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『女神人魚 三度』
スノーフィア・スターフィルド8909

 スノーフィア・スターフィルド(8909)は冷凍庫(的なもの)でとろっとろにしたウォッカにライム絞ったやつをぐいーっと呷り、息をついた。
 ぷはーっと行きたいところなのだが、音が出ない。これは未だ解除できていない人魚化を、「声を失う代わりに地上で生きられる足を得る薬」で無理矢理抑えていることの副作用なわけだが。
 特に不都合ありませんし、明日考えたらいいですよねー。
「んな器用にゼスチャー決められんだから、そりゃそうだろうけどよ」
 あきれ顔を向けてくるのは、飲み友だちで最近はスノーフィアを巡る怪異に巻き込まれがちな探偵、草間・武彦(NPCA001)である。
「宅急便とか受け取んの大変じゃね?」
 スノーフィアはそこそこハイクラスな引きこもりだが、それにしてもまったく人と接しないわけにはいかないわけで。
 しかしスノーフィアはアルカイックスマイルでかぶりを振るばかり。
「あー。美人は笑ってたらなんとでもなるってハナシね」
 と、それはともあれ。
「だからって呪われたまんまじゃいらんねぇだろ。ん? 呪いじゃなくて祝いになんのか? ……よくわかんねぇけど、さっさと人魚辞めねぇとめんどくせぇことになんぜ」
 それは言われるまでもなくわかっていた。そもそも人魚ではないスノーフィアが人魚になって、さらに薬で人間になっている。世界の理を二重に破っているわけで、その歪みは確実に世界へ、そして彼女自身を侵すだろう。
 ということで、実はすでに手は考えついていたりするんだが。
「ぼはぼは! ちがう、ぶくぶく? わけじゃねぇ? それが積もる……そのつもりってことか? で、泡が消える、オッケ、なんかわかったわ。人魚姫みてぇに泡んなって消えんだ。そういう見立てで」
 やっと正解を引き当てた武彦に大きくうなずいてみせ、スノーフィアは土の“親方”が恭しく差し出したものを手に取った。
「そのちっちゃい不気味物体のこたぁ訊かねぇけどよ。泡んなって消えるんだったらそれ、いらなくね?」
 華美な装飾を施された短剣をシャーペンよろしくくるくる回しつつ、スノーフィアは説明したものだ。
 あくまで予備の策なのですけど。人魚姫が泡になって消えるには、王子様に失恋しなくてはなりません。でも私、恋愛フラグ立ててませんし、だったら見立てで、私に恋心を持たない王子様を刺しちゃうのもありかなと。
 それは人魚姫に与えられた第二の選択ルート、泡となって消えないために王子サシコロってやつである。恋人になりようがない飲み友を王子様にしてしまえば、見立ては完璧だ。
「ゼスチャーだとよくしゃべんじゃねぇの姉さんっ! 俺ぁ霊能力とか超能力とかねぇけどよ! そいつがすげぇ斬れるヤツだってわかっちゃってっから!」
 見立てですから大丈夫ですよ多分。
 すらっと立ち上がるスノーフィアの目が据わっているのは、酒精のせいなのかそれとも殺意のせいなのか。
「いやいやそれさぁ、俺の腹にさくっと刺さるってぇ。それに両刃だしさぁ。刺さったら腹圧で上に跳ね上がんじゃん? そしたら腸が切れちまって壊死して俺、ほんとに死んじゃうからぁ」
 可能性は無限大ですよ? だったら試したいじゃないですか無限大の可能性!
「俺の命はいっこしかねぇんだよ! 何回も試せるもんじゃねぇ!」

 なんて騒動があったりして。
 スノーフィアは今、武彦が逃げ帰った後の自室でひとり、考え込んでいた。
 とにかくこのままではいけない。先送りにしてきたこの人魚問題、解決してしまわないうちは武彦も二度と遊びに来ないだろう。
 唯一だから無二な飲み友を失ってしまったら困りますしね。
 ついさっきその唯一無二の存在を刺し殺してみようとした女の思考じゃないわけだが、さておき。
 スノーフィアはゲーム機を立ち上げ、ダウンロードタイトルとして並ぶ『英雄幻想戦記』シリーズを物色する。5作目のせいで人魚化したなら、他のナンバリングの設定で相殺ないし上書きできるのではないかと思うのだ。
 可能性は無限大ですからね。しかもこれなら何回でも試せますし。
 そしてスノーフィアは無印の“スノーフィア”を我が身へ顕現させた。
 ……ファンタジーだから普通に人魚ですね。
 そう、敵キャラやストーリーのキーキャラに人魚が存在するこの世界観では、スノーフィアもそのまま人魚として成立してしまう。しかもしっかりとデバフアイコン――この場合は音声封印――が灯っていて、解呪不能を示す“×”までついていた。
 しかも職業を変えても種族までは変えられないし、解呪魔法は音声封印のせいで使えず、さらにはどんなアイテムを使ってみてもデバフは解けなかった。
 これは当然のことで、そもそもの人魚化がアイテムによる外因的な状態異常であり、これが解除されない限りは「音声封印を代償に人間形態を取った人魚」というスノーフィアの現状もまた不変である。そうでなければ彼女の存在自体が理から外れてしまうからだ。
 ということは、2、3、6、7、8、全部だめですね。って、こうしてみるとファンタジーRPGなんですねぇ。

 数時間後、ようやく我に返ってゲームのプレイを止めたスノーフィアは、唯一残されたスペースオペラ風RPGであるところの4を立ち上げる。
 ガイノイドなら、行けそうな気がします!
 結果は――ガイノイドどころか人魚ノイドとかいう新職業が爆誕。でも実態は普通にしゃべれないだけのガイノイドで、解呪不能の代わりに修復不能アイコンが灯るばかり。
 これはこれでレアな感じでうれしいですけど! 意味は……ないですよね。

 人魚ノイドだとアルコールが強制分解されそうなので、とりあえず元の人型人魚に戻ったスノーフィアは、濃いめのバーボンソーダにグレープフルーツ絞ったやつを飲み飲み思い悩む。
 試せることは試したつもりだし、そのすべてに効果がなかった。だからこそ5の世界設定に戻ってきたわけで。
 結局のところ、0か100なのだ。改善の余地は、少なくとも容易く考えつけるものではないから、0とする。原因の解決ないし解除こそが100。
 ならば100を呼び込む方策を考えなければならないのだが、酒精のせいで頭が回らない。
 しょうがないじゃないですかお酒飲まなきゃやってられないですし。むしろ思考がシンプルになった分ずばっと正解に辿り着いたりできる可能性だって無限大、100パーセント唯一無二……
「あ」
 ぐだぐだな思考の最後に引っかかったワードは唯一無二。
 無二はともかく唯一――なによりシンプルな手があるじゃないか。
 スノーフィアはぎこちない指を繰ってステータス画面を呼び出した。その中から装備設定画面を呼び出し、確認。
 果たして、あった。胴部装備欄に収まる全身装備“人魚の着ぐるみ”が。
 だったら、これを解除すれば?
「……戻りましたね」
 手元に顕現した着ぐるみを見下ろして、スノーフィアは取り戻した肉声でつぶやいた。

「みなさんの造ってくださった着ぐるみはいつでも使えるよう、クローゼットの前列にかけておきますからね」
 隙あらば切腹して果てようとするSEKININ感まんまんなエレメントたちをなだめつつ、スノーフィアは着ぐるみをしまい込んだ。
 これで問題は解決。さっそく武彦を呼んで飲み会を開こう。いそいそとスマホを取り出すスノーフィアだった。


東京怪談ノベル(シングル) -
電気石八生 クリエイターズルームへ
東京怪談
2019年12月16日

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