▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『竜すら認める傷なし良品』
ファルス・ティレイラ3733

 巨大倉庫を、せっせと行き交う一つの影がある。大きな翼に威厳のある角、長く伸びた尻尾を持つ紫色の体躯のそれは、紛れもなく――竜であった。
 この倉庫に保管されているのは、通販用の量産された魔法道具だ。本来は運搬用の魔法機械で所定の位置へと運ぶのだが、先日突然その機械が故障してしまったらしい。それ故に、修理が終わるまでの間荷物を運ぶ手伝いをしてくれないか、と、倉庫の管理者からなんでも屋さんであるファルス・ティレイラ(3733)へと声がかかったのだ。
 配達が得意なティレイラであっても、少女の身体ではこの量の荷物を運ぶ事は骨が折れるに違いない。しかし、本来の姿になってしまえば話は別であった。この程度の荷物など、すぐにでも運び終える事が出来るはずだ、と竜の姿になった少女は息巻く。
「よーし、頑張って残りも運んじゃうぞー!」
 気合を入れ直した竜の少女は、有り余る力でグイグイと荷物を運び始めた。

 ◆

「あっ!? や、やっちゃった……。傷とか、ついてないよね?」
 次々と荷物を運んでいたティレイラだったが、不意にその手は止まる。誤って、商品を爪で引っ掻いてしまったのだ。
 慌てて商品の状態をチェックした彼女は、先程までの焦った様子から一転、目をキラキラと輝かせ始めた。商品どころか、それを梱包しているフィルムにすら傷がついた様子はない。
「なるほど! このフィルム自体が、魔法道具なんだ……!」
 どうやら、ここにある商品を梱包しているのは、特別な魔力がこめられている魔法のフィルムのようだ。ティレイラの爪ですら傷一つつかなかったという事は、普通の刃物でも破れる事はないだろう。この分だと、衝撃や魔法にも耐性があるかもしれない。
 いったいどの程度までの攻撃に耐えきれるのか、自分の得意な火の魔法でも溶かす事は叶わないのか。彼女の胸に芽生えた好奇心という名の芽は、むくむくと瞬く間に成長していった。
「おっと、いけないいけない。今はお仕事を頑張らないとだよねっ」
 時間を忘れてついフィルムを観察し始めてしまいそうになり、ティレイラは慌ててかぶりを振る。興味深いフィルムに後ろ髪を引かれつつも、竜の少女は運搬作業へと戻っていくのだった。

 ◆

 全ての荷物を運び終えたティレイラは、一息つくよりも前に、待ってましたとばかりに先程興味を抱いた魔法のフィルムを手に取る。
「頼まれた分は全部運び終えたし……少しくらい調べても、怒られたりしないよね?」
 抑えきれぬ好奇心のままに、ティレイラの爪先がフィルムを引っ掻いた。竜の鋭い爪でも、やはりそのフィルムには傷一つつける事は叶わない。思わず「お〜!」という感嘆の声が彼女の口からはこぼれ落ちる。
「凄い! やっぱり、私の爪でも破けそうにないなぁ。色々な魔法道具を梱包してくれるフィルムだし、これくらい丈夫じゃないと危ないのかな?」
 竜の爪でも破けないフィルムに、改めて感心してしまう。爪以外の攻撃であっても、このフィルムなら難なく弾いてしまう事だろう。
「さて、仕事が終わった事を依頼主さんに報告しに行かないと……うん?」
 振り返り歩き出したティレイラだったが、数歩歩いたところで彼女の足は何かを踏みつけてしまった。足の裏から伝わる感触に少女が首を傾げると同時に、不思議な音が辺りには響く。足元を見ると、彼女が踏んだ場所を中心に何かが広がっていっていった。
 嫌な予感が、彼女の背をそっと撫でる。今自分が踏んだものが何であるか気付いた瞬間、ティレイラは「やばい!」と反射的に口に出していた。足元にあるのは、先程彼女が認めた竜の爪にも耐える丈夫さを誇る魔法のフィルムに違いなかった。
 フィルムは、上に乗ったティレイラの事をどうやら梱包すべき商品だと判断したらしい。咄嗟に翼を広げ、ティレイラは身体を包み込もうとするフィルムから必死に逃げ出そうとする。だが、魔法のフィルムが彼女を逃す事はなかった。
「嘘でしょ!? そんなのってありなの!?」
 最初に触れた前肢は、とっくの昔に魔法のフィルムへと囚われている。触れていた足裏から、まるで彼女の身体を伝うようにフィルムは広がり続け、ついには竜の巨体すらも包み込める程の巨大なサイズへとなっていた。
 飛び立とうとした両翼もまた、彼女の前肢にならうように綺麗にフィルムの中へとまとめられていく。他の箇所もむろん例外ではない。その自慢の尻尾も、後肢も、折り畳まれてフィルムの中へと閉じ込められてしまった。
 そして、ついには彼女の顔にもフィルムはその魔の手を伸ばす。パックをされるような感覚に、思わずティレイラは悲鳴をあげた。……はずだった。
 けれど、彼女の声が倉庫へと響く事はなかった。その頃には、彼女は口すらも開く事が出来なくなっていたのだ。
(ど、どうしよう……! なんとか抜け出さないと!)
 巨大な倉庫の床に、梱包された竜がゴロンと転がる。フィルムの魔力に対抗するために、ティレイラは魔力を集中させ始めた。
 けれど、このフィルムが竜の爪でも破る事が叶わない事を、先程ティレイラは実証済みだ。そもそも、魔法道具を包み込むフィルムに、魔法が効くはずもない。
(つまり、打つ手なしって事!?)
 もがく事すら叶わない今のティレイラに出来る事といったら、倉庫へと転がりながらただフィルムの中で助けがくるように祈る事だけだった。皮肉な事に、彼女がスムーズに仕事を終えてしまったせいで、依頼主が様子を見に来るといった時刻までもまだだいぶ時間があり、倉庫へと人がやってくる気配はない。
(だ、誰でもいいから、早く助けて〜!)
 祈りはティレイラの心の中だけに響き、誰にも届く事はなかった。
 竜すら認める最先端の魔法技術が使われたフィルム……。ティレイラはそのフィルムの効力を、その身をもって体験するはめになったのであった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ご発注ありがとうございました。ライターのしまだです。
竜姿のティレイラさんと魔法のフィルムのお話、このような感じになりましたがいかがでしたでしょうか。
お楽しみいただけましたら幸いです。何か不備等ありましたら、お手数ですがご連絡くださいませ。
それでは、このたびはご依頼誠にありがとうございました。またいつか機会がありましたら、是非よろしくお願いいたします!
東京怪談ノベル(シングル) -
しまだ クリエイターズルームへ
東京怪談
2019年12月23日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.