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『幸福の円環』
白樺ka4596

 白樺(ka4596)は年末に向けて忙しさが増す職場から解放されるや、帝都の目抜き通りを一心に駆けた。舞い落ちる雪が艶やかな金髪に冷たく滲もうとも構わずに。
(今日は何とか時間が作れた……ん、だけど……ローザの時間を貰うにはもう遅いかな?)
 待ち合わせ先ではとうに想い人が待ちかねているだろう。常に男勝りな姉御肌を装う寂しがりやの恋人が。待ちかねるあまり外に出ていなければいいのだけれど、と彼は思う。
 ――恋人と初めて出会った日、白樺はあどけない少年だった。少女のように可憐で華奢で、与えられた力を癒しと守護のために使役する優しい存在。
 それに対して恋人は長年にわたり亜人や精霊らを守ってきた影響か、心身ともに成熟した女性のそれに近かった。
 だから出会った頃はまるで年の離れた姉弟のようで、彼女は常にいたわるようなまなざしだった。
 しかしそれから11年の月日が流れた今となれば――ずっと大人びて見えていたはずの恋人が白樺の成長とともに、不思議と可愛らしく変わっていった。だから今も白樺は不安を抱えながら愛しさに心を揺らす。
(もしこれから会えたとして……ローザは怒るかな? 許してくれるかな? でもローザの拗ねた顔もきっと可愛くて愛しい……。そんなことを言ったら顔を赤くして怒っちゃうかもしれないけど。でも)
 そこまで心の中で呟いてから彼は顔を引き締めた。
(もう少しだけ待っていて……ローザ、キミに伝えたい言葉があるんだ……)
 無意識に胸元を掴んだ掌中で紫のティアドロップが揺れる。
 それは幼かった自分なりにたてた誓いの証。大人になった今だからこそ本当の気持ちを伝えねばと彼は心に決める。
 月の光でほのかに照らし出された道を白樺は息せき切らせてまっすぐに走っていった。

 一方、曙光の精霊ローザリンデ(kz0269)は馴染みの喫茶店でため息をついた。
 今日は聖輝節。帝国に属する一部の精霊達は自然公園に集合し、仲間との再会を喜んでいる。そこにローザも訪れたのだが、恋人と会えぬ時間の流れに瞳の憂いは否めなかった。
 もっともローザとて職責のために白樺との時間を犠牲にした自覚がある。彼を責める権利など自分にはないと……キッチンでスープ鍋を見つめるふりをして俯いたその時。
「ローザ、ごめん。待たせてしまったね」
 やわらかなテノールが響く。続いてしなやかな指がローザの髪に触れた。意図せず息が漏れ、慌てて振り返る。そこには浅い呼吸を繰り返す愛しい青年の姿があった。
『し、白樺っ』
「ローザはここにいるよってあの子から聞いたんだ」
 白樺が後方にウィンクすると、子供の姿をした精霊が大きく手を振る。その無邪気さにローザは『……もう』と顔を赤らめてドアを閉めた。
『その……待ってたよ。ずっと』
「ありがとう。いつもはもう休んでいる時間なのに頑張って待っててくれて……本当に感謝してる」
 そう言って白樺がローザの手をとると浅く傷ついた指が目に飛び込んできた。
「これ、どうしたの?」
『料理ってやつをしてみたらちょっとね。味見は仲間に手伝ってもらったけど』
「そうなんだ。この部屋、すごくいい匂いがするから気になってた。……ん、これでもう大丈夫だよ」
 白樺がくすりと微笑めば傷が何事もなかったかのように塞がってしまう。いつもそうだ。戦いの中で傷ついた時も、旅の孤独に心を痛めた時も、白樺はさりげない優しさで救ってくれた。
『助かったよ……ありがと』
「どういたしまして」
 かつてはローザが軽く腰をおとし、白樺がほんの少し背伸びをして繰り返したやりとり。けれど今はローザが細い顎を上げて、白樺が小さく首をかしげている。
 ――今の白樺の背は180cmに届いていた。華奢だった体は今や男性的なラインを描き、愛らしかった顔も中性的な華やかさを残しつつ大人びた色香を漂わせている。
 つまり大人びた容貌の白樺がローザを慈しむように視線を落としているわけで……。ずるいじゃないか、とローザは胸の奥で拗ねながら上目づかいで彼を見た。
『その、寒い中走ってきてくれたんだろ。随分と冷えたんじゃないか』
「平気だよ。それより今日は……伝えたいことがあって」
『伝えたいこと?』
「そう。ここなら丁度誰もいないしね」
 扉の向こうから精霊達の歌やハンター達の陽気な声が聞こえてくる。今ならば周囲に気を遣う必要はないだろうと白樺は思った。
 ――だけど。怖い。
 10年という時は人間である自分に大きな変化を齎した年月だ。ローザの心に何らかの変化があってもおかしくないと……思う。だからこそ白樺はローザをぎゅっと抱き締めた。小鳥を守る籠のように、彼女が離れてしまわないように、優しく包み込む。
『白樺……?』
「ボクはこれからもずっとキミの傍に居たい。キミに傍にいて欲しい……。ボクは人間だから……必ずキミを置いて逝ってしまう……。それでも……ボクの人生の全部をローザにあげるから、ボクの人生の全部の分のローザの時間を、ボクにくれませんか?」
 10年目の告白をゆっくりと響くように。するとローザが白樺の胸に顔をうずめた。
『……ずるいよ。こういうのってアタシが言わなきゃって思ってたのに』
「……それってつまり」
『アタシ、待ってたからさ……でもここ数年、それが寂しいって思うようになっちゃって』
「……ごめん」
『ううん、アタシが自分で何もかも抱え込んで……白樺の想いときちんと向き合ってなかった。この世界に永遠なんて存在しないってわかってるのに……』
「いいんだ。ボクもこうして話せるようになるまでキミを待たせてしまったんだから」
 だからこそ、これからは一緒にいよう――淡い色の唇が、重なりあう。ふたりはどんな菓子よりも甘い口づけに時間が止まったような感覚を覚え、何度も約束を重ねた。もう離れることのないように、ずっと、と。
 ――そのさなか、白樺はおもむろに鞄へ手をのばした。
「ローザ、これをもらってくれるかな。……ボクの家族になって下さいっていうお願い」
『これは……』
「結婚指輪。ヒトは結婚すると夫婦で揃いの指輪をはめるんだよ。リングは永遠に途切れない愛の象徴なんだって。……ん、ぴったりだね。よく似合ってる」
『そ、そうかな……』
 白樺によってはめられたピンクゴールドのシンプルな指輪。それを大切そうに何度も撫でるローザの仕草に白樺は胸をときめかせた。
 精霊の代表者として常に凛とした態度で生きている彼女が自分だけに見せる、女性としての甘やかさ。これから夫婦として生きていくなかでもっと多くの表情を見せてくれるだろう。
 だから白樺は未来に向けて声を弾ませた。
「ねえ、ローザ。キミの家族にもボクは良い父親になれるかな。できるだけ一緒にいたいんだ。キミとキミの愛する子と」
 ローザには以前より子供がわりの幼い精霊がいる。彼に家族のぬくもりを伝えたいと願う白樺にローザは『ありがとう、あの子もきっと喜ぶよ』と応えた。
 そして彼女は最愛の夫のためにスープ鍋へ手をかける。
『実はこれ、白樺に食べてほしくて作ったんだ。これからはアンタにお腹いっぱいの幸せをあげないとねって。よかったら食べていっておくれよ』
 ああ、だから指を何度も傷つけても料理を続けたのか。
 いつかは家族揃って幸せな食卓を――ヒトの青年と精霊はささやかなありきたりの、しかし何物にもかえがたい大切な幸福を願って歩み出した。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
お待たせして申し訳ありませんでした!
ファナティックブラッドにて大変お世話になりました、ことね桃です。

白樺さんとローザリンデの未来像、
幸せなものになっているといいなと思っておりましたので
書かせていただける機会をいただいてとても幸せでした!
厳しい世界にありながら優しく生きる白樺さんの姿は
ローザにとって憧れ以外のなにものでもなかったんだろうなと思っています。
数百年前のローザはずっとひとりで戦っていましたので
初めてぬくもりを教えてくれた白樺さんに受け入れていただけたことは大きかったなと。
FNB本編でもこちらのお話でも白樺さんにたくさんの幸せをいただきました。
本当にありがとうございました!
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ことね桃 クリエイターズルームへ
ファナティックブラッド
2019年12月25日

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