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『trick or sweet』
白藤ka3768


 How do I look?

 ……なんて、仮装もしてへんのにな?
 でも、見て欲しいんや。
 今のうちを。これからのうちを。

 その深みを帯びた瑠璃色の瞳にうちだけを映して――……なんて、我儘やろか。
 けど、堪忍な。

 どうやらうちは――



**



 南瓜色の街がスプーキーな鳴き声で彩られる中、背後から出し抜けに「Boo!」と両の脇腹を摘ままれた白藤(ka3768)は、小動物のような悲鳴を上げ、バネ並みに飛び跳ねた。

「なっ、なん、なんなんなん……」

 白藤が言葉にならない声を震わせながらぎこちなく振り返ると、愉快そうな黄色い声と小さな背中達が人の波に消えていくところであった。

「なんでさっきからうちばかり狙われるん……!?」

 女性なら誰もが羨むほどのくびれを掌でさすりつつ、頬紅よりも赤く染まった頬を、ぷぅ、と、膨らませていると、

「君にも原因があるんじゃないか?」

 ベルベットを撫でるような低い声が白藤の耳朶を撫でてきた。

「Σぴ!?」

 白藤は少女のように肩を竦めると、「なんでうち!?」と異議を唱えながら彼――白亜(kz0237)を振り返る。

「自覚がないのか?」

 色々な意味で彼にだけは言われたくない。
 白藤は如何にも苦々しい顔つきで反論しようとしたが、黙して語らない白亜の眼差しを数秒と直視出来ず、バツが悪そうに顎を斜めに引いた。そして、唇を尖らせてせめてもの抗弁をする。

「ま、まあ、ハロウィン当日なのにうちら仮装もしとらんし? 逆に目ぇ引くやろからターゲットになるんもわかるで? ん。“自覚がない”うちでもわかる」
「ほう」
「……せやけど、なんでうちの腰ばっか集中砲火……」
「出し惜しみしていないからな」
「う゛。か……堪忍」

 白藤は目許を赤く染めながら、両腕で自らの腰を隠すように抱いた。
 秋晴れとはいえ、日中の風は服の上からでも薄寒い。白藤の様子を楽しげに眺めていた白亜は、自身の外套を外すと、彼女の細い肩へそっと掛けてやった。そして、

「さあ、行こう。白藤」

 ダンスにでも誘うように手を差し出した。
 白藤は「――っ」と短く息を呑む。恋仲となった今も――いや、なったからこそ尚更抑えられなくなった胸の鼓動。激しくて、けれど心地良い音は白藤の頬を紅潮させ、彼女の双眸にどうしようもない熱を帯びさせる。そして、この歳になって漸く気づいた欲――。

「(この手はうちのもん……やね?)」

 白藤は左手で愛おしむように外套を寄せると、白亜の掌にそっと右手を添えたのであった。










 焼き菓子の甘い香りと、陽気と悪戯に溢れた声。
 ハロウィンの街でデートをする白藤と白亜も、ありふれたカップルとして例外ではなかった。

「なぁ白亜、これめっちゃかわいない? おいしそうやわぁ」

 鷲目石の瞳をキラキラと輝かせる白藤が白亜の袖をくいと引き、フードワゴンに並んだ菓子を指差す。南瓜をたっぷりと練り込んだクッキーは様々な形をしており、可愛らしくデコレーションがされていた。

「サーカス団の皆や孤児院の子らが喜びそうやし、多めに買い込んどこかいな」

 そう微笑む様は、まるで“姉”や“母”のようであった。




 雑貨や装飾品などを一通り見て回った白藤と白亜は、小洒落たカフェで小休止――

「ちゃうちゃう、そっちやないで白亜。こっち」

 ではなく、二人の足は街外れの公園にやって来ていた。

「あそこのベンチ座ろ。な♪」

 白藤は白亜の腕に抱き付いたまま足早に彼を引っ張り、ゼラニウムを背にするベンチに腰を掛けた。
 歩き詰めだった両脚を「んー」と伸ばす白藤に、白亜はすかさず心を配る。

「小二時間歩き回ったからな、疲れただろう」
「あら、軍仕込みの脚力舐めたらあかんよ? ――なんて、“幕間”にはちょうどえぇ時間かなぁ思て」
「そうだな」
「なぁ、小腹空かへん?」

 白藤は肩に提げていた紙袋からパステルカラーの小袋を取り出すと、ラッピングのリボンを、しゅる、と、ほどき、様々な形のクッキーから一枚を摘まんだ。

「ほら白亜、かわいない? さっきの店で買うたやつ。まるでお花みたいやろ?」
「ああ、ロミアスクッキーか。そう言えば久しく作っていないな」

 見た目、そして味も上品なそれを堪能しつつ、人気の少ない公園に茜色の夕陽が差し込んでくる時間を、二人は何とは無い話をしながら楽しんだ。



 白藤は徐に指に付いたクッキーのカスを払う。そして、買っておいた南瓜ジュースで喉を潤すと、不意に「さ!」と白亜の瞳を覗き込み、

「トリックオアトリート、白亜?」

 にんまりと白い歯を見せた。
 何も持っていないだろう――そう高を括ったような彼女の笑みをまじまじと見据えながら、白亜は不思議そうに首を傾げる。

「足りなかったか?」
「へ?」
「近くにワゴンがあればいいのだが。待っていろ、何か買ってくる」

 そう微笑みを置いて腰を浮かす白亜の腕を、白藤は慌てて掴み取った。

「ちゃうわ……! どんだけ食いしん坊やねん!」

 恥ずかしそうに顔を赤らめる彼女の様に、きょとんとした表情を返す白亜。

「(くぅ……この天然ほんまに難易度高いわ……!)」

 一向に進まない“悪戯かお菓子か”に痺れを切らせた白藤は、ままよ、と、考えていた悪戯に口付けを落とす。



「――」



 触れる前髪。
 絡む吐息。
 重なる唇――。

 視界を閉ざした全ての感覚が彼を求めて止まない。

 勢いに任せて引いた彼の胸元から、白藤の手の力が、ふ、と、抜ける。
 温んだ吐息を漏らしながら睫毛を上げると、彼女の全てを許容するような穏やかな眼差しが彼女の意識を捉えていた。

「甘いな」
「……ん?」
「君の唇、南瓜の味がするぞ」
「Σなっ、なん……!?」

 そう微笑む彼はやはり一枚上手だった。先日してやられた仕返しの口付けも結局白亜のペースに呑まれ、白藤は、

「皆はそれぞれのハロウィン、楽しんどるやろか?」

 とバツの悪さを逸らす、しかし、そう言葉にするも――

「君は? 俺との時間に満足しているか?」
「……それ言わせるとか、ずっこい」

 一番楽しんでいるのは自分かもしれない。



「そうや、白亜」

 思い出したように、けれど、僅かに緊張を帯びた声音が二人の間に響く。

「首から下げて見えへんように着けてくれてもえぇから……虫よけぐらい、渡してもかまへん?」

 ドラマチックなムードを演出するほど乙女な歳ではない。

「うちのはこっち。ほら、左の薬指に嵌めとるん。勿論お揃いやで?」

 だが、公園の静けさを一層引き立てる薔薇色のような夕暮れに、そのシチュエーションに、少しくらい夢を見てもいいだろう。

 大きな掌に据えられたシルバーリングとチェーンを、白亜の指が慈しむように撫でた。

「ありがとう、白藤。俺も今はこちらに着けよう」

 彼の左薬指に、白藤と同じ色が煌めく。
 どうしようもなく溢れる喜びが、ランタンの灯火のように白藤の胸をあたたかく包んだ。

「うちこそ、おおきに。……どうやらうちは独占欲が強いみたいや。白亜のこと、誰にも渡しとない」

 白藤が困り顔で片笑むと、白亜の指が彼女の顎を掬い上げる。

「それはお互い様だろう?」

 絡む視線。
 甘い熱。

「君への欲も、愛も、負けるつもりはないぞ」



 触れ合う呼吸。










「(悪戯の味がする彼の唇も、彼も、うちだけのもん――)」




━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
お世話になっております、愁水です。
藤と椿が結ばれた年の初めてのハロウィン、《Masquerade Halloween》ノベルをお届け致します。

当方的には二人が戯れ合う様をもっと書きたかったのですが、字数が足りず、毎度の如く無念です。
随所に白藤さんの奥手な面を入れさせて頂きましたが、如何でしたでしょうか?平素は女豹のように魅力的な白藤さんですが、白亜相手だと借りてきた猫のようになりますよね。可愛らしくて大好きです。
今後も頑張って下さい。色々と←

此度のご依頼、誠にありがとうございました!
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2019年12月20日

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