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『幸せなら手を叩こう、と誰かが言った』
螺鈿結la2540


 突き抜けるように青い空の下。
 人々の表情は暗く暗く重々しい。

 ナイトメアに蹂躙された痕跡。
 それに便乗した窃盗団の襲撃。
 それが、この村の日常で。怒りと、悲しみと、絶望に彩られた生活で。

 しかしながら、今日という日も生きている。
 助け合える範囲で手を取り合って、人々は生きていた。
 今日もまた生き延びてしまったと、ひとりの人形師が呟いた。




 その日は曇天だった。
 陽光が届かない地上にあって、淡い青色の癖っ毛は日差しを受けているかのように眩い。
 青年が走るリズムに合わせて癖っ毛も跳ねる。
 郊外の草原から農地を通り抜け、青年は小さな丘へ向かう。

「見て下さい見て下さい、綺麗な花が咲いてました!!」

 全力疾走を緩めることなく螺鈿結(la2540)が飛び込んだ先では、葬儀の真っただ中だった。
 明るい笑顔、元気な声。重く沈んだ空間に不釣り合いでいて、一条の光のようでいて。
「おねーさんに、とっても似合うと思うっす。ほら、おしとやかな紫色。イメージぴったりでしょ!」
 棺の中で目を閉じている女性の頬へ、美しい野花を添える。
 一瞬、彼女が微笑んだかのように見えて、結も微笑みを返す。
 その光景に、女性の母親が声を上げて泣き出した。
 不治の病にも泣き言をこぼさなかった。紫の花が似合う、凛とした娘だった。
 結の笑顔を見ていると、娘の死が嘘のように思えてしまう。
 花の香りで目を覚ますのではと思ってしまう。

 けれど、あの子は死んだのだ。

 残酷な現実と幻の希望とで、気が狂いそうだ。
 嗚呼。嗚呼。


 螺鈿結は、絡繰人形。
 この村の人形師が手掛けた、渾身の1体。
 『笑え』、それが最優先プログラム。




 結(ゆい)、という相互扶助制度が昔々にあったそうだ。
「繁忙期には助け合う。そういう風習でな」
 『困った時はお互いさま』なんて言葉は残っている。
「常に共にある必要はない。しかし、ひとりでは乗り越えられない局面においては共に取り組むのだ」
 名の由来を問われた人形師は、虚空に向かって声を発した。
 さて、この人形師が村の『相互扶助』へ参加しているかどうかは定かではないが。
「それじゃあ、今が俺の季節なんですね!」
 絡繰人形は満開の笑顔を咲かせた。
 村は、農作物の収穫時期を迎えていた。


 日々の営みはささやかながら実りをもたらす。
 収穫する者、運ぶ者、地域全体が祭り騒ぎかのように賑わう。
「お兄ちゃん、きらきら、綺麗ね」
 荷運びをしていた結の服の裾を、不意に幼子が引っ張った。
「ありがとう! 『螺鈿』っていうらしいっす!!」
 結は足を止めると、しゃがみ込んで幼子に目線を合わせる。
「触ってみて下さい。貝殻を使ってるって聞きました」
 結の首や上腕などには、美しい文様がある。
「きらきら!」
 貝殻の内側の美しい部分を磨きあげて七色の光を見せる技術を、構成に組み込んだと人形師が語っていた。
 ちいさな指先が、螺鈿をなぞる。くすぐったくて結は笑った。
「お兄ちゃん、ぼくのきらきら見せてあげる!」
 幼子は、ポケットからコインを取りだす。
「すっごい綺麗っすね!?」
 旅人や行商人が、どこかで落としたのだろか。
「えへへへ」
「宝物なんですね。素敵です!」
「……結。お仕事の途中?」
 野菜を載せた荷車を押す婦人が通りかかる。
 娘を病気で失っても、朝が来る。時は流れる。生活していかなければいけない。
 焦燥する余裕すらなく、立ち直ったかどうか自覚はないが、実りの季節は働くしかない。
「こんにちは! サボりがバレちゃいましたね!!」
「あらあら」
 幼子と一緒に振り向いた結へ、母親の様に婦人は笑った。
「そのままにしていて。前から気になっていたの」
 長身の結が屈んでいる、今のうちに。
 太陽の光を弾く淡い青色の髪を、額からすくって紐で結わえた。
「!! すごい、前がよく見えます!」
「でしょう? それに、あなたの金の瞳も綺麗。隠しているようでもったいないって思っていたわ」
 人形師さんは、いやがるかしら。
 婦人の問いへ、結はにっこり笑顔で首を横に振る。
「おかーさんが笑ってくれたから、これがいいと思うっす!」
「ちょっとした御礼よ。あの時は、娘へ綺麗な花をありがとう……。人形師さんへも、よろしく伝えてね」
「はい! これを終えたら、午後からの収穫お手伝いに行きますね!!」
 互いに笑顔で、手を振り合って。
 青い空の下、人々は精いっぱい生きている。




 野菜。果物。米。酒。
 どさりと家に運び込み、結は息を吐きだした。
「これで3年くらい暮らせそうっす!」
 農作業の手伝いを1日中まわりまわって、『御礼に』と受け取ったものだ。
 ギ、と揺り椅子を鳴らして、人形師は笑ったかのように見えた。
 よかった、とため息のような声がこぼれた。
「ほんの半年前まで、村人は誰一人笑わなかった」
「えー!!」
 だって。今は、あんなに。
「感情は、連鎖する。暗い顔をしていれば誰もが暗くなる。笑う要素がなければなおのこと沈み込む」
「笑う要素、っすか」
 主君たる人形師の言葉は、時折り結には難しい。
「私も笑う気持ちにはなれない。笑うことが何か、もはやわからない」
「えーーーー。あなたがそれを言うんですか?」
 創造主の発言を聞いて、思わず笑ってしまう。
「結。お前は笑え。絶望で笑えない村人の分まで、笑い続けろ」
「というプログラムをされているんでしょ? 笑いますよ!」




 突き抜けるように青い空の下。
 村のあちこちから黒い煙が上がっている。
 血の匂いが充満している。

 蹂躙は、夜明け頃。

 ロックと呼称されるナイトメアの集団がレーザーで村を薙ぎ払い、逃げ惑う人々を喰い散らかした。
 これまで見たこともない数だった。
 泣けど叫べと助けは来なくて、ようやく救出部隊が到着した頃には、焼け野原に結がひとり立ち尽くすだけだった。
「君は――……ヴァルキュリアか!」
「ヴァルキュリア? 俺は、ただの絡繰人形っす!」
 EXISの反応から判断したライセンサーの言葉に、結はキョトンとしてから笑顔を返す。
「燃えちゃいました。喰われちゃいました。ぜんぶ、ぜーんぶ……」
 助け合って収穫した農作物も。
 祭りの飾りつけをした広場も。
 一緒に遊んだこどもたちも。
 結に残ったのは、1枚のコイン。
 焼け野原から見つけ出した、キラキラ。
「あ。これ、どこの硬貨かわかります? 俺、見たことがなくって! 綺麗ですよねぇ」
 あの幼子の、宝物。


 笑え。
 それが結に設定された絶対のプログラム。
 だから笑う。
 創り主たる人形師がいなくなっても。
 絆を交わした村の人々がいなくなっても。
 その土地が焦土となっても。
 絶望、悲しみ、痛み、苦しみ、それらを『知らぬ』かのように。


「世界は、どれくらい広いんでしょうか。『きらきら』を、どれくらい見つけられるでしょうか」
 ――この世界はこんなにも輝かしく美しいのだと思えたなら――
 嗚呼。
 やはり、結は笑うのだった。
 天に輝く太陽のように。
 金色の瞳から希望が消えることはない。
 螺鈿の煌めきが失われることはない。
「俺、見つけにいこうと思うっす!」
 その表情を前にして、誰に止めることができただろう。




 今日もまた、生き延びた。
 キラキラのコインを握り、結はひとり歩いてゆく。




【幸せなら手を叩こう、と誰かが言った 了】


━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ご依頼ありがとうございました!
結さんが創られた頃のエピソード、お届けいたします。
明るい表情の裏の、絶対的なプログラム。
『将来の目標』を抱くに至るものを、と思い描きました。
お楽しみいただけましたら幸いです。
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佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2019年12月20日

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