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『祝福の日に、心からの贈り物を』
神取 アウィンla3388

日頃の感謝を込めて、心からの贈り物を。
然し、この心の名は未だわからぬまま。




12月に差し掛かる某日、SALF本部のロビーにて。
『意外と知らない贈答品の謂れ』『女性に喜ばれるプレゼント特集』『まだ間に合う! クリスマスプレゼントの勧め』etc、etc……。
妙に華々しい表紙の雑誌をきっちりとテーブルに積み、手に取る一冊を丁寧に捲りながら、その時々にため息を漏らす。
アウィン・ノルデン(la3388)は悩んでいた。とても悩んでいた。

悩みの種、遡っては秋深まる頃の話。アウィンは友人へ、ある贈り物をした。
気兼ねなく話せる女友達。より見分を深めるため外部聴講をしている大学においては、師といっていい存在でもあろう。
そういう方へ、日々の感謝を示すのだ。決して適当に選んだわけではない。けれど、それは結果的には『失敗』であった。
アウィンが選び、彼女へと贈った品は、とても美しい意匠の――、簪で。
やや困ったように『簪を贈る謂れ』について教えてくれた彼女の記憶を掘り返してしまい、アウィンはいっそう表情を苦くする。
アウィンにとってこの世界は異世界で、どんなに馴染んでいようとそれは覆せない事実である。そんな未知の、しかも一小国特有の事情に明るい訳がない。知る由が無かった。簪の贈り物に、あろうことか『一生を添い遂げてほしい』などという意味があるだなんて。
とまぁ、当然それは周囲も承知の上、その場では丸く収まった話ではあるのだが。
「それでもだ。またあのような失敗をするわけにはいかん……」
零し、頭をくしゃりと掻いて。
贈った相手に気を遣わせてしまうなど言語道断。クリスマスのプレゼントでは同じ失敗はしまいと固く決意をし、今に至る。




迷い、迷いて。
結局何も決めきれずに本部を後にした。髪を撫で頬に当たる風は、もう幾分と冷たい。
(贈り物とは難しいな……)
考えれば考える程に五里霧中。やはりこの目で品を見た方が良かろうと、ぶらりぶらりと街を歩く。
クリスマスが近いからだろうか。目に入るどこもかしこもが、赤と緑と白で賑わう。
大通りに特設のクリスマスツリー。雑貨屋を飾るサンタの人形に、少し行くとイルミネーションがキラキラと光る。
街全体がそわそわするような不思議な感覚。この感覚は歓迎するべきものであるが、今はどうしても一抹の焦りを感じてしまう。

例えば、良い酒など贈れば喜んでくれるだろうか。彼女は自分と同じく酒の嗜みを好む。なんなら共に一献を傾ける機会にもなるかもしれない。
「確実かもしれんな。喜んでくれそうだ」
そう思うも、ふと情景が浮かぶのだ。あの上品な着物に上げた髪、添えられた簪の秋桜の花弁が美しいのを。
あれは失敗ではあったが、それはそうとして。ああして身に付けて貰えたのはとても嬉しかった。今思い出してもそう思う。思った通りによく似合っていた。
だからだろうか、形として残るものが良いのだ。これは恐らく自分の我儘でもあり。
「……実用品で何か。使う機会があり、使いやすく、それでごく少しだけ特別な――」
思わずぶつぶつと口に出していたアウィンの視線は、ふと見えたポスターに釘付けになった。
『ボールペン、名入れ承ります』。紙面に大きく映る『ボールペン』は、普段居酒屋の注文など書き留めるのに使う物とは一線を画す、美しさだった。
思わずぽかんとした表情で足を止める。教授職である彼女は自ずと筆記具を使う頻度も多い。こういったものであれば気兼ねなく使って貰えるのではないか。いやしかし、プレゼントに文房具というのは有りなのか――
「いらっしゃいませ……?」
悶々と考えていたところ、飛び込んできた声に顔を上げる。どうやら様子を見て店から出て来たらしい、小柄な女性店員が首を傾げて此方を見ていた。
「ああ、すまないな。邪魔になってしまっていただろうか」
とんでもない! と彼女はアウィンへと笑いかけた。
「よかったら、中へ入って見ていきませんか? 随分と悩んでいたようでしたので」



万年筆にガラスペン、ボールペンに多機能ペン。
暖房の効いた文具店のカウンターに、これでもかというくらいに様々なペンが並ぶ。
「……ほぉ。随分いろいろとあるんだな」
感心したように呟く。文房具というものは、思っていたよりずっと奥が深いらしい。
「どこでも使えるボールペンと、カバー付きメモ帳をセットにするなどは可能だろうか?」
彼女が大学のフィールドワークで外を出回ることも多い様子を思い出しながら、アウィンは問う。
カバーは革製の、丈夫で多機能なものを。あまり派手で無いものが良いだろうと、選ぶのにそう苦心はしなかった。

渡すお相手はどんな方ですか? などと終始前のめりで聞いてくる店員へ苦笑しつつ、アウィンは友人の特徴を簡単に告げる。
快活で優しく、気配りも出来る。自分にとっては友であり師でもある。そして何より――何より?
語りながら微かに、ほんの微かに感じる何かがあって、アウィンは一度口を閉ざした。一瞬の沈黙。すぐに、
「ああいや失礼。あとはペンだな。書きやすくて、それでいて見た目も綺麗なものがあればなお良いのだが」
言い直すと店員の表情が輝いた。それなら! と大きな木製のケースを引っ張り出しカウンターに置く。
やや勿体付ける動作でケースを開けると、そこには宝石箱の如く、ボールペンが各種収納されていた。
「――、」
アウィンは目を見開いた。
このシリーズはどれも一点もので書き味も、などと早口に捲し立てる店員の声も、どこか耳に届かぬ様子で。
視線を奪われたアウィンは暫し黙し、全て違うデザインのペンのうち一つを見つめていた。

それはとても深い藍の一色。
宝石を切り出したような夜に月と兎の蒔絵、やや和風にも見えるデザインのボールペンだ。
シンプルで一見は可愛らしいその一本に、なんだか胸騒ぎがするような夜の記憶が想起される。
(……そうだ)
かける言葉が見つからなかった。自分はいつだって、想いを伝えるのが上手くはなくて。
そうしてみると、まるで全てを代弁するかのように、月は兎を見守っているように見えた。
夜はとても暗い。けれど、月が照らせば足元は明るい。
「……これを」
あまりにもピタリと重なってしまった心に、逸る気持ちで告げた後。店員の言葉にかぶせてしまったことに気付き、目を瞬かせる。
「あ、ああすまない。話を聞いていなかった訳ではなく、あまりにもこれだ、となってしまって」
きょとんとした様子で目を見開いていた店員は、次に声をたてて笑った。




深い夜を削り出した藍に、蒔絵で描かれたのは月と兎。
息を呑むほどさらさらとした書き心地のペンは、一点ずつの手作り品なのだという。
筆記体英字で彼女の名を入れて貰い、専用の木箱へ納めると確かに贈答品として申し分ない。
カバーと合わせて実用品であり、長くずっと使っていけるものだ。ようやくしっくりくるものが手に入り、アウィンは目を細める。
何も特別に思ってほしいわけではない。感謝の想いを伝えたいし、クリスマスの日に少しだけ嬉しい気持ちになって貰いたい。
そしてそういう気持ちを。自分という人を大事にしてほしい。この気持ちを、友へ改まって言葉にするのはとても難しいけれど。

そうして店を後にした。綺麗に包装しリボンを飾った箱は紙袋の中、温かな重さを持つ手に感じる。
もうすぐクリスマスだ。それが今は、どうしようもなく楽しみに思える。




━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
素敵な発注をありがとうございました!
大切な贈り物をお任せいただき恐縮です。
お相手様を伺って、実用的で機能美のあるものから膨らませて頂きました。
気に入って頂けたらいいなぁと、店員気分で送り出します。
友人同士の良きクリスマスをお過ごしくださいね。
リテイクなどはお気軽にお申し付けくださいませ。
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夏八木ヒロ クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2019年12月18日

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