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『遠きにありて思うもの』
大伴 鈴太郎ka6016

 カーテンの隙間から差し込む、凶暴なほど輝かしい太陽の光に、大伴鈴太郎(ka6016)は、うーん、と呻き声をあげつつ寝返りを打った。布団の中というのは、本当に素晴らしいところだ。ずっとここにいられたら、どんなにか幸せだろう……、仕事も時間も何もかも忘れて……。と、そんなことをぼんやり考えて。
「!?」
 鈴太郎は突然バチッと目を覚まし、ガバッと起き上がった。
「仕事!? 時間!?」
 むんずとつかんだ目覚まし時計の針は、本当なら起きなければならなかった時間を三十分も超えたところを指していた。鳴らなかったわけはないから、きっと鈴太郎が寝ぼけたまま止めてしまったのだろう。
「ち、遅刻するっ!!!」
 鈴太郎は布団を跳ね除けて、ドタバタと身支度を始めた。着替えて顔を洗って、化粧……、はこの際省略、朝ごはんを優先。とはいってもテーブルについて食べている時間などあるわけなく、立ったまま牛乳をぐびぐび飲んでトーストをくわえながら靴を履く。
(間に合ってくれ〜〜〜!!!)
 心の中で叫びながら、鈴太郎はバス停まで猛ダッシュした。前を走る自転車を追い抜いたとき、自転車を漕いでいた青年がぎょっとした顔を向けたような気がしたけれど、構ってはいられない。ようやく視界にバス停が見えた、と思うと同時に、バスがバス停に到着した。
「うわああ、待ってくれえー!!!」
 叫んだことで口から落ちたトーストを器用にキャッチして、鈴太郎は今にも発車せんとするバスを、必死に追った。
 鈴さんたらホント相変わらずなんだから、という友の声が、遠く、聞こえたような気がした。



 結果として。
鈴太郎はバスに乗ることができた。バスの運転手が、本当は待ってあげられないところだったけど発車したら君はそのまま次のバス停まで走り続けそうだったから、と呆れ顔で言うのに、鈴太郎はひたすらに謝った。
 バスで二十分ほどのところにある総合病院。それが、鈴太郎の現在の職場だった。日々多忙で、ことにここ数日は入退院の入れ替わりが多くて目の廻るような忙しさだった。鈴太郎が今朝、つい寝坊をしてしまったのも、おそらくその疲れがたまっていたからだろう。
「つ、次は三〇二号室で検温、それが終わったら四階の病室に行って……、はー、ゴブリン十体退治してる方がまだラクだったぜ……」
 日々、セーラー服で拳を振るっていたことを思い出して、鈴太郎はそんな自分に少し苦笑した。病院の仕事とゴブリン退治を比較する看護師など、そうそうおるまい。
「って、ぼやいてる場合じゃないよな! ラクさを求めてるわけじゃねえンだし! 看護師の仕事とゴブリン退治、どっち選ぶかって言われたら、そンなの、看護師に決まってるしな!!」
 そもそも比較することがおかしいのでは、という考えには至らぬまま、鈴太郎はキッと勇ましく顔を上げて、仕事の続きに取りかかった。



「ふー……」
 病院の休憩室のソファにどさっと身を投げ出して、鈴太郎は大きく息をついた。次から次へと湧いてくる仕事を必死にこなして、ようやくの休憩だ。院内の売店で購入した焼きそばパンにかぶりつきながら、明日は寝坊しないようにしなければ、と心に誓う。
(寝坊すると、弁当つくれねえからな……)
 弁当も含め、鈴太郎はできる限りの食事を自分でつくっている。節約のためだ。鈴太郎は看護師の仕事の傍ら、復興支援活動にも身を入れており、休日のほとんどはその活動のために時間を割いている。稼いだお金も、主にそこへ費やしていた。自分にできることなど、たかがしれている。だからこそ、できることはすべてやりたかった。
 このようにして休日も忙しくしているため、なかなか旧友にも会いにゆけていない。そのことはもどかしくはあるけれど、頻繁に会うことだけが友情ではないと、鈴太郎はよくわかっていた。
「さて、と。ようやく読める、かな」
 鈴太郎は、カバンの中から一通の手紙を取り出した。鈴太郎の、大切な友人からの手紙である。数日前に受け取ってはいたものの、落ち着いて封を切る時間を見つけられずに、読めていなかったのである。手紙はピンクの封筒で、花形のスタンプによって可愛らしく飾られていた。
「あいつらしいセンスだぜ」
 鈴太郎は目を細めた。トンチキなパーティをたくさんやったよな、とか、毎年バレンタインは大騒ぎだったよな、とか、思い出が次々と胸の中によみがえってくる。
なかなか会いにゆくことのできない友人とのやりとりに、他の通信手段ではなく古風な手紙を選ぶことになったのは、「そのほうが何だか友だちっぽいから」という理由だったのだけれど、手紙ならたくさんのことを相手に伝えられるし、自分の好きな時に読むことができるため、今の鈴太郎には一番有難い方法であった。
 そう、頻繁に会うことだけが、友情ではないのだ。
「今度は、何が書いてあるんだろうな……」
 わくわくしながら封を切り、鈴太郎は綺麗に折りたたまれた便箋を取り出した。まだ読んでもいないのに、鈴太郎は自分の全身から疲れが抜けてゆくのを、感じていた。


━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
このたびはご用命賜りまして誠にありがとうございました。
鈴太郎さんはすべての経験を力にして自分の道を切り開いてゆける方だ、という印象が強くありました。
そして、同時に、非情に友情に厚い方だという確信も。
なので、そんな姿を少しでも、未来の姿にも表現できたならば、と思っております。
楽しんでいただけたらこの上なく幸せでございます。
誠に、ありがとうございました。
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2019年12月23日

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