訳でもないのに最も目立つそれは楽しみに取っておいて、まず他の乗り物を楽しむ。ジェットコースターにフリーフォール、メリーゴーランドにコーヒーカップ。共にゴーカートに乗って、レースゲームの筐体と勝手が違うと最初は戸惑っていた陸が直にスイスイ乗りこなしたのには感動した。流石機導師。屋内で巨大スクリーンを前に、今にも飛び出しそうな映像を眺める物もあったが、大部分は屋外にいた。それでも平気なのは繋ぐ手と、
(貴方に頂いたマフラーのお陰で、少しも寒くないから――)
 思いつつ、愛おしさに緩む唇を隠す為そのマフラーを若干引き上げた。
 待ち時間が長い物を避けた結果、効率よく回れたので忘れる前にと売店に入る。昼前に来て、暫くしてから少し遅めの昼食をとったので夕方から夜へと差し掛かった今も、特にお腹は空いていない。お土産に菓子を買い、後は自分たち用に何かと辺りを見回す。
「可愛いストラップですけれど、お揃いという感じはあまりしませんし、カチューシャというのも……」
 長身だがどこかあどけなさが残る陸の顔を眺めて、頭につけるのを想像したら似合ったがその感想は心に仕舞った。ぶつぶつと悩む小毬の元に「これはどう?」と彼が持ってきたのは色違いのマグカップだ。キャラクター物だが抽象化され、色数も絞られているので子供っぽさはない。
「まぁ、バカップルっぽい感あるし、マリが嫌なら僕は全然別のやつでいいんだけど――」
「あら、私も素敵だと思いますわよ? 毎日使うものですし、大切にすれば長く愛用出来ますもの」
 見る未来は五年十年ではきかない。いつか壊れたとしても、使った分だけ思い出が残る。
「じゃあこれにしよっか」
 言って陸は小毬が持つ籠にマグカップを入れると、その籠ごと引き受ける。一緒にレジに向かいながら窓を見ると、薄暗い空を背にした観覧車が綺麗に輝き出した。

 ごゆっくりと今日だけでも何十組の恋人を見送っただろう、係員の姿が遠ざかっていく。昇っていく観覧車の中に二人きり。はしゃぎ過ぎた自覚がある先程までとは打って変わり、楽しかった時間ももう終わりという寂しさと静けさ。ほんの少しの緊張に小毬もつい口を噤んでしまう。ただそれ以上に、隣の熱に安らぎも感じていて。ちらりと覗けば陸は景色を眺めている。その横顔に自分と彼とが違う世界で生まれ育った事実を思った。
 ……以前の、燃え尽きることを望んですらいるかのような彼だったら。情勢どうこうは抜きにしても、この場所に共に来てくれなかっただろうと思う。告白の時にさえ誤魔化しを入れるような、ある意味正直で誠実な彼だからこそ――“永遠に”だなんて未来を約束はしないと思うから。自分が足を踏み出したことで陸は変わったのだ、そう自惚れてもきっと罰は当たらない。ひと時の平穏ではなく、あの日勝ち取った当たり前の未来へと続いていく今を噛み締めながら。それでもやっぱり特別さを感じるこの空間でなら、ありのままに想いを伝えられる筈だ。音もなく深呼吸をして、小毬は告げる。

 ◆◇◆

(去年の今頃……まさか、自分がこんなことになっているとは想像もしてなかっただろうなぁ)
 段々と地上から遠ざかるにつれ、人影は米粒のように小さくなってアトラクションもビルも、全部ミニチュアのようだ。今日が昨日になれば後はもう離れていくだけ。そんな風に割り切れるほど大人にはなれず、自問自答しつつ足掻く日々だった。今は隣にいる小毬とだって人並みに持つ臆病さに最初は上手く向き合えなかった。ただただ必死で、未来に目を向ける余裕なんかなくて。
 邪神にトドメを刺したあの瞬間、キヅカ・リクの……誰かの為の物語は終わった。荷物の横、小毬と触れていないほうの腕を持ち上げて、心臓がある所を緩くなぞる。この胸は時折痛むけど、それでももうその痛みも受け止められるようになった。だからソサエティに登録する際書いた名前を本来のものに戻したのだ。もう一度、自分の為に……自分の隣に居てくれる人と共に笑っていられるように。
(誰もが笑って生きれる世界って、きっとそういうことなんだ)
 ありふれた幸福を手に入れるのに肩書きも何も要らない。今ならそう、想えるから。だから、一年前の自分が助走をつけて殴りに来そうなほど幸せに今を過ごそうと、まずはとりあえずそれっぽい場所……ということで見つけたのは割とみんながよく行きそうなところと、よくあるジンクス――おまじない。それこそ昔なら、こういう言い伝えって販促の為の大人の嘘なんて、どことなく冷めた気持ちで見てたんだろうなと思う。けれど今は“祈り”の意味を、その力を知ったから。嘘かどうかはどうだっていい。あの世界で生きた日々がそのことを教えてくれた。そこに想いがあれば、それだけでジンクスも真実になる。
「ねぇリクさん。私、幸せですわ」
 思考に耽る中、凛とした声は胸の内側まで届き、陸は隣に座る小毬を見返した。ゴンドラを飾りつけるイルミネーションは中から見えないが室内灯に照らされたその顔を淡く明滅する様々な色で染める。贈ったマフラーと下ろした髪が首を隠し、けれど緩やかな曲線を描く唇はよく見えた。照明を浴びているというよりも小毬自身が光り輝いているようにさえ感じる。可愛くて綺麗で愛おしい。
「ずっとずっと、おばあちゃんになったって。貴方のことを愛しておりますわ」
 甘く蕩ける声音が、すっと細められた瞳が。言葉と同じだけ想いを伝えてくる。くらくら目眩がしそうだ。頬もきっと赤らんでいるに違いない。何度愛情を伝えても伝えられても、色褪せないのは自分も同じで――。
「僕も、マリと一緒なら――」
 言いかけた言葉はガタンと音を立てて揺れるゴンドラに遮られた。大丈夫だろうとは思いながらももし彼女に何かあったらと思うと、少しだけ肝が冷えるのを感じながら、小毬の肩をそっと支える。視界の端で薬指の指輪が煌めいた。華奢で脆そうに見えて、自らの命を賭して守らなければならない程か弱くはないことをよく知っている。お互いのほうに上半身を向けて、温かな橙に近い赤い瞳を見下ろす。陸が再度口を開くより先、ゴンドラの中にこの時期定番の音楽が流れ始めた。視線を向ければ先を行くゴンドラが上に昇りきって、ゆっくりと降りていくところだ。自分たちの乗るそれがてっぺんに着くまで多分そんなに時間はかからない。
 意志の強さを物語る瞳が長い睫毛と瞼に隠されて見えなくなった。オルゴール調の音楽は恋人たちの睦言を邪魔しないよう、幾らか控えめに響いている。
 ――この遊園地さ、観覧車の一番高い処でキスすると二人は永遠に幸せになれるんだって。マリ、僕たちも行ってみよっか?
 折角だし、格好付けて口説き文句を考えようかとも思ったが、洒落た言い回しなんて思いつかなかった。それに、自分の面倒臭い性格も小毬は全て見透かす筈だと、二人で歩み始めてからの時間がそう証明もしていて。結局はそれも言い訳というかデートの口実という面が大きいが、勿論それも解っているに違いなかった。
 心が離れてしまう未来を考えはしない。不安で固くはならないが心臓が早鐘を打ちだしたのを自覚しつつ、陸は顔を近付けると、目を閉じて唇を寄せる。凍結から息を吹き返した地球で今はまるで小毬と二人だけになったかのようだ。唇を通して伝わる体温が優しくて幸せだから少しだけ泣きたくなる。
 いつまでそうしていただろうか。そう短くない時間だったが、離れれば名残惜しさを覚えた。もう一度若干ゴンドラが揺れ、既にゆっくりと降っていることに気付く。無事ジンクス通りのことが出来たのを喜ぶより、今二人こうしていられる喜びに殆ど同時に笑い合った。久しぶりに自分の為に笑えた気がする。先に口を開いたのは陸だった。
「マリと一緒ならもう一度進んでいける。始まりと終わりのあるこの世界で――僕が終わるその瞬間まで、二人ずっと一緒にいよう」
「勿論ですわ。リクさんが嫌だと言ってももう私も離せませんもの。貴方が私を我儘にしたせいで」
 悪戯っぽく、小さく頬を膨らませて小毬は言う。ジンクスも指輪も言葉も、こうやって形にしていれば思い出になり、どんな困難が降りかかっても立ち向かえるような強さへと変わる。だから、悲観も楽観も出来ない世界でも平気。肩肘を張らず歩き出せる。
「全部責任を取るから、次はマリの行きたい場所に行こう。他のデートスポットもあるし、気に入ったんならまた遊園地でもいいしね」
「そうですわね……でしたらまた来年も――」
 言いかけて止まった彼女の視線は陸から離れて、今は横に見える座席後方の窓を覗いた。僅かな嫉妬心を覚えつつも陸もつられてそちらを見れば観覧車の頂上よりも高い場所、空からチラチラと雪が落ちては小粒のそれは窓に落ちるなり溶けて、隙間を縫った雪は地上へ降り注ぐ。
「いつから降ってたんだろ? さっきまでそんなことなかった気がするけど」
「私たちがキスをしていた間かもしれませんわね」
「だとしたらこんなロマンチックなことないよね。今日雪降る予報じゃなかったのに、ホワイトクリスマスなんてあやかった甲斐あったかな」
 遊園地を満喫するのは終わりでも、本日のデートはもう少し続く。クリスマスプレゼントはディナーのときに渡そうかなんて考える陸の隣で小毬は今日も幸せ一杯に笑う。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
お言葉に甘えて細かい点は好きに補完させていただきました。
心情についても一部付け足している部分があるので、
そこで解釈が違う、となっていたら申し訳ないです!
お揃いの品は最初、パーカーで考えていたんですが、
陸さんはまだしも、小毬さんは人前で着るのは恥ずかしそうな
気がしたので自宅で二人の秘密として楽しめる感じにしました。
激甘な空気がさらっと通り抜けるようなイメージで書いてます。
今回も本当にありがとうございました!
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りや クリエイターズルームへ
ファナティックブラッド
2019年12月16日

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