▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『チャリで行く。』
アリア・クロフォードla3269)&東海林昴la3289

 敵の首魁たる“王”討伐後の世界。
 そこでは様々な者たちが暮らしている。普通の人間はもちろんのこと、異世界からの来訪者たち、獣の特色を映す者たち、そして彼らの間に生まれた子ら――


 中学校、昼休みの教室。
「くっそたりぃわー。あーまじたりぃ」
 東海林昴(la3289)は母親譲りの緑を灯した髪をかき上げ、大げさに言った。
 ちやほや構ってくる女子を「あーもー来んなって」と押し退ける昴。本人の心情はともあれ、そのかわいげは多くの異性を惹きつけるわけだが。
「……なんだよ?」
 唐突に昴が振り返る。
「なんにも言ってないけど」
 彼のジトっとした視線にかまわず、昴のクラスメイトで幼なじみ、まわりからは「昴のお世話係(料理以外は)」の公認を受けているアリア・クロフォード(la3269)が横を向いた。
「アリアからプレッシャー感じんだよ。狙われてるっつうか、見張られてるっつうか」
 肩をすくませる昴に、アリアは茶髪の流れに沿って垂れるウサミミをぴょんと弾ませながら席を立ち。
「見張られるようなことしてるの?」
「してねーし!」
 アリアは冷めた視線をふいと昴から外して。
「だったら自意識過剰」
 そのまま教室を出ていった。

 同じ獣の“形”を持つ幼なじみ女子を見ないふりで見送って、昴は小さく息をついた。
 オレ、ちゃんといつもどおりにやれてるよな? アリアに気づかせてねぇよな?
 この一ヶ月、それだけを意識して過ごしてきたのだ。その割に演技はまるでうまくなっていないことについては、さすがに自覚があった。オレってほんと、オフェンスしかできねぇんだよなぁ。
 ……余計なことに気を取られている場合じゃない。昨夜の内に用意しておいた買い物メモを元に、最大効率で買い物が済ませられるルートを割り出さなければ。
 と、横からのぞき込んだ女子のひとりが言う。それ全部、用品店で揃うけど?

 登山用品やアウトドアグッズを取りそろえている大きな用品店は、町の外れにある。車で乗りつける大人がターゲットだからなのだろうが、ともあれ学校から直行するには距離がありすぎるし、限りある予算はなるべく削りたくない。
 だから昴は週末になるのを待ち、本当の山も走れるマウンテンバイクで向かうことにした。ギアはいちばん重くして、ついでに脚を鍛えていく。千照流は溜めからの爆発力を最重視する――昴のレベルではそれを目ざせと教えられている――ので、足腰の粘りをつける鍛錬は歓迎だ。
 やりたかったこと、一回もねぇけど。
「足腰の鍛錬って地味で苦しいもんね。成果が出てるのか出てないのかもわかりにくいし。でも、おろそかにしたら歩法と技がへにゃへにゃになっちゃうんだから」
 そうなんだよなぁ。なんてうなずいて、昴はぎくりと振り向いた。
 案の定、いた。
 銀のママチャリに颯爽とまたがるウサミミの幼なじみが。
「なんで」
「女子ネットワークあるから」
 アリアの物言いで知れた。あ、これウチのお袋が教えたな。
 諦念に耳を萎れさせた昴を横目で見やり、アリアはぐいとペダルを踏み込んでいく。
「ここからだったら10分で着けるね」
「ちょおまっ、ママチャリで30キロオーバーって、だー、マジ早ぇ! 待てってアーリアー!」

 寝袋のほか、スポーツ羊羹やらフリーズドライ食品を買い込んだ昴。寝袋と飯は性能がいいものを揃えとけというのは、剣の師匠がことさらに連呼した教えである。
「すごいっ!」
 アリアは昴の買い物に付き合うでもなく、フリーズドライ食品の包みを手にしてみてその軽さに驚いたりしていた。最近は天麩羅うどんや親子丼などもあって味もすばらしいのだが、なにせ値段がすさまじい。
 しかし、だからこそ、使えそうじゃないか?
「いっこ買ってやろっか?」
 昴の懐は厳しいが、店に着いてからまったくこちらを見ないアリアの機嫌を取っておきたかった。だってよ、このまんまは、やだもんな。
 が。アリアは昴の思いを撥ねつけるように肩をそびやかし。
「いらない」
 ひと言で切って捨てたのだ。
 さすがにムっとする昴だが、それよりアリアが応えてくれたことへの安堵が大きくて、「記念に買ってやるって!」と押し切った。
 対してアリアは、「ふ〜ん、記念なんだぁ」。思わせぶりに背を向けるばかりである。
 彼女の背というか尻を見て、昴は苦い息をついた。アリア、イラついてるだと尻尾が左に寄るんだよなァ。機嫌わかりやすいのはいいけどよ、なんでイラついてんのかぜんっぜん、わかんねー。

 用品店を出た後は近隣のショッピングモールへ向かう。
 なぜならアリアが好きな飯屋があるし、放っておくと猛烈に跳ね上がる昴の左前髪を抑えるヘアピンは、モール内にあるハンドメイド雑貨店でなければ手に入らないのだ。
 よし。これでまあ、保つだろ。
 いくつかのスペアを確保して、昴はふと、視線を一点――小さなハートを3つ連ねたヘアチャームに止めた。
 あんまハデって感じじゃねぇし、好きそうじゃね?
 主語を語らないまま胸中でつぶやき、手に取る。
「アリア! 用事終わったしメシ食おうぜ! 食うだろオムライスー!」


 ここで視点をアリアへ切り替える。
 昴が教室で「たりぃ」と言っているのを聞いて、彼女は思ったものだ。
 んー、27点。
 演技力のなさはわかりやすさ。ついでに尻尾の動きも相まって、幼なじみの意図は明白だった。いつも通りを装って、やろうとしていることを包み隠している。
 まあ、もっと前からバレバレだったけど。
 昴があれこれ準備し始めたのがひと月前のことだ。東海林家の主――あるじ(昴の父)ではなく、ぬし(昴の剣の師匠)――へ訊くまでもなく、それが旅支度であることは一目瞭然。
 千照流の武者修行なのは間違いないとしても、主(ぬし)にしつこく話を訊いているところからして、行き先がどこぞの山ではないことも察せられたし、それに。
 昴がひとりで行くつもりなのだということも、“幼なじみレーダー”はしっかり捕らえていた。

 あれこれ包み隠したまま教室から出た後、アリアは玄関の脇へ小柄な体を潜めた。
 両手持ちしたスマホに二秒で電話番号を打ち込み終え、さっと耳と髪の間へ差し込んですっぽり覆い隠す。スマホは放課後まで触っちゃいけないことになっているからこそのひと工夫だ。
「――アリアです。昴、なんにもないってウソついてました! もうすぐやらかしちゃう気だと思うので、察知したらすぐ連絡ください」
 ちなみに通話相手は昴の母親。それこそ生まれたころからの付き合いだから、意思の疎通も完璧だ。
 昴のくせに私のこと騙せると思ってるとこ、ほんとおばかなんだから。今回は本気で思い知らせたげないとね!

 昴が最後の買い物に行く日時は彼の母から聞き出した。自転車で店まで行くこともだ。なにせそうなるよう、友だちに用品店の情報を吹き込んでもらったのだから。
 そして昴へプレッシャーをかけるため、不必要な会話は全カットした。こうしてやれば、幼なじみがアリアを気にし、あれこれ気を遣ってくるのは経験則で知っている。
 その中でフリーズドライ食品を手に取ってみたのは誘導だ。食べ物を気にしてみせれば、ショッピングモールへ向かおうとするだろう。あそこには、アリアが好きなオムライス屋さんがあるし、ついでにヘアピンのスペアを仕込むこともできる。
 ちなみに「いらない」って言ったの、伏線だからね? 昴は最初っから私の手の上でころころ転がされてるんだよ。最後まで、ずーっと!
「ふっふっふ」
 昴の後に続く形でママチャリを漕ぎ漕ぎ、アリアは不穏な笑みを漏らすのだった。

 ――かくて視点は、昴にもアリアにも預けない神視点へと変更される。


 オムライス専門店、店員が案内してくれたのは窓際の特等席だった。きっと初々しいカップルへの気づかいなんだろう。これで当のふたりに甘い感情が通っていれば最高だったわけだが。
「オレ、中華風角煮オムライス。アリアは?」
 無言でクリームシチューオムライスを指すアリア。でもその視線は昴の買い込んだ大荷物へ向けられていて……猛烈に気まずい。
「旅行用?」
 訂正。無言のほうがまだマシだった。
 これってやっぱ、白状しろって感じ? 感じじゃなくて、それだよな……。
「まーな」
 ウソは言ってねぇぞ!? ちゃんとちょっと白状したし!
 なんて、思ってるんだろうなぁ。アリアはでたらめに揺れる昴の尻尾をちろりと見やり、ふん。ごまかしたいときの動きなのはわかっているから、泳がせる。我慢比べはウィステリア流の十八番だよ?
「あー」
 言い淀む昴に、アリアは不機嫌な顔を傾げてみせる。防御こそ最大の攻撃がウィステリア流の教えだが、そこから一歩踏み出す攻撃的防御こそがアリアの真骨頂だ。それは敵ばかりでなく、幼なじみ相手でも変わらない。
 こうなってはもう、昴に抗う術はなかった。あーオレ、転がされてんなぁ。しみじみ思い知りつつ、くもぐった声で言葉を継いだ。
「旅に行くんだよ」
 どこに? 唇の動きだけで問われて、もーダメだぁー!
「異世界! ガチのマジで強くなりてぇから武者修行!」
 やっと言った。
 アリアはふむとうなずいて、先に持ってきてもらったオレンジジュースで口を潤わせる。
 その間に昴は固い声音を重ね。
「オレは誰にも甘えらんねぇとこで鍛えてぇんだ。親父に本気出させるくらい、師匠から一本取れるくらい、強くなりてぇから」
 異世界へ続く扉が世界のあちらこちらに開いているのは、流入してくる来訪者と新たな脅威の情報と共に日々報じられている。
 そこをくぐり、自らを成長させてくれる“強敵”が在る世界へ行く。それこそが昴の決意なのだが。
「朝ひとりで起きらんない子がひとりで?」
 アリアの冷めた声音にうっと詰まり、「だから甘えねぇんだって!」。
「ご飯だっていっぱい持ってってもすぐなくなっちゃうんだからね」
「それまでになんとかする」
 ちょっと勢いを損ねつつ言い返した。しかしながら、アリアが個性と言い張るアレを食らってきた彼である。いざとなれば泥団子だって消化できる――気がする。
「そっか」
 アリアは運ばれてきたオムライスを大きなスプーンで掬って口へ運び、噛み締めた。大好きなオムライス。でも、これからしばらく食べられなくなるから大事に味わおう。kして忘れてしまわないように。
「知ってる?」
「なんだよ?」
「あと2時間くらいで、この近くに小さい門が開くの」
 これは主(ぬし)が教えてくれた秘密情報。門の規模と性質からして脅威が流入してくる確率は皆無で、だからこそ放置されることになったのだという。
「マジかよ!? オレ荷物とか取りに行かねぇと!」
 立ち上がりかけた昴をアリアは引き止め、彼の手へ鍵を手渡した。このショッピングモールの中に設置されたコインロッカーの。
「昴の荷物は朝の内に運んでおいたの、私のといっしょに。あ、フリーズドライの肉うどんとかもあるよ」
 だからこそ、可能搭載量の大きいママチャリで来たのだろうが……昴はさすがに気づかされずにいられなかった。
「なあ、アリア。おまえさ」
「ついてくからね。私もちゃんと、武者修行の許可もらってきたんだから」
 みなまで問わせず、アリアはきっぱり宣言する。
「私、すっごく怒ってるんだよ。私にないしょで企んだ昴のことも、こっそりひとりで行く気でいた昴のことも、私のこと騙せるって思い上がってた昴のことも!」
「すんませんっすけど、3人全部オレっすよね?」
 小さくツッコむ昴へびしり、アリアは人差し指を突きつけて。
「あっちの世界に行ったらパフェ奢り! そしたら昴と昴と昴のことゆるしてあげる!」


 オムライスとジュースでこの世界への別れを終えたふたりは、それぞれの自転車を駆り、門の出現位置へ向かう。
 不思議なほど、恐れはなかった。しかしまだふたりは気づけない。その安心は、横にアリアが、昴がいればこそなのだと。
「じゃ、行くぜ。危ないことあるかもだし、オレの後ろにくっついてろよ?」
 開かれた門を指し、昴が促した。
「そんなの私のセリフだよ。昴は私がついてないとすぐだめになっちゃうんだから」
 鼻を鳴らして応えたアリア。それにつれ、昴のヘアピンと同じ位置につけられたヘアチャームがしゃらりと揺れる。

 果たしてふたりは自転車で、異世界へと飛び込んでいった。


パーティノベル この商品を注文する
電気石八生 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2019年12月24日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.