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『剣と盾とのウィステリア』
アリア・クロフォードla3269

 早朝、通りがかる者のない河川敷。
 アリア・クロフォード(la3269)は鍛錬用の木剣を右手に、木盾を左手に構え、息を整えて駆け出した。
 ちなみに剣と盾、本物のEXISと同じ重さがある。そして、駆ける速度は速歩――馬で云うところのだく足だ。
 これは鍛錬だが、だからといって得物の重さを増せば実戦で感覚が噛み合わず、かえって動きが鈍る。そして全力で駆けたなら固めた構えが乱れ、体が誤った型を憶え込んでしまう。
 師である父はアリアにいつも言っていた。たとえ伸ばすのは手でも、そのためにはどこまで駆けても折れない脚が必要で、それを支えるのは全身の筋肉と心肺能力。それを育ててるには自分の最高値にまで鍛え上げ、維持できるだけの意志が必要だ。加えて。
 ……俺がこの世界に持ってきたクロフォード流剣術に、おまえのママが“その先”をくれた。だから、ママと同じものを目ざすおまえも先へ行くんだぞ!
 結果、アリアは父が母のためにクロフォード流にさまざまな工夫を加えて整えた『ウィステリア流』の技を修めた。ウィステリアの和名は藤。花を咲かせられるかどうかはおまえ次第だと父は笑んだが、意味を理解できたのはしばらくして、母の旧姓を知った後のこと。

「ふっ」
 息吹くと共に地へ身を投げ、アリアは一転した。
 実戦でまとっているヘルケニングメイルをつけての前回りは、それだけでかなりのダメージを体へもたらす。
 慣れたら痛くなくなるから! と母は笑ったものだが、結局のところ鋭い回転を心がけ、地に装甲が打ち据えられる時間と、体の動きが装甲によって制限される時間とを短くするよりない。
 そして、回転の際に盾を装着した左腕を伸べ、敵が振り下ろしてくるだろう一閃に備えて立ち上がる。このとき盾の正面を敵へは向けず、斜めに傾げておくのは、盾というものが攻撃を受け止めるためのもの……攻撃を受け止められるものではないからだ。
 体感してみれば体で理解することだが、短剣や細剣ならいざ知らず、遠心力を吸い込んだ長物を相手取った場合、真っ向から受け止めた衝撃は盾裏に密着した腕へ食い込む。筋肉を痛めるどころか骨を折られてしまう危険性が高いのだ。そもそもアリアの体重では、うまく受けたところで体勢を崩されてしまう。故に盾の面で敵の攻めをいなし、流すことへ注力する。
「しっ!」
 上へ体が向かう勢いをそのまま乗せ、盾の縁を突き上げた。縁は盾の内でもっとも硬く、強い。至近距離にある敵の顎を打ち抜き、脳を揺らすには最適な得物だ。化物やナイトメア相手にせよ、視線を弾くことは優位へ繋がる。
 そこからさらに跳躍。自重と膂力、落下力のすべてをかけて、剣を斬り下ろした。片手剣は鍔を詰めるように柄を握るものだが、あえて柄頭近くを持ってスナップを利かせ、さらに引きつけることで間合を外さずに引き斬れるだけの距離を作っている。
 その中で盾は面を向けて前へ突き出して敵の視界を塞ぎ、次の挙動を隠すことも忘れない。
 守り、攻める。その一挙動の内でこれだけのことを為さなければならないのは、アリアが母と同じく体格に恵まれていないからだ。巨漢ならやることも半分で済むところ、二倍の労力をかける必要があった。
 しかし。
 それこそが誇らしい。
 母のために父が編み出し、娘であるアリアへ託してくれたこの技は、世界を越えるクロフォード家の絆だから。
 いつか両親へ伝えたい。私、ウィステリアをちゃんと咲かせられたよ――!

 振り下ろした剣先が地へ達する寸前にアリアは体を捻り、剣ごと自らをその場から引き抜いた。
 顔だけを最後まで残しておくのは、目を回さないためであり、敵に対して目線を残しておくため。
 見られている敵は警戒を解けず、動きが制限されるし、アリアを追う足も鈍る。
 回転力で足を踏み出してステップワーク、再びの回転の中で軌道を定めて踏み出し、またステップワーク。回避スキルの中に遠心力を吸わせた剣の横薙ぎを合わせ、中心へ置いた敵を攻め立てながら、周囲をも牽制する。戦場において一対一を保てる時間は短い。回転斬りはそのための備えでもあった。
 そしてこのとき、左腕は縮め、盾ごと体に密着させておく。回転の中で上体を振り、敵に狙いを定めさせない効果を狙うと同時、不意討ちから急所を守るのだ。――と、左腕を突き出し、回転を歪めた。そこから膝を曲げ、沈み込む。
 まわりからの攻めを払うと共に予測を裏切り、不意を突く水面斬り。敵の知能が人並でなければ通じない技だが、はまれば確実な優位をもたらしてくれる。
 と。横へ転がって間合を外したアリアは、盾を揺らして敵を誘いつつ息を確かめた。まだ余裕はある。ただしそれは実戦ではないからだとわかっている。
 守り抜くにはまだ持久力も瞬発力も足りていない。
 攻め抜くにはまだ“二倍”を為せていない。
 救いを求める誰かへこの手を伸べるにはまだ、気持ちが届いていない。
 もらったものをなぞるだけではだめだ。ウィステリアという技をもって自分を尽くすには、自分という芯を通したウィステリアが確立できていなければ。
「っ」
 アリアの左腕から押し立てられていた盾がふわりと投じられた。
 宙を落ち行く盾の脇から跳び出したアリアが、前に出した右足で地を強く踏みしめた。盾を構えるならば、攻め手の右を後ろに置いて剣を繰る間合を保つため、左足を前に置くのがセオリーなのにだ。
 今、アリアの剣は両手でもって、刀術で云う“八相”……いや、もっと高い、示現流の“蜻蛉”に構えられていて。
「たあーっ!」
 引き伸ばした体を一気に縮め、斬り下ろした。
 これは彼女が所属する小隊の隊長とその血族が修める流派から学んだ“一の太刀”の思想に、彼女の幼なじみが使う流派の体捌きを合わせたインパクトアタックである。
 使いこなせているなどとは思わないが、他流の剣をウィステリアに接ぎ木することで見えてきたものがあった。二倍を三倍、四倍にいや増す捨て身が、寸毫の“間”をもたらしてくれることがあるのだと。
 自分の手を届けられぬとしても、他の仲間の手が伸べられるだけの時を稼げれば本懐は成る。
 盾を取り戻した左腕で空を薙ぎ、打ち、守備を固めた左肘を支点に体を入れ替えた。他の仲間が傍らにあることを想定してのカバーリングの型である。
 父母は守り抜くために最前線で鉄壁を成したというが、アリアはけしてひとつところへ留まることなく戦場を駆けることを選んだ。せっかちなつもりはないが、守りたいものを一秒も放っておきたくない気持ちが強いのだろう。
 ――ん、結局それってせっかちなのかな? でも、いいよね。私は私らしく! アリア・ウィステリア流を貫いちゃうんだから!

 現状のアリアのウィステリア流の有り様は、小柄と軽さを補うと同時に敵の虚を突くことを狙う体の伸縮と回転の組み合わせ。人並外れたの運動量で為す攻撃的守備。他流をも織り込んだ捨て身の一閃。以上の三点に集約される。
 しかし、これが完成型でないことは誰より自覚していた。これらを思い描く以上の迅さと精度で実現し、さらに捨て身によらぬ必殺を成せたときにこそ、至ったと言えるのだから。
 故にアリアは励むのだ。
 父母に植えられた技という種を、自らの手で咲き誇らせるがために。


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2019年12月17日

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